不幸な運命を背負ったオペラ
プッチーニは19世紀イタリアオペラの大家ヴェルディと並び称されたり、ヴェルディの衣鉢を継ぐオペラ作曲家だと形容されたりします。
しかし、その作風はヴェルディとは大きく異なります。心理的でドラマチックな音楽を書いたヴェルディに対して、叙情的で感覚的な音楽を書いたプッチーニ。
音楽の性格は大きく異なる二人ですが、イタリアオペラだけでなく、オペラ界の発展に大きな足跡を残した二人であることに異論の余地はありません。
さて、今回採り上げたいのはプッチーニの比較的後期のオペラ「つばめ」です。「つばめ」が発表された1917年は「ラ・ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」等のいわゆる三大オペラを世に送り出してから、10数年の歳月が流れていたのでした。
しかし、このオペラは運命のいたずらなのか、作品の成り立ちから発表に至るまで多くの不幸が重なってしまい、現在でも誤解や呪縛から完全に解き放たれてはいないし、正当な評価を受けているといえない状況なのです。
そもそも前作のオペラ「西部の娘」の公演でオーストリアを訪れた際にオペレッタの作曲家レハールと会ったのが作曲のきっかけでした。その後、レハール付きの劇場支配人からオペレッタを作ってほしいとの依頼がきます。でもプッチーニの感性からしてオペレッタは性に合わなかったのでしょうね……。
台本も気に入らなかったようですが、それ以上にオペレッタの喜歌劇的な作風がプッチーニにはどうにもネックだったようです。依頼を受けたとはいえ、彼の持ち味である悲劇的なペーソスを加えなければ作品を完成させられないと思ったのは至極当然といえば当然でしょう。
その後、世界大戦の勃発でオーストリアとは敵対関係に陥ったり、版権問題のこじれ、第三幕パートの焼失、イタリア初演の不評等、プッチーニを悩ませる問題が続出し、作品は次第に忘れ去られていったのでした……。
しかし乱暴な言い方を許されるならば、ケガの功名というか……、オペレッタを念頭に置いて作曲されたことと、ウィンナワルツを多用した作風がプッチーニの他の作品にはない開放感と心地よさを備えているのも事実なのです。
ハッとする美しさ!
繊細な感情を映し出す音楽
あらすじは次のようになります。
“パリのとある豪華なサロン。恋多き女でサロンを主宰するマグダが「ドレッタの美しい夢」という詩を完成させる。すると詩人プルミエが「あなたはつばめのように夢の国へと海を渡っていくが、 また元の巣に戻ってくるだろう…」と彼女の人生を占う。
ある時、知人の息子ルッジェーロがパリに出て来る。マグダはルッジェーロに運命的な出会いを感じ、彼に近づくとやがて二人は恋に落ちる。
数カ月間暮らしを共にし、幸せな時間が流れた。ルッジェーロは故郷の母に結婚の承諾を得て、晴れてマグダと一緒になるはずだった……。
しかし、マグダは自分が汚れた身であることを打ち明け、偽って結婚することはできないと言って涙ながらにルッジェーロに別れを告げるのだった。”
それにしても音楽は美しくロマンチックな香りが漂い、忘れ難い印象を与えてくれます…。なぜこれまで上演の機会が少なかったのかが、不思議でなりません。
まず、オープニングの前奏曲から快活でメッセージ性に溢れた主題が耳にも心にも飛び込んできます!
また、プッチーニらしい翳りを帯びた美しい情感や個々の楽器の持ち味を活かした雰囲気づくりもそこかしこに現れ、最高です。声楽と管弦楽が織りなすロマンティックな響きも絶品ですね。
そして、第一幕全体に流れるアリア「ドレッタの美しい夢」の何と慎ましやかなことでしょうか! 自己主張するわけではないのに、さり気ないメロディが醸し出す懐かしさやほのかな哀感が心に沁みます。
第二幕の舞踏会場での熱気と興奮、高貴な雰囲気も最高です。停滞することなく展開される流麗なメロディが素晴らしく、これにプッチーニ独特の哀愁が絡まると夢のような世界が生み出されていくのです。
つばめの素晴らしさを
再認識させたパッパーノ盤の名演
演奏はアンジェラ・ゲオルギュー(S)、ロベルト・アラーニャ(T)、アントニオ・パッパーノ指揮ロンドン交響楽団、その他(ワーナー・クラシック)が断然美しく、このオペラの本質を突いた唯一無二の名演奏です!
まず何といっても主役の二人が素晴らしいですね!
まさに適役と思えるゲオルギューのマグダへの感情移入! 主人公の揺れる心や繊細な感情をものの見事に表現しています。ゲオルギュー自身もこのオペラに対して深い愛情を抱いているようで、あらゆる場面で表現にまったく違和感がありません。
アラーニャの透明感あふれる歌声も素晴らしく、終始安心して聴くことができ、このオペラに華を添えています。
そして忘れてはならないのがパッパーノの指揮でしょう! オケとの呼吸が抜群で、メリハリが利き、シルクのようなみずみずしい響き、繊細な情感も最高の一言です!劇場の華やいだ情景が浮かんでくるようです。
録音は1997年ですが、このライブがオペラとしての「つばめ」の魅力を再認識させ、再び上演の渦が湧き上がってきたことは間違いないでしょう。今後ますます魅力的な舞台、演奏が上演されることを願ってやみません……。