2012年3月3日土曜日

アンリ・マティス「模様のある背景の装飾的人体」




Figure Décorative sur Fond Ornemental








 こういう絵を描く人を称して「絵心」があるというのでしょう!作品は背景の唐草模様が平面的な体裁になっており、ある種のテキスタイルデザインのようにも見えます。しかし、その背景を背にして座る女性は立体的な姿態となっており、技法的には何か矛盾しているかのように思えなくもありません。
 このような技法上の冒険を冒すとちょっと間違えればとても収拾のつかない惨憺たる作品になる可能性は充分にあるのですが、さすがはマティス!そこは並外れた色彩感覚や造形感覚で充分に絵に意味を持たせています。既成概念を持たず、真にクリエイティブな発想を持っているからこそ誕生した作品といえるでしょう!
 それにしても何と言う絶妙な構図と美しい色彩でしょうか!色彩と色彩の響き合いは絶妙なバランスと適度な温もり感を生み出し、とても快適な空間を作っているのです。また背景の模様のカーブと人体の曲線が有機的な形として溶け合い、音楽的な心地よいリズムを生み出しているではないですか。


マティスの絵は見る人の感情を乱したり、衝撃を与えることは決してありません。むしろ日常の空間に潜むさまざまな発見や自然な調和を描いているのだと思います。ゴッホやピカソの絵は素晴らしいのですが、いざ「家に飾ったらどうか?」と言われたらやはり良くも悪くもインパクトが強くて住空間に溶け込みそうにありません。それに比べマティスの絵はすんなりと部屋に溶け込み、誰でも快く受け入れてくれそうな気がするのです…。
 「こんな絵だったら、自分でも簡単に描けるんじゃないの」と思われた方!とにかく一度模写してみられることをお勧めします。そうすれば形は真似できたとしても、この作品の持つ半端ではない造形感覚、色彩感覚、閃きにきっと驚かれるに違いありません!
 以前ロートレックが生きていれば名デザイナーになっていたのでは?と書いたことがありましたが、マティスの場合は画家でありながら魅力的なデザイン的要素を過不足なく持ち合わせており、ある意味で後のグラフィックデザインの源流を作った人と言ってもいいのではないかと思います。



2012年2月28日火曜日

アルパン・ベルク ヴァイオリン協奏曲









世に多くの作品あれど、これほど独特の情念と強いインパクトを持った作品は少ないでしょう。この協奏曲を一般的な華麗でダイナミックな協奏曲というイメージで聴くととんでもない違和感を覚えるかもしれません。ベルクのヴァイオリン協奏曲は20世紀の混沌と不安の時代の要素を色濃く反映しつつ、魂の浄化に至る過程を表現した極めて訴えかける力の強い傑作です!

この作品は様々な経緯から生まれた作品です。そもそものきっかけはアメリカのヴァイオリニスト、ルイス・クラスナーからヴァイオリン協奏曲の作曲依頼を受けたことが始まりでした。しかし、ベルクはこの依頼に必ずしも積極的ではありませんでした。当時ベルクはオペラ「ルル」を足かけ6年にわたって作曲中だったのです。ベルクにとって作曲の依頼を引き受けることは「ルル」の作曲を中断せざるを得ないに等しいことなのでした。

しかもベルクは作曲に対して一切妥協しない人で、音楽は推敲に推敲を重ね自分が完全に納得しなければ作品そのものを世に出さない人でした。それは生涯に書き上げた作品がわずか10作品ほどという大作曲家としては異常な少なさにも表れています。しかし、当時経済的に困窮していたベルクにとってこの仕事はありがたく、当分の間は自立していけるだろうという思いで作曲したことも間違いないでしょう。

作曲を引き受けてみたものの当初は格別なテーマが見つからず、苦悩するのですが、ひとつの出来事がこの協奏曲の作曲へと走らせます。それはアルマ・マーラーの娘マノンが18歳で亡くなったことでした。ベルクはマーラー家と親交が深く、マノンを実の子のように可愛いがっていたのです。マノンの死はベルクに深い悲しみと衝撃を与え、この少女のために音楽で哀悼の想いを捧げようと決心したのがヴァイオリン協奏曲だったのです。

この作品はわずか3か月というベルクの作品としては異例の早さで曲が完成しました。世の混沌から復活そして闇から光へ…。この曲にのめり込むと作品の持つ潜在的な力とメッセージ性の尋常ではない強さに心奪われるようになるのではないでしょうか…。ベルクは12音技法にあらゆる感情やロマン的な要素を融合しつつ、第2楽章後半ではバッハのコラール主題をモチーフにする等、厳しくも透明で崇高な世界を表出しています!

演奏は初演のクラスナーの演奏が当然のごとく素晴らしいのですが、残念ながら音が悪く貴重な記録として留めたいと思います。モノーラルのライブながら、シゲティのヴァイオリンとミトロプーロス指揮ニューヨークフィルの演奏は実に奥行きが深く、演奏効果も素晴らしいので真っ先にお勧めしたいですね。
録音が比較的新しい演奏ではチョン・キョンファのヴァイオリンとショルティ指揮シカゴ交響楽団が優れています。特にチョンのすべてを注ぎ込んだといってもいいような緊迫感漲る渾身の演奏が光ります!これくらい曲に没入しなければ、この曲の真価は発揮されないということでもあるのでしょう!ただし現在CDは廃盤になっており、また再プレスされるのを首を長くして待つしかないようです。
比較的手に入りやすいCDとしては渡辺玲子のヴァイオリンとシノーポリ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏がいいでしょう。この演奏はすべてにバランスがとれています。ヴァイオリンの音色、オーケストラの豊かな安定した響きを含め、作品の全体像を把握する上では最も適したディスクかもしれません。