2010年3月30日火曜日

フランク・キャプラ 素晴らしき哉、人生!









人間を暖かく見つめる
キャプラの真骨頂!

 少しずつ春らしくなり、暖かくなってまいりました。何かを始めるには今が一番いい時期かもしれませんね!このところ「いい映画が観たい!」としきりに心の中で叫ぶ毎日です。でも、そうそういい映画にはめぐり会えるものでもありません。今日は私がこれまで観た映画の中でも特に印象に残っている映画についてお話したいと思います。

 「素晴らしき哉、人生!」はもう半世紀以上も前の作品ですが、作品の魅力は薄れるどころか、ますますその輝きを放ち、価値を深めています。監督のフランク・キャプラはかつての映画の黄金時代に多くの人に夢と希望を与え、良心に訴える作品を作り続けた名匠でした。一言で言えば、彼の作品には悪意がありません。毒も然り‥。あるのは信頼であり、愛情であり、ウイットに富んだユーモアであり、人間を暖かく見つめるまなざしなのです。

 このことゆえに彼は多くの誤解を受けました。やれ「深みが足りない」、「インパクトに欠ける」、「きれい事だ」等々、言われなき中傷を受け、偏見の目で見られることが多かったようです。

 しかし、キャプラの作品は理屈抜きに素晴らしいです。「素晴らしき哉人生!」では、主人公のジョージ(ジェームズ・スチュアート)が会社の資金繰りに困り果てて、自殺を思い立つのですが、その時、天使によって「もしこの世に自分自身が存在しなかったらどうなっていただろうか…」という仮定のもとに虚無の世界を見せつけられます。

 これがまた恐ろしい味気ない砂漠のような世界で、絶望のどん底に突き落とされる様子が迫真の演技と共に展開されていくのですが、人と人が関わりを持たないということがどれほど空しく恐ろしいことなのかを嫌というほど実感させられるのです。
 しかし、ジョージが絶望の極地から立ち上がり、みんなのために生きていこうと思い立ったとき、家では信じられないような奇跡が彼を待っていたのでした……。ジョージはこの時はじめて、人間は決して1人で生きているのではないということを痛感するようになるのです!




鋭い人間洞察の
眼が光る名画

 キャプラの人間を観る目の深さに真底驚かされるシーンがあります。それはジョージが会社の資金を失って、悲嘆に暮れて家に帰ってきた時の場面です。
 ジョージは自暴自棄になって家中を蹴飛ばしたり、子供たちを怒鳴るのですが、この時、家族はクリスマスパーティーの準備の真っ最中だったのです。傍らでは幼い娘がパーティーに演奏するピアノを練習していました。しかしジョージは「やめてしまえ」と怒鳴ってしまいます。家族の楽しそうな雰囲気はこの一言で一変してしまいます……。

 さすがに彼はとんでもないことを言ってしまったと思い、娘に素直に謝りながらピアノの練習を再開するように言うのですが、娘は父親の表情やしぐさから父親が置かれている状況がただ事ではないことを察するのです……。
 「もう弾かないから許して」と娘は泣きながら答えるのですが、この子の健気な姿がとても印象的で、無性に胸をうつのです。
 もはや家族はクリスマスパーティーどころではありません。今まで見たことのない父の様子に、家族は一様に驚き、その姿に恐ろしい何かを感じたのです。失意の中で人格も変貌し、恐ろしい形相で家族に向かってくる父の姿は異様に思えたのでしょう。愛の絆で強く結ばれていた家族だからこそ、逆にその反動は大きく恐れや悲しみも大きいことを物語っているかのよう名シーンでした。

 誰でも、「自分なんて誰からも必要とされてない」、「生きてる価値があるのか」と自分を責め、孤独の泥沼に陥ることが往々にしてあります。 でも、決してそうではありません。1人の人生がなんと多くの人と関わっているのか、幸せにしているのか、そんな素晴らしさを教えてくれるのがこの作品なのです。 

 このあふれるような「人間愛」、「人を信じることの大切さ」、「あなたがいるから幸せになれる人がいる」等、全編に散りばめられた生命のメッセージは忘れかけていた大切なものを呼び覚まさずにはいません。





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2010年3月24日水曜日

グリーグ 抒情小曲集




  つい先日、 カツァリスの弾くグリーグのピアノ作品集~抒情小曲集を聴きました。ショパンでもの凄い超絶的技巧を駆使する彼の演奏ですから、きっとかなりデフォルメされた個性的な演奏になっているのではないかと思いました。しかし数分後、これが単なる思いこみでしかなかったということに気づかされました。演奏は本当に素晴らしい‥‥。水晶のような濁りのない透明なタッチとデリカシーが詩情豊かに展開されていくのです。

 特に抒情小曲集の「ゆりかごの歌」や「むかしむかし」は変に感情移入はしないものの、自然と湧き上がる情感が見事 で、その清新なタッチに心を揺さぶられ、音楽を聴く無常の喜びを実感するのです。この演奏を聴き、改めてこの作品の素晴らしさを発見した方もきっと多いことでしょう。カツァリスの演奏は永遠の一瞬を捉えたカメラのように、無垢なタッチでひたすら音楽美を写し出していきます。それは小細工のない心の映像であり、遠い過去を慈しむかのようにイマジネーション豊かに展開される映像なのです。併録のホルベルク組曲も素晴らしく、確かなテクニックに支えられた格調高くハイセンスな演奏の魅力に圧倒されるでしょう。

 ノルウェーの作曲家グリーグは組曲「ペールギュント」にみられるようなメルヘンとファンタジーに満ち、翳りも多分に含んだ非常に個性的な側面を持つ音楽家です。一般的にグリーグの抒情小曲集はショパンのバラードやマズルカ、メンデルスゾーンの無言歌ほどポピュラーではありません。しかし、全体的にはグレートーンながら、北欧の翳りの濃い自然のようにハッとするような美しい表情を醸し出す音楽は独特の輝きを放っています。

 この作品でのグリーグは日記を書き溜めるように書き綴ったのでしょう。決して演奏効果のあがる作品でもなく、どちらかと言えば自分ために作ったようにも思われる地味な部類の作品です。しかし、ノルウェイの古い民話から着想を得たと思われる個性的なメロディや瞑想に富む内面的な音色はいつまでも心に残ります。




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2010年3月17日水曜日

J.S.バッハ  チェンバロ協奏曲


 いよいよ桜の季節となりました。暖かくなるのはいいのですが、この時期は花粉もたくさん飛翔しているようで、アレルギーの方は本当に大変だと思います。けれども、春になると眠っていたインスピレーションがひらめいたり、創造性が発揮されるという方もいらっしゃることと思います。また行動半径が広がり、どこかに旅行しようと考えたり、気分を変えて新しいことにチャレンジしていこうと思われる方も多いのではないでしょうか?



 私自身、春になるとなぜか不思議と聴いてみたくなる曲があります。ここに紹介するバッハのチェンバロ協奏曲集もその一つです。私にとってチェンバロの優雅なこぼれるような響きは春たけなわのハラハラと舞う桜の花びらのイメージと微妙に重なるのです。作品もバッハとしては親しみやすく、いくつかの曲はヴァイオリン協奏曲ピアノ協奏曲にも編曲されています(逆のパターンもあります)。


 1981年にトレヴァー・ピノックが指揮し、演奏したチェンバロ協奏曲全集は録音当時、非常に大きな話題となりました。当時バッハの演奏と言えば、妙に構えたり、荘重なスタイルや装飾的なアーティキュレーションをポイントにした演奏が多かったのは間違いありません。しかし、ピノックはそのようなスタイルと決別して、ストレートな進行の中で純粋に曲の美感のみを掘り出そうとしたのです。ピノックの演奏はとかく内容があっさりしすぎているとかドラマチックな情念が足らないとか非難されたりもします。けれども、このチェンバロ協奏曲で見せた新鮮で透明感溢れるアプローチは、やはり彼の抜群の音楽センスと楽譜の読みの深さを痛感するのです。あっさり素通りするように聴こえるフレーズも、実は次のフレーズとの密接な連動の中で、より強いエネルギーを放出するための周到な技が隠されていたのでした。


 バッハの演奏、楽曲に対する理解は1980年を境に大きく変化しました。この録音はちょうどその大きな変動の時期に収録された記念碑的な演奏だったといってもいいのかも知れません。これ以降、競うようにバッハの協奏曲がオリジナル楽器の演奏で全盛期を迎えたのも記憶に新しいところです。


2010年3月13日土曜日

ヘンデル 合奏協奏曲作品3




大らかにのびのびと作られた
ヘンデルの魅力作

 ヘンデルはバッハと並び、バロックの2大巨頭と言われています。しかし、実際はバッハが幅広い分野で作品が知られているのとは対象的にヘンデルはメサイヤ、水上の音楽以外の作品は決してメジャーとは言えません。特にかなりの量の作品を残したオペラやオラトリオの不人気ぶりは甚だしく、日本では「メサイヤ以外のオラトリオってあったの?」と言われる始末です。オラトリオやバロックオペラの公演そのものがごく稀な日本の現状ですから、これは致し方ないのでしょう。

 でも最近は欧米で少しずつというか、かなり様子が変わってきました。ヘンデルのオペラが頻繁に上演されるようになってきたのです。しかも、ヘンデルのオペラは他の作曲家に無い特別な魅力があり、一度その良さを発見すると猛烈な勢いで作品に引き込まれていくのです。

 その魅力が何かというと、第1には細部にはあまりこだわらず、大らかにのびのびと作られた開放型の作曲スタイルにあると言えるでしょう。バロック特有の端正なスタイルと相まって独自の個性を生み出しているのです。
 第2には磨き抜かれた上品で輝きのある作風だと思います。世事を忘れ、ある意味で一種の仮想空間に自分を置く気持ちの良さとでも言ったらいいでしょうか。とにかく変に重くならず、いい意味でさっぱりとして気持ちがいいのです。

 そのような特徴や魅力からして、ヘンデルは朝の出勤時に聴くととても心が晴れ晴れとしてきます。中でも合奏協奏曲作品3は親しみやすく肩の凝らない最良の作品でしょう。


抜群のテンポとリズム感
ガーディナー盤

 全曲は6曲から成り立っていますが、決していかつかったり、とっつきにくい作品ではありません。そのどれもが自由な発想に富み、時に可愛らしくユーモアたっぷりに曲が展開されるのです。後年の作品6のような深さはないものの、充分に個性的かつコンパクトにまとまった魅力作です。演奏で愛聴しているのは、ガーディナーがイングリッシュ・バロック・ソロイスツを振るフィリップス盤です。即興的な造型や、抜群のテンポとリズム感に支えられたアプローチが実に小気味いい感じです。




2010年3月10日水曜日

モーツァルト クラリネット五重奏曲










室内楽のジャンルで
例外的にポピュラーな作品

 このところ、寒かったり雨が降り続いたりとかなり不安定な天候の日が続きますね。どこか体調がすぐれないという方も多いかも知れません。しかも、長引く不況の影響で心も身体も冷え切っていると思われる方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。こんな時こそ、心にたっぷりと栄養補給したいものです。

 先日、久し振りにモーツァルトのクラリネット五重奏曲を聴きました。何度も聴いている曲なので、いい加減飽きてるかなと思いましたが、曲を聴き進めるうちにひたひたと身体中に熱い感動が押し寄せてくるのを感じました。本当に至福のひとときでした。

  この作品は不人気と言われる室内楽のジャンルでは例外的にポピュラーな作品です。第1楽章の柔らかく優しく語りかけるメロディ。第3、第4楽章の哀しみを堪えながら無邪気に微笑むメロディ‥。
 そのいじらしいまでの無邪気さや健気さは心をぐっと掴んで離しません。この作品は最初から最後まで人を退屈にさせることがないのです。乾いた土に 染み込む水のように自然に心の養分となり、聴く者をいつのまにか至高の世界に誘ってくれるのです。



疲れた魂を癒す
最高の逸品

   まさに疲れた心を癒し、魂を癒してくれる最高の逸品と言っても過言ではないかと思います。中でも素晴らしいのは第二楽章のアダージョでしょう。ここにはすべての言葉が無力に思われるほど、無限の愛や諦観が色濃く流れています。哀しみをじっと耐えながら、どのような運命をも拒まず受け容れる寛容の心に溢れています。

 音楽の展開は、クラリネットと弦楽器が語り合うように哀しみやわびしさや慰めの感情を奏していきます。その表情は母親が赤ちゃんを懐に抱え、子守唄を口ずさみながら「いいんだよ。何も気にしないでお休み。お前を一生離すことはないから‥」と優しく諭しているようにさえ思えます。

   きっと晩年のモーツァルトは経済的にも苦しく、人間関係においても相当に心に傷を負っていたのでしょう。ここにはすべてのものを失い、悲しみのどん底に喘ぎ、憔悴し切ったモーツァルトの姿が映し出されています。
 けれども寂しさと哀しみに押しつぶされるのではなく、それでも人を信じていこう、愛していこうという気持ちがこぼれているのです。いわば、絶望の中にあっても人を信じたい、愛し愛されたいというモーツァルトの強い想いがこの作品を誕生させ、名作として結実させたのでしょう。




 演奏で忘れられないのはフリードリヒ・フックス=ウィーンコンツェルトハウス四重奏団です。これは1962年の東京文化会館でのライブですが、録音も比較的良く、楽器の音色もきれいに収録されています。甘く切ないクラリネットの表情、ポルタメントを用いた柔らかい弦の響き、本当に夢のようなひとときが流れていきます!モーツァルトのこの名曲を心静かに味わうには最高の1枚と言っていいでしょう!


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2010年3月9日火曜日

レハール オペレッタ「メリー・ウィドウ」



 メリー・ウィドウは本当に楽しい作品です。何度聴いても楽しくさわやかな気分にさせられます。作曲家のフランツ・レハールはワルツの人で、誰もが一度は耳にしたであろう名旋律の「金と銀」の作曲で馴染み深い人です。

 この作品でも有名な「メリーウィドウのワルツ」を始めとして胸がぐっとくるような珠玉のナンバーがずらりと並び、その魅力の虜になってしまいます。やはり、メロディメーカーとしてのレハールの力量は並大抵ではありませんでした。

 この作品はオペラではなくオペ レッタという喜歌劇に属するそうですが、ジャンル分けはこの際大した問題にはならないでしょう。歌はブロードウェイのミュージカルのように雰囲気抜群ですし、立ち居振る舞い等は演劇の舞台のように動きがあり、味わいがあります。

 ストーリーはいわゆるドタバタですが、笑いあり涙ありの生き生きした人情ドラマが展開されていきます。夢とロマンの香りを引き立たせるチターやマンドリンやヴァイオリンの響き。それは郷愁を誘い、春のうららかな夢のような懐かしい響きとなります。この全編に溢れる人なつっこくて、愛らしく麗しい情緒は聞くものを 捉えて離しません。そっと心の片隅にしまって置きたくなる宝物のような作品だと思います。

 CDで素晴らしいのはマタチッチがフィルハーモニア管弦楽団を振った1962年録音のEMI盤です。芸術性、エンターテイメント性において申し分なく、ちょっとした フレーズにも驚くほどの気品や情感が漂っています。シュワルツコップのハンナやヴェヒターのダニロも情感満点で思わず陶酔させられます。弦や楽器の響きも古き良き時代を偲ばせる豊麗な魅力に満ち溢れています。