2015年3月11日水曜日

ドビュッシー 前奏曲





















ドビュッシー後期の
個性的な名曲

 印象派の音楽家と言えば「ドビュッシー」というくらい、革新的で感性豊かな音楽を確立した人ですが、「彼のピアノ曲はどうも苦手だ……」とおっしゃる方は少なくなくありません。
 初期の『アラベスク』や『ベルガマスク組曲』あたりは調性やメロディラインもはっきりしており、比較的親しみやすいのですが、後期の『映像』や『前奏曲』、『練習曲』になるとお手上げという方が意外と多いのでしょうね。確かにドビュッシーの音楽をメロディーや曲のスタイルだけで聴こうとするとかなり無理があるのは事実です。

 いわゆるベートーヴェンやモーツァルト、ショパン、シューベルトらのような古典派やロマン派のピアノ曲と比べると構成、作曲スタイルがまるで違います。まずは、曲の持つ多様な音の世界に純粋に身を浸してみることが必要なのかもしれませんね! ドビュッシーのピアノ曲を弾いたことがある人にとっては五感に訴える何かがあり、その陰影に満ちた魅力や面白さは格別なのかもしれません。


詩的なイメージを
醸し出す24曲

 さて、『前奏曲』は第1巻と第2巻がそれぞれ12曲ずつ、計24曲の独立した小曲から成っています。つまり演奏会で単独に曲を抜き出して演奏されようと、続けてセットで演奏されようとも何ら音楽としての不自然さはないのです。
 曲に耳を傾けると実に様々な情景が浮かんできますね。それは自然の情景や現象にイメージを借りた心象風景かもしれませんし、一音一音に込められたメッセージが絶妙な音色美となって詩的なイメージを醸し出していくのです。多分に感覚的な音楽のため、ピアノを弾く人によって曲のイメージがかなり違う印象になるのは仕方がないでしょう。
 
 とにかく音のニュアンスが多彩で洗練されています。たとえば、夢のようなまどろみがあるかと思えば、原色のような輝かしいイメージを伝えたり、深海に潜む闇のイメージを匂わせたり、どこまでも澄んだ青空の透明感を感じさせたり、神秘的な光を発する音色だったり……と、まるでさまざまに調合された音色のパレットを見るような気がするのです。 『前奏曲』は24曲どれもが個性的で一つの枠にはまらない独特の輝きを放っています! 

 私がこの中で愛聴するのは、煌めく光と風を感じる第1巻第5曲の「アナカプリの丘」と対照的にしんしんと降る雪を見つめる様子を描いた第1巻第6曲の「雪の足跡」です! もちろん神秘的な光と雄大な高揚感に圧倒される第1巻の第10曲「沈める寺」や、有名な第1巻の第8曲「亜麻色の髪の乙女」、穏やかな時間が流れる第2巻の第5曲「ヒースの茂る荒れ地」、リズムが独特で思わず身体を動かしてしまいそうな第1巻の第12曲「ミンストレル」等々…、挙げればキリがありません。


ベロフの感性豊かな
瑞々しい名演

 この曲集はミシェル・ベロフがEMIに20歳で録音した演奏が瑞々しい名演です。実に感性豊かな演奏で、ピアノの音色から詩的なイメージがぐんぐん伝わってきます。ピュアな感性がドビュッシーの音楽と出会って様々なインスピレーションを受けた結果、このような名演奏が生まれたのでしょう!
 しかも音の芯の強さや繊細で豊かな香りに満ちたピアノはドビュッシーの世界観をよく表現しています。 

 ただ現在は廃盤扱い同然になっていて、入手が難しいかもしれません。そこでベロフが1994年に再録音したアルバム(DENON)をおすすめいたします。基本的な音楽の方向性は変わりませんが、相変わらず瑞々しいタッチと情感が冴えています。前奏曲の演奏は数々ありますが、ベロフの演奏を聴けばきっとさまざまなメッセージが伝わってくることでしょう。

 ハイドシェックのピアノはベロフのピアノを更に深めた印象があります。どの曲も雄弁で個性が際立っていますが、音楽の魅力を最大限に引き出しているところがさすがですね。神秘的な音色の再現や内省的な情緒等……、ドビュッシーを聴く喜びでいっぱいに満たしてくれます。




2015年3月7日土曜日

東京・春・音楽祭2015






「東京・春・音楽祭2015」のポスター





メイン公演のひとつ「ワルキューレ」






上野の森のクラシックイベント

 上野公園は毎年桜のシーズンになると、大勢の花見客で賑わいます。今年も見事な桜を咲かせて、昼夜を問わず多くの人々を魅了することでしょう!
 ところでそんな上野の森に最近靜かなブームとなりつつあるイベントがあります…。それが今年で10回目を迎えるという『東京・春・音楽祭』です。この音楽祭が一般的に強く認知されるようになったのは公演数が大幅に増えた2012年からだと思いますが、いよいよ今年は質量ともに充実して目が離せない音楽祭となりました。

 上野の森の主要なコンサート会場や美術館、博物館と連携してスケジュールが組まれた当イベントは、クラシックの国内外の有名なアーティストを招いて約1か月に渡り開催されます。
 今年の音楽祭最大の目玉は恒例となったワーグナーシリーズで、今回はヤノフスキが降る「ワルキューレ」が大注目です!もちろんそれ以外にも見逃せないプログラムが目白押し‼
 春の本格的な到来と共に上野公園の桜を見て、名所を散策しながら味わうコンサートはちょっとした心の栄養を摂るのに最高かもしれませんね!




春の上野の風物詩 東京・春・音楽祭 
2015年も開催! 

 国内外の一流アーティストたちが奏でる極上の響きや、躍進めざましい若手たちによる好演まで、有料・無料をあわせ130以上のコンサートが、春爛漫の上野の森を舞台に1か月にわたり繰り広げられる――。桜の季節の風物詩となった「東京・春・音楽祭」、注目のラインナップをご紹介! 

 音楽祭のメイン公演ともいえる《ワーグナー・シリーズ》は、《ワルキューレ》を上演。ワーグナー指揮者として豊富な実績を誇る、ヤノフスキの明晰な指揮が作品に内在する濃密なドラマを浮き彫りにした、2014年春の『ニーベルングの指環』第1作《ラインの黄金》は大絶賛を受け、今後続く3作品への期待はますます高まるばかり。 

 また、2015年春、音楽監督に大野和士を迎え、新時代の幕開けとなる東京都交響楽団による大曲「ベルリオーズ《レクイエム》」や、ロバート・ディーン・スミス、エリーザベト・クールマン、ボロディン弦楽四重奏団などの海外アーティストによる公演も必聴。その他、ピアノの巨匠・故スビャトスラフ・リヒテルの生誕100年を記念し、リヒテルゆかりの演奏家を迎えて贈る注目のシリーズ公演や、毎年大好評のバラエティに富んだ数々のミュージアム・コンサートなど、2015年春もまた、上野の森は桜だけでなく音楽で満ち溢れる。 (公式サイトより)




2015年3月1日日曜日

「ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄」










各時代を彩る名画が集結!

 現在、東京・六本木の国立新美術館で「ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄」が開催されています。ルーブル美術館というとコレクションの質量において世界のあらゆる美術館を凌駕し、絵画・彫刻に関心がある人であれば誰でも一度は見るべき価値のある美術館ですね。
 それは美の殿堂と形容されるにふさわしく、人類の文化遺産を網羅した歴史的価値のあるスポットと言えるでしょう。

 今回のルーブル美術館展は古代から20世紀に至るまでのあらゆる国と時代の風俗画を網羅しているといいます。「風俗画」って一体何?とおっしゃる方も少なくないと思いますが、難しいことは抜きにして純粋に絵の良さを味わえればいいと思いますね。あえて申し上げるならば、「飾らない一般の市民生活の一コマを描いたもの」とでも考えていただければいいのではないでしょうか……。

 今回の見ものはナチスが所有していた複雑な過去を持つフェルメールの名作『天文学者』と、聖家族をまるで市民の生活の一コマを切り取ったように描いたレンブラントの傑作『聖家族、または指物師の家族』になるのでしょうが、それ以外にもヴァトー、シャルダン、ティツイアーノ、ムリリョ、コロー、ミレー等、実に多種多様な傑作が勢ぞろいです!

  ルーブル美術館に行かなくとも、その断片を垣間見ることの出来る貴重な展覧会と思います。しかも出品リストを見ると、今回はコレクションの中でもそれぞれの時代のエキスとも言うべき傑作が揃っています。これはちょっと楽しみですね!




【展覧会概要】

期 間  2015年2月21日(土)~6月1日(月)
休館日  毎週火曜 ※5月5日(火)、26日(火)は開館。
開館時間 10:00~18:00
     ※金曜日、5月23日(土)、24日(日)、
     30日(土)、31日(日)は20:00まで
     ※入場は閉館の30分前まで
会 場  国立新美術館 企画展示室1E
住 所  東京都港区六本木7-22-2





2015年2月25日水曜日

レンブラント 「聖家族、または指物師の家族」











血が通い安らぎに満ちた
静謐な空間

 とても魅力的な絵ですね……。
 一般的に絵を描く場合は形をしっかり捉えて、色彩と構図のバランスをとりながら描いていくのが定石なのでしょうが、この絵はちょっと違います。形や色彩で描き分けるというよりは光の温もりや明度、彩度、陰影の多様な変化によって描き分けているというほうが正しいと思います。

 しかし、誰もがこのように絶妙な陰影の描き分けが出来るわけではありません。 もちろん技術的に陰影を描き分けたり、ドラマチックな空間を表現することは出来るでしょう。ただしこの絵のように血が通い、安らぎに満ちた静謐な空間を生み出すことは極めて難しいことですね。

 「本物の絵」と称されるものがフォルムや色彩といった枠組みを超えた感動の追体験を表現した絵であるとするならば、レンブラントの絵はまさにこれです。
 それにしても何という厳粛でかつ温かい色彩のトーンに満たされた絵なのでしょうか……。絵の端々から画家の対象に寄せる愛情やメッセージが伝わってくるようです。
 イエス・キリストに授乳するマリアとそれを見守る老婆の姿がまるで日常の光景のごとく描かれているのですが、それがかえって見る者に親近感と深い共感を呼び起こしているところが興味深いではありませんか。

 この絵を眺めていると途轍もなく大きなものに包み込まれるような安心感がありますし、緩やかに流れる濃密な時間と空間の意識が絵の中にしっかりと息づいていることが分かりますね。

 「聖家族、または指物師の家族」は現在(2015年2月~6月)東京・六本木の国立新美術館で開催されている「ルーブル美術館展」に展示されているとのことです。こんな名画を間近で見る機会があるなんて…。 これは何を差し置いても見るしかないでしょう!



2015年2月19日木曜日

エルガー  愛の挨拶










絶妙な転調
美しい中間部

 この曲をはじめて知ったのは、確かFM放送でオーケストラ版が流れていたのを聴いたときだったように思います。 そのときは何てロマンチックで懐かしい情感が香る曲なのだろうかと思いました。最初の有名なテーマは、現在CMや映画、テレビ番組のBGM等で頻繁に聴かれるようになりましたね。

 何よりテーマが親しみやすく覚えやすいですし、ヴァイオリンやチェロ、ピアノで演奏するにしても弾きやすいのが最大の魅力ですね!おそらくこれからも多くの人が口ずさみ、愛される名曲として受け継がれていくことでしょう。
 
 愛の挨拶で私が一番惹かれるのは、中間部でやや憂いを帯びた主題が出てくるところです。 回想のシーンが蘇るように少しずつ調を変えながら展開される美しいメロディ……。時間の流れが止まったかのようにも思えるこの絶妙の味わいは『愛の挨拶』がただの小品ではないということを強く感じさせるのです。
 こんなに可憐で美しい音楽を作った人が、あの行進曲『威風堂々』や『チェロ協奏曲』を作った人だとはちょっと信じられないような気もいたします。



グローブスの
しっとりとした演奏

 この曲はさまざまな形で演奏されますが、私が聴いて一番しっくりくるのはチェロやピアノの独奏ではなくオーケストラ版ですね。なぜかと言えば、魅力的な中間部の美しい転調が最も味わい深くて余韻が残るのがオーケストラ版だからなのです。
 チャールズ・グローブスがフィルハーモニア管弦楽団を指揮した演奏はゆったりとしたテンポとしっとりと愛情を込めた表情が美しく、この曲の決定版といってもいいかもしれません。
 しかし残念なことにグローブス盤も現在は廃盤になっているようです。お聴きになるとしたら、とりあえず『ウェディング・クラシックス』とタイトルがついたウェディングに纏わるイメージの作品を集めたオムニバス盤しかないようですね。




2015年2月17日火曜日

バッハ カンタータ第1番『暁の星のいと美しきかな』









溢れるような喜びと希望が
情感豊かに展開

 バッハは音楽を「神の賜物」と考えた作曲家で、不世出の傑作「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」、「ミサ曲ロ短調」はもちろんのこと、多くの作品はこのような信念に基づいて作曲されたのでした。
 これはルター派(宗教改革で有名なマルティン・ルターを創始者とする教派)の正統的な流れを汲む考え方でもありましたが、単に教派の典礼音楽としての範疇に留めないところがバッハの偉大なところなのです。バッハがライプツィヒ時代に盛んに作曲した教会カンタータはプロテスタントの礼拝用の音楽として位置づけられているものですが、芸術的な価値も非常に高く、今なおその作品は多くの音楽家によって演奏されているのは承知の事実です。

 カンタータBWV1『暁の星のいと美しきかな』はルター派の牧師だったフィリップ・ニコライの原曲による作品ですが、バッハの息がかかることによって、新たな生命力が付与されたことは言うまでもないでしょう。この作品は受胎告知の祝日用として作曲されたもので、溢れるような喜びと希望が情感豊かに展開されていきます。

 最高の聴きどころは1曲目の管弦楽を伴う合唱です。まずヴァイオリン二挺が語り合うように奏でる懐かしく素朴な響きに癒されます。そこにホルンが絡むとますます牧歌的な雰囲気が醸し出されていくのがわかりますね……。
 少しずつ形を変えながら何度も繰り返され発展していく主題の展開はバッハの作曲の妙が充分に味わえるところです。この第1曲は合唱だけでなく、独奏楽器が主題を奏でる面白さと豊かさがふんだんに味わえる音楽といっていいでしょう!

 そして同じように独奏楽器(ヴァイオリン)が活躍するのが第5曲目のテノールのアリアです。このアリアは力強いフレーズの提示と卓越したリズムが素晴らしく、段々と音楽が進行するにつれて深みを増していくのが特徴です。何よりもヴァイオリンの伴奏が魅力的で、躍動的な喜びが伝わってきますね!

 同じ教会カンタータでもBWV140『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』やBWV147『心と口と行いと生活もて』の人気曲に比べるとBWV1は演奏頻度もぐっと少なくて地味な存在です。もっともっと聴かれてもいい曲ではないでしょうか……。



リヒターの
唯一無二の名演

 演奏はバッハのカンタータをライフワークとして捉えていたカール・リヒター=ミュンヘンバッハ管弦楽団および合唱団(アルヒーフ)が最高です。
 1曲目のヴァイオリンやホルンの響きからして彫りが深く、情緒豊かでありつつも格調高い音楽がいっぱいに拡がっていきます。しかも合唱の真摯でひたむきな表情が曲の持つ性格にピッタリです!
 リヒターの熱い気持ちと強い意思が比較的自然な形で発揮された名演奏と言えるかもしれません。

 ソリストでは第5曲のアリアを歌うエルンスト・ヘフリガーが際立っています。輝きに満ちた声、自然な陰影、立体的な表情等……本当に素晴らしく、変化に富んだこのアリアを意味深く聴かせてくれます。第3曲のアリアを歌うエディット・マティスの表情がやや硬く、単調に聴こえるのが少々残念ですがそれ以外はすべてに理想的です。

 教会カンタータ=ルター派の精神性という構図に決してこだわる必要はないのでしょうが、根底にプロテスタントの礼拝用の音楽としての下地があることを考えるとすれば、リヒター盤以外の選択肢は考えられないくらいこれは完成度の高い演奏と言えるでしょう。




2015年2月10日火曜日

横浜美術館「ホイッスラー展」を鑑賞して





「ホイッスラー展」パンフレット






「ホイッスラー展」パンフレット








『チェルシーの通り』1888年頃、水彩・紙12.7×21.7㎝





《ふたりの人物がいる海岸の情景》1885‐90年 水彩・ボディカラー・紙



『灰色と真珠色:バンク・ホリデー・バナー』1883-84年水彩・紙21.6 × 12.3 cm



《デュエット》1894年 トランスファーリトグラフ・紙





『オールド・ウェストミンスター・ブリッジの最後』1862年油彩・カンヴァス61× 78.1cm




繊細で爽やかな画風の魅力


 先日、横浜美術館で開催されている「ホイッスラー展」に行ってきました。

 ホイッスラーと言えば、前回投稿した「白のシンフォニー No.2:小さなホワイト・ガール」や「白のシンフォニー No.3」が今回の注目作品として紹介されています。確かに両作品の卓越した構図や洗練された色彩感覚を見れば優れた作品であることは納得ですね!
 またジャポニスムの画家と称されることもあり、それに影響された傾向も多々見られますが、決してそれがホイッスラーのすべてではありません。

 むしろ今回の展覧会では全体の半数以上を占めようかというエッチングやリトグラフ、水彩が見事でした。ホイッスラーの良さはこのような小品に集約されているようにも思われるのですが……。
 ここに紹介した4点の作品はポストカードとして販売されているものですが、いずれも繊細で柔らかな筆致が独特の詩情を湛えていますし、確かな絵心を感じさせるのに充分なものでした。

 風景画も素晴らしく、特に「オールド・ウェストミンスター・ブリッジの最後」は橋の工事現場の喧騒や賑やかさが伝わってくるような臨場感あふれる絵で、まるでその場に立っているかのような印象を受けます。今回の「ホイッスラー展」はパンフレットを見ただけでは気づかない、繊細で爽やかな画風の魅力を満喫できた展覧会でした!