2012年2月25日土曜日

ロトチェンコ -彗星のごとく、ロシア・アヴァンギャルドの寵児-




ロシア・アヴァンギャルドの寵児





レジノトレストのためのおしゃぶりの広告 1923年(1980年に復元) ©Archive Rodchenko


ドヴロリョート(ロシア航空産業開発会社)のための広告ポスター 1923年 
©Archive Rodchenko




ロトチェンコはロシア革命期から共産党の政権下で頭角を現し、ロシアアバンギャルドという芸術運動の基礎を築き上げたデザイナー兼画家です。エイゼンシュテインの映画「戦艦ポチョムキン」に代表されるポスターやプロパガンダ・アートでも活躍した人でした。彼の作ったポスターを見ると、「ああ、あのソビエト共産党の宣伝」と連鎖反応的に思い出される方もきっと多いかと思います!

革命期からその後のソビエト連邦時代を彩った強烈で大胆な色彩、構図のポスターやチラシは、当時の苛酷で厳しい監視下に置かれた状況でどのようなポリシーを持ち制作を続けてきたのかを探る意味でも絶好の機会かもしれません!



 1917年のロシア革命を強烈に肌で感じながら、彗星のごとく現れたロシア・アヴァンギャルドの寵児、アレクサンドル・ロトチェンコの展覧会を開催します。
革命は政治・経済だけでなく生活・社会・文化のすべての領域を巻き込み、その波は芸術にも及びました。後にロシア・アヴァンギャルドと呼ばれるようになる革命芸術運動を牽引していた一人のロトチェンコは、立体、建築、インテリア、家具、グラフィック、写真の分野と、次々と様々な領域に踏み込んで挑戦しました。それ等全てが実験精神に満ち溢れていて、なかでも、ロシア革命前後から1920年代後半までの短い間に、ロトチェンコが手がけた、斬新で大胆なグラフィックの数々、1924年から撮り始めた「遠近短縮法」と呼ばれるロトチェンコ独自の写真の世界をご覧いただきます。
本展は、アレクサンドル・ロトチェンコのお孫さんにあたるアレクサンドル・ラヴレンチェフ氏の貴重な収蔵作品から、グラフィックの原画、印刷されたグラフィック、広告ポスター、コラージュ、写真など、グラフィックデザインと写真、計157点に焦点を当て、20世紀のデザイン史に最も影響を与えたロトチェンコの本質に迫ります。(公式サイトより)



会場
2012年3月2日(金)〜3月27日(火)
〒104-0061 東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F
Tel: 03-3571-5206
11:00a.m.-7:00p.m.(土曜日は6:00p.m.まで)日曜・祝日休館
入場無料

ギャラリートーク
2012年3月16日(金)6:30-8:00p.m.
出演:矢萩喜從郎
会場:DNP銀座ビル3F

2012年2月22日水曜日

フリードリヒ 海の月の出




海の月の出(1822)Moonrise Over the Sea, 1822

氷の海(1823-24)The Sea of Ice aka,1823-24


この人の絵を観るといつも不思議な空間を彷徨い歩く感じがします。特に代表作「氷の海」の異様なまでの静けさと氷が砕け、その破片が剥き出しになった生々しい現実の表現はおそらく誰もが息をのむに違いありません。これ見よがしにアピールしているわけではありませんが、現実にある事物を断片的に見せるだけという描写がかえって自然の脅威を雄弁に伝えるのです。

フリードリヒの絵はほとんどが自然の脅威や人間の孤独をテーマとし、いい知れぬ寂しさが画面全体に漂っています。人間が描かれていたとしても大抵は後ろ向きで、横向きに描かれてあったとしても顔や表情を特定することはできません。そこにはほんのわずかな華やぎや潤いもなく、喜怒哀楽を忘れ、それを拒否してしまったかのようなまさに氷のような芸術なのです。

ただし、絵そのものは非常に繊細で格調が高く神秘的な要素を持ち、自己を主張をしない代わりに他の絵画にはない特別な存在感があるのです。
今回紹介する「海の月の出」もそのような特徴をふんだんに持った作品なのですが、フリードリヒとしては例外的にわずかな希望を感じる作品といってもいいでしょう。

これから上ろうとする月を岸にたたずむ人たちはどのような想いで眺めるのか…。わずかな希望を月に向けているのかもしれないし、月の美しさに日常の辛さを忘れようとしているのかもしれない…。沈黙の中で人は何を想い、何を心の支えにしようとしているのか…。前方の船までが月に向かって進んでいるように見えます。したがって、この絵から月をとってしまったら、まさに暗黒の世界となってしまうのかもしれません。
 
 日常の中にある非日常的な光景…。それは人間の力ではどうしようもない宿命的な現実があることをフリードリヒは静かに暗示しているようにも思えます。自然への畏敬の念から来る静寂と無限の大きさがちっぽけな人間の姿と対照的で、とても印象的に映ります。