以前、この曲は私にとって非常に「苦手な曲」でした。なぜかと言えば、ベートーヴェンの影が強くつきまとっているように思えたからです。苦悩から歓喜へと流れる曲の構成もさることながら、第4楽章の主題はまさにベートーヴェンの第9の歓喜のテーマに瓜二つで、これでは「模倣だ」、「後塵を拝した」と言われても仕方がないと思っていたものでした。しかし、しばらくして改めて聴き直すとベートーヴェンとは違うさまざまな魅力があることに気付いたのです。
たとえばベートーヴェンの第9が時として近寄りがたい存在になったりするのに比べ、ブラームスの第1はもっとはるかに親しみやすく、私たちと同じような苦しみ、悲しみをこの瞬間に共有しているかのように思えたりするのです。随所に聴かれる穏やかで磨き抜かれた美しさ、年輪を重ねて滲み出た老巧な輝きはまさに一級品です。
もちろん曲はよく出来ており、様々な楽器が活躍し、密度も非常に濃く、指揮者、演奏家、聴衆いずれにとっても非常にやりがい、聴きごたえのある曲なのです。着想から完成まで20年もの歳月を費やしたということは、いかにブラームスにとって交響曲が特別なジャンルであったかということがわかりますよね。
ブラームスはバッハのフーガやベートーヴェンのソナタ形式を相当に研究したようです。それでも出来上がったこの交響曲は古典派ではなく、まったくブラームスでしか作れない独自の魅力を持った作品になっているのです。
そんなブラームスの第1で最もブラームスらしい、切なく美しい情感に満ちているのは第2楽章でしょう。最初にファゴットや弦楽器が奏でる主題は半音階進行に伴い、冬の荒野を一人でとぼとぼとさまよい歩く雰囲気があります。しかも弦楽器は曲が流れていくのをためらうかのようにゆっくりと進行していきます。その味わいは深く、次第に瞑想や回想、憧れが交錯しながら、春の予感や希望をしっとりと奏していくのです。
この楽章で特に印象的なのは最終部分近くにホルンが懐かしく希望に満ちたテーマを朗々と吹きながら、ヴァイオリンがささやきかけるように絡んでいくあたりで、その優美な美しさは何度聞いても胸が熱くなります。
最もブラームスが曲の構成に苦労したのは第1楽章でしょう。やや理屈っぽいところがあり、思うように曲が流れていかないもどかしさを感じることもありますが、それだけに曲の厚みや安定感は天下一品です。凄いのはこの主題がメロディの深さだけではなく、奇を衒う半音階進行によって幾重にも構成されており、それが曲の多様な味わいや立派さ、強靭な迫力を生み出しているのです。
何かにもがき苦しみ、何度も倒れながらそれでも前進して行こうとする七転び八起き的な精神は尋常ではないエネルギーとなって放出されていきます。強奏される弦・管楽器や執拗に連打されるティンパニの迫力は心をかき乱しつつ、深く強いメッセージを送り続けるのです。
第4楽章はロマン派的な叙情性が高い完成度と最高の美しさを獲得した楽章といっていいでしょう。圧倒的なメロディと情報量は聴き手の心を絶えず揺さぶりつつ、荘厳なフィナーレを迎えます。
ブラームスの第1は昔からシャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の演奏が名演奏として定評がありましたが、実際すばらしい演奏です! 第1楽章の出だしから並々ならない気迫とドラマティックな流動感に思わず息をのみます。全篇から聴かれる呼吸の深さや楽器のもの凄い有機的な響きはブラームスの第1の魅力を否応無しに高めていると言ってもいいかもしれません。