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2017年1月19日木曜日

メンデルスゾーン オラトリオ「エリヤ」2




















オラトリオ「エリヤ」の聴き比べ

 メンデルスゾーンの傑作といえば、私が真っ先に思い浮かべるのが、オラトリオ「エリヤ」です。
 オラトリオという響きから「難しい作品なのでは…」と敬遠されるかたも少なくないと思いますが、いえいえ、決してそんなことはありませんよ! 

 この作品の魅力を一言でいえば親しみやすく、口ずさみやすいアリアや合唱曲がたくさん散りばめられていることです。しかもエンディングに向かって曲は大いに盛り上がり、圧倒的な感動を共有できるところも大きな魅力なのです。オラトリオの入門曲としても「エリヤ」は間違いなくお勧めですね!

 「エリヤ」はドラマチックな曲想、崇高な祈りの感情、甘美なメロディ等々、メンデルスゾーンの音楽の魅力が余すところなく発揮された傑作中の傑作なのです。
 現在のところ、アルバムも数多く出ていますし、新譜も続々と出てきていますね!

 さて、今回は私がこれまでに聴いてきたエリヤのCDの中から特に印象に残ったアルバムをいくつかご紹介しましょう。


モダン楽器演奏の双璧
サヴァリッシュ盤とリリング盤

 録音が1968年と古いのが難点と言えば難点ですが、演奏は全体的に表情の振り幅が大きく、オペラのようなドラマチックな緊張感と宗教的な情感が一体となった響きがこの作品にピッタリです。
 曲の本質を突いたサヴァリッシュの解釈や、アダムやシュライヤーら名歌手たちの強い印象を残す歌唱は今もって最高ですし、確固とした信念に基づく合唱も素晴らしいの一言に尽きます! かつて「エリヤ」といえば、このサヴァリッシュ盤がファーストチョイスでした。


 サヴァリッシュ盤に比べるとあっさりした印象も受けますが、シェーファーを始めとするソリストたちがメンデルスゾーンの音楽の叙情性を自然な語り口で聴かせてくれるため、身構えずに音楽に浸かれるのがうれしいところです。リリングの指揮も堅実でありながら、本質をしっかりと捉えており、エリヤの作品としての素晴らしさが歪みなくストレートに伝わってくる感じです。

 クルト・マズア指揮ライプツィヒ放送管弦楽団〔フィリップス)やミシェル・コルボ指揮リスボン・ グルベンキアン管弦楽団、合唱団〔エラート)も素晴らしいところがたくさんありますが、全体を通した感銘では前記2盤にやや劣るかもしれません。


21世紀の最高の名演
ベルニウス盤

 トーマス・ヘンゲルブロック(指揮)バルタザール・ノイマン・アンサンブル&合唱団、ゲーニア・キューマイアー(ソプラノ)、アン・ハレンベリ(アルト)、ローター・オディニウス(テノール)(ソニーミュージック)はオリジナル楽器を使用した演奏ですが、決して薄味な響きになることなく、エネルギッシュで気迫に溢れた素晴らしい演奏を繰り広げています。楽器の音色や表情の彫りが深く、ストーリーを彷彿とさせる豊かな雰囲気を創りあげているのです! 特に合唱は指揮者の音楽作りに強く応答していて、曲想によっては陰影に満ちたドラマチックな表情や息吹が伝わってきます。

 フリーダ・ベルニウス指揮シュトゥットガルト・クラシック・フィル、シュトゥットガルト室内合唱団、レティツィア・シェレール(ソプラノ)、サラ・ウェゲナー(ソプラノ)、ルネ・モロク(アルト)、ヴェルナー・ギューラ(テノール)他(Carus)は一度聴いただけだと個性が乏しいように感じるかもしれませんし、薄味な表現に思われても決して不思議ではありません。しかし何度聴いても飽きない、味わい深い名演奏といっていいでしょう。

 合唱のスペシャリストとして名高いベルニウスの手腕はここでも冴えに冴えています。特に合唱の各パートは発声に曖昧模糊とした欠点がなく、終始、澄んだ美しいハーモニーを表出しているのです。しかもその音楽性の高さや静かさの中に漂う無限のニュアンスといったら……。聴きなれたはずの数々のナンバーからひたすら豊かで滋味あふれる音楽が泉のように湧き出してくるのです!

 もちろんソリストたちも奇をてらわず、素直に心を通わせる歌唱がとても心地よく感じます。とにかく勢いや力任せになりやすいこの作品を、決して無理せず、自信とゆとりに満ちた表現を貫いているところは見事というほかありません。作品への深い解釈に裏付けられたオリジナリティとそれに見合うスキルや愛情を持って演奏するとこのような名演が誕生するといういい見本でしょう。


2015年4月27日月曜日

メンデルスゾーン 「パウロ」


















早熟で天才的な創作力を
発揮したメンデルスゾーン

 メンデルスゾーンは早熟で天才的な創作力を発揮した作曲家として有名ですが、ではメンデルスゾーンの作品といえば皆さんは何を思い出されるでしょうか?
 おそらく『ヴァイオリン協奏曲』、『交響曲第4番イタリア』、『交響曲第3番スコットランド』、『弦楽八重奏曲』、管弦楽曲『真夏の夜の夢』をあげる方が多いことでしょう。
 もちろんそれらがメンデルスゾーンの重要な作品であることに違いはありません。しかし、ただひとつ重大なレパートリーが欠けていることにお気づきになりませんか? それは声楽曲なのです。特に宗教的オラトリオや聖歌集は絶対に省くことの出来ないメンデルスゾーンの重要な作品群なのです!

 メンデルスゾーンは生涯3曲のオラトリオを作曲しました。そのうちの1曲はいうまでもなく『エリヤ』ですが、あと2曲は『エリヤ』の10年前に作曲された『パウロ』と晩年に作曲された未完の『キリスト』です。さすがに『キリスト』は録音が限られていますが、『パウロ』はかなりの数がCDとして発売されており、オラトリオ、宗教曲としてはもちろん、声楽曲としても重要な位置を占める作品です。お気づきの方もいらっしゃることと思いますが、『パウロ』は新約聖書の使徒行伝に出てくるユダヤ教からキリスト教に改心したパウロの物語です。さまざまな迫害を乗り越えてイエス・キリストの福音を堂々と述べ伝えていくまでが劇的に描かれています。

 メンデルスゾーンの『パウロ』は後年の『エリヤ』のように壮大なスケール感やドラマチックな展開こそありませんが、メンデルスゾーン独特の清廉な語り口や誠実で気高い人間性が溢れ出た名曲です。また、バッハのカンタータのように要所要所にコラール(ルター派の賛美歌)が組み込まれており、それがアリアや合唱との絡みの中で一編の美しい詩のように光を放っているのです。
 『パウロ』は決して難解な作品ではありません。全曲を通して聴いたとしてもおよそ2時間強ですし、親しみやすく気の利いた曲が次々と続くのもこのオラトリオの魅力でしょう。若書きの宗教曲(26歳で初演)ということで敬遠される向きもあるようですが、もっともっと聴かれて然るべき曲だと思います。 


徹頭徹尾、聖書に忠実で
清新な美意識に貫かれている作品

 このオラトリオの良さは芸術ぶった傲慢さや癖がなく、徹頭徹尾、聖書に忠実で清新な美意識に貫かれていることです。曲中のアリアも格調が高いし、無類の優しさが際立っていますね。
 たとえば第一部に登場するソプラノのアリア「エルサレムよ」の何と甘く優しさに満ちたメロディでしょうか! その余韻と情感は幼い頃に聴いた懐かしい子守歌が彷彿とされます……。パウロの歌う第36曲レチタティーヴォ「ふたりの使徒は、これを聞いて」と合唱が絡む「あなたがたが神の神殿であることを」は全曲の核心の部分で、力強く威厳に満ちた表情が心にしみます。

 また合唱もそれぞれに趣向が凝らされており魅力がいっぱいです。多彩な変化と表現で惹きつける第一部最終合唱「おお、なんと深く豊かな神の英知とご洞察だろう」。壮麗で輝かしい第二部最初の合唱「世界はいまや主のものであり」。 民衆の殺意を叫ぶ声(合唱)に対して許しと愛が憂愁のように漂うコラール、第二部第29曲の「あの男はエルサレムでこの名を呼ばわる者をみな」。確固たる信頼と涼やかな余韻が印象的な第二部43曲の「見よ、なんという愛を」。いずれもメンデルスゾーンだからこそ作り得た秀逸なナンバーばかりと言っても過言ではないでしょう。


美しいメロディラインを
最良の形で再現した
ベルニウス盤

 演奏は勢いに任せた力ずくの表現をするのではありませんし、これといった効果を狙っているわけでもありません。ちょっと聴いただけではパンチ力に不足し、平穏無事に淡々と進行しているだけのように感じることでしょう。しかし、『パウロ』という作品の性格を考慮すれば、これは本質を的確に捉えていますし、これほど音楽の喜びがひたひたと迫ってくる演奏も少ないでしょう。
 作品に対するベルニウスのポリシーがソリストたちの表現や楽器の響きにも現れていて、全編が豊かな音楽で満ちていることに気づかされます。特に素晴らしいのが合唱でしょう。精緻で、純度の高いハーモニーは心に素直に染み込んできます。メンデルスゾーンの美しいメロディラインが最良の形で再現されていると言っても過言ではないでしょう。ソリストたちの心のこもった演奏も大変に好感がもてます。

 何と言ってもライプツィヒ放送合唱団のハーモニーが美しく彫りが深いですね。しかも、旋律に心が通い、ともすれば薄味になりがちな合唱曲に深みを与えています。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の響きもコクがありますし、ヤノヴィッツ、アダムらの独唱陣も存在感があり、名曲に花を添えています。安心して音楽に浸ることが出来ます! 






2013年5月17日金曜日

メンデルスゾーン 劇音楽「真夏の夜の夢」








 メンデルスゾーンは情景描写に因む音楽を作曲したら天下一品でした。同じようにメルヘンの世界を作曲しても右に出る者がいないほどの生粋のロマンティストでした。
 たとえば陶酔するようなメロディやロマンの香りにあふれたヴァイオリン協奏曲、叙情的な無言歌などはそのような傾向をふんだんに持った作品と言っていいでしょう。同じように劇付随音楽「真夏の夜の夢」もそのような流れを汲んだ傑作です。特に「真夏の夜の夢」ではファンタジックな要素に加え、無垢な感性や優雅な気品もミックスされて輝くような夢の世界を満喫できるのです。

 クラシック音楽は数々あれど、この「真夏の夜の夢」のようにメルヘンの世界が生き生きと美しく描かれたことはなかったのではないでしょうか。メンデルスゾーンの無垢な感性と卓抜な音楽センス、音楽や文学への深い造詣があってこそ可能になったと言わざるを得ないでしょう!

 「真夏の夜の夢」は序曲のみ18歳の時に作曲されていますが、才気に富んでいますし色彩豊かな響きはすぐにメルヘンチックな世界に誘ってくれます。そしてスケルツォに入るとメンデルスゾーンの個性が全開になり、神秘的で彩り豊かな楽器の響きや表情がますますメルヘンチックな雰囲気を引き立たせていくのです。
 その後の妖精の歌のお茶目なメロディも心に残りますし、夜想曲のデリカシーに満ちたロマンチックな美しさも一度聴いたら忘れられません。間奏曲や結婚行進曲ももちろん魅力的です。

 誰もが知っているポピュラーな作品ですが、決して飽きられることがないのはとにかく全編に散りばめられた音楽がオリジナリティがあるし、何よりメンデルスゾーンの叡智の目が光っているからなのでしょう…。「真夏の夜の夢」はメンデルスゾーンの個性が最高に発揮された贅沢な名曲と言えるでしょう!

演奏はクレンペラーがフィルハーモニア管弦楽団を指揮したスタジオ録音(EMI)が非常に内容豊かな名演です。どこをとってもゆったりしたテンポで細部を彫琢しており、その表現が曲にぴったりで格調高く美しいのです!




2013年2月27日水曜日

メンデルスゾーン オラトリオ「エリヤ」作品70







マタイ受難曲を復活させた功績

 以前、メンデルスゾーンはキリスト教の篤実な信仰者(プロテスタントの要職に就いていた)で、バッハのカンタータや声楽曲に深い愛情を寄せ、敬意を払ってきたとのことを書いたことがありました。しかも一般的には注目されない隠れた傑作を世に知らしめした功績がはかり知れなかったのです。その最大の功績のひとつが人々の記憶から忘れ去られていたバッハのマタイ受難曲を復活公演したことでした。

 そもそもこの歴史的な傑作が本当の意味で陽の目を見たのは、バッハの作品の素晴らしさも然ることながら、メンデルスゾーンの音楽に対する良心や熱意からくるものが大きかったのだと思います。
 ただでさえ難解で公演の成果も予測できない状況で、この作品を編曲して指揮することは大変なプレッシャーを強いられることだったのではないでしょうか。間違いなく言えることはメンデルスゾーンが「マタイ」に心底共感し、真髄を理解し、作品を伝える重大な使命を感じとっていたということでしょう。そのかいもあってバッハのマタイ受難曲は広く人々の心に記憶されるようになったのは言うまでもありません。



メンデルスゾーンの個性が最大限に発揮された傑作

 そのようなメンデルスゾーンがオラトリオを作曲するようになったのは当然の成りゆきで、「エリヤ」、「パウロ」、「キリスト(未完)」と魅力に満ちた3作品を世に送り出しています。そのうち「パウロ」は優れた作品ですが、バッハの影響による手法を色濃く感じる作品でもあります。しかし、「エリヤ」はメンデルスゾーンがオラトリオの創作をする上で初めて彼の個性が作品にまんべんなく反映され結晶化した傑作なのではないかと思います。
 一般的に宗教音楽ともなるとどうしても気負ってしまい、型にはまったり理屈っぽくなってしまいがちなのですが、メンデルスゾーンは宗教音楽としての神聖な雰囲気を充分に保ちながらも、誰にでも分かりやすいオラトリオを作り上げたのです。

   詩的でロマンティックな情緒も随所に絡ませつつも、全体としてはドラマチックで壮大なスケールを持った音楽となっているのです。 そう考えると「エリヤ」はメンデルスゾーン特有の気品や実直さがあらゆる面でプラスに作用している作品と言ってもいいのではないでしょうか。

 「エリヤ」は旧約聖書(列王記の上・下)に登場する預言者エリヤの生涯を描いたものですが、この作品では彼自身の一流の描画を想わせる雄弁で美しい描写が随所に顔を覗かせています。曲を聴き進めていくと、たとえ言葉の意味がわからなくとも今どのような状況が展開されているのかを思い浮かべながら聴くことが出来るのです。宗教音楽でありながら根強い人気を保っているのもそのようなところに根拠がありそうですね!



充実した合唱の数々

 この作品の最大の魅力は合唱の素晴らしさではないでしょうか。「エリヤ」の合唱はヘンデルやバッハのそれと同じようにバロック的な美観を持ちつつも、オペラ的でドラマチックな性格も兼ね備えています。つまり宗教音楽でありながら多様な表現が可能なのです。

 「エリヤ」の合唱で特に印象に残るのは第1部ではただならない嘆きと苦痛を訴える第1曲「主よ助けたまえ…」、絶望の淵を彷徨いながら光の道筋を見つけようとする第5曲「されど主は見たまわず…」
 第2部では行進曲風のリズムが印象的で希望と勇気に満ちた第2曲「恐るるなかれ、我らの神は言い給う…」、穏やかな聖歌を想わせる第32曲「終りまで耐え忍ぶものは救われるべし…」、 強靱な意志の吐露を感じさせる第38曲「かくて預言者エリヤは火のごとく現れ…」そして歓喜に満ちて圧倒的なクライマックスを迎えるフィナーレ、「かくて御身の光暁の如くあらわれいで…」あたりでしょうか。








演奏の出来が感銘の度合いに影響

 この作品は演奏によって大きく様変わりします!つまり演奏次第で曲が生きも死にもするということなのです。オペラほどではないにしてもドラマチックで壮大なスケールを感じさせる演奏……。宗教的な浄福の境地と品格を備えた演奏……。このような要素がバランスよく演奏に溶け込んでいなければいい演奏にならないのです。でも実際はそういう演奏にはなかなかお目にかかれませんね。
 
 そのような状況ですが、ヴォルフガング・サヴァリッシュがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ライプツィ放送合唱団を指揮した1968年(フィリップス)盤は曲の本質を見事に表現した圧倒的な名盤です。これまでこの曲をサヴァリッシュは何度指揮したのでしょうか…? ドイツ国内ではもちろんのこと、日本でも国立音大とNHK交響楽団との共演がありましたし、1986年には同じ顔合わせでのCDも発売されていました。

 サヴァリッシュはよほど「エリヤ」との相性がいいのでしょう!演奏は自信に満ちていますし、最後まで停滞することなくドラマティックな側面をしっかりとつかんで劇的にこのオラトリオを盛り上げていきます!合唱の精度も非常に高いですし、独唱に名歌手シュライヤー、アダム、アメリングらを配したアリアの数々も本当に魅力的です。





2012年3月28日水曜日

メンデルスゾーン 無言歌



Mendelssohn: Songs Without Words by Livia Rev




 詩のようなスタイルで心象風景や感情、情緒の描写を表現したピアノ作品がメンデルスゾーンの「無言歌」です。「春の歌」、「狩りの歌」、「ヴェネツイアの舟歌」、「5月のそよ風」等、親しみやすく覚えやすい曲が満載で、どなたも1度はこれらの曲を耳にし、気持ちが和んだことがあるのではないでしょうか? 

 懐かしいメロディ、繊細で優しいフレーズ、気品に満ちた曲調! ピアノ入門者にとって「無言歌」はまさに未来へと続く光の扉のような存在です。
全体は8巻から構成され標題がついた曲が多いのですが、実際はメンデルスゾーンによってつけられたものはわずかなのです。彼は標題によってイメージや表現が枠にはまってしまうことを非常に嫌っていたようです。

 この作品ではベートーヴェンの演奏で効果を発揮するペダルを強く踏む強い意志の表現はあまり必要とされません。それよりも、わずかな四季の変化にも敏感に反応するような繊細な感性が要求されるのです。自分なりの味付けや大胆なデフォルメ、個性的な表現はそぐわないといっていいでしょう。
 何よりも美しいメロディラインに敬意を払いながら原曲に忠実に、みずみずしい感性を信じながら弾くことが曲を魅力的に聴かせるポイントなのです。過剰な表現欲に溺れず、どれだけ新鮮な気持ちで曲に向かっていけるかが「無言歌」を演奏する上での試金石となりそうです。

 この曲の演奏は先に挙げた特徴から自然に旋律線を歌わせつつイマジネーション豊かなピアノ演奏をするハンガリー出身の女流ピアニストのリヴィア・レフ(ハイプリオン)を推したいと思います! とにかく表情が自然で音楽は停滞することなく流れていきます。即興的な味わいも魅力ですが、何より惹かれるのが端正で洗練された造形! メンデルスゾーンの本質をズバリ突いた素晴らしい演奏ではないでしょうか。





2011年6月8日水曜日

交響曲第3番イ短調作品56『スコットランド』
















スコットランドの情緒を美しく描く交響曲


 メンデルスゾーンの作品は音の風景画と評されることがあります。前回お伝えしました、「序曲・フィンガルの洞窟」はまさにそのような作品の典型と言えるでしょう!しかも、すんなりと曲に入っていける敷居の低さはメンデルスゾーンの音楽の最大の魅力といってもいいのではないでしょうか!

 それは「真夏の夜の夢」、「ヴァイオリン協奏曲」、「交響曲第4番イタリア」等、メンデルスゾーンの作品に共通する魅力だと思います。もちろん決して曲の内容が薄味だというのではありません。思索的にねじれてないし、屈託のない素直な曲調なのです。おそらく自身もかなりピュアな性格だったのでしょう。


 特にここで紹介する交響曲第3番「スコットランド」は冷んやりとした空気感や霧にかすむ情景を、心の機微に重ね合わせながら哀愁を帯びたテーマとともに美しく描き出しています。メンデルスゾーンはよほどスコットランドの風景と情緒が強く心に印象づけられたのでしょう。この曲を最初に着手したのは1830年ですが、その後長い中断があり何と12年後の1842年に完成させています!いかにこの作品がメンデルスゾーンにとって重要な部分を占めていたかを物語っているように思います。


 第1楽章はそんなイメージが最もドラマティックに最高のバランスで捉えられた楽章といってもいいかも知れません。それに対して第2楽章はスコットランド民謡風の軽快なリズムも取り込みながら、暖かい春の兆しを感じさせるうれしく楽しい楽章です。第3楽章の神秘的で穏やかなテーマも一度聴いたら忘れられません。絶えず聖歌風のメロディが歌われ、平和な叙情詩のように時が流れていきます。そして第4楽章フィーナレ……。厳しく孤高な魂がうなりをあげるように音楽は展開し、曲の核心の部分へと到達します。するとホルンに導かれるように雄大で希望に満ちたコーダへと発展し曲は結ばれます。

  この作品は、繊細で悲哀に満ちたロマンチズムがまず要求されるのと同時に、生き生きとした色彩的な情感も要求されます。また願わくばスケールが大きく微動だにしない造形感覚があればさらに鬼に金棒です。しかし、実際にこのような条件を満たす演奏は本当に少なく、どこか片手落ちの演奏になってしまうのは致し方ないのかもしれません。


  そのような中で素晴らしいのはマーク指揮ロンドン交響楽団の演奏です。この演奏は弦がとても美しく、しなやかな音色とウエットな表情を醸し出しています。ホルンやファゴットも非常に深みのある響きを生み出し気持のいい空間を作っています。特に第3楽章は美しく、澄んだ情感に満たされます。ただ、第2楽章や第4楽章のコーダの部分はテンポがやや性急すぎて曲の魅力をいまひとつ味わえないような気もするのですが……。

 しかし、これら3つの条件を軽くクリアーしてしまっている指揮者がいます。それはオットー・クレンペラーです。決して曲に夢中になってのめり込むという指揮ぶりではないのですが、どこもかしこも意味深く豊かな音楽が鳴り響いているのです。たとえばフィナーレのコーダで雄大なテーマを奏するくだりも、普通であれば少しずつテンポを上げ盛り上げていくのが常道でしょう。しかし、クレンペラーの場合は一切テンポを変えることなく、ひたすら堂々と曲を謳いあげていくのです。
 そのコーダの何たる存在感!ここだけをとってもクレンペラーの偉大さは傑出しています。録音で有名なのは1960年にフィルハーモニア管弦楽団を振ったEMI盤ですが、6年後にバイエルン放送交響楽団を振ったライブ録音も甲乙つけ難い素晴らしさです。ただし、有名な第4楽章のコーダはクレンペラー自身が作った短調のままで曲を終了する版が使われています。これは作品の性格上、大変重要な部分ですのでおそらく賛否両論わかれるものと思います。









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2011年4月20日水曜日

メンデルスゾーン 序曲・フィンガルの洞窟







 メンデルスゾーンは作曲家としてだけでなく、水彩画やスケッチの力量も相当なものでした。ですから、彼は色彩的な描写やメルヘン的な要素が強い音楽はめっぽう相性が良かったのかもしれません。
 そのような彼の特性が最高に発揮されたのが「フィンガルの洞窟」序曲です。タイトルからもお分かりいただけるように、この作品はスコットランドにあるフィンガルの洞窟(ヘブリディーズ諸島の無人島にある)を題材にした音楽なのです。メンデルスゾーンはこの洞窟の神秘的な出で立ちや様子を見て、痛く感動したらしく、創作の大きなヒントを得たそうです。
 この作品は音のスケッチといっていいかもしれません。即興的かつ神秘的であり、生き生きとした楽想に満ちあふれ、停滞することなく音楽が流れていきます。
 わずか9分ほどの作品ですが、一度聴くとその音楽のもつ独特の魅力に惹きつけられることでしょう。実際、この作品が発表された後、その作品の発想の源を探るべく、多くの芸術家、文化人が当地を訪れたといいます。

 ほの暗い主題の導入部が始まると、独特の情緒と繊細緻密な表現で次々と海に浮かぶ洞窟の辺りの情景を描き出していきます。岩肌に砕ける波しぶきや、磯の香り、飛び交う鳥の鳴き声の様子等が巧みな音色のバランスによって引き出され、絶妙な味わいを醸し出していくのです。
 曲はさらに進行し、静かななぎによる一時の静寂や休むことなく岩肌を洗う波をドラマティックに表していきます。そしてコーダではまた最初のほの暗い主題に戻って行くのです。楽器が奏でる音の響きは驚くほど雄弁で、まるでその場に立っているかのような不思議な感覚にとらわれるのです。
 ワーグナーはメンデルスゾーンの作品に対してことごとく否定的だったのですが、唯一この作品だけは例外的に絶賛しています。彼の言葉を借りると「一流の音の風景画」なのだそうです。このことから見ても、「フィンガル序曲」には好き嫌いを超えた芸術性が息づいているということなのでしょう!



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2010年11月19日金曜日

メンデルスゾーン 交響曲第3番イ短調『スコットランド』






音の風景画家メンデルスゾーンの面目躍如




 少しずつ朝晩の気温が下がり始めてきました。皆さん風邪など引かれていないでしょうか?ただ、秋は深まってきているはずなのに日差しの強さだけは相変わらずです。日中は暑くて汗ばむことも珍しくないですよね。通りの街路樹もあまり色づくことなく、「一体今の季節は何!?」と言いたくなってしまうような不思議な感覚にとらわれる昨今です。こんな時だからこそ、心にだけはあふれるような感性や希望の泉を持っていたいものですね……

 ところでメンデルスゾーンは自然から感じた抒情を大切にする作曲家でした。彼はフィンガルの洞窟序曲やイタリア交響曲等、目に見える情景を扱った作品が多いことは皆さんご存知でしょう。実際に彼自身、絵画の腕前はプロ並みだったようです。特に風景をテーマにした水彩画あたりは詩情豊かで、どこか憂いを帯びたキメの細かい画風が魅力的ですね。
 そんなメンデルスゾーンですから、陽光煌くイタリアよりも絶えず曇り空で寂寥感漂うスコットランドの方が彼のインスピレーションを刺激したのでしょう。実際に交響曲第3番「スコットランド」は音の風景画家メンデルスゾーンの面目躍如と言える出来映えで、ロマン派を代表する傑作に仕上がっています。
 しかしこれほど美しく哀愁に満ちたメロディを格調高く作りあげる才能は並大抵のものではないでしょう。途中10年余りの中断があったにもかかわらず、この作品が完成にこぎつけられたのはメンデルスゾーンのただならぬこだわりがあったからに違いありません。全4楽章とも変化に富んでいて、さまざまなヴァリエーションの中で生き生きとセンス満点にスコットランドの抒情が奏でられます。


 演奏は最近の演奏では残念ながらあまりいいものはありません。マーラーやブルックナーでは最近次々に素晴らしい演奏が現われてきましたが、スコットランド交響曲はなかなかいい録音に巡り会えません。結局はスローテンポで堂々と細部を謳い上げたクレンペラー盤をあげるしかないようです。 でも隅々まで磨き上げられた造形とよく歌われた弦の響き、管楽器の音色はやはり最高です。どんなにロマンティックなメロディでも、スローテンポを守り抜く彼の強いポリシーがこの作品の隠れた魅力を伝えてくれているのでしょう。


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2010年9月24日金曜日

メンデルスゾーン 交響曲第2番「讃歌」






真摯な作曲姿勢が結実した魅力作



 メンデルスゾーンは作品全体に漂う品格や素直さが最高に魅力として生きている作曲家だと思います。管弦楽曲の「真夏の夜の夢」や「無言歌」、「ヴァイオリン協奏曲」等はその最たるものではないでしょうか。メロディに西洋音楽の正統派の流れをそのまま受け継いだようなクセの無さが秀逸です。

   もちろん、その品格や素直さが曲によっては、「味が薄い」「深みがない」といった批判の対象になったりすることもあるわけです。けれども、少なくとも声楽曲やオラトリオ等に関しては、品格や素直さがあらゆる面でプラスに作用していると言ってもいいのではないでしょうか。

    ユダヤ人哲学者の父を持ち、自身プロテスタントの要職に就いていたメンデルスゾーンがバッハのカンタータや声楽曲に関心を払うのは当然の成り行きで、その敬意や愛情、研究の成果は自身の音楽人生にも大きな影響を与えたのでした。
    たとえば、一般の人があまり注目しない隠れた名作、傑作を世に知らしめした功績ははかり知れません。おそらく彼はそのような作品を多くの人に伝えることをライフワークと捉えていたのでしょう。バッハのマタイ受難曲もそのひとつで、いわゆる演奏家が聴衆を前にして過去の作曲家の名曲を演奏するクラシック音楽の原形を確立したのもメンデルスゾーンが最初だったのです。

  そんなメンデルスゾーンが「交響曲的カンタータ」という位置づけで残した交響曲第2番「讃歌」は前半が管弦楽、中後半が声楽を伴うカンタータのような形式になった珍しい作品です。
    この作品で素晴らしいのは声楽が決して付録ではなく、作品を構成する重要なポイントになっていることです。演奏が良ければ、オーケストラと声楽が一体となり、身震いするような共鳴感と感動を体験することもできるでしょう。
   メンデルスゾーン自身の「パウロ」や「エリア」の間にはさまれた声楽作品として、彼の真摯な作曲姿勢が結実した魅力がいっぱい詰まった作品です。

    演奏としてお勧めできるのは、クルト・マズアがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と合唱団を指揮したものが、充実した響きとシュライヤー、ボニー等の素直な安定した歌唱を中心にじっくりと聴かせてくれます。
    最近の録音でもう1枚、同じライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と合唱団を指揮したシャイーの演奏もオーケストラの響きを最大限に生かし、立体的で奥行きのある名演奏を成し遂げました。




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