2014年3月22日土曜日

忘れられないアーティストたち  フルトヴェングラー(1)

           
















ベートーヴェンの唯一無二の魅力

 フルトヴェングラーがこの世を去ってから既に60年ほどの歳月が流れました。返す返すも残念なのは、彼がステレオ録音時代に入る前に世を去ってしまったということです。もしせめて、あと5年だけでも生きていてくれたならば、おそらくステレオ録音の名演奏も数多く残していてくれたのだろう……という無念な想いがいつも胸をよぎるのです。

 私にとってフルトヴェングラーという人は巨匠、天才指揮者という以上に、演奏芸術や指揮の奥深さを実感させてくれた水先案内人という印象が強いのです。彼が残した数々の名演奏の中でも圧倒的に素晴らしいのは、やはりベートーヴェンの交響曲でしょう。特に第9と第5、第3「英雄」は今もなお比較する盤がないくらい別格的な演奏と言っても過言ではありません。

 第9は有名なバイロイト盤をはじめとして、ライブ演奏も含めると何と8回も録音しており、いかにこの曲の本質を理解し、共感していたかを物語っているといえるでしょう。



第9の魅力を教えてくれたフルトヴェングラーの名演

 この曲の最大の関門は抽象的で神秘的な第1楽章です。この楽章が最初にあるため「第9は難しい」と敬遠される方も少なくないのではないかと思います。「哲学的」であるとか「形而上学的」と評されるように、理屈で音楽を表現しようとしても何も語りかけない難解な音楽で、多くの指揮者が表現に苦心惨憺するところなのです。    
 バーンスタインやカラヤンが指揮した第1楽章を聴いた時はまったく意味が理解できず、ますます第9は遠い存在になってしまったことを覚えています……(^_^;)。

 ところがフルトヴェングラーの第9の第1楽章はまったく違いました! それは今や伝説的とも評される有名なバイロイト盤との出会いでした。冒頭からまるで別世界で音が鳴っているような苦渋に満ちた重々しい響きやスケール雄大な独特の雰囲気に満たされ、一瞬にして私の心をつかんで離さなくなったのです…。
この時初めてベートーヴェンの第9の本当の偉大さを実感しましたし、また、こんなにも芸術的に第9を振る指揮者が世の中にいたのか!という驚きと感動が心の中を熱いもので満たしていったのです。

 以来、ベートーヴェンの第9の第1楽章は大好きになり、俄然フルトヴェングラーの芸術は心の奥深くに記憶されたのでした。 今なおこの第1楽章を深遠に意味深く伝えてくれた人は後にも先にもフルトヴェングラーしかいません。もちろん第2楽章のテンポの流動を伴う強靱な意志力の表出、時間の経過を忘れるような第3楽章の深い瞑想と崇高な祈り、そしてコーラスと管弦楽が渾然一体となった恐るべき第4楽章等の素晴らしさは言うまでもないでしょう! 

(第2回に続く)










2014年3月19日水曜日

「赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界」








『東京裁判』(1983年、小林正樹監督)赤松氏によるタイトルデザイン






文字の訴求力の強さ=映画タイトルデザイン


 私たちがいつも接している大事な情報に「文字」があります。
 本の表紙には必ず書籍タイトルがありますし、展覧会や演劇のチラシにも必ずタイトル文字が使われています。最近ではWebデザインの世界でもポイントになるフォントの役割の大きさがクローズアップされています。  

 しかし「文字」は見やすい、わかりやすいだけでなく、人の心に忘れられない印象や作品の世界を植え付けることこそ大きな醍醐味なのです! 
 この文字をどう見せるか、扱うかは制作者のセンスと技量にかかってきますし、訴求効果の高い、とてもやりがいのある作業といっていいでしょう。

 さて、東京国立近代美術館で4月より開催される「赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界」は、そのような「文字」の効果を最大限に生かした芸術をご紹介する展覧会です。映画の世界をより端的に表現したといってもいい、様々な表情を持った赤松陽構造氏の文字の世界……。
 出来上がった作品を拝見すると、制作者の息づかいが伝わってくるような気がするのですが……。
 この展覧会では無声映画時代からのタイトルデザインの歴史についても同時に紹介されるとのこと。楽しみな展覧会です。






 題名のない映画はありません。どんな映画も、題名とともに観客の記憶に刻まれてゆきます。そして、上映が始まる時、題名の文字がどのようにスクリーンに現われるかも映画の楽しみの一つでしょう。字体や大きさや色、動き方によって題字やクレジットタイトルが映画に与える効果は大きく異なりますが、それを具体的な形にし、映画の魅力を高めるのがタイトルデザインという仕事です。そのためにはデザイン力の高さだけではなく、作品世界の的確な把握、文字を描くための技術的熟練、そして鋭敏なインスピレーションが求められます。
 この展覧会「赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界」では、現代の映画タイトルデザイン界の第一人者である赤松陽構造氏の業績を紹介するとともに、無声映画時代から華やかな字体で映画を彩ってきた日本のタイトルデザインの歴史についても解説します。『東京裁判』(1983年)のタイトルで大きく注目された赤松氏は、これまで黒木和雄・北野武・黒沢清・阪本順治・周防正行監督作など400以上の作品にタイトルを提供し、現代日本映画を支えてきました。つい忘れられがちながら、常に映画の本質を担ってきた映画文字の芸術をお楽しみください。(展覧会・公式サイトより)


赤松陽構造  あかまつ・ひこぞう
1948
年、東京都中野区生まれ。1969年に急逝した父親の跡を継いで映画タイトルデザインの仕事を始めてから、現在までに400以上の作品を担当、現代日本の映画タイトルを代表するデザイナーとなる。日本タイポグラフィ協会会員。第66回毎日映画コンクール特別賞、文化庁映画賞[映画功労部門]を受賞(いずれも2012年)。(展覧会サイトより)


展覧会構成

・映画のタイトルデザインとは
・日本の映画タイトルデザインの歴史
・赤松陽構造の映画タイトルデザイン
・赤松陽構造の仕事部屋


会期     2014415()810()
       *月曜日および527日(火)から529日(木)は休室です。
開室時間   11:00am-6:30pm(入室は6:00pmまで)
休室日    月曜日
観覧料    一般210円(100円)/大学生・シニア70円(40円)/高校生以下
       及び18歳未満、障害者(付添者は原則1名まで)、MOMATパスポート 
       をお持ちの方、キャンパスメンバーズは無料

       *消費税増税に伴い、201441日以降、一般(個人)の観覧料を
       210円に改定いたします。
       *料金は常設の「NFCコレクションでみる 日本映画の歴史」の
       入場料を含みます。
       *( )内は20名以上の団体料金です。
       *学生、シニア(65歳以上)、障害者、キャンパスメンバーズの
       方はそれぞれ入室の際、証明できるものをご提示ください。
       *フィルムセンターの上映企画をご覧になった方は当日に限り、
       半券のご提示により団体料金が適用されます。
協力     株式会社日映美術、宮下印刷株式会社





2014年3月18日火曜日

J.S.バッハ 管弦楽組曲第1番ハ長調BWV1066











明暗を分ける管弦楽組曲

 バッハの管弦楽組曲といえば昔から圧倒的に2番と3番が有名で、CDでハイライト盤が組まれる場合はほぼ例外なく2番、3番が選ばれてきたと言っていいでしょう。
 2番と3番はバッハの作品全体の中でも演奏される機会が多く、録音が多いことでも有名でした。それに比べると地味で(人気がないとは言いませんが…)不幸な立場にある1番と4番ですが、それではバッハの作品としては不出来な部類なのでしょうか……。
 いえいえ決してそんなことはありません。2番のパディヌリや3番のエアのような人気曲こそありませんが、充実した構成と創造的な音楽の展開はバッハの音楽を聴く醍醐味でいっぱいです。

 特に1番の序曲は伸びやかで晴朗な響きが快く、希望の芽が段々と膨らんでいくような実感があります。数々の舞曲も新しい試みでいっぱいで、音楽の息吹が全編にみなぎっています。



不人気な1番、4番に光を照らしたゲーベル

 1番と4番については2番と3番が素晴らしいリヒターやカザルスがもう一つなのですが、ラインハルト・ゲーベル指揮ムジカ・アンティーク・ケルン(アルヒーフ)の演奏がこれまでのバッハ演奏の常識を覆した素晴らしい演奏です。スピーディーなテンポなのですが、とにかく響きが新鮮でセンス満点!壮重な構えはないのに過不足な感じがまったくありません。
 それよりもバッハの音楽には、こんな意味もあったのか、こんな処理の仕方もあったのかと驚くことばかりなのです!

 通常だと序曲は壮麗な響きで重厚感たっぷりの演奏スタイルがとられることが一般的なのですが、ゲーベルはそのような常識的なスタイルや音楽の流れにとらわれることは一切ありません。形だけをとれば、とてもバロックスタイルとはほど遠いように思えますし、人間的な温かみがでないように乏しいように感じてしまうでしょう。しかし、バッハの音楽の本質をしっかりと把握しているため、違和感がないのです。

 とにかくゲーベルの演奏は影に隠れてしまいがちな管弦楽組曲の1番、4番に市民権を与えたとも言える名演奏ではないでしょうか!