2010年9月11日土曜日

レンブラント 三本の木








気品溢れる名品

 あっという間に9月も10日を過ぎてしまいました。そして、連日の猛暑日……!?。こんなに暑い9月はこれまで記憶にありません。心配なのは、1年中で最も美しくて穏やかなはずの秋がなくなってしまうのではないかという恐怖です。
 ここ数年、街路樹の紅葉もほとんどみかけなくなりましたし、秋の日差しを浴びて美しく映えるコスモスも目にとまらなくなってしまいました。もうあの穏やかな秋の日々が戻ってくることはないのでしょうか……?。本格的な芸術の秋を謳歌しよう!と言いたいところですが、これだけ暑いとどうしても気後れしてしまいます。

 さて、今回はレンブラントのエッチングを紹介しようと思います。エッチングはルネッサンス期からバロック期にかけて特に多く制作された銅版画の技法ですが、画家によって表現のレベルや方向性はまるで違ってきます。レンブラントのこの作品は、押しも押されぬ芸術品であり、名作です。エッチングは線のタッチや強さ等で表現するために、油彩に比べると表現の可能性という点で、どうしても一歩譲らざるを得ません。

 しかし、白黒で表現されるシンプルな画面からは雑多な情報をかき消すことができますし、劇的な表現、崇高で深遠な世界を表出することも可能になってくるのです。この作品は画面全体から物凄い情報量がひしひしと伝わってくるのです。そして、いつの間にやらエッチングを鑑賞していることさえ忘れさせ、画面の中にぐいぐいと引き込まれていくのです。
 何を素材にするのか、材料として使うのかということは、絵の完成度を決定する上で大変に重要な要素ですが、この作品はそういう次元を超えています。

 上空で渦巻く風や雲の動きはまるで天変地異を垣間見るかのようです。恐らくこれはレンブラント自身の心の中で吹き荒れる嵐なのでしょう。この尋常ならぬ自然の姿は人生の悲哀さえ感じさせ、また厳しさも感じさせます。画面の中央右に位置する三本の木は風雨に晒されながらも信念を持って生き抜いていく強い人間の姿をも表しているかのようです。その毅然とした佇まいが、またたとえようのない感動を生むのかもしれません。
 この美しく気品あふれる名品。これはレンブラントの傑作というより、人類が共有すべき宝だと言っても差しつかえないと思います。





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2010年9月8日水曜日

シベリウス 交響曲第6番


 


神秘的な自然の情景と透明な響き


 シベリウスはフィンランドの国民的な作曲家です。フィンランドは地理的にはロシアに近いのですが、生活、文化、習慣はロシアとは大いに違います。それは音楽の傾向にも顕著に表れていて、特にメロディの扱いひとつにも大きな違いが出てきます。たとえば骨太で重量感たっぷり、ムード満点のロシア音楽に対し、より楽器の響きや和音を重視するフィンランド音楽。よりオリジナリティが育まれてきたという観点ではフィンランド系の音楽に分があるのかもしれません。とにかく西洋音楽の中では独自の文化を育んできた土地柄なのです。

  そんなフィンランド音楽の顔ともいうべきシベリウスの音楽には他の西洋の作曲家とはちょっと違う独特の響きがあるのは言うまでもありません。特にシベリウスの交響曲はチャイコフスキーやブラームス、マーラー、ブルックナーのいずれの作曲家の特徴とも同類に語れない独特のものです。土俗的な要素があるかと思えば、とてつもなく透明でチャーミングなテーマも随所に現れたりしてなかなか一言でこうだと述べるのは難しいのです。それでも全体を一貫している重要なテーマは大自然と人間との関係が神への感謝と畏敬の念の中で渾然一体となり、幸福な融合へと導かれることでしょう。
 交響曲第6番はそのようなシベリウスの重要なテーマが無理なく、バランスよく最高度の次元で結集された名作だと思います。交響曲第6番の第1楽章の冒頭部分は霧に包まれた神秘的な自然の情景を思わせます。すると、間もなく弦の美しいユニゾンやハーモニーが自然の息吹を伝え、それに呼応するように木管楽器の瞑想に満ちた旋律が小鳥のさえずりや心のざわめきのように響きます。このようなパッセージを北欧的と言ってしまえばそれまでなのですが、透明感があり、心洗われるような弦のピッチカートやハープの響きに乗せながら絶妙に美しく絡む響きはシベリウス独特のものなのです。決して、大言壮語しないのに、心をグッとつかんで離さないこの魅力とは一体何なのでしょうか?
 第2楽章からフィナーレまでも充実した楽想がますます神秘的で雄大な自然の情景を表出していきます

 演奏はパーヴォ・ベルグルンドが1980年代の中頃にヘルシンキフィルと録音したEMI盤が最高です。奥行きののある表現と瑞々しい響きがシベリウスの持つ瞑想や詩情をものの見事に刻印しています。特に木管楽器の瞑想に満ちた音色が印象的で、時間の流れを忘れてしまいそうです。



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2010年9月6日月曜日

プッチーニ グロリア・ミサ




美しくワクワクするミサ曲



   プッチーニは20世紀を代表するイタリアオペラの大作曲家ですが、オペラに比べると宗教曲や声楽曲はあまり知られていません。しかし、このグロリア・ミサは一言ではとても言い尽くせない魅力に溢れた素晴らしい作品です。

  何が素晴らしいかというと、一応ミサの形式に準じた曲なのですが、厳粛なグレゴリオ聖歌風ではなく、カトリック的な情感を基調にしたものでもない、あくまでも歌を基調にした創作にあります。つまり一言で言えば、ミサ曲らしくないミサ曲なのです。
 形にとらわれないあたりはベートーヴェンと似ているのかも知れませんね。ミサ曲というと室内の薄暗い灯りに照らされた神秘的なイメージが彷彿とされますが、この曲はちょっと違います。

 聴いていると密室に閉ざされた雰囲気は微塵も無く、まるで屋外の太陽の光に照らされたとても開放的なイメージが広がっていきます。たとえば夕陽に照らされた海岸を想わせたり、晴れた秋空の心地良い風を感じたり、光と影の美しいコントラストだったり、オペラの情景のように様々な感覚が湧き上がってくるのです。そのことからもこの作品がいかに自由でイマジネーションに溢れているかを如実に示していると言えましょう。この作品を聴くと、後年の素晴らしいオペラへとつながる萌芽がはっきりと出来上がっているのをお気づきになるに違いありません。

 演奏はユルゲン・ブッダイが指揮したマウルブロン聖歌隊、バーデンバーデン・フライブルク放送交響楽団とのライブ演奏が最高にエキサイティングで、この曲の魅力をあますところなく伝えてくれます。コーラスの心がこもり、熱のこもったハーモニーは立体的な造形と共に、この作品の深い陰影を浮き彫りにします。

 特にグロリアの後半部の見事な盛上がり!それはテクニックや調和、響き云々以上に、作品に心底共感し、表現しているからこそ素晴らしさや感動がひしひしと伝わってくるのです。変化に富み、多彩なテーマが繰り広げられるこのミサ曲の魅力をとことんまで表現するブッダイの力量にも驚かされます。ライブならではの緊張感と共有感がますますこの演奏を生きたものにしているのは、間違いないところでしょう。






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