2011年2月19日土曜日

ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68






 以前、この曲は私にとって非常に「苦手な曲」でした。なぜかと言えば、ベートーヴェンの影が強くつきまとっているように思えたからです。苦悩から歓喜へと流れる曲の構成もさることながら、第4楽章の主題はまさにベートーヴェンの第9の歓喜のテーマに瓜二つで、これでは「模倣だ」、「後塵を拝した」と言われても仕方がないと思っていたものでした。しかし、しばらくして改めて聴き直すとベートーヴェンとは違うさまざまな魅力があることに気付いたのです。

 たとえばベートーヴェンの第9が時として近寄りがたい存在になったりするのに比べ、ブラームスの第1はもっとはるかに親しみやすく、私たちと同じような苦しみ、悲しみをこの瞬間に共有しているかのように思えたりするのです。随所に聴かれる穏やかで磨き抜かれた美しさ、年輪を重ねて滲み出た老巧な輝きはまさに一級品です。

 もちろん曲はよく出来ており、様々な楽器が活躍し、密度も非常に濃く、指揮者、演奏家、聴衆いずれにとっても非常にやりがい、聴きごたえのある曲なのです。着想から完成まで20年もの歳月を費やしたということは、いかにブラームスにとって交響曲が特別なジャンルであったかということがわかりますよね。
 ブラームスはバッハのフーガやベートーヴェンのソナタ形式を相当に研究したようです。それでも出来上がったこの交響曲は古典派ではなく、まったくブラームスでしか作れない独自の魅力を持った作品になっているのです。

 そんなブラームスの第1で最もブラームスらしい、切なく美しい情感に満ちているのは第2楽章でしょう。最初にファゴットや弦楽器が奏でる主題は半音階進行に伴い、冬の荒野を一人でとぼとぼとさまよい歩く雰囲気があります。しかも弦楽器は曲が流れていくのをためらうかのようにゆっくりと進行していきます。その味わいは深く、次第に瞑想や回想、憧れが交錯しながら、春の予感や希望をしっとりと奏していくのです。
 この楽章で特に印象的なのは最終部分近くにホルンが懐かしく希望に満ちたテーマを朗々と吹きながら、ヴァイオリンがささやきかけるように絡んでいくあたりで、その優美な美しさは何度聞いても胸が熱くなります。

 最もブラームスが曲の構成に苦労したのは第1楽章でしょう。やや理屈っぽいところがあり、思うように曲が流れていかないもどかしさを感じることもありますが、それだけに曲の厚みや安定感は天下一品です。凄いのはこの主題がメロディの深さだけではなく、奇を衒う半音階進行によって幾重にも構成されており、それが曲の多様な味わいや立派さ、強靭な迫力を生み出しているのです。
 何かにもがき苦しみ、何度も倒れながらそれでも前進して行こうとする七転び八起き的な精神は尋常ではないエネルギーとなって放出されていきます。強奏される弦・管楽器や執拗に連打されるティンパニの迫力は心をかき乱しつつ、深く強いメッセージを送り続けるのです。
 第4楽章はロマン派的な叙情性が高い完成度と最高の美しさを獲得した楽章といっていいでしょう。圧倒的なメロディと情報量は聴き手の心を絶えず揺さぶりつつ、荘厳なフィナーレを迎えます。

 ブラームスの第1は昔からシャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の演奏が名演奏として定評がありましたが、実際すばらしい演奏です! 第1楽章の出だしから並々ならない気迫とドラマティックな流動感に思わず息をのみます。全篇から聴かれる呼吸の深さや楽器のもの凄い有機的な響きはブラームスの第1の魅力を否応無しに高めていると言ってもいいかもしれません。



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2011年2月14日月曜日

METライブビューイング【第6作】ニクソン・イン・チャイナ



METライブビューイング【第6作】

アダムズ / ニクソン・イン・チャイナ(MET初演)
上映期間|2011年2月26日(土)〜3月4日(金)  
上映時間|3時間56分/休憩2回




Nixon in China by John Adams




 METライブビューイング第6作はアダムズの「ニクソン・イン・チャイナ」です。この作品は初演が1987年といいますから、公開されてからまだ20年ほどしか経っていません。つまり冷戦時代の真っただ中に上演されたことになります。この作品は当時非常に話題になり、1989年にグラミー賞現代音楽部門最優秀賞を受賞しました。しかも指揮が作曲のジョン・アダムズで、演出がさまざまなセンセーショナルな舞台を担当してきたピーター・セラーズということで非常に楽しみです。

【ストーリー】
1972年2月、北京郊外の飛行場にニクソン大統領が降り立った。毛沢東主席との会談が始まり、饒舌な主席の弁はニクソンを圧倒していく。愛国的な晩餐会ではお互いの国の平和に対して盛大な乾杯が行われ、翌日は“思想的”で“ハリウッド的”でもあるバレエを鑑賞する。毛沢東の妻による、欧米文化や“ブルジョワ的”なものを徹底的に排していく姿勢で作られたバレエは、またもニクソン夫妻にいいしれぬ感情を芽生えさせていく。そうした北京での日々を過ごし、彼らは果たしてその最後の夜に何を思ったのか?そして両国の和解への道は?
今や世界的神話―― 東西冷戦時代、ニクソン=アメリカ資本主義と、毛沢東=中国共産主義の歴史的邂逅を通じ、人間の真実を探求したJ.アダムズの代表的オペラだ。

指揮:ジョン・アダムズ 演出:ピーター・セラーズ
出演:ジェイムズ・マッダレーナ、ロバート・ブルーベイカー、キャスリーン・キム、ジャニス・ケリー、ラッセル・ブローン、リチャード・ポール・フィンク



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