2016年11月18日金曜日

セザンヌ「リンゴとオレンジ」








静物画に新風を吹き込んだ
セザンヌ 

 セザンヌの絵のファンは多いと言われています。
 確かにセザンヌの絵を見ていると、「こんな物の見方もあったのか」とか、「こういう描き方もあったのか」と、いい意味で創造性を刺激されますし、新鮮な驚きがあります!
 たとえば、遠近法は昔から絵を描く上で絶対に外せない技法として重要視されてきました。しかしセザンヌは自身の絵でこれをあっさりと外してみせたのです。もちろん、気まぐれで外したのではなく、苦悩と葛藤の末に行き着いた表現だったのですが……。
 「リンゴとオレンジ」、これは数多いセザンヌの静物画の中でも特に有名で、最高傑作と称されることもしばしばです。何より絵の気品の高さと物のしっかりとした存在感が際立っていますね!
 この絵の主役はタイトル通り、リンゴとオレンジです。その他のモチーフは花瓶であろうと布であろうと、すべてはリンゴとオレンジを引き立てるための材料であり脇役にすぎないのです。


リンゴとオレンジの
並々ならぬ存在感

 特にリンゴやオレンジの量感や密度の濃さは半端でありません。しかも豊かな色彩からは芳醇でみずみずしい果実のイメージさえ伝わってくるのです!
 それは幾重にも積み重ねられた絵の具のマチエールによるところが大きいでしょうし、目で見た形よりも肌で実感した体験や感動を大切にしていることもあげられるでしょう。 セザンヌはリンゴやオレンジを1個ずつ、やみくもに描いているのではありません。積まれたリンゴやオレンジを一つの集合体としてとらえ、それぞれの関係性や多面的な表情を描くことによって、より果物の存在感を強固なものにしているのです! 

 丹念に着色されたカラーバリエーションの幅の広さも大きな魅力となっているのは間違いありません。
 先ほど遠近法の問題をあげましたが、果物が置かれたテーブルと背景との距離感がほとんどないことにお気づきでしょうか?
 おそらく、セザンヌは立体的な空間の中に巧みに平面的で装飾風の表現を加えることによって、リンゴとオレンジを強く印象づけようとしたのでしょう。

 それにしても、この絵は何回見ても飽きることがありません。おそらく普遍的な眼で物を見たり、色彩や形を突き詰めることによって絵を再創造しようとする画家の眼差しに共感を覚えるからなのでしょう……。

2016年11月13日日曜日

エルガー「エニグマ変奏曲」











友人たちの人柄を
愛情豊かに表現した音楽

 クラシック音楽を聴き始めたばかりの人にとって驚きの一つにあげられるのが、交響曲や協奏曲の一楽章あたりのトンデモナイ時間の長さです。しかも退屈せずに最後まで聴き通すのは、よほど気に入った場合でない限り至難の業なのではないでしょうか。しかし、だからといって難しい音楽ばかりなのではありません……。 

 中でも、エルガーの「エニグマ変奏曲」はポピュラー音楽を聴くような感じで接しても充分に楽しいですし、まったく違和感はないでしょう。しかも形式が変奏曲ですから、CDで聴く場合、トラックが変奏曲ごとに分かれていて(つまり自分の聴きたい変奏曲をワンタッチで選んで聴ける)とても聴きやすいのです!

 何より素晴らしいのは変奏曲の一曲一曲が気が利いていることと、エルガーらしい端正なリリシズムが全開していることです。管弦楽による変奏曲としてはブラームスの名曲「ハイドンの主題による変奏曲」に匹敵する魅力的な作品と言えるでしょう。
 全体を通して聴くと約30分ほどの音楽なのですが、特筆すべきは、エルガーが変奏曲のテーマとして友人たちの人柄を「気の許せるいいやつ」、「懐かしい友の思い出」……、といった感じで愛情豊かに表現していることです。これはラヴェルが『クープランの墓』で第一次大戦で亡くなった友人たちに哀悼の意を込めて作曲したケースに似ていなくもありません。
 
 その友人たちの描き方もなかなかユニークですね! 全体の基本テーマになっている第1変奏(妻アイリスを描いた)や集大成の第14変奏・終曲をはじめとして、友人たちの実像を想わせる魅力的な主題や旋律が続々と現れます。
 たとえば第6変奏は、のどかで微笑ましいテーマが何ともいえない懐かしい雰囲気を醸し出してくれたりします。
 軽快なリズムとユーモアが冴える第7変奏、慕わしさと大らかさが滲み出ているような第8変奏と、どれもこれも生き生きとした個性が伝わってくるのです!


心の友、イェーガーへの感謝と敬意
第9変奏「ニムロッド」

 短くてチャーミングな変奏曲の中で、第9変奏のニムロッドだけは静寂に満ちた祈りや崇高なテーマによる賛歌が印象的で、「エニグマ変奏曲」の文字通りの精神的な支柱といえるでしょう。ここだけは敬虔なイメージが強く、別の音楽のように聴こえます。
 英国ではニムロッドが国民の心情に寄り添う音楽としてとらえられているようで、重要な式典ではたびたび使用されますね……。たとえば、2012年のロンドンオリンピックの開会式もその好例でしょう。

 このような音楽に発展したのはエルガーの精神的苦痛や窮地を救い、音楽に少なからず影響を与えた親友(イェーガー、編集者、評論家)の存在が大きかったようです。イェーガーは唯一無二の心の友だったのかもしれません。
 フィナーレの第14変奏は、妻アイリスやあらゆる友への尊敬と感謝の想いを綴った集大成の音楽で、ここにエルガーの最良の音楽的特質と魅力が集約されているといってもいいでしょう! 

モントゥーの
押しも押されぬ名盤

 演奏は古くはなりましたが、ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団(Decca タワーレコードオリジナル)が押しも押されぬ最高の名盤です。
 この録音を聴くとモントゥーの守備範囲の広さが改めて実感されます。ベートーヴェンやブラームスのようなドイツ古典派やロマン派、ラヴェルやドビュッシーといったお国もの、かと思えばバッハの管弦楽曲やチャイコフスキーの交響曲などにも素晴らしい名演奏を残した本物の巨匠でした。

 この演奏もまったく力んでいないのに、音楽が大きくて包容力があり、聴くものを幸福感で満たしてくれます! 
 切れの良いテンポとリズム、柔軟で豊かな楽器の響き、ユーモアと生真面目さのバランスが絶妙な味わい、どれをとっても最高です。