愛のまなざしと詩的な描写
シューマンといえば、なんといっても歌曲!
『リーダークライス』、『ミルテの花』、『女の愛と生涯』、『詩人の恋』に代表される麗しい作品の数々は多くの歌手たちの憧れの的です。しかもこの珠玉のような作品群が同じ年に誕生した(1840年は実際に歌曲の年と言われている)というのは本当に驚きですね!
歌曲の次にあげられるのはやはりピアノ曲でしょう。
ピアノ曲では『クライスレリアーナ』や『幻想曲』のようにロマンチックなインスピレーションによって創作された作品が多いのですが、『子供の情景』のように子供を見つめる愛のまなざしを詩的に描写した作品も捨てがたい魅力があります。その『子供の情景』と同じような詩的な描写とスタイルで作曲されたのが『森の情景』です。
ただし、『子供の情景』の幸福感に満ちた情緒とは対照的に、こちらはどちらというと黄昏にたたずむ人の切なさやわびしさのようなものがテーマになっているようです。叙情的ではあるけれども、一抹の寂寥感や幻想的な雰囲気が漂うところもこの曲を独特の色調に染め上げているといっていいでしょう。
多彩で味が濃い
『森の情景』
私は音楽としては『子供の情景』よりも『森の情景』のほうに惹かれますね! 夢のようなロマン、人生の憂愁や孤独、そして無邪気な心……。テーマや旋律にしても、『子供の情景』よりずっと地味ですが、味が濃く、多彩な変化があって、シューマン独特のポエジーな世界も顔を覗かせながら、人生という尺度の中でショートストーリーのように展開されていくのです!
特に第4曲の『予言の鳥』は付点のリズムを中心に、半音階のメロディが奏でる独特の音色が幻想的な別世界を想わせ、一度聴いたら忘れられないほどに心に深く刻み込まれることでしょう。かと思えば、『気味の悪い場所』での心の闇を想わせる切迫した心境は何ともやるせない気持ちになります。
しかし、優しく愛情に満ちたまなざしも随所に現れます。
一曲目の『森の入口』は見知らぬ世界へと足を踏み入れようとする期待と不安が入り混じった複雑な感覚を優しいまなざしで描いていきます。
最終曲『別れ』は再出発を想わせる主題が希望の道筋をなだらかに描いていくようです。シューマンはこの短いフレーズで、自分自身の再起への気持ちも込めたかったのでしょうか……。後ろ髪をひかれるように過去への回想や叙情的なロマンが絡まりつつ曲を閉じます。雨上がりのような澄み切ったなつかしい情緒が辺りを照らしていくのがとても印象的です。
これはシューマンの素直な感性やデリカシーがいっぱいに詰まった音楽絵本と言ってもいいかもしれません。
魅力作にもかかわらず
録音には恵まれず
シューマンが比較的晩年に作曲した魅力作なのですが、録音にはあまり恵まれていません。
演奏で最初に感動を受けたのはクリストフ・エッシェンバッハ盤(グラモフォン)でした。とにかく一音一音に表情が変化するデリケートな音色と感性の深さにはため息が出ますし、タッチのみずみずしさに魅了されます。エッシェンバッハはシューマンの伝えたかったロマンチシズムをそのごとく伝えきった詩人なのかもしれません。
しかし、ご紹介したセットCDではどういうわけか4曲のみの抜粋盤になっています。もちろん音楽としては決定的に物足りないし、残念な状況なのですが、とりあえず貴重な記録として(何とか再販してほしいですね……)とりあげたいと思います。
シプリアン・カツァリス(テルデック)はすべてにおいてクリアーなタッチと明確な表現が特徴で、シューマンの幻想的なムードやロマンチシズムを味わいたいという人には向かないかもしれません。でも、多くの名盤が廃盤の状況の中で、こんなにストレートな表現にもかかわらず、曲の魅力を自然に伝える技量と音楽性はやはり大したものです。