2012年8月24日金曜日

国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展


イリヤ・レーピン《休息 ー 妻ヴェーラ・レーピナの肖像》1882年
   油彩・キャンヴァス143.0 x 94.0 ©Text, photos, The State Tretyakov Gallery, 2012

イリヤ・レーピン《作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像》1881年   
油彩・キャンヴァス71.8 x 58.5 ©Text, photos, The State Tretyakov Gallery, 2012


イリヤ・レーピン《思いがけなく》1884-1888年
   油彩・キャンヴァス160.5 x 167.5 ©Text, photos, The State Tretyakov Gallery, 2012



  ロシアの画家、レーピンを扱った作品展がBunkamuraザ・ミュージアムで開催されています。日本で本格的にレーピンの作品展が開催されるのはおそらく初めてではないでしょうか? ずいぶん前からレーピンの名前は聞いておりましたし、かなりの実力派画家であることも承知していました。
 この展覧会では見覚えのある有名な作品もかなり展示されています。たとえば作曲家ムソルグスキーの肖像画であったり、文豪トルストイの肖像画であったり、「ボルガの船曳」等の最下級層の人々の暮らしぶりを描いた作品等です。その並外れた描写力や表現力はオーソドックスな正攻法の表現にもかかわらず、圧倒的な存在感を私たちに植え付けてくれるのです。

 印象的な絵はたくさんありましたが、レーピンは肖像画の世界でひとつの絶対的な領域を築いた人と言えるのではないでしょうか。 特にムソルグスキーの肖像画はモデルが絵の中から飛び出してきそうな臨場感と見事な性格描写によって迫真のドラマを生み出しています!
 また鬼気迫る表現が印象的な「思いがけなく」は流刑になったものの、不意に帰宅することになった男と家族の一様に驚く表情がその場の空気を凍りつかせています。このあとドラマがどのように展開していくのかとても気になりますし、人々の表情があまりにもリアルで映像のハイライトを切り取ったような緊迫感さえあります!構図の素晴らしさも特筆ものと言っていいでしょう!

 これほどの実力がありながらもその画業が世界的な影響を及ぼすことがなかったのはロシア革命以後、ソビエト政府によってレーピンが社会主義リアリズムの急先鋒として崇め奉られてしまったことが大きいようです。
 今回の展覧会はロシア激動の時代に生きた天才画家レーピンの真の実力と精神性を本当の意味で目の当たりにする貴重な機会になるのではないでしょうか!



【展覧会情報 

会場      Bunkamuraザ・ミュージアム 
        東京都渋谷区道玄坂2-24-1
会期      2012年8月4日(土)~10月8日(月) 

入場料      一般=1,400(1,200)円
        高大生=1,000(800)円
        小中生=700(500)円
        *( )内は前売/20人以上の団体料金
        *障害者手帳をお持ちの方は無料

休館日      会期中無休
開館時間     10:00~19:00(金・土曜日は21時まで開館)

        *入館は閉館の30分前まで
問い合わせ   03-3477-9413

主催      Bunkamura
回展      2012年10月16日(火)~12月24日(月・祝)浜松市美術館
        2013年2月16日(土)~3月30日(土)姫路市立美術館
        2013年4月6日(土)~5月26日(日)神奈川県立近代美術館葉山
公式サイト   http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_repin.html


2012年8月21日火曜日

フェデリコ・フェリーニ 「道」







 この映画は昔から哀愁に満ちた「ジェルソミーナのテーマ」が有名でした。どことなく気だるい雰囲気で開始されるのですが、明るいメロディとは裏腹に人生の悲哀をギュッと凝縮したようなとても切なく心にしみる音楽ですね!映画の中で音楽がこれほど空気のように浸透し、映像との密接な関係を築きながら名作として結実した作品はあまり例がないかもしれません。  
 この映画において「ジェルソミーナのテーマ」は映像を引き立てるだけでなく、それ自体が情景を浮かび上がらせる主役の一つにさえなっているのです。フェリーニ監督の数々の作品に音楽を書いたニーノ・ロータの最高の音楽の一つと言えるでしょう!

 もちろん、主演のザンパノ役のアンソニー・クインやジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナも最高の演技を披露しています。粗暴で荒くれ者のサンパノをクインはまさに等身大で演じています。特に最後のシーンで夜の砂浜に佇み一人嗚咽して泣くシーンはクインだからこそこの映画を強烈に印象づけられたのだと思います。
 アンソニー・クインの全身から発する野生的な雰囲気は決して昨日、今日作られた類のものではなく、生まれながらにして持っている魅力なのでしょう!
 ところが、随所で寂しげな表情を垣間見せる様子が実はザンパノという人間がただ単純で野蛮な人間ではなく、どこにでもいる心が弱い人間像として巧みに表現されているのです!

 しかし、何と言っても素晴らしいのはジェルソミーナを演じたジュリエッタ・マシーナでしょう。やや知的障害があるのだけれど、いつも明るく心は天使のように優しく純粋なジェルソミーナ……。軽度の知的障害者とは言え、そのような役を演じきるのは大変に難しいことと思われます。なぜなら言葉や表情で巧みに表現したいと思っても、知的障害者にとって言葉で伝達することはある程度限界があるし、気持ちの表現も健常者とはちがう様々な難しさがあるからです。
 しかし、ジュリエッタ・マシーナは違いました。まるで生まれながらにお人好しで純粋無垢な女性、ジェルソミーナを哀しいくらいに美しく生き生きと表現するのです!まさにマシーナ以外ではこの配役は考えられなかったといっていいでしょう。

 この映画の最大のドラマはジェルソミーナが綱渡り芸人と出会うところから始まります。ある日、綱渡り芸人が弾いていたヴァイオリンの音色に強く惹かれるのですが、それが「ジェルソミーナのテーマ」だったのです。いつもはふざけたことを言ったり、からかったりする綱渡り芸人なのですが、なぜかジェルソミーナとは気が合い、芸で共演するうちに交流が続くようになります。綱渡り芸人もジェルソーミーナといる時は素の自分に戻れるからなのか、心を許していくのです。そしてある日とても尊い言葉を口にするのです……。

 この映画では「人間の存在する意味」、「愚かさと罪」、「愛と許し」のようなキリスト教的な価値観、人間観が実に丁寧に描かれています。そして誰もがその登場人物に自分の姿を照らしあわせて、ある時は深くため息をつき、ある時は心を痛めるのです。