型にはまらないハイドンのミサ曲
ハイドンは生涯ミサ曲や宗教曲をたくさん作りましたが、どれをとっても型にはまらないハイドン独自の個性が光る名曲揃いと言っていいでしょう。聖チェチーリアミサはネルソンミサやテレジアミサのような有名曲に比べれば認知度で一歩譲るものの、とびきりの名曲であることに変わりありません。
ミサ曲といえば、カトリックの典礼に従い、神の意思にかなった神聖ものでなければならないという一般的な認識があるようです。しかし、創造的な作曲家であればあるほどミサ曲に求められる最低限の制約を満たしつつも、驚くほど自由なインスピレーションに満ちた創作をしていることがわかりますね!ミサ曲を純粋な音楽作品として捉えるならば宗教的な雰囲気や体裁は二の次と言ってもいいからなのでしょう。
その代表格がベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」、そしてハイドンの諸々の作品なのです。ハイドンのミサ曲に聴かれる屈託の無いメロディ! 絶えず笑みを絶やさない無垢な響きには心がウキウキしてきます。それだけでなく、いざという時の生命力に満ちたフーガや雄渾で輝かしい主題の展開は聴く人の心を釘付けにしてしまいます。
聖チェチーリアミサはこのようなハイドンのミサの魅力をそのまま凝縮したような傑作です。特にグロリアは所要時間の半分を要する核心部分と言っていいでしょう。中でもドミネ・デウス(主なる神よ)はアルト、テノール、バスが順を追って歌い、最後は輪唱と重唱で歌い交わす魅力に富んだ一篇で、声が織りなす器楽的な美しい効果や陰影が存分に表現されているのです!
またグロリアの終曲クム・サンクト・スピリトゥ(われ聖霊とともに)も晴れやかで虹がかかったような光景を描き出すテーマが印象的です。心の躍動感や永遠への想いがフーガとなって展開されるのですが、そのような中にも憂いの心や慈悲の心が滲んでおり、決して単調に流れることはないのです。
プレストン盤の美しい演奏
この作品には素晴らしい名盤があります。それがサイモン・プレストン指揮エンシェント室内管弦楽団、オックスフォードクライストチャーチ聖歌隊、ジュディス・ネルソン、デビッド・トーマスらによる演奏(オワリゾール)なのです。1978年のデジタル録音に突入した最初の頃の録音で、音がいいのも魅力です。
とにかく、オリジナル楽器のメリットを最大限に生かした演奏と言っていいでしょう。透明感に満ちた晴朗な響きは抜群で、クドさがなく、乾いた土に水が染み込むような潤いのある表情を引き出しています。オックスフォードクライストチャーチ聖歌隊の合唱もこの作品にぴったりで、美しく無垢な声の響きが最高です。
また、ドミネ・デウスのアルト、テノール、バスによるケレン味のない声の饗宴はきっと至福の時を約束してくれることでしょう!「ハイドンはどうも苦手だな……」という方もこの録音を聴けば、きっとハイドンを聴く喜びで満たされるに違いありません。