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2014年2月4日火曜日

ジャン=フィリップ・ラモー オペラ=バレ「優雅なインドの国々」





Rameau: Les Indes Galantes [Box Set, Cd, Import]
Lesarts Florissants/William Christie





Rameau: Les Indes Galantes [DVD]
Lesarts Florissants/William Christie








Deuxieme Entree. Les Incas Du Perou, Scene 5
 Air Et Choeur 'Brillant Soleil'






ラモーの作品はバロックオペラの魅力満載!

 ジャン・フィリップ=ラモーの作品は高い芸術性にもかかわらず、長い間、母国のフランス以外では演奏会のプログラムにとりあげられることが稀でした。特にオペラは、ほとんど歴史の中に埋もれかけていたといっても過言ではないでしょう。しかし、1980年代頃からのオリジナル楽器全盛時にアーティストたちが盛んに演奏会でとりあげるようになると、俄然、ラモーのオペラは息を吹き返したのでした。現在、バロックオペラが盛んに上演されるようになって、ラモーのオペラは間違いなく最も魅力的なプログラムのひとつとして定着したといえるでしょう……。

 それでは、ラモーのオペラで一番親しみやすい作品って何でしょうか? 前回紹介した「カストールとポリュックス」は美しい作品で不朽の傑作ですが、最初に聴き始めるのはもしかしたら少々敷居が高いかもしれません。
 そんな中で、主人公が自分の作った彫像を愛してしまう「ビグマリオン」は一幕だけの構成ですし、ストーリーもシンプルで大変わかりやすく非常に良くまとまった作品と言えるでしょう。しかし、短いがために多少のもの足りなさを感じないわけでもありません……。




見て聴いて楽しいファンタジックな夢の世界

 そこで浮かんでくるのがオペラ=バレ「優雅なインドの国々」です。これは本当に楽しい作品ですね! バレエ音楽や舞踊曲に傑作が多いラモーですが、そこで培われた人を喜ばせる才能はこの「優雅なインドの国々」で最高のエンターテイメントとして結実しているのです。人々の心の動きや喜び、哀しみを生き生きと豊かに描き出し、何でもない日常生活の断片が美しく夢のような空間に変貌する様子が絶品です。管弦楽の素晴らしさや充実感もさることながら、ここでもラモーの無垢な音楽性や色彩感、繊細なニュアンスが光っているのです。

 舞台はプロローグに始まり、第一幕・寛大なトルコ人、第二幕・インカ帝国のペルー人、第三幕・ペルシアの祝祭、第四幕・アメリカ大陸のインディアンたちと続くのですが、それぞれ一幕完結のオムニバス構成になっており、エキゾチックな雰囲気とスペクタクル的なエンターテイメント性に満ち満ちているのです。 

 ストーリーも単純明快です。プロローグで愛の神が争の神によって人間が戦争に心を奪われていくことを憂い、世界各地に愛と平和のキュービットを送るのですが、フィナーレでそれが成就し、愛と平和に満ちた世界が広がっていくという話です。 通常のオペラによくある情念や複雑な人間ドラマに左右されることなく、見て聴いてるだけでワクワクするような展開を実感できるのです。

 それをさらに面白く見応え(聴き応え?)あるものにしているのが、各幕に置かれた舞曲でしょう。例によって劇の様々なポイントに置かれているのですが、これがラモーの秀逸な音楽によって、俄然、エンターテイメントとしての魅力を引き立てているのです。オペラ=バレと言われる所以ですが、たとえ舞台や映像に接しなかったとしても、ラモーの音楽を聴くだけで(特に管弦楽曲)充分に魅力的かもしれません!

 リズミカルで色彩豊かな管弦楽、淡いニュアンスに彩られた雰囲気、民衆の喜び、歓喜を代弁するような金管楽器のファンファーレ等、最初から最後まで贅沢な夢物語を想わせる音楽の力に、いつしか聴く人の心は大きく揺り動かされることでしょう。



夢の世界を演出するウイリアム・クリスティ

 この作品は何と言ってもウイリアム・クリスティ指揮=レザール・フロリサンによるCD(ハルモニアムンディ)が素晴らしいです! この演奏によってラモーの音楽の魅力を知ったという方も少なくないのではないでしょうか? どこもかしこも自信にあふれ、生き生きとしており、とても18世紀のクラシック音楽とは思えないような新鮮さがあります。管弦楽のシルクのような柔らかい響きも美しい限りなのですが、歌手たちも実にラモーの音楽の特質をしっかりととらえた心に染みこむ歌唱を繰り広げています。

 クリスティ盤は映像でも発売されており、これは永遠の名盤として記憶されてもおかしくないような素晴らしいライブですね。切れ味鋭いダンスや趣向を凝らした衣装、夢の世界を演出する練られた美術や透明感あふれる管弦楽、どれもこれも効果満点で息の抜けないシーンの連続なのです! それは通常のオペラというよりは格調高いファンタジックなショーという感じが適当かも知れませんね……。

 とにかく騙されたと思って、一度でいいからこの映像をみてください。「オペラってこんなに刺激的で楽しいものだったのか!」と根底的に考えが変わるかもしれません。













2014年1月31日金曜日

ジャン=フィリップ・ラモー 「カストールとポリュックス」













ラモーの真価を世に知らしめた傑作!

 ラモーはフランスバロックはもちろんのこと、バロック時代および18世紀を代表する作曲家といってもいいでしょう。
 和声を徹底的に研究した人だけあって、その音楽には独特の響きがあります。特に楽器の特徴や響きの本質をとらえた詩情あふれるメロディは見事という他ありません。しんみりとした哀しみの情感も決して重苦しくなりませんし、色彩豊かで繊細に構築されたハーモニーはフランスのエスプリを感じさせ恍惚とさせられます。とにかく音の絵本のようにファンタジックな夢の世界がどんどん拡がっていくのです。 

 カストールとポリュックスはラモーが1737年に書いた作品ですが、台本やストーリーの流れに不備な点があり、当初は思ったほどの評価は得られませんでした。その後音楽共々、大幅に書き替えられ、現在演奏されているのはラモー自身が1754年に改訂版と銘打って発表した5幕構成の版と言って間違いありません。

 おおよそのストーリーはギリシャ神話に基づくもので、双子のカストルとポリュックスの兄弟愛の深さを描いた物語です。二人は美しい太陽の娘テライールを愛していたのですが、許婚ということもありポリュックスと結婚の儀式が交わされようとしていたのでした。しかし、ポリュックスがカストールとテライールが相思相愛であることを知ると、自ら新郎の立場をカストルに譲るのでした。一方、ポリュックスを愛していたスパルタ王女のフェーゼが嫉妬し、敵軍にけしかけて反乱を起こします。その敵軍との攻防に身を投じたカストルが戦死してしまいます。
 ポリュックスはテライールがカストルを失い、あまりにも憔悴していることや、民衆も嘆き悲しんでいる姿に愕然とするのでした。そこで霊界に渡っていき、父ジュピターに向かって何とかカストルを生き返らせてほしいと懇願します。しかし、それを可能にするためにはポリュックスが身代わりに死ななければならない旨を忠告されるのでした。そこで、それを受け入れたポリュックスは霊界に旅立っていくことを決意します。その事を案じたカストールは1日だけテライールに会えば、霊界にまた戻るという約束をするのでした。テライールとの再会を果たしたカストールは喜びや別れを嘆き悲しむ中で自分の宿命を受け入れ霊界に戻ろうとしますが、そのときジュピターが降臨し、「兄弟ともに永遠の生命を生きよ」と告げられるのでした。



洗練された色彩や光のようなイマジネーション

 先日、ヘンデルの「セメレ」でもお話ししたように、この「カストールとポリュクス」も序曲がとても印象的です。運命のいたずらを匂わせるような、ありきたりではない一種独特の響きが様々なイメージを膨らませてくれます。続く、心の葛藤をドラマチックに表現した短い合唱も斬新で美しく、一瞬にして心をとらえてしまいます。

 第3幕で民衆がカストルの死に直面し、哀しみに打ちひしがれる中で歌われる合唱やテライールが歌うアリアはこの世のものとは思えない高貴な響きやデリカシーに満ちています。また、それに対してフィナーレでカストールの復活を喜び、次々と変奏曲のように展開される舞曲の数々も何と喜びにあふれていることでしょうか! 
 ラモーは彼のオペラでメヌエットやガヴォット、タンブラン、パスピエ等の愛らしい舞曲をよく使うのですが、これが大変に効果をあげているのですね! 重苦しいストーリーの展開の中でも、ラモー特有の魅力に満ちた舞曲が現れると、不思議と無垢で洗練された色彩や光のようなイマジネーションが彷彿とされ、希望に沸き立つのですね!
 
 「カストールとポリュックス」のCDは現在のところ大変に少なく、演奏で本当に満足できるのはウイリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサン(ハルモニア・ムンディ)に尽きるといっていいかもしれません。クリスティの指揮は精緻で透明感あふれる素晴らしい演奏です。特に第3幕の民衆が嘆き悲しむ合唱の美しさは最高ですし、フィナーレの舞曲の楽しさも絶品です!
 全曲盤がなければ、ハイライト盤でも良さを充分に味わえることと思います。









2010年11月5日金曜日

ラモー レ・ボレアド



Rameau: Les Boreades by John Eliot Gardiner(CD)

Rameau: Les Boreades by Willam Christie(DVD)


手垢がついてない宝の山・ラモーの傑作




音の絵具箱のようなラモーの音楽

 フランスバロックの巨匠、ラモーのオペラは1990年代以降、盛んにレコーディングされるようになりました。私にとってそれは本当にうれしい事実です!こんなに楽しくて生気にあふれた音楽は、めったにはないからです。理屈っぽさはどこにも見あたらず、その音楽は雄弁で洗練された味わいを持っています。しかも少しも軽薄にならず、しっとりとした哀愁も随所に感じさせるのです。

 ラモーの音楽はまるで音の絵具箱のようです。あるときは透明なパステルカラーのようであり、また時にはかすれた水彩の滲みを想わせたりします。その色合いは本当に変幻自在です。そうかと思えば、小鳥のさえずりや季節の香り、新鮮な空気の漂う様子が充実した和音の中で繰り広げられます。ラモーは自然の情趣を気負い無く奏でるミューズの詩人なのだと思います。その美しさはファンタジックでメルヘン的な要素を伴い絶品です。


注目され始めたラモーのオペラ

 ラモーの音楽は1980年代の後半まで芸術性の高さの割には正当に扱われることがありませんでした。とかくクラシック音楽と言えば格調高く神秘的な要素を持たなければならないとか、重厚で難解であることが傑作の条件であるかのように思われがちです。けれども、あけっぴろげで純粋で見通しのいい音楽は一段下のものと思われることも少なくありません。そういう意味ではラモーは不遇な作曲家の部類に入るのかも知れませんね。

 クラブサン曲に限ればバロック音楽の大きな流れのひとつという意味で以前からレコーディングはされてきていました。しかしオペラに関してはほとんど無視されるか正当に採り上げられることはありませんでした。ラモーのオペラに接すること(演奏面、演出面)は、いわば手垢がついてない埋もれた宝の山を掘り当てるのに近い世界があるのではないかと思います。もちろん、ラモーのオペラは後の古典派やロマン派のオペラの構成や作曲法とは異なります。ストーリー性や心理的なドラマにはあまり目を向けてはいないものの、それを上回る抜群の雰囲気があるのです。

 ラモーのオペラが盛んにレコーディングされるようになった1980年代の後半は、奇しくもオリジナル楽器の演奏が市民権を獲得して、モダン楽器にはない透明な響きを伝えようとした時期と重なります。既に様々な演奏で語り尽くされた感があった大作曲家の作品に比べ、ラモーの作品は非常に新鮮だったのは間違いありません。ラモーのオペラはオリジナル楽器を演奏するアーティストたちによって魅力の扉が開かれ、陽の目を見るようになったといっても過言ではありません。

 オペラとして視覚的な要素を抜きにしても音だけでも充分に楽しい……。では何故これほど素晴らしいラモーのオペラが長年評価されなかったのでしょうか? おそらくそれはモダン楽器の演奏では響きが濁ってしまい、ハーモーニーが鈍重に聞こえてしまうからなのではないかと思うのです。あくまでも彼のオペラは無垢で優雅な表情が全面に引き出されなければならないし、ハーモニーは透明でなければ魅力が半減するといっても過言ではありません。


晩年の傑作「レ・ボレアド」

 このレ・ボレアドはラモーの晩年の傑作です。「北風の神ボレアスを信奉する人々(ボレアド)」の女王が、身分を超えた愛をついにつかみ取る愛の勝利を描いた物語です。アリアの美しさ、透明感溢れるピュアなサウンド、立体的な音の構築等、至る所にみずみずしいデリカシーや美しい旋律が溢れています。
 演奏ではまずガーディナーを筆頭にあげなければならないでしょう!ガーディナーはラモーとの相性がかなりいいようで、この作品でも自由自在に曲を操り、ラモーの無垢でファンタジックな要素を見事に引き出しています。とりわけ合唱とメリハリの利いた管弦楽が素晴らしく、ラモーが伝えたかった表情がセンス満点に表現されています。
 映像で素晴らしいのはカーセン演出、クリスティ指揮のパリ・オペラ座での2003年公演です。とにかくカーセンの色彩豊かな舞台に息をのみます。そして隅々にまで神経が注がれた稀有なエンターテインメント性に驚かされます。ボニー、アグニュー、ナウリらを揃えた歌手もベストマッチで夢のような舞台を盛り上げます。踊り、歌、ドラマ、色彩のハーモニーの中で演じられる、時代を超えたエンターテインメントとして今後も語り継がれることになるのではないでしょうか。





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