2012年12月21日金曜日

ヘンデル オラトリオ「サウル」追加








 「サウル」は以前もお話しましたように、ヘンデルのオラトリオの中でも屈指の傑作ですが、それだけでなく彼のすべての作品を含めても最高傑作の一つと言っていいのではないかと思います。たとえば、冒頭の序曲に続く10分ほどにも渡る民衆の声を表現した壮大な合唱やフィナーレのダビデを讃える合唱等はそれだけでも血湧き肉躍る感じですね! 最近のCDではヤーコブス、マクリーシュ、ブッダイ、リリングと充実した名演奏が相次いで世に出されました。隠れた名曲が再認識される意味でも、これは本当にうれしいことですね!

 ヤーコブスやブッダイの演奏を聴いた時に、当分はこれ以上の演奏は現れないだろうと思っていましたが、そう思ったのもつかの間、今年の後半になってさらに凄い演奏が現れました。それがハリー・クリストファー指揮シックスティーン(coro)の演奏です!

 ヘンデルの「サウル」は音楽的にもストーリー的にも内容が濃く充実した作品ですので、上っ面を撫でたような演奏では到底満足することは出来ません。クリストファーズとシックスティーンの演奏はこれまで「エステル」や「サムソン」、「メサイア」(いずれもHyperion)等のヘンデルのオラトリオの録音があり、たびたび聴いたりもしました。
 クリストファーズの端正な指揮やシックスティーンの抜群の音楽性とテクニックは誰もが認めるところでしょうが、正直言って今まで彼らの演奏で感動したことはほとんどありませんでした。表現があっさりしているというのか、「もっと作品の魂の部分に迫ってほしい……」、という物足りなさをいつも感じていたのです。

 しかし2000年以降録音された最近のディスクはこれまでとは違い、一皮も二皮も剥けた素晴らしい演奏を繰り広げるようになったのです。その代表例がビクトリアの「聖週間のレスポンソリウム集」やヘンデルの「メサイア」、「シャンドス・アンセム」(いずれもcoro)なのですが、かつての録音とは比べものにならないくらい深みを増し、表現にも磨きがかかってきました。

 ところでこの「サウル」は何が凄いのかというと、まず楽器をしっかり鳴らし、豊かで堂々たる響きを生み出していることでしょう!しかも奇を衒わない正攻法なスタイルがとても心地よく、「サウル」の演奏によくありがちな重苦しい雰囲気がまるでありません。基本的にクリストファーズはむやみやたらに大音量で圧倒するのではなく、作品をよく理解した上で自然に導き出された実在感のある響きを実現しているのです。

 「サウル」は決して深刻なドラマではありません。したがって演奏が暗くなってしまうと最後まで聴き通すのが辛くなってしまいます。特に「サウル」は大作だけに、劇中に出てくる様々な音楽的要素がうまく処理されないと音楽の流れが緩慢になってしまうのではないでしょうか。そのような点でクリストファーズの解釈や演出は最高で、最後まで胸をワクワクしながら聴き通すことができるのです!

 そして、シックスティーンの合唱の素晴らしさ! 特に第一部の最後の合唱「栄光に満ちたあなたの名のため」のゾクゾクするような神秘的で透明感の際立つ歌声!! こんなアプローチがあったのかと感心してしまいますが、おそらく中世やバロックのミサ曲や聖歌を真摯に研究し歌ってきた彼らだからこそ、こんなに崇高でしっとりとした表現が可能だったのかもしれません。
 ここだけに限らず、第二部の最後の合唱「ああ、怒りを抑えられずに」、フィナーレの「権力ある英雄よ」等、変幻自在な歌唱スタイルと虹のように溶け合う至純のハーモニーが合唱の奥深さと醍醐味を実感させてくれます!
 また、通常カウンターテナーで歌われることの多いダビデですが、ここではアルトのサラ・コノリーが歌っています。コノリーは繊細で奥ゆかしい表情を見事に表現しており、カウンターテナーではもの足りないと思われていた方にとっても最高の贈り物となったのではないでしょうか。
 とにかく録音、歌、雰囲気どれをとっても最高で、音楽を聴く喜びを改めて実感させられたひとときでもありました。