2014年2月8日土曜日

ジャン=フランソワ・ミレー「晩鐘」










農民としての実体験が生んだミレーの代表作

 ミレーの「晩鐘」については改めて説明するまでもないでしょう。「落穂拾い」と並ぶミレーの代表作ですし、人気作としても有名ですよね。
 テーマは夕暮れの中で祈りを捧げる素朴な農民たちの姿を描いた、ごくごくありふれたものなのですが、何とも言えない懐かしさや郷愁、優しさが伝わってきます。
 美しい夕暮れを背景に広大なジャガイモ畑に佇む農夫の姿は、まるで感動的な映画のハイライトシーンを見るような趣があります。

 この絵が言葉のない私小説や人間ドラマのような印象を受けるのは私だけでしょうか……? 「晩鐘」が描かれた1857年当時、ミレーはパリを離れフランス北部の村バルビゾンに移住していました。パリでの生活になじめず、生活のために描いた数々の肖像画や風俗画は多くの誤解を生み、かえって彼を苦しめることになります。病弱だった妻の死や相次ぐサロンの落選等がそれにいっそう輪をかけたのでした。おそらくミレーは失意の想いで、バルビゾンにやってきたのかもしれません。

  しかし、バルビゾンはミレーにとって本当の意味で心許せる場所であり、人として生きる意味を確信した場所だったのでしょう。 この時、彼は農民の生活を描いた「落穂拾い」をはじめとする名作を続々と描き上げた時期だったのです。
 農業に従事しながら、絵を描いていたミレーは農民としての苦労や自然とかかわることの感謝や誇りを肌で実感していたのでしょう。

 描かれた農夫の姿にも、ミレーの気持ちが強く反映されているのか、自然と共存して生きる人間としての強さやひたむきさが伝わってきます。 この絵の夫婦(?)らしき二人は一見目立たないようですが、実は大地にしっかりと聳え立つ大木のようにとても強い存在感を放っていますね! 
 あえて人物の個性や特徴を出す表現を抑えることにより、「祈る」という行為が、時間を忘れ、心を通わせ、神に感謝の想いを表す大切な瞬間であることを強く認識させるのです。 そして水平線を軸にしたしっかりした構図がいっそう大地に根ざすエネルギーや緩やかな時間の流れを感じさせるのです。

 いったいこの農夫たちはどのような想いで夕暮れに響く鐘の音を聴いていたのでしょうか……。




2014年2月4日火曜日

ジャン=フィリップ・ラモー オペラ=バレ「優雅なインドの国々」





Rameau: Les Indes Galantes [Box Set, Cd, Import]
Lesarts Florissants/William Christie





Rameau: Les Indes Galantes [DVD]
Lesarts Florissants/William Christie








Deuxieme Entree. Les Incas Du Perou, Scene 5
 Air Et Choeur 'Brillant Soleil'






ラモーの作品はバロックオペラの魅力満載!

 ジャン・フィリップ=ラモーの作品は高い芸術性にもかかわらず、長い間、母国のフランス以外では演奏会のプログラムにとりあげられることが稀でした。特にオペラは、ほとんど歴史の中に埋もれかけていたといっても過言ではないでしょう。しかし、1980年代頃からのオリジナル楽器全盛時にアーティストたちが盛んに演奏会でとりあげるようになると、俄然、ラモーのオペラは息を吹き返したのでした。現在、バロックオペラが盛んに上演されるようになって、ラモーのオペラは間違いなく最も魅力的なプログラムのひとつとして定着したといえるでしょう……。

 それでは、ラモーのオペラで一番親しみやすい作品って何でしょうか? 前回紹介した「カストールとポリュックス」は美しい作品で不朽の傑作ですが、最初に聴き始めるのはもしかしたら少々敷居が高いかもしれません。
 そんな中で、主人公が自分の作った彫像を愛してしまう「ビグマリオン」は一幕だけの構成ですし、ストーリーもシンプルで大変わかりやすく非常に良くまとまった作品と言えるでしょう。しかし、短いがために多少のもの足りなさを感じないわけでもありません……。




見て聴いて楽しいファンタジックな夢の世界

 そこで浮かんでくるのがオペラ=バレ「優雅なインドの国々」です。これは本当に楽しい作品ですね! バレエ音楽や舞踊曲に傑作が多いラモーですが、そこで培われた人を喜ばせる才能はこの「優雅なインドの国々」で最高のエンターテイメントとして結実しているのです。人々の心の動きや喜び、哀しみを生き生きと豊かに描き出し、何でもない日常生活の断片が美しく夢のような空間に変貌する様子が絶品です。管弦楽の素晴らしさや充実感もさることながら、ここでもラモーの無垢な音楽性や色彩感、繊細なニュアンスが光っているのです。

 舞台はプロローグに始まり、第一幕・寛大なトルコ人、第二幕・インカ帝国のペルー人、第三幕・ペルシアの祝祭、第四幕・アメリカ大陸のインディアンたちと続くのですが、それぞれ一幕完結のオムニバス構成になっており、エキゾチックな雰囲気とスペクタクル的なエンターテイメント性に満ち満ちているのです。 

 ストーリーも単純明快です。プロローグで愛の神が争の神によって人間が戦争に心を奪われていくことを憂い、世界各地に愛と平和のキュービットを送るのですが、フィナーレでそれが成就し、愛と平和に満ちた世界が広がっていくという話です。 通常のオペラによくある情念や複雑な人間ドラマに左右されることなく、見て聴いてるだけでワクワクするような展開を実感できるのです。

 それをさらに面白く見応え(聴き応え?)あるものにしているのが、各幕に置かれた舞曲でしょう。例によって劇の様々なポイントに置かれているのですが、これがラモーの秀逸な音楽によって、俄然、エンターテイメントとしての魅力を引き立てているのです。オペラ=バレと言われる所以ですが、たとえ舞台や映像に接しなかったとしても、ラモーの音楽を聴くだけで(特に管弦楽曲)充分に魅力的かもしれません!

 リズミカルで色彩豊かな管弦楽、淡いニュアンスに彩られた雰囲気、民衆の喜び、歓喜を代弁するような金管楽器のファンファーレ等、最初から最後まで贅沢な夢物語を想わせる音楽の力に、いつしか聴く人の心は大きく揺り動かされることでしょう。



夢の世界を演出するウイリアム・クリスティ

 この作品は何と言ってもウイリアム・クリスティ指揮=レザール・フロリサンによるCD(ハルモニアムンディ)が素晴らしいです! この演奏によってラモーの音楽の魅力を知ったという方も少なくないのではないでしょうか? どこもかしこも自信にあふれ、生き生きとしており、とても18世紀のクラシック音楽とは思えないような新鮮さがあります。管弦楽のシルクのような柔らかい響きも美しい限りなのですが、歌手たちも実にラモーの音楽の特質をしっかりととらえた心に染みこむ歌唱を繰り広げています。

 クリスティ盤は映像でも発売されており、これは永遠の名盤として記憶されてもおかしくないような素晴らしいライブですね。切れ味鋭いダンスや趣向を凝らした衣装、夢の世界を演出する練られた美術や透明感あふれる管弦楽、どれもこれも効果満点で息の抜けないシーンの連続なのです! それは通常のオペラというよりは格調高いファンタジックなショーという感じが適当かも知れませんね……。

 とにかく騙されたと思って、一度でいいからこの映像をみてください。「オペラってこんなに刺激的で楽しいものだったのか!」と根底的に考えが変わるかもしれません。