溢れるような喜びと希望が
情感豊かに展開
バッハは音楽を「神の賜物」と考えた作曲家で、不世出の傑作「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」、「ミサ曲ロ短調」はもちろんのこと、多くの作品はこのような信念に基づいて作曲されたのでした。
これはルター派(宗教改革で有名なマルティン・ルターを創始者とする教派)の正統的な流れを汲む考え方でもありましたが、単に教派の典礼音楽としての範疇に留めないところがバッハの偉大なところなのです。バッハがライプツィヒ時代に盛んに作曲した教会カンタータはプロテスタントの礼拝用の音楽として位置づけられているものですが、芸術的な価値も非常に高く、今なおその作品は多くの音楽家によって演奏されているのは承知の事実です。
カンタータBWV1『暁の星のいと美しきかな』はルター派の牧師だったフィリップ・ニコライの原曲による作品ですが、バッハの息がかかることによって、新たな生命力が付与されたことは言うまでもないでしょう。この作品は受胎告知の祝日用として作曲されたもので、溢れるような喜びと希望が情感豊かに展開されていきます。
最高の聴きどころは1曲目の管弦楽を伴う合唱です。まずヴァイオリン二挺が語り合うように奏でる懐かしく素朴な響きに癒されます。そこにホルンが絡むとますます牧歌的な雰囲気が醸し出されていくのがわかりますね……。
少しずつ形を変えながら何度も繰り返され発展していく主題の展開はバッハの作曲の妙が充分に味わえるところです。この第1曲は合唱だけでなく、独奏楽器が主題を奏でる面白さと豊かさがふんだんに味わえる音楽といっていいでしょう!
そして同じように独奏楽器(ヴァイオリン)が活躍するのが第5曲目のテノールのアリアです。このアリアは力強いフレーズの提示と卓越したリズムが素晴らしく、段々と音楽が進行するにつれて深みを増していくのが特徴です。何よりもヴァイオリンの伴奏が魅力的で、躍動的な喜びが伝わってきますね!
同じ教会カンタータでもBWV140『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』やBWV147『心と口と行いと生活もて』の人気曲に比べるとBWV1は演奏頻度もぐっと少なくて地味な存在です。もっともっと聴かれてもいい曲ではないでしょうか……。
リヒターの
唯一無二の名演
演奏はバッハのカンタータをライフワークとして捉えていたカール・リヒター=ミュンヘンバッハ管弦楽団および合唱団(アルヒーフ)が最高です。
1曲目のヴァイオリンやホルンの響きからして彫りが深く、情緒豊かでありつつも格調高い音楽がいっぱいに拡がっていきます。しかも合唱の真摯でひたむきな表情が曲の持つ性格にピッタリです!
リヒターの熱い気持ちと強い意思が比較的自然な形で発揮された名演奏と言えるかもしれません。
ソリストでは第5曲のアリアを歌うエルンスト・ヘフリガーが際立っています。輝きに満ちた声、自然な陰影、立体的な表情等……本当に素晴らしく、変化に富んだこのアリアを意味深く聴かせてくれます。第3曲のアリアを歌うエディット・マティスの表情がやや硬く、単調に聴こえるのが少々残念ですがそれ以外はすべてに理想的です。
教会カンタータ=ルター派の精神性という構図に決してこだわる必要はないのでしょうが、根底にプロテスタントの礼拝用の音楽としての下地があることを考えるとすれば、リヒター盤以外の選択肢は考えられないくらいこれは完成度の高い演奏と言えるでしょう。
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