ラヴェルは管弦楽のスペシャリストとしばしば呼ばれます。そもそも、ムソルグスキーの代表作「展覧会の絵」も、ラヴェルのアレンジした管弦楽によって最高に愉しく生き生きした名作として蘇ったのです。
ここで紹介する亡き王女のためのパヴァーヌは1899年の作品ですから、ラヴェルが個性を確立し、それが全開する前の作品ということになります。このわずか5分あまりの作品に託された美しい詩情や癒しの音は何と表現したらいいのでしょうか……。
その美しさは透明水彩のにじみやかすれで浮かび上がるはかない夢のような情景を優雅に繊細に奏でていきます。後年の管弦楽作品やピアノ曲が有彩色の煌びやかな作品だとすれば、この作品は墨絵のように濃淡の微妙な変化で描かれた慎ましやかな作品といえると思います。
この繊細さや単色で描かれる静謐な響きが日本人の心にも容易に受け入れられるのでしょう。
この世には口ずさめる多くのクラシックの小品があります。この曲も当然、クラシックのスタンダードナンバーの一つに数えられるでしょう。ただ、この曲が他の有名な小品と決定的に違うのは、真似の出来ない独自の雰囲気や音彩を持っていることでしょう。
この曲はジャン・マルティノン=シカゴ交響楽団の録音が、楽器を意味深く鳴らし、高雅な響きを引き出して魅了します。中間部のみずみずしくもはかない情感は何ともいえません。
ピアノ版は宮沢明子の1975年のライブが素晴らしい出来ばえです。どこを誇張するというわけではないのですが、真摯に曲に向き合い、この曲の持つ美しさ、はかなさ等を余すところなく表現しています。
このアルバムに収録されている曲はどれも最高の完成度を誇っております。特にドビュッシーの二つのアラベスクは自由で洗練された音のバリエーションが次々と表れ、抜群のニュアンスと共に、至福の時間を約束してくれます。ラモーやリュリも小品とは思えないくらい曲を愛し、確信を持って弾かれていることに気づかされます。
宮沢さんは40年ほど前に家にあったレコードで、その存在を初めて知りました。当時、小学生になったばかりの私は宮沢さんが弾くヘンデルの「調子の良い鍛冶屋」やラモーの「めんどり」等の奥行きのある演奏に非常に感動した思い出があります。いわば、クラシックの素晴らしさに初めて目を開かせてくれた人だったのでした。