2014年6月2日月曜日

森アーツセンターギャラリー 「こども展 / 名画に見るこどもと画家の絆」









 現在開催中のこども展ですが、この展覧会のチラシやポスターを見てまずびっくりしたのはメインで使われている絵の凄さでした。一体、誰の絵なのかと調べてみると、これが何を隠そうアンリ・ルソーの絵だったのですね。 このルソーの絵を見る限り、「あれ?こどもたちが描いた飾り気のない絵を集めた展覧会かな」と思ったら、どうも様子が違うみたいでした……。つまり巨匠たちが描いた子どもをテーマにした絵の展覧会」と知って二度びっくり!
 ルソーはパリの税関職員だったため、空いた時間で絵を描く「日曜画家」という異名を持ち、多くの人に愛された人ですが、それにしてもこの絵の存在感の凄さといったら……。本当に度肝を抜きます(恐るべし) !  

 いわゆる可愛いというのとはまったく違う…!?  ルソーのいい意味での素人っぽさが絵に初々しい感動と屈託のない表情を与えているのでしょう。
 さて、今回の「こども展」のように子どもをテーマにした展覧会って意外と少ないものです。 19世紀、20世紀の巨匠たちがどのような想いで子供たちに向かっていたのかを垣間見れる格好の展覧会かもしれません。




 モネ、ルノワール、ルソー、マティス、ピカソなど錚々たる画家48人の巨匠たちが、可愛らしい子どもたちをモデルに描いた作品をご紹介。彼らはカンヴァスにどんな想いを刻み、描かれた子どもたちはそのとき何を想ったのか。作品に秘められたそんな両者の想いや絆に迫ります。オルセー美術館、オランジュリー美術館は勿論のこと、世界的にも有名なルーヴル美術館、マルモッタン・モネ美術館、そして画家の遺族が大切に所蔵し、美術館でも見ることのできないプライベートコレクションからの作品の数々が出展します。しかも、作品のおよそ3分の2は日本初公開という、この貴重な展覧会をどうぞお見逃しなく。 (美術館サイトより)


      東京都港区六本木6-10-1 森タワー52F
会期    2014年4月19日(土)~6月29日(日)
入場料  一般=1,500(1,300)円 
      大学生=1,200(1,000)円
      中高生=800(600)円
      *( )内は前売/15人以上の団体料金
      *小学生以下は無料
      *障害者とその介護者1名は当日入館料が
      一般¥750(税込)、大学生¥600(税込)、
      中・高生¥400(税込)となります。
休館日 会期中無休
開館時間  10:00~20:00
公式サイト http://www.ntv.co.jp/kodomo/
問い合わせ tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
主催    日本テレビ放送網、森アーツセンター、読売新聞社


2014年5月24日土曜日

ヘンデル ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ












ユトレヒト条約締結時の
輝かしい魅力に満ちた宗教音楽
 
 「スペイン継承戦争」や「アン女王戦争」の終結を宣言した1713年のユトレヒト条約は世界史的にも大変重要な出来事ですが、ご存知の方も多いことでしょう。そうした戦勝記念公式行事のために作曲されたヘンデルの「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」は条約の締結をお祝いする式典用の音楽なのです。
  オペラ「リナルド」をはじめとしたイギリスでの成功がきっかけで1712年にロンドンに移住、作曲活動の新たなスタートを切ったヘンデルにとっては重要な意味を持つ作品となったのでした。

 ヘンデルの他の式典用音楽や声楽曲と比べると違いが良く分かると思いますが、これは彼の作品の中でもかなり襟を正した音楽と言っていいでしょうね。どちらかというと、イギリスの大作曲家ヘンリー・パーセル(1659〜1695)のオードに近い感じがします。

 しかし、オペラを得意とし、自由な音楽性の持ち主ヘンデルのことですから、通り一遍の曲になるはずがありません。

 「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」でのドラマチックで雄弁な合唱や管弦楽は当時の聴衆にも新鮮な驚きと感動を与えたことでしょう! たとえばテ・デウムのファンファーレに導かれて晴れやかに輝かしい主題を奏でるWe praise thee, O God (われら神であるあなたを讃えん)やDay By Day We Magnify Thee(日ごとに汝は大きくなりて)の希望に胸が膨らんでいく音楽が印象的ですね!
 また、フルートソロが神秘的で美しく、声楽三重唱と合唱の絡みが内省の声を醸し出すWe Believe That Thou Shalt Come(われ汝が来たらんことを信じる)も一度聴いたら忘れられない味わいがあります。



プレストンと息の合った
メンバーたちによる名演奏




 サイモン・プレストンとソプラノのエマ・カークビー、ジュディス・ネルソン、テノールのポール・エリオット、バスのデビット・トーマス、そしてオックスフォード・クライストチャーチ聖歌隊のコンビによるレコーディングは1970年代の後半から1980年頃にかけて数々の名演奏がオワリゾールレーベルに残されました。
 ヘンデルの「メサイア」、「エジプトのイスラエル人」、ハイドンの「聖チェチリーアミサ」、ヴィヴァルディの「グロリア」やパーセルの「テ・デウムとユビラーテ」等のミサ曲や声楽曲はその主なものですが、この「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」も重要な成果のひとつと言っていいでしょう。


 彼らはよほど息が合っていたのでしょうか……。ともかく、洗練された造型と純度の高い演奏が作品の魅力を炙り出しつつ、決して冷たくならず潤いと温かさに満ちた音楽を創り出していたことが印象的でした。

 この「ユトレヒト・テ・デウム…」もいたずらに表情を華美にすることなく、柔らかく透明感のあるハーモニーが曲の隠れた魅力を引き出しているように思います。特にオックスフォード・クライストチャーチ聖歌隊の無垢でみずみずしい声の響きは至福の時を与えてくれるに違いありません。カークビーやネルソン、エリオットらソリストたちの声も美しい声と祈りに満ちた表情を実にセンス満点に聴かせてくれます。












2014年5月16日金曜日

ヨーゼフ・ハイドン オラトリオ『四季』












ワクワクするオラトリオ

 この作品を聴くとなぜか心がワクワクして、うれしい気分になります。 オラトリオとしては異例の親しみやすさですし、愛すべきメロディが充満しています。とにかく普通のオラトリオとはちょっと違うんですよね…。
 「四季」といえば、「天地創造」と並ぶハイドン晩年の傑作オラトリオですが、少しも堅苦しさが無く、あふれるような美しい旋律と作曲技法の冴えが縦横無尽に展開するのが特徴です。よりハイドンの魅力が現れた作品ということであれば、私なら躊躇なく「四季」を選びたいですね!

 なぜかと言えば「四季」の作品としての愉しさや途切れることのない音楽の生命力は最高で比類がありません! また、ハイドンが瞼に浮かべたであろうオーストリアの農民の生活と四季折々の情感が彼の個性と曲の本質にぴったりとマッチし、何とも言えない幸せな気分にさせてくれるのです……。

 ハイドンは四季を作曲中に台本の貧弱さで苦しんだり、作家との折り合いが悪くなったり…と難儀に難儀を重ねて完成させたようですが、出来上がった作品の素晴らしさはそれらをすべて忘れさせてくれます。
演奏時間にすれば2時間少々なのですが、どこもかしこも四季折々の麗しい自然の息吹が感じられ、農民たちの生き生きとした生の喜びを豊かに謳いあげています。そしてそれがやがて神への感謝と湧き上がる希望や信頼へとつながっていくのです! 



豊かな音楽と時代を先駆ける楽曲の数々!

 「四季」で印象に残る楽曲はたくさんあります。 たとえば、「春」ではすこぶるご機嫌で親しみやすい第4曲のアリア「農夫は今、喜び勇んで」を外すわけにはいかないでしょう。このアリアは何回聴いても楽しく胸が弾みます!  三重唱と合唱の絡みが素晴らしい第8曲の「おお、今や何と素晴らしい」は多彩な表情やアンサンブルの妙味が少々オペラチックだし、可憐で愛らしいですね。

 「秋」では野趣で豪放、かつ立体的な魅力にあふれた第28曲の合唱「万歳、万歳、ぶどう酒だ」が合唱の概念を変えるような傑作です。第26曲「聞け、この大きなざわめきを」では角笛を模したホルンの雄大で格調高い響きが存在感抜群で、村人と狩人たちの合唱(男声の野趣で雄々しい歌声)と重なり、生命の賛歌を轟かせてやみません。

 そして「冬」というより、全体を締めくくる第39曲の三重唱と合唱「それから、大いなる朝が」は自然への感謝と喜びが、来るべき希望の世界を約束するかのようにフーガのメロディとともに大いなるフィナーレを迎えるのです!



飽きさせないヤーコプスの名盤

 「四季」の全曲盤はルネ・ヤーコプス指揮フライブルク・バロックオーケストラとRIAS室内合唱団、マルリス・ペーターゼン(Br)、ディートリヒ・ヘンシェル(T)、ヴェルナー・ギューラ(S)の演奏(ハルモニア・ムンディ)が録音、演奏、歌心、共感度等すべてにおいて最高のものと言っていいでしょう。ストーリー的な流れも自然だし、歌にメリハリがあります。ソリストたちの歌も雰囲気満点で「四季」の自由で喜びにあふれた作品性を明確にしていきます。 指揮は終始やりたいことをやり尽くしているのに嫌味がまったくありません!
 ヤーコプス盤はできれば最初から最後まで聴き通すことをお勧めしたいですね…。 そうすれば曲の本質がぐっと近くなるでしょうし、それを雄弁に表現する音楽性と飽きさせないヤーコプスの解釈がいかに優れているかお分かりいただけるでしょう。 全体を一度に聴こうと思ったらヤーコプス盤しかないと言っても過言ではありません。

 ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツおよびモンテヴェルディ合唱団、バーバラ・ボニー(S)、アントニー・ロルフ・ジョンソン(T)、アンドレアス・シュミット(Br)(アルヒーフ)も素晴らしい出来栄えです。 特にボニーの可憐な歌は全体の華となっており、甘く透明な歌声が最高ですね! モンテヴェルディ合唱団の合唱も相変わらず素晴らしく、ハイドンの合唱の魅力を気づかせてくれますし、ガーディナーの解釈もセンス満点です。











2014年5月10日土曜日

NHK総合テレビ 「お葬式で会いましょう」










笑いあり、涙ありで……、
家族の絆をふと考えさせられるドラマ

 ゴールデンウイークの最中にテレビをつけたら、NHKで「お葬式で会いましょう」というドラマが放映されていました。予告編で何度か流れていましたが、こういう少しふざけた感じのドラマって大抵つまらないし、今まで面白かったためしがないのですね……。

 このドラマのタイトルも少しふざけているし、一話完結のドラマなので、正直言ってあまり期待しないで見ました。
 でも、意外にも意外、これがなかなか良かったのです。キャストも各々の役にピッタリとはまっていて、まったく違和感がありません。どこにでもある家族や親戚の交流が可笑しくて不思議なやりとりの中に良く表現されているのです……。

 NHKのドラマのサイトでは次のようにストーリーが紹介されています。

 売れない俳優・大田黒勇の元に、田舎でぴんぴんしてるはずの母親から突然「生前葬を開くから来い」という報せが届く。いろいろあってあまり実家には行きたくないが、行かないと遺産を減らされるかもしれず、それは困る。

 ......それに、なぜ母はいきなり「生前葬を開く」などと言い出したのか?
半信半疑で久しぶりに実家を訪れると、そこには謎の案内人や、仲の悪い兄や、うるさい叔母が勢ぞろい。このメンバーで、生前葬が無事に終わるわけがない! 
生きているうちに自分自身の葬式を行う、いわゆる「生前葬(せいぜんそう)」。そんな「ちょっとだけ不思議な葬式」の中で起きるてんやわんや。家族の絆の再生を笑いと涙で描く物語。(NHKのサイト)

 とにかくキャストがグッドマッチングでした!
 生前葬を行う母親役に市毛良枝、売れない俳優の勇に満島真之介、しっかり者の勇の妻に平岩紙、堅物で結婚できない兄に井浦新、その他口うるさい叔母に余貴美子、怪しい案内人に石丸謙二郎と…それぞれが演出くささを感じない自然な演技で好感が持てます。

 生前葬ということで、家族の関心は遺産相続がどうなるのだろうという方向に向かっていきます。またそれに絡んで兄弟や家族の問題が噴出し大喧嘩に……。特に勇と兄は仲が悪くお互いの立場を認めようとしません。
 そしてついには勇が俳優を辞めるとまで言い出す始末…。

 そんな、いつもは頼りにならない勇なのに、父の突然の死で心身喪失状態だった母に生きる勇気と希望を与えたのは何を隠そう勇だったのでした。それは家族が騒乱状態のピークの中で母が再生したビデオにすべてが隠されていたのです。

  いつもは現実に振り回されたり、馬鹿なことばかり言っている兄弟や家族なのに、いざという時の家族の絆はやはり深いんだなということを改めて考えさせられるドラマでした。おそらくまたいつか再放送されるのでしょうね。

  キャストで驚いたのはファブリーズのCMで有名な(?)平岩紙さんの達者な演技!「こういう内助の功の代表格の奥さんっているよね…」という感じで見させていただきましたが、改めていい女優さんだなと思いました。これからの活躍を期待しています!



2014年5月9日金曜日

Bunkamura25周年特別企画
 デュフィ展
 絵筆が奏でる色彩のメロディー






《ヴァイオリンのある静物:バッハへのオマージュ》 1952年
油彩、カンヴァス パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター
©Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Jean-Claude Planchet / distributed by AMF

デュフィの絵の魅力や本質を発見する

 デュフィほど音楽のメロディのように洗練された光と色彩を感じる画家はいません。 彼もまた絵からデザインに至る領域で、その可能性を極限まで突きつめた人だったのでしょうか……。
 これまでデュフィの絵はさまざまな展覧会で目にしてきましたが、個展として日本で開催されるのはこれが一体何回目になるのでしょうか…。

 センス抜群で感性は豊かだけれども、同時代のブラックやパウル・クレー、カンディンスキーやフォーヴィズムのマティス、ヴラマンク等に比べると際立った個性や主張が弱い画家だと思われてきました。ところがこの展覧会ではデュフィはさまざまな技法を研究し、吸収しながら絵の中に意欲的に採り入れてきたことが伝えられています。
 ここで紹介される彼の絵の遍歴は改めてデュフィの絵の魅力や本質を発見するいい機会になるのかもしれませんね。




 ラウル・デュフィ(1877-1953)は、明るい色面に軽快な筆さばきで線描をする独特の様式で知られ、日本でも人気の画家です。1920年以降、地中海のまばゆい光と解放的な風土、演奏中のオーケストラや行楽地の風景を主題とした作品で、その様式を開花させました。
 本展は、故郷のル・アーヴルを出てパリ国立美術学校に入学する1899年から晩年に至るまでを紹介する回顧展です。フォーヴィスムとの出会い、ブラックと共に行ったレスタックでの制作、アポリネール『動物詩集』のための木版画制作、そしてポール・ポワレとの共同制作によるテキスタイル・デザインなど、造形的な展開を丁寧に検証することで、色彩と光の戯れの向こうにある画家の本質を引き出します。(公式サイトより)



Bunkamura25周年特別企画

デュフィ展

絵筆が奏でる色彩のメロディー


【開催期間】
2014/6/7(土)-7/27(日)
*7/2(水)のみ休館


【会場】
Bunkamuraザ・ミュージアム

【開館時間】
10:00-19:00(入館は18:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)


【入館料】
一 般    (当日)1,500円 (前売り)1,300円
大学・高校生 (当日)1,000円 (前売り) 800円
中学・小学生 (当日) 700円 (前売り) 500円
◎団体は20名様以上。電話でのご予約をお願いいたします。
(申込み先:Bunkamura Tel. 03-3477-9413)
◎学生券をお求めの場合は、学生証のご提示をお願いいたします。(小学生は除く)
◎障害者手帳のご提示で割引料金あり。詳細は窓口でお尋ねください。


【販売期間】
前売券:2014年4月4日(金)-6月6日(金)
当日券:2014年6月7日(土)-7月27日(日)


【展覧会関連】






2014年5月1日木曜日

アンリ・マティス 「赤のハーモニー」











心地よいリズムを生み出す形と鮮やかでエネルギッシュな色彩

 これはマティスの比較的初期の作品ですが、マティスの絵画の方向性を決定づけた重要な作品でもあります。
 マティスの構図の素晴らしさは相変わらずですね!  テーブルの果物と要所要所に配置された唐草模様は破綻をきたすことなく、無理なく一つの絵画洋式として溶け込んでいることに驚かされます! また、人物や屋外に見える木々も柔らかなカーブを描き、リズミカルな調和を伴いながら大事な絵の要素として同化していることがわかります。

 全体を見渡すと無駄な要素は何も無いくらいに徹底的に形を吟味し、シンプルさを追求していることが伝わってきますね。 画面の中で形は心地よいリズムを生みだし、色彩は鮮やかでエネルギッシュな色彩のハーモニーを醸し出しているのです!

 それにしても、全体の3分の2を占めようかという赤ですが、少しも嫌らしさを感じませんね……。 この赤をより魅力的に見せているのは、色彩の強さばかりではなく、同系色のオレンジや青紫系の模様や補色のモスグリーンが織りなすコントラストと絶妙のバランスによる絡みが大きいのでしょう。
 




2014年4月26日土曜日

忘れられないアーティストたち フルトヴェングラー(2)






 













ベートーヴェンとの相性の良さ

 「ベートーヴェンの交響曲はフルトヴェングラーの指揮が圧倒的に素晴らしい」と前回このコーナーでお話ししました。
 では、「フルトヴェングラーの指揮するベートーヴェンはどこがそんなに凄いのか?」と思われる方も決して少なくないのではないでしょうか。

 何せ、デジタル録音の技術が急速に進歩して、SACDをはじめとするさまざまな高音質CDが出ている昨今に、半世紀以上前のしかもモノーラル録音の演奏を何を好き好んで聴くのだろう……と。しかし、あえて言います。フルトヴェングラーに関しては録音の古さを差し引いたとしても聴くべき価値がある!と断言してもいいでしょう。

 ベートーヴェンの第5番や第7番、第3番「英雄」等を初めて耳にされる方は、きっと他の指揮者との演奏のあまりの違いに驚かれることでしょう! その違いは形式や理屈ではない音楽という枠組を超えた強いメッセージや感動に尽きると思います。

 ベートーヴェンの交響曲は概ね古典派の形式を持っていますが、内容は苦悩や絶望の淵に沈みながらも、なりふり構わず克服しようともがき苦しむ満身創痍の人間感情を描いたものでした。とても古典の枠には収まり切らない懐の深い音楽ですよね。そのベートーヴェンの生きた人間感情を誰よりもダイレクトに崇高に伝えるのにピッタリだったのがフルトヴェングラーだったのです。

 胸の鼓動に合わせるように展開されるリズムやフレージング、テンポの緩急もまったく頭で考えられたものではなく、心の動きから生み出される自然なものだったのでした。
 フルトヴェングラーの指揮は1度たりとて同じだったということがなく、毎回新鮮な感動と驚きに満ちていたといいますから、生演奏はどれだけ素晴らしかったのでしょう……。



録音の古さを超えた名演奏

 特に第5の素晴らしさは圧倒的で、今なお録音の古さを通り越して心に響く大きな感動と説得力があります。 交響曲第5番「運命」は人間の心の葛藤や挫折、勝利への道程を描いた作品ですが、内容は既に古典の枠を大きく抜け出しているといっていいでしょう。そのようなアカデミック、古典の枠を大きく抜け出た「ベートーヴェン第5」の衝撃をフルトヴェングラーほど体感し、熱き血潮の叫びのように指揮した人はいませんでした……。

 まず驚くのが楽器の音色の生々しさと深い響きです。特に第一楽章で各主題が奏された後に現れるホルンの深く確信に満ちた響き!  展開部での壮絶極まりない響き!それは表面的に音が強いとか大音量というのではなく、明らかに団員が音楽に共感して発せられる生命の通った音、密度の濃い音色なのです。

 そして、楽章全体に漂うはかり知れない寂寥感!演出でも誇張でも何でもなく、フルトヴェングラーが音楽に没入しているために醸し出される人間性であり、芸術性なのです。それが曲に深い意味を与え、真に陰影に満ちた芸術的な響きを生み出すことを可能にさせたと言ってもいいかもしれません。

 第7番は序奏の表現が素晴らしく、この部分だけでも第7の醍醐味が充分に伝わってきます。冒頭の和音が奏されるとき、微妙なアインザッツのズレが生じるのですが、それがまったく気にならないどころか、かえって心の温もりや巨大な精神性を感じさせるのです! 
 フルトヴェングラー特有のスケール雄大で昂揚感に満ちた序奏のテーマが展開されると、次はどんな展開が待っているのだろうかと次第に胸がワクワクしてくるのを感じます。一般的に所要時間が長く、聴くのにエネルギーや集中力を要する交響曲ですが、フルトヴェングラーの手にかかると何とあっという間に時間が過ぎていくことでしょうか……。(次回に続く)