2016年5月11日水曜日

ワルターの奇跡のブラームス








改めて感動!!
ワルターの晩年の録音

 先日、ブルーノ・ワルターがコロンビア交響楽団を指揮したブラームスの交響曲のCDを聴いてみました。これは指揮活動から引退同然だったワルターをCBSが説得してスタジオ録音にこぎつけた一連のシリーズの一つです。今回聴いたブラームス作品集(CBS)のボックスセット(5枚組)は、ワルターが晩年の1950年代の後半から1961年にかけてブラームスの交響曲等を収録した輝かしい記録です。

 ずいぶん久しぶりに聴いたのですが、とにかくワルターの芸術性が際立ってることに唖然としました!また、演奏に全然迷いがないですね!どこもかしこも確信に満ちていて、しかもブラームスの音楽に対する謙虚な姿勢に貫かれているため、音楽の心がひたひたと伝わってくるのです。

 当時すでに85歳前後だったワルターですが、演奏は非常に生き生きとしていて、しかも成熟した深い味わいが何ともいえない魅力を醸し出しているのでした。


作品の魅力を
浮き彫りにしてくれる
名演奏

 交響曲は4曲どれも大変な名演奏ですが、特に素晴らしかったのが2番や4番ですね。 
 2番は私自身ブラームスの交響曲の中ではあまり好きではなく、正直なところ下手な演奏にあたると退屈で仕方がないという困った曲でした。でもさすがはワルター!とても同じ曲とは思えないほど聴かせてくれますね。これは作品というより指揮者の責任なのでしょう……。
 第2交響曲から醸し出される自然の瑞々しい表情や光と影、終楽章の歓喜のエネルギーの爆発をワルターほど見事に伝えてくれた人はいません。そしてワルターの融通無碍な指揮や楽器の豊かでまろやかな響きがそれをさらに引き立てるのです。

 第4番も理屈っぽく考えすぎて失敗する指揮者が多い中で、ワルターはあくまでも自然体で指揮して成功しています。もちろん演奏に薄っぺらな要素は微塵もなく、古典的な格調高さを維持しつつ充分に豊かで芸術的な表現を成し遂げているのです。必要以上の誇張や変な力が入っていませんし、透明感もあり聴いていて疲れませんね。これはワルターだからこそ可能な演奏だといっていいでしょう。


時代と環境、
テクノロジーの一致が
生み出した奇跡の記録

 このワルターのCBSステレオ録音を聴いて思うことがあります。それはただ偶然に良い条件が重なって歴史に残る演奏が輩出されたのではなく、天の配剤として残るべくして残された奇跡と言ってもいいのではないのでしょうか……。

 もちろんCBSがワルターという大指揮者を起用してステレオ録音を収録すれば、ある程度の経済効果が期待できるに違いないという憶測は当然あったことでしょう。
 しかし、このように残された記録を味わってみると、その出来栄えの素晴らしさに鳥肌が立ちますし、「よくぞ残してくれた」と思わず感謝したい気持ちにさえなるのです。

 まず成功の理由として第1にあげられるのが、当時映画産業で大いに盛り上がっていたハリウッドの音響効果や録音設備の充実した環境があげられるでしょう。
 ステレオ録音は1955年頃から一般化しましたが、このワルターのCBSステレオ録音は楽器の響きの鮮明さや音質のダイナミズムの幅の広さで優れており、初期のステレオ録音の中でも極めて優秀な部類に入ると言っていいのではないでしょうか。

 第2に録音に携わったコロンビア交響楽団というオーケストラがベルリンフィルやウイーンフィルのようにプライドに満ち満ちたオーケストラではなかったことがあげられるでしょう。
 なぜかと言えば名門オーケストラは彼らなりの美学やポリシーを持っているため、名指揮者といえども、表現に際しては異を唱えられることが少なくありません。
 しかし、コロンビア交響楽団はある意味ワルターが手塩にかけて育てた楽団なので先生と生徒の関係のように指示が伝わりやすく、またワルター自身ものびのびと指揮が出来たことが大きいでしょう。

 第3に最晩年のワルターは多くの人が全盛期を過ぎたと言っていたにもかかわらず、その精神性や表現力ではまったく衰えることがありませんでした。むしろ時間と環境さえ用意されれば、神がかり的な名演奏も可能であるという証明と言っていいでしょう。