2015年4月9日木曜日

ラヴェル 「ダフニスとクロエ全曲」







Spring (Daphnis and Chloë) Jean-François Millet 
油彩235.5×134.5 1865年 国立西洋美術館













古代ギリシャの純愛物語を
詩情豊かに描いた
ラヴェルの傑作

 『ダフニスとクロエ』は古代ギリシャを舞台にした羊飼いのダフニスと少女クロエの純愛物語です。この物語はさまざまな絵画や文学、音楽のモチーフとして使われることが多く、よほど芸術家の創作力を掻き立てる作品なのでしょう。私は『ダフニスとクロエ』というと、上野の国立西洋美術館にあるミレーの作品を思い出してしまいます。(この絵の外連味のない純粋なアプローチが大好きです!)

 さて、ラヴェルの『ダフニスとクロエ』は当時の舞台芸術の名プロデューサー、ディアギレフの要請によって作曲されたバレエ音楽です。イメージを音化する事に関しては天才的なラヴェルのことですから、バレエのように舞台の命運を決定する音楽を任されて力が入らないはずがありません。ラヴェルは壮大で深遠な交響曲を作曲するような想いでこの曲に取り組んだようです。「音楽の巨大な壁画を作曲することだった」というラヴェルの言葉に、この曲に対する想いの強さが表れているようです。

 しかしこの作品、当のディアギレフにはあまり歓迎されなかったようですね……。理由は楽曲に合唱が使用されたことと、リズムよりもメロディや演奏効果重視の作曲法が気に入られなかったようです。つまりは踊りにくい…ということなのでしょう。
 そうは言うものの、ラヴェルが描いた音楽は『ダフニスとクロエ』の物語から連想される匂い立つような情緒や詩情、鮮やかな色彩的効果と計算された主題の展開、ダイナミックなリズムの冴え等、とにかくラヴェルの音楽の魅力がぎっしりと詰まった傑作なのです。



色彩的なオーケストレーションの
魅力が全開

 曲の冒頭からラヴェルの色彩的なオーケストレーションの魅力が全開です。楽器の扱い方の何と巧みで的確なこと! すでに楽器の響きにさまざまな表情や性格づけが施されていることに気づきます……。特に「序奏」のこの世のものとは思えない耽美的な美しさや幻想的で神秘的な雰囲気は絶品です。色彩的な表情の変化だけではなく、微妙な色調の温度変化まで表出しているのではと思えるほど管弦楽の妙味がぐんぐん冴え渡っていきます!古代ギリシャのロマンを現代に蘇らせようというラヴェルの心意気を感じます。 

 『ダフニスとクロエ』は全曲を聴いてこそ作品の真価を味わえると思うのですが、ハイライト的に聴きたい方には第2組曲をお薦めしたいと思います。なぜならここにはラヴェルの管弦楽のエキスがしっかりと詰め込まれているからです。

 とりわけ印象に残るのが冒頭の「夜明け」ですね。
 「夜明け」はダフニスとクロエが再会する最も感動的なシーンで、まさに「夜明け」と言うタイトルどおり、神秘的な余韻が残る夜のしじまから、朝を迎えて辺りの情景が一変する様子がドラマチックに描かれていきます! ラヴェルの色彩的で精緻な楽器の扱い方、瑞々しい管弦楽と美しい抒情性が一体となった名曲中の名曲です。

 「無言劇」はダフニスとクロエが愛を語り、パントマイムを踊る重要な曲ですが、フルートの高度な技術と音楽性が要求される難曲です。それだけに感情の表出がうまく描かれたときの感動と満足感ははかりしれないものがあるでしょう。最後の「全員の踊り」は計算された主題の展開とリズムの冴えが魂の根幹を突き動かしていきます。曲が展開し発展する中で音楽は猛烈な歓喜の渦のうちに終了します!



デュトワの洗練された
意味深い名演

 この曲は全曲、第2組曲盤を合わせるとかなりの録音があります。古くは同曲初演のモントゥーや名演の誉れ高いクリュイタンス、マルティノン盤等がありましたが、録音が少々古かったり、響きの結晶度不足やら、演奏スタイルの古さが気になったりと必ずしも万全と言えるものではなくなってきています。

 しかし1980年代前半に同曲を振ったシャルル・デュトワ=モントリオール交響楽団(Decca)は表現、音のニュアンスの美しさ、メリハリ、響きの結晶度等、どれをとっても素晴らしく、まさにラヴェルの色彩的な音楽世界が現代に甦ったと言っても過言ではないでしょう。現在『ダフニスとクロエ』全曲盤のみのCDは廃盤になっていますが、輸入盤であれば4枚組のセットとして購入可能です!

 他の曲は要らないと言われるかも知れませんが、その他の曲もラヴェル入門としては格好の曲ばかりで、「ラ・ヴァルス」、「マ・メール・ロワ」、「ボレロ」、「亡き王女のためのパヴァーヌ」、「クープランの墓」等が最高の名演奏で聴ける幸せを味わっていただけるのではないでしょうか……。


2015年4月5日日曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第11番 ヘ長調 K.413











無上の喜びで満たしてくれる
モーツァルトの音楽

 モーツァルトの膨大な音楽の中でピアノ協奏曲は彼にとってライフワークであり、特別なジャンルでした。その卓越した音楽性や洗練された感性、変幻自在な音の遊びが生き生きと驚くべき才能と共に発揮された例はないでしょう。

 多くの作曲家が苦渋に苛まれながら絞り出すように創作した痕跡はモーツァルトの場合は例外的にあてはまらなかったのでした。もちろん作曲するのに困難がなかったわけではありません。晩年の極貧状態や周囲の無理解による創作の迷いも多々ありました。加えて楽天家を装わなければ生きていけないくらい研ぎ澄まされていた繊細な感性と周囲との価値観のギャップ……。

 しかし、モーツァルトの音楽を耳にするとき、私たちの心を無上の喜びで満たしてくれるあの幸福な感覚は一体何なのでしょうか……。彼は朝が来れば小鳥が愛の歌をさえずるように、陽の光が顔を照らすように、風が頬を心地よく撫でるように、然るべきところに然るべきものがあるように愛のメッセージを届けてくれたのでした。
 
 生まれながらにして人の喜びと悲しみ、そして物の本質を瞬時に察知する天性の音楽家……。それがモーツァルトその人だったと言っても決して過言ではないのです。



ウイーンデビューの
希望に満ちた歌

 さて、ピアノ協奏曲11番K413はウイーン移住後、希望に燃えていたモーツァルトがリサイタル用の作品として取り組んだ協奏曲です。気負いがなく素直ににじみ出たメロディや主題は素晴らしいのひとことです。ウイーンの聴衆に向けて語った「むずかしすぎず易しすぎず、音楽通はもちろん、そうでない人もなぜだか満足」という言葉はこの曲でも充分生きてますね……。

 K413では愛おしさに溢れた終楽章テンポ・ディ・メヌエットが特に印象的です。冒頭の霧がすーっと開けるように始まるポリフォニックな主題がまず魅力的ですね。管弦楽とピアノの自然な対話の中で何度も形を変えて展開されるこの主題は次第に懐かしい情景として心に刻まれていくのです。

 演奏はマレイ・ペライアのピアノと指揮によるイギリス室内管弦楽団の録音(CBS)が好感が持てます。特に素晴らしいのは前述の第3楽章テンポ・ディ・メヌエットで、ピアノと管弦楽の絡みが心地よく、音楽に共感しているのが弦の表情豊かな響きや管楽器のまろやかな響きからもよく伝わってきます。