BGM感覚で聴ける音楽
ディヴェルティメント
現代人は時間に追われ、仕事や生活に追われてすっかり心のゆとりがなくなっているという話をよく聞きます。
気分を変えたい、初心に戻りたい、自分らしくありたい………。そう思いながらも、環境や生活リズムはそう簡単に変えることはできませんし、なかなかそうならないのが実情ではないでしょうか?
せめて気持ちだけでも日常の呪縛から解放されたいと思うのが当然でしょう‥…。そのようなかたにこそ聴いていただきたい音楽がモーツァルトのディヴェルティメント(喜遊曲)です。 これはクラシック音楽=難しいという公式にあてはまらない作品で、どのようなシーンでもBGM感覚で聴ける数少ない音楽と言っていいでしょう! ディヴェルティメントは18世紀に貴族の社交、祝典等で使われた娯楽音楽で、モーツァルトの作品も例にもれず、ザルツブルクの名門貴族ロービニヒ家のために作曲されたようです。したがってどの曲も優雅で喜ばしい雰囲気を持っており、明るく美しいメロディーが満載なのです。
何よりも室内楽的な小編成の管弦楽と柔らかで大らかな楽曲が疲れた心に最高の癒やしを与えてくれるでしょう。いつのまにか時間を忘れ、心も身体も癒やされる音楽というのはモーツァルトのディヴェルティメントのような音楽を指して言うべきなのかもしれません。
明るさの中に
無邪気さと哀愁を湛えた
モーツァルトの音楽
しかしモーツァルトのディヴェルティメントはこのような娯楽音楽の範疇に決して留まっていないのです。
いや、聴けば聴くほどに天真爛漫な音楽の背景に映し出される澄み切った音楽に驚くばかりです‥…。
私はモーツァルトのディヴェルティメントの中では第15番変ロ長調K.287と第17番ニ長調K.334が作品として双璧だと思っているのですが、ヴァイオリンが活躍する音楽であればK.287を、より無邪気で哀愁を湛えた音楽がお好みであればK.334を聴くのがいいかもしれませんね。
特にK.334は悦楽の音楽というよりは、晴れ渡った青空を駆け巡るような至純の音楽で、視点ははるか彼方を見つめているような感覚さえあります。 特に第5楽章メヌエットと第6楽章ロンド・アレグロの無垢な戯れは哀しいほどに美しく響きます。無垢であるがゆえにさまざまなメッセージを伝えてくれると言ってもいいでしょう。 あくまでも音楽は上品でなごやかなのですが、時折見せる哀愁に満ちた表情はとても陰影に満ちています……。
それは第2楽章アンダンテにも顕著にあらわれており、当時のディヴェルティメントとしては珍しく短調で書かれていることに驚かされます。モーツァルトの心の痛みを素直に綴った天使の涙と評しても決しておかしくありません。
名人芸と音楽性が結集された
ウィーン八重奏団の演奏
演奏で忘れられないのはウィーン八重奏団が1960年代初頭に録音したデッカ盤です。
クラシック音楽を聴く醍醐味のひとつに、その曲がどのように演奏されているのかということがあげられます。なぜなら演奏の良し悪しによって曲が好きになったり嫌いになったりすることは少なくないので、演奏家の役割はとても重要なのです。演奏の好みは個人によってかなり違いますので、一概に言えませんが、間違いなく言えるのは曲に対する強い共感や愛情に満ち溢れていることがいい演奏を生み出すことでしょう。
ウィーン八重奏団の演奏はそれらをすべて備えた永遠の名盤と言えるでしょう。言うまでもなく、曲に対する共感度や芸術的な表現においても優れています。
彼らの演奏は古き佳きウィーンの懐かしい情緒と味わいをふんだんに盛り込んでいて、聴くたびに心に潤いをもたらしてくれます。今ではこんなに情感豊かに演奏してくれるグループはほとんどなくなってしまいましたね‥…。しかも各奏者の名人芸的な表現と音楽性は圧倒的で、これぞモーツァルトと唸るしかありません。