2013年2月27日水曜日

メンデルスゾーン オラトリオ「エリヤ」作品70







マタイ受難曲を復活させた功績

 以前、メンデルスゾーンはキリスト教の篤実な信仰者(プロテスタントの要職に就いていた)で、バッハのカンタータや声楽曲に深い愛情を寄せ、敬意を払ってきたとのことを書いたことがありました。しかも一般的には注目されない隠れた傑作を世に知らしめした功績がはかり知れなかったのです。その最大の功績のひとつが人々の記憶から忘れ去られていたバッハのマタイ受難曲を復活公演したことでした。

 そもそもこの歴史的な傑作が本当の意味で陽の目を見たのは、バッハの作品の素晴らしさも然ることながら、メンデルスゾーンの音楽に対する良心や熱意からくるものが大きかったのだと思います。
 ただでさえ難解で公演の成果も予測できない状況で、この作品を編曲して指揮することは大変なプレッシャーを強いられることだったのではないでしょうか。間違いなく言えることはメンデルスゾーンが「マタイ」に心底共感し、真髄を理解し、作品を伝える重大な使命を感じとっていたということでしょう。そのかいもあってバッハのマタイ受難曲は広く人々の心に記憶されるようになったのは言うまでもありません。



メンデルスゾーンの個性が最大限に発揮された傑作

 そのようなメンデルスゾーンがオラトリオを作曲するようになったのは当然の成りゆきで、「エリヤ」、「パウロ」、「キリスト(未完)」と魅力に満ちた3作品を世に送り出しています。そのうち「パウロ」は優れた作品ですが、バッハの影響による手法を色濃く感じる作品でもあります。しかし、「エリヤ」はメンデルスゾーンがオラトリオの創作をする上で初めて彼の個性が作品にまんべんなく反映され結晶化した傑作なのではないかと思います。
 一般的に宗教音楽ともなるとどうしても気負ってしまい、型にはまったり理屈っぽくなってしまいがちなのですが、メンデルスゾーンは宗教音楽としての神聖な雰囲気を充分に保ちながらも、誰にでも分かりやすいオラトリオを作り上げたのです。

   詩的でロマンティックな情緒も随所に絡ませつつも、全体としてはドラマチックで壮大なスケールを持った音楽となっているのです。 そう考えると「エリヤ」はメンデルスゾーン特有の気品や実直さがあらゆる面でプラスに作用している作品と言ってもいいのではないでしょうか。

 「エリヤ」は旧約聖書(列王記の上・下)に登場する預言者エリヤの生涯を描いたものですが、この作品では彼自身の一流の描画を想わせる雄弁で美しい描写が随所に顔を覗かせています。曲を聴き進めていくと、たとえ言葉の意味がわからなくとも今どのような状況が展開されているのかを思い浮かべながら聴くことが出来るのです。宗教音楽でありながら根強い人気を保っているのもそのようなところに根拠がありそうですね!



充実した合唱の数々

 この作品の最大の魅力は合唱の素晴らしさではないでしょうか。「エリヤ」の合唱はヘンデルやバッハのそれと同じようにバロック的な美観を持ちつつも、オペラ的でドラマチックな性格も兼ね備えています。つまり宗教音楽でありながら多様な表現が可能なのです。

 「エリヤ」の合唱で特に印象に残るのは第1部ではただならない嘆きと苦痛を訴える第1曲「主よ助けたまえ…」、絶望の淵を彷徨いながら光の道筋を見つけようとする第5曲「されど主は見たまわず…」
 第2部では行進曲風のリズムが印象的で希望と勇気に満ちた第2曲「恐るるなかれ、我らの神は言い給う…」、穏やかな聖歌を想わせる第32曲「終りまで耐え忍ぶものは救われるべし…」、 強靱な意志の吐露を感じさせる第38曲「かくて預言者エリヤは火のごとく現れ…」そして歓喜に満ちて圧倒的なクライマックスを迎えるフィナーレ、「かくて御身の光暁の如くあらわれいで…」あたりでしょうか。








演奏の出来が感銘の度合いに影響

 この作品は演奏によって大きく様変わりします!つまり演奏次第で曲が生きも死にもするということなのです。オペラほどではないにしてもドラマチックで壮大なスケールを感じさせる演奏……。宗教的な浄福の境地と品格を備えた演奏……。このような要素がバランスよく演奏に溶け込んでいなければいい演奏にならないのです。でも実際はそういう演奏にはなかなかお目にかかれませんね。
 
 そのような状況ですが、ヴォルフガング・サヴァリッシュがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ライプツィ放送合唱団を指揮した1968年(フィリップス)盤は曲の本質を見事に表現した圧倒的な名盤です。これまでこの曲をサヴァリッシュは何度指揮したのでしょうか…? ドイツ国内ではもちろんのこと、日本でも国立音大とNHK交響楽団との共演がありましたし、1986年には同じ顔合わせでのCDも発売されていました。

 サヴァリッシュはよほど「エリヤ」との相性がいいのでしょう!演奏は自信に満ちていますし、最後まで停滞することなくドラマティックな側面をしっかりとつかんで劇的にこのオラトリオを盛り上げていきます!合唱の精度も非常に高いですし、独唱に名歌手シュライヤー、アダム、アメリングらを配したアリアの数々も本当に魅力的です。