2014年6月9日月曜日

モーツァルト ピアノソナタ第16ハ長調K.545










愛らしく無垢なピアノソナタ

 この作品はピアノの練習曲として大変有名ですが、愛らしく美しいメロディが宝石のように充満した紛れもない名曲です。ピアノを学習する人たちが音楽の魅力を存分に味わいながらレッスンに励めるような配慮がなされていて、改めてモーツァルトの見識の高さを感じますね!

 さて、K.545は初心者のレッスン用と銘打たれていますが、それはあくまでもテクニックの観点からとらえた場合にのみ適用される言葉であって、作品の内容、音楽性はとてもとてもそんなものではありません。曲の本質を表現しようとすればするほど、そのあまりの難しさに気づき、モーツァルトは何という曲を作ったのだろうとただ唖然とするしかないのです……。

 この作品は借金に追われるなど、経済的に最も困窮していた時期に書かれた作品でもあると言われています…。しかし、モーツァルトの音楽から聴こえてくるのは微笑みに満ちた愛らしい音楽で、暗い影を微塵も感じさせません。やはり彼は私たちを音楽で幸福にしてくれる天性の音楽家だったのでしょうか…。




モーツァルトの澄み切った魂が
垣間見れる作品

 まず、有名な第1楽章の主題の流れるような美しさと無垢な音楽の表情にいっぺんに虜になってしまいます。中でも、中間部のト短調からニ短調、イ短調からヘ長調へと移行する虹の階段を昇るかのような音色の妙は素晴らしく、涙と微笑みが交錯する印象的な旋律が次々と奏でられていきます! この部分はモーツァルトでしか書けない音楽でしょうし、彼一流の感性が光った瞬間と言えるでしょうね。

 第2楽章は足早に淡々と音楽が流れていきます。けれども、その中にどれほど無限のニュアンスが込められているのでしょうか…。自分の内面を見つめるような音楽の深い味わいははかりしれません。ちょっと聴いただけだと平和な音楽のように聴こえますが、モーツァルトの澄み切った魂が垣間見えるのです。弾き方によって音楽は一変すると言ってもいいでしょう。

 第3楽章ロンドも可愛らしいという表現がピッタリの無垢な音楽ですが、そういえば最後のピアノ協奏曲27番ロンドでも同様の可愛らしい主題の音楽を作っていたことが思い出されます。

 演奏は意外に難しく、魅力を充分に伝える演奏となるとお勧めできるCDはかなり限られてきます。その中でも特に素晴らしいのはリリー・クラウスが弾いたCBS盤です。音がやせたり、繊細にならないで、モーツァルトの多様な音色の変化や即興的な閃きを自在に表現しているとろがクラウスならではです。もちろん造形もしっかりしていますし、情緒に溺れることもなく格調高いモーツァルトを堪能できるのです!