いよいよ桜の季節となりました。暖かくなるのはいいのですが、この時期は花粉もたくさん飛翔しているようで、アレルギーの方は本当に大変だと思います。けれども、春になると眠っていたインスピレーションがひらめいたり、創造性が発揮されるという方もいらっしゃることと思います。また行動半径が広がり、どこかに旅行しようと考えたり、気分を変えて新しいことにチャレンジしていこうと思われる方も多いのではないでしょうか?
私自身、春になるとなぜか不思議と聴いてみたくなる曲があります。ここに紹介するバッハのチェンバロ協奏曲集もその一つです。私にとってチェンバロの優雅なこぼれるような響きは春たけなわのハラハラと舞う桜の花びらのイメージと微妙に重なるのです。作品もバッハとしては親しみやすく、いくつかの曲はヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲にも編曲されています(逆のパターンもあります)。
1981年にトレヴァー・ピノックが指揮し、演奏したチェンバロ協奏曲全集は録音当時、非常に大きな話題となりました。当時バッハの演奏と言えば、妙に構えたり、荘重なスタイルや装飾的なアーティキュレーションをポイントにした演奏が多かったのは間違いありません。しかし、ピノックはそのようなスタイルと決別して、ストレートな進行の中で純粋に曲の美感のみを掘り出そうとしたのです。ピノックの演奏はとかく内容があっさりしすぎているとかドラマチックな情念が足らないとか非難されたりもします。けれども、このチェンバロ協奏曲で見せた新鮮で透明感溢れるアプローチは、やはり彼の抜群の音楽センスと楽譜の読みの深さを痛感するのです。あっさり素通りするように聴こえるフレーズも、実は次のフレーズとの密接な連動の中で、より強いエネルギーを放出するための周到な技が隠されていたのでした。
バッハの演奏、楽曲に対する理解は1980年を境に大きく変化しました。この録音はちょうどその大きな変動の時期に収録された記念碑的な演奏だったといってもいいのかも知れません。これ以降、競うようにバッハの協奏曲がオリジナル楽器の演奏で全盛期を迎えたのも記憶に新しいところです。
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