2016年5月30日月曜日

パウル・クレー 『パルナッソスへ』









音楽的感性を
心の動きに高める

 かつて音楽を絵のモチーフにしたり、色彩のハーモニーを音楽になぞらえて絵を描いた画家がいました。
 カンディンスキー、デュフィ、ホイッスラーはいずれも音楽的な感性で創作した画家と言っていいでしょう。

 ただし、カンディンスキーは音楽的なイメージを抽象的な視覚効果として表現した人ですし、デュフィは音楽の醸し出すイメージを色彩と形で表現し、ホイッスラーは色彩と形の音楽的調和に美を見いだそうとした人でした。

 そのような人たちに対して、パウル・クレーの絵は一種独特の個性を持っていたのでした。クレーの両親はともに音楽家で、自身も小さいときからヴァイオリンに親しむなど、音楽に満ち溢れた環境に身を置いていたようです。また絵や文学にも大変造詣が深く、バウハウスでも教鞭をとったりと、あらゆる面で芸術的感性に秀でた人だったようですね。

 クレーも前述の画家同様に音楽的な発想で絵を描いた人でした。ただし、カンディンスキーやデュフィらと決定的に違うところがあります。それは音楽的なイメージを目に見えるように表現することが目的なのではなく、音楽的な発想や展開・生成を創作の材料として心の動きを伝えることが彼のモットーだったのです。
 たとえばそれは共鳴、信頼、愛情、悠久な時、安定等のように様々なメッセージを喚起したり、人間の内面の世界を照らし出そうとしていたのでした。 



リズムや階調が織り成す
神秘の様相

 クレーの代表作『パルナッソスへ』も音楽的なインスピレーションと調和を主軸に描かれた作品として有名です。絵の上部に位置するのが、ギリシャ神話で言う音楽と詩の神アポロンとミューズの居住地であるパルナッソス山だそうです。

 この絵を見て驚くことがあります。それは幾重にも描かれた様々な色彩の層やそれから構成されるグラデーションが何と見事に互いを引き立てあって美しい調和を生み出しているではないですか!
 それは音楽で言うト短調かもしれないし、ト長調かもしれない……。また半音階下の嬰へ短調かもしれない。まるで様々な音階とハーモニーが絶妙な組み合わせで成り立っているように色彩や形、リズムや階調が織り成す神秘的な様相に心打たれるのです!

 全体を貫く色彩の温かさと点描の矩形が形作る奥行き感はこの絵に独特の世界感を与えていることはもちろんですし、様々な要素が溶け合った素晴らしさがご理解いただけるのではないでしょうか! 



ピュアで温かい絵

 一般的にクレーの絵は抽象絵画として位置づけされますが、抽象絵画にありがちな冷たさや距離感がありません。それは彼の音楽的な感性やデリカシーが絵に投影されていることもあげられるのでしょうが、一番大きいのは豊かな精神性と絵に対する純粋無垢な心に尽きるのではないでしょうか。

 クレーの絵はピュアで透明感にあふれており、気高く飾り気がない表現が何のわだかまりもなく私たちの心に入ってくるのでしょう。
 晩年はナチスドイツの不当な扱いに苦しんだり、病気に冒されたり……と決して恵まれたものではありませんでした。しかし、クレーの絵は今も悩める多くの人の心の友であり、静かに微笑みかけるように私たちに語りかけてくるのです。