ドビュッシー後期の
個性的な名曲
印象派の音楽家と言えば「ドビュッシー」というくらい、革新的で感性豊かな音楽を確立した人ですが、「彼のピアノ曲はどうも苦手だ……」とおっしゃる方は少なくなくありません。
初期の『アラベスク』や『ベルガマスク組曲』あたりは調性やメロディラインもはっきりしており、比較的親しみやすいのですが、後期の『映像』や『前奏曲』、『練習曲』になるとお手上げという方が意外と多いのでしょうね。確かにドビュッシーの音楽をメロディーや曲のスタイルだけで聴こうとするとかなり無理があるのは事実です。
いわゆるベートーヴェンやモーツァルト、ショパン、シューベルトらのような古典派やロマン派のピアノ曲と比べると構成、作曲スタイルがまるで違います。まずは、曲の持つ多様な音の世界に純粋に身を浸してみることが必要なのかもしれませんね! ドビュッシーのピアノ曲を弾いたことがある人にとっては五感に訴える何かがあり、その陰影に満ちた魅力や面白さは格別なのかもしれません。
詩的なイメージを
醸し出す24曲
さて、『前奏曲』は第1巻と第2巻がそれぞれ12曲ずつ、計24曲の独立した小曲から成っています。つまり演奏会で単独に曲を抜き出して演奏されようと、続けてセットで演奏されようとも何ら音楽としての不自然さはないのです。
曲に耳を傾けると実に様々な情景が浮かんできますね。それは自然の情景や現象にイメージを借りた心象風景かもしれませんし、一音一音に込められたメッセージが絶妙な音色美となって詩的なイメージを醸し出していくのです。多分に感覚的な音楽のため、ピアノを弾く人によって曲のイメージがかなり違う印象になるのは仕方がないでしょう。
とにかく音のニュアンスが多彩で洗練されています。たとえば、夢のようなまどろみがあるかと思えば、原色のような輝かしいイメージを伝えたり、深海に潜む闇のイメージを匂わせたり、どこまでも澄んだ青空の透明感を感じさせたり、神秘的な光を発する音色だったり……と、まるでさまざまに調合された音色のパレットを見るような気がするのです。 『前奏曲』は24曲どれもが個性的で一つの枠にはまらない独特の輝きを放っています!
私がこの中で愛聴するのは、煌めく光と風を感じる第1巻第5曲の「アナカプリの丘」と対照的にしんしんと降る雪を見つめる様子を描いた第1巻第6曲の「雪の足跡」です! もちろん神秘的な光と雄大な高揚感に圧倒される第1巻の第10曲「沈める寺」や、有名な第1巻の第8曲「亜麻色の髪の乙女」、穏やかな時間が流れる第2巻の第5曲「ヒースの茂る荒れ地」、リズムが独特で思わず身体を動かしてしまいそうな第1巻の第12曲「ミンストレル」等々…、挙げればキリがありません。
ベロフの感性豊かな
瑞々しい名演
この曲集はミシェル・ベロフがEMIに20歳で録音した演奏が瑞々しい名演です。実に感性豊かな演奏で、ピアノの音色から詩的なイメージがぐんぐん伝わってきます。ピュアな感性がドビュッシーの音楽と出会って様々なインスピレーションを受けた結果、このような名演奏が生まれたのでしょう!
しかも音の芯の強さや繊細で豊かな香りに満ちたピアノはドビュッシーの世界観をよく表現しています。
ただ現在は廃盤扱い同然になっていて、入手が難しいかもしれません。そこでベロフが1994年に再録音したアルバム(DENON)をおすすめいたします。基本的な音楽の方向性は変わりませんが、相変わらず瑞々しいタッチと情感が冴えています。前奏曲の演奏は数々ありますが、ベロフの演奏を聴けばきっとさまざまなメッセージが伝わってくることでしょう。
ハイドシェックのピアノはベロフのピアノを更に深めた印象があります。どの曲も雄弁で個性が際立っていますが、音楽の魅力を最大限に引き出しているところがさすがですね。神秘的な音色の再現や内省的な情緒等……、ドビュッシーを聴く喜びでいっぱいに満たしてくれます。