「セザンヌの絵って具象なの?抽象絵画なの?」と尋ねられることがたまにあります。
これはとても難しい質問です…。
なぜならセザンヌは形のとらえ方としては具象的な眼でモチーフを見ているのですが、コンセプトとしてはかなり抽象的な発想や視点で見つめているため、初心者のかたにはちょっと分かりにくいという困った問題が出てくるのですね……。
たとえば、ルネッサンス期、バロック時代、ロマン派の巨匠はモチーフがあってそれを丹念に描写することによって、絵としての風格や価値を獲得することができたのですが、セザンヌの絵は描かれた観点がかなり違うのです。
目に見える形を追うというよりは、モチーフに内在する要素や空間を生み出す法則などに着目して、セザンヌの眼のフィルターを通して絵を再創造しているのです。ですからセザンヌの絵には他の絵にはない独特の空気感や存在感、色調が伝わってくるのです。
さて、現在オルセー美術館展(2014年、国立新美術館)で展示されているセザンヌの絵は彼の真髄をかなり示した傑作揃いといえるでしょう。
この『スープ入れのある静物』もセザンヌらしさが全開といってもいい傑作です。セザンヌはリンゴをたびたびモチーフに選んでいますが、一般的に描かれる新鮮で美味しそうな果物というイメージはあまり伝わってきません。
いや、セザンヌは新鮮で美味しそうなリンゴを描こうとか、容器の質感を描こうということにはほとんど関心を払っていないようです……。それよりは、ひたすら物の存在や物が置かれた空間の関係性や空気感を表現しようと躍起になっているように感じられるのです。
スープ入れの容器のどっしりした重量感やリンゴが持つゴツゴツとしたマチエールや存在感、幾度にも重ね塗られた色彩のマチエールや計算された色彩のバランスはこの静物が置かれた空間を崇高なモニュメントのように演出しているのです。
印象派とは一線を画したセザンヌの絵の出現によって、20世紀抽象絵画の発想の原点や新時代の絵画の扉は開かれたといっていいのかもしれません。