ベートーヴェンの数あるピアノソナタの中で最も有名で人気のある作品は「月光」ですが、最も演奏が難しいのはおそらく「ハンマークラヴィーアソナタ」でしょう。では最もベートーヴェンらしい魅力が充満している作品と言えば、皆さんはどの作品を思い出されますか?
ある人は、有名なアダージョを持つ「悲愴」ソナタという方もいらっしゃるでしょうし、ある方は勇壮な「ワルトシュタイン」とか、ドラマティックな「テンペスト」のソナタという方もいらっしゃるに違いありません。
しかし、私は断然「熱情」ソナタを挙げたいと思います!おそらく熱情ソナタほどドラマティックで緊密な構成を持つ作品はないでしょう。
音の背後にある途轍もなく深い魂、一音たりともおろそかにできない切迫感はピアニストには極度の集中力と感情移入を要求します!ありとあらゆる悲壮な曲想を駆使しながらも少しも感傷的な雰囲気には陥らず、なおかつ、無類のエネルギーと真実性に満ちた音のドラマを表出しているのは見事というほかありません。曲の意味を理解すればするほど生半可な気持ちでは弾けなくなる曲ですが、それだけに曲に没頭して弾けた時の喜びや達成感は並大抵のものではないでしょう。
この頃になるとテンペストソナタ(ピアノソナタ17番)のような明確なテーマやメロディはほとんどなくなってしまいます。
「熱情」は交響曲第5番と同様に作品に盛り込まれた内容は、既に古典の枠を大きくはみ出しています。「さらに美しいためならば破り得ない法則は何一つない」というベートーヴェンの言葉がこれを見事に実証しているのです。
ベートーヴェンは生きている証としてどうしてもこの作品を完成させなければならなかったのです。それ位、彼の作品の中では大きな意味を持つ作品だったのでしょう!
この作品にどことなく良く似た作品って聴いたことありませんか?そう、ショパンの「革命」のエチュードです‼ 特に主旋律の伴奏テーマは瓜二つで、かなり「熱情」の第3楽章の構成を意識していることがわかります‼
ショパンも激しく淀みない力強いテーマを書くために、きっとベートーヴェンのピアノソナタを大いに参考にしたのでしょう!
「熱情」はバックハウスのステレオ録音(Decca)が他を大きく引き離す圧倒的な名演奏です。ともすれば機械的になりやすい第3楽章のリズムも自信と確信に満ちて弾ききっています!第1楽章の次第に曲が盛り上がっていくところの緊張感も抜群です。揺るぎない作品への共感と理解があってこそ可能な演奏だったと言えるのではないでしょうか!