2011年5月18日水曜日

無伴奏チェロ組曲 BWV1007-1012















  バッハが書いた作品の中で最高に発想が自由で、テーマ、リズム、音色の面白さが無類なのは無伴奏チェロ組曲でしょう!ヴァイオリンに比べると地味なイメージが強く、単独で演奏されることがほとんどなかったチェロに光をあてたところがバッハの鋭く深い視点を感じます。
  この重々しい響きを放つチェロに軽快な舞曲をあてはめたり、驚くほど柔軟で味わいのある響きを引き出してみせたバッハの先見性とセンスはやはり並大抵のものではありません。その後のチェロの演奏に新しい可能性を見いだした功績はとても大きいと思います。

   この無伴奏チェロは大変に有名な曲なので、チェロ以外の楽器やオーケストラに編曲されることも多々あります。けれども、哀愁を帯び、深い精神の鼓動のような独特の響きはやはりチェロでなければ!とつくづく思わされるのです。

  同じバッハの作品に規模や構成が良く似た「無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ」という作品があります。ヴァイオリンソナタとパルティータはある意味、徹底的に芸術性にこだわり、とことんまでヴァイオリンという楽器が表現し得る可能性を追求したところがあります。それに対し、無伴奏チェロはもっと自然体で音楽を心ゆくまで楽しんでいる様子がうかがわれます。
   たとえば、音色やリズムの変化によってさまざまな表情を描いたり、組曲ごとに調性を決め、流れが分断しないように工夫したり等、そのきめ細やかさは驚くほどです。

   そのような持ち味を最大限に発揮した例として、組曲4番のプレリュードをとりあげてみたいと思います。最初に分散和音のテーマが繰り返し演奏されるのですが、そのテーマは広い音域を上下動する中でぐんぐん発展し、広々とした澄み切った青空のようなものを表出していきます。そして、その青空の表情も次第に哀しみの色あいに変わったり、瞑想の色あいに変わったり、希望の色に変わったり……。そこには多種多様なメッセージが盛り込まれているのです。

  数多くある無伴奏チェロの演奏で最も素晴らしいのがピエール・フルニエの演奏です。この演奏(グラモフォン、1960年録音)は気品があり、しかも奥行きのある充実した響きがとても心地良いです。録音も良く、安心してこの作品の魅力を堪能できるでしょう。フルニエはこの曲をフィリップスから10年後に再録音していますが、やはり甲乙つけがたい名演奏です。
   パブロ・カザルスの演奏(EMI、1936-1939年録音)は大変古いのですが、やはり外すわけにはいかないでしょう。スケールが大きく気迫に溢れた演奏は素晴らしく、録音の古さを超えて心に伝わってきます。練習曲としての位置づけしかなかったこの作品を、強い共感を持って弾き切ったカザルスの演奏は今もってこの曲を聴く上での重要な選択肢のひとつです。




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2011年5月15日日曜日

フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展


充実した作品の数々


ヨハネス・フェルメール=地理学者(1669年 油彩・キャンヴァス)









レンブラント・ファン・レイン=サウル王の前で竪琴を弾くダヴィデ(1630-31年頃 油彩・板)


現在、好評開催中の展覧会です。17世紀オランダ絵画の巨匠フェルメールは、日本で最も人気の高い画家ですが、その作品は30数点しか現在では確認されていません。そのなかでも2点しかない男性単身を描いた作品のうちのひとつ、傑作《地理学者》を中心に、オランダ・フランドル絵画の黄金期を振り返る展覧会を開催します。(サイトより)


会期:   2011年3月3日(木)~2011年5月22日(日)


会場:   Bunkamuraザ・ミュージアム
      東京都渋谷区道玄坂2-24-1
開館時間: 午前10時~午後7時(入館は18:30まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:  開催期間中無休
主催:   Bunkamura、読売新聞社、TBS

観覧料金: 一般1,500円(1,300)、高校・大学生1,000円(800)、
小中生700円(500)円
前売一般1,200円、前売大学生900円、前売高校生500円
※( )内は前売/20人以上の団体料金
※障害者は割引あり(要障害者手帳)
問い合わせ:03-3477-9413
公式サイト:http://www.vermeer2011.com/ 

巡回:   豊田市美術館
2011年6月11日(土)~8月28日(日)


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   出品点数は少ないものの、話題性に事欠かない展覧会です。フェルメールの「地理学者」はもとよりレンブラント、フランツ・ハルス、ヤーコブ・ファン・ロイスダール、ルーベンス等の名品、逸品が集結した感じです。しかも当時の世相を垣間みることができ、17世紀のオランダで絵が生活とどのようにかかわってきたかを理解できる面白い展覧会です。ただ、会場はお世辞にも広いとは言えず、土、日あたりはかなり窮屈な感じがします。実際、土曜日の夕方はフェルメールやレンブラント、ルーベンスあたりで何重にも人の波が出来ていました……。時間がとれる方であれば、やはり平日の午前か午後あたりに休憩をとりつつゆったり鑑賞されるのがよろしいかと思います。




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2011年4月20日水曜日

メンデルスゾーン 序曲・フィンガルの洞窟







 メンデルスゾーンは作曲家としてだけでなく、水彩画やスケッチの力量も相当なものでした。ですから、彼は色彩的な描写やメルヘン的な要素が強い音楽はめっぽう相性が良かったのかもしれません。
 そのような彼の特性が最高に発揮されたのが「フィンガルの洞窟」序曲です。タイトルからもお分かりいただけるように、この作品はスコットランドにあるフィンガルの洞窟(ヘブリディーズ諸島の無人島にある)を題材にした音楽なのです。メンデルスゾーンはこの洞窟の神秘的な出で立ちや様子を見て、痛く感動したらしく、創作の大きなヒントを得たそうです。
 この作品は音のスケッチといっていいかもしれません。即興的かつ神秘的であり、生き生きとした楽想に満ちあふれ、停滞することなく音楽が流れていきます。
 わずか9分ほどの作品ですが、一度聴くとその音楽のもつ独特の魅力に惹きつけられることでしょう。実際、この作品が発表された後、その作品の発想の源を探るべく、多くの芸術家、文化人が当地を訪れたといいます。

 ほの暗い主題の導入部が始まると、独特の情緒と繊細緻密な表現で次々と海に浮かぶ洞窟の辺りの情景を描き出していきます。岩肌に砕ける波しぶきや、磯の香り、飛び交う鳥の鳴き声の様子等が巧みな音色のバランスによって引き出され、絶妙な味わいを醸し出していくのです。
 曲はさらに進行し、静かななぎによる一時の静寂や休むことなく岩肌を洗う波をドラマティックに表していきます。そしてコーダではまた最初のほの暗い主題に戻って行くのです。楽器が奏でる音の響きは驚くほど雄弁で、まるでその場に立っているかのような不思議な感覚にとらわれるのです。
 ワーグナーはメンデルスゾーンの作品に対してことごとく否定的だったのですが、唯一この作品だけは例外的に絶賛しています。彼の言葉を借りると「一流の音の風景画」なのだそうです。このことから見ても、「フィンガル序曲」には好き嫌いを超えた芸術性が息づいているということなのでしょう!



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2011年4月8日金曜日

ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」





  以前、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」はベームがウィーンフィルを指揮した演奏が素晴らしいと書いたことがありました。もちろん、この演奏は文句なしに素晴らしい演奏であることに違いはないのですが、「この名曲をこの演奏だけに限定していいものだろうか?」という疑問が頭をもたげて仕方なかったのです……

 そこで今回は改めて田園交響曲で忘れられない演奏を別の観点からもう少しとりあげていきたいと思います。

 田園交響曲は自然の描写にとどまらない懐の深い曲なので、実は様々な解釈が可能なのです。たとえば、ブルーノ・ワルターがコロンビア交響楽団を振った1958年の演奏はさわやかで個々の楽器の味わいを最大限に曲調に生かしたオーソドックスな名演奏だと思います。雄弁で温もりのある響きを生み出しているのに、重々しくならないところが素晴らしく、多くの人がこの曲に抱いているイメージはほぼ包括していると言っても間違いないと思います。

 また奇数番号の交響曲の圧倒的な素晴らしさに比べ、あまり評価されていない嫌いがあるフルトヴェングラーの演奏ですが、実はこれが素晴らしい!
 特に1952年のウィーンフィルとのスタジオ録音は忘れられません。第1楽章のどこまでも深く奥行きのある響き!決して楽しい雰囲気をイメージしているわけではありませんし、光が燦燦と照らすような情景を表現しているわけでもありません。フルトヴェングラーは瞑想に浸るように、ある時は大気の流れに身を任せながら自分自身を見つめるように内省的な響きを生み出しているのです。
 それでもスケールが大きく、彫りの深い響きは最高で、「田園」にはこんなに深い精神性が眠っていたのか?と改めて驚かされるのです。

 むしろ、大自然の叡智や偉大さを伝えるという意味ではこれが本当の「田園」なのでは?と思うところも少なくありません。ともすれば「田園交響曲」=さわやかというイメージを連想しがちなのですが、ここで聴かれる田園は自然に宿る神の崇高なメッセージを描いているのです。そして自然への感謝と祈りが随所に顔を覗かせているのです。





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2011年3月21日月曜日

公共広告機構のCM



  11日に突然発生した東日本大震災は、信じられないような被害を東北各地にもたらしてしまいました。被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。ご家族、ご親族、ご友人等を亡くされた方、連絡が取れない方、まだ安否が確認されない方におかれましては大変辛く不安な日々をお過ごしのことと思います。一刻も早く、ご無事が確認されますことを深くお祈りする次第です。そして、何よりも早く平穏な日常が戻り、1日も早く地域の復興がなされることを願ってやみません。

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公共広告機構CM

  現在、テレビでは今回の震災の情報を伝える番組がほとんどですが、CMのほうは自粛するという意味もあって一般の企業のCMはあまり流されておりません。
 その代わりに震災の情報とともに、絶えず目にするのが公共広告機構のCMです。何度も見ているうちに次のフレーズがとても気になってしまいました。


見える気持ちに。

「心はみえないけど心使いはみえる」
「思いはみえないけど思いやりはみえる」



 じっくり見ると、とても考えさせられるCMです。公共広告機構(AC)のCMはかつてTVで度々放映されていましたが、最近は以前に比べると放送が減少気味のような気がします。
出来映えが素晴らしいものもたくさんありますが、中には???と思うものも決して無いわけではありません。

しかし、以前放映されたこのCMはとても印象に残っています。


命を大切に 






命は大切だ。
命を大切に。
そんなこと、何千何万回、言われるより、
「あなたが大切だ」
誰かが、そう言ってくれたら、
それだけで、生きていける。



このキャッチフレーズがとても印象に残ったのを覚えています。

「あなたが大切だ」という一言の重さ、一人の人間のかけがえのない価値を愛情を込めて表現した素晴らしいフレーズだと思いますし、教育の現場にも一石を投じるような意味のある作品だと思います。(栗山千明さんの訴えるような表情も凄い!)
このようなCMを見るとACが広告を作る価値は充分あるのではないでしょうか。

さらに今後も素晴らしいキャッチコピーや映像で、心に響くCMを作り続けてほしいと願うばかりです。

2011年3月11日金曜日

クロード・ドビュッシー ベルガマスク組曲







ドビュッシーの初期の名曲


 今回も前回に引き続きドビュッシーのピアノ作品について書きたいと思います。「ベルガマスク組曲」もドビュッシーの初期のピアノ作品ですが、この作品も魅力いっぱいです。作品の構成は4つの曲(プレリュード、メヌエット、月の光、パスピエ)から成り立っていますが、それぞれ性格のまったく違う単独の曲を集めて組曲としたものなのです。
 19世紀ロマン派の影響を受けながらも既に自分のスタイルを確立しているドビュッシーの当時のスタイルは非常に親しみやすいのではないでしょうか? ですから、ドビュッシーをこれから聴き始めようという方にとってはこの曲はうってつけかもしれません。

 中でも「月の光」は組曲というよりは単独で演奏されることの多い、誰もが知っている名曲中の名曲です。優雅で癒しを感じさせる曲調と神秘的で無限に情景が広がっていくイメージがとても印象的ですよね!中間部では美しい旋律に郷愁と哀しみが絡み、さらに曲の情緒が深まっていくのです。
 「プレリュード」はドビュッシーにしては珍しく、空一面に虹が掛かったように輝かしくも決然とした出だしで始まります。多彩で陰影に富んだ瑞々しい音のハーモニーは希望と夢の世界が膨らんでいくようで胸がワクワクします!それにしても何という卓抜な感性でしょう!クラシック音楽から重苦しく堅い鉄条網のようなものを取り去った柔軟な音楽性には頭が下がります。
 「メヌエット」、「パスピエ」も夢に見るような美しく可愛らしい主題が連続し、洒落たリズムと共にどこまでも曲を堪能させてくれます。割合に初期の曲(完成には15年の歳月がかかっている)とは言え、どこにも押しつけがましさがなく、余分な力が入っていない自然で透明感あふれる作風はやはりとても魅力的ですね。

 この「ベルガマスク組曲」もモニク・アースが1970年に録音した演奏を推したいと思います。素直な弾き方と飾り気のない透明なアプローチがこの作品にはぴったりで、特別なことはしていませんが気品と愉悦感が音のあちこちから香り立つようです。
 パスカル・ロジェの演奏はとにかく音が美しく、澄んだ清涼な響きは心の栄養となって染み込んでくるようです。あらゆる部分の造形やリズム感も抜群で、ドビュッシーの音楽を安心して聴くことができます。









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2011年3月9日水曜日

クロード・ドビュッシー 2つのアラベスク



詩的なメッセージの素晴らしさ


ドビュッシーはピアノのための作品を数多く残しています。中でも「ベルガマスク組曲」、「亜麻色の髪の乙女」、「版画」、「映像」、「子供の領分」等とても感覚的で情景が湧き上がるような作品ですよね。
ピアノ作品の初期に作られた「アラベスク」も短いですが、なかなかの名曲です。
この曲を聴くととても心が穏やかになります……。きっと多くの皆さんもそのように感じられたことがあるのではないでしょうか。


 「アラベスク1番」はわずか3分足らずの曲ですが、その中に込められている詩的なメッセージの素晴らしさはピアノを弾いたことのある人ならば、誰もが納得することでしょう!おそらく曲を弾く人にも、聴く人にも同じような幸福感を与えてくれるはずです。
ドビュッシーは印象派の作曲家と言われ、音色に色彩的なパレットがあるとも言われています。しかしこの曲では後年のような多様で深い色彩の色調ではなく、さわやかで優しいパステルカラーの音色で統一されているのです。

 アルペジオのリズムを伴奏として流れるように開始される印象的な出だし。空気のように漂い、さわやかに風が舞っている様子であったり、穏やかな水面に照らされる光のイメージであったりと叙情的で美しい旋律が心をとらえます。
 中でも心に刻まれるのは、中間部の静寂で穏やかな光と風に満ちた日常で、ふと物思いにふけるように弾かれる心象風景的な旋律でしょう。これが何ともいえない詩的な美しさを湛えるのです。ドビュッシーの天才的な音楽センスが光った瞬間かもしれません。
 第2番の可憐で洒落たリズムの連続も聴いていてとても楽しく、自在な表情と色彩感とともに次第次第に胸が膨らんでいきます……。

 この曲はフランスの女流ピアニスト、モニク・アースが1970年に録音した演奏を推したいと思います。変に気負わずアラベスクの良さを奥ゆかしい響きの中に歪みなく伝えてくれます。しかも音は極めて上品で繊細、タッチは柔らかく、聴く人はすんなりとドビュッシーの心と結ばれていくでしょう。





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