2014年12月15日月曜日

ショパン  「 舟歌 嬰ヘ長調作品60」










ピアノの詩人の
成熟した傑作

 ふとした事で無性に聴きたくなる音楽ってありませんか? 私は憂鬱な気分の時にたびたび聴くのがショパンの「舟歌」です。この曲は自由な形式によるピアノの小品で、演奏時間もせいぜい9分ぐらいに収まります。しかも、ショパン特有の華麗な技巧が前に出過ぎることもなく、穏やかな情緒と巧みな曲の構成が成熟した味わいの中に溶け込んだ心憎い音楽なのです。

 ショパンはピアノの詩人とよくいわれますが、その代名詞はこの「舟歌」にこそふさわしいといっていいでしょう。センス満点の転調、明確な主題を持たない無窮動のような曲の展開は何度聴いても飽きませんし、エレガントで透明感に満ちた曲調は光や風を感じたりします。
 また、舟歌というタイトルどおり、小舟にゆらゆらと揺られているようなアルペジオの伴奏も大変に魅力的ですね! この伴奏はある時はさざなみや水面のきらめき、波紋の拡がりのように聴こえますし、ショパン自身が情景描写を人生の機微になぞらえている一面もあるため、心の起伏や哀愁を帯びたメッセージのようにも聴こえるのです。 
 しかし、あくまでも音楽は穏やかな晴れた午後のひとときのように日常的な営みの中で、何事もなかったかのように展開され終結していきます……。
 「舟歌」で特に素晴らしいのは一小節ごとに表情を巧みに変える転調の見事さでしょう! それが何の違和感もなく即興的に展開されるあたりにショパンの恐るべき才能を感じます。



ハイドシェックの
宇和島ライブの素晴らしさ!

 私がこの音楽を好んで聴くようになったのは、エリック・ハイドシェックが1991年に収録した愛媛県の宇和島ライブがあまりにも素晴らしかったためです。
 特にショパンだからという気負いもなく、「舟歌」という作品にまつわるイメージや既成概念に振り回されないで純粋に作品と向き合い、本質だけを表現した結果がこれだけの名演奏を生んだのでしょう…。

 とにかくセンス満点の即興的な転調や有機的な響きに驚きます。リズムや造形も曲が高揚していくにしたがって自然な流れで変化させるテクニックは最高ですし、音が明瞭で絶えず生き生きとしており、内声部の充実ぶりには圧倒されます!聴いているうちに爽やかな希望と深い余韻に心がいっぱいになります。