バッハが書いた作品の中で最高に発想が自由で、テーマ、リズム、音色の面白さが無類なのは無伴奏チェロ組曲でしょう!ヴァイオリンに比べると地味なイメージが強く、単独で演奏されることがほとんどなかったチェロに光をあてたところがバッハの鋭く深い視点を感じます。
この重々しい響きを放つチェロに軽快な舞曲をあてはめたり、驚くほど柔軟で味わいのある響きを引き出してみせたバッハの先見性とセンスはやはり並大抵のものではありません。その後のチェロの演奏に新しい可能性を見いだした功績はとても大きいと思います。
この無伴奏チェロは大変に有名な曲なので、チェロ以外の楽器やオーケストラに編曲されることも多々あります。けれども、哀愁を帯び、深い精神の鼓動のような独特の響きはやはりチェロでなければ!とつくづく思わされるのです。
同じバッハの作品に規模や構成が良く似た「無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ」という作品があります。ヴァイオリンソナタとパルティータはある意味、徹底的に芸術性にこだわり、とことんまでヴァイオリンという楽器が表現し得る可能性を追求したところがあります。それに対し、無伴奏チェロはもっと自然体で音楽を心ゆくまで楽しんでいる様子がうかがわれます。
たとえば、音色やリズムの変化によってさまざまな表情を描いたり、組曲ごとに調性を決め、流れが分断しないように工夫したり等、そのきめ細やかさは驚くほどです。
そのような持ち味を最大限に発揮した例として、組曲4番のプレリュードをとりあげてみたいと思います。最初に分散和音のテーマが繰り返し演奏されるのですが、そのテーマは広い音域を上下動する中でぐんぐん発展し、広々とした澄み切った青空のようなものを表出していきます。そして、その青空の表情も次第に哀しみの色あいに変わったり、瞑想の色あいに変わったり、希望の色に変わったり……。そこには多種多様なメッセージが盛り込まれているのです。
数多くある無伴奏チェロの演奏で最も素晴らしいのがピエール・フルニエの演奏です。この演奏(グラモフォン、1960年録音)は気品があり、しかも奥行きのある充実した響きがとても心地良いです。録音も良く、安心してこの作品の魅力を堪能できるでしょう。フルニエはこの曲をフィリップスから10年後に再録音していますが、やはり甲乙つけがたい名演奏です。
パブロ・カザルスの演奏(EMI、1936-1939年録音)は大変古いのですが、やはり外すわけにはいかないでしょう。スケールが大きく気迫に溢れた演奏は素晴らしく、録音の古さを超えて心に伝わってきます。練習曲としての位置づけしかなかったこの作品を、強い共感を持って弾き切ったカザルスの演奏は今もってこの曲を聴く上での重要な選択肢のひとつです。
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