2010年3月24日水曜日

グリーグ 抒情小曲集




  つい先日、 カツァリスの弾くグリーグのピアノ作品集~抒情小曲集を聴きました。ショパンでもの凄い超絶的技巧を駆使する彼の演奏ですから、きっとかなりデフォルメされた個性的な演奏になっているのではないかと思いました。しかし数分後、これが単なる思いこみでしかなかったということに気づかされました。演奏は本当に素晴らしい‥‥。水晶のような濁りのない透明なタッチとデリカシーが詩情豊かに展開されていくのです。

 特に抒情小曲集の「ゆりかごの歌」や「むかしむかし」は変に感情移入はしないものの、自然と湧き上がる情感が見事 で、その清新なタッチに心を揺さぶられ、音楽を聴く無常の喜びを実感するのです。この演奏を聴き、改めてこの作品の素晴らしさを発見した方もきっと多いことでしょう。カツァリスの演奏は永遠の一瞬を捉えたカメラのように、無垢なタッチでひたすら音楽美を写し出していきます。それは小細工のない心の映像であり、遠い過去を慈しむかのようにイマジネーション豊かに展開される映像なのです。併録のホルベルク組曲も素晴らしく、確かなテクニックに支えられた格調高くハイセンスな演奏の魅力に圧倒されるでしょう。

 ノルウェーの作曲家グリーグは組曲「ペールギュント」にみられるようなメルヘンとファンタジーに満ち、翳りも多分に含んだ非常に個性的な側面を持つ音楽家です。一般的にグリーグの抒情小曲集はショパンのバラードやマズルカ、メンデルスゾーンの無言歌ほどポピュラーではありません。しかし、全体的にはグレートーンながら、北欧の翳りの濃い自然のようにハッとするような美しい表情を醸し出す音楽は独特の輝きを放っています。

 この作品でのグリーグは日記を書き溜めるように書き綴ったのでしょう。決して演奏効果のあがる作品でもなく、どちらかと言えば自分ために作ったようにも思われる地味な部類の作品です。しかし、ノルウェイの古い民話から着想を得たと思われる個性的なメロディや瞑想に富む内面的な音色はいつまでも心に残ります。




人気ブログランキングへ

2010年3月17日水曜日

J.S.バッハ  チェンバロ協奏曲


 いよいよ桜の季節となりました。暖かくなるのはいいのですが、この時期は花粉もたくさん飛翔しているようで、アレルギーの方は本当に大変だと思います。けれども、春になると眠っていたインスピレーションがひらめいたり、創造性が発揮されるという方もいらっしゃることと思います。また行動半径が広がり、どこかに旅行しようと考えたり、気分を変えて新しいことにチャレンジしていこうと思われる方も多いのではないでしょうか?



 私自身、春になるとなぜか不思議と聴いてみたくなる曲があります。ここに紹介するバッハのチェンバロ協奏曲集もその一つです。私にとってチェンバロの優雅なこぼれるような響きは春たけなわのハラハラと舞う桜の花びらのイメージと微妙に重なるのです。作品もバッハとしては親しみやすく、いくつかの曲はヴァイオリン協奏曲ピアノ協奏曲にも編曲されています(逆のパターンもあります)。


 1981年にトレヴァー・ピノックが指揮し、演奏したチェンバロ協奏曲全集は録音当時、非常に大きな話題となりました。当時バッハの演奏と言えば、妙に構えたり、荘重なスタイルや装飾的なアーティキュレーションをポイントにした演奏が多かったのは間違いありません。しかし、ピノックはそのようなスタイルと決別して、ストレートな進行の中で純粋に曲の美感のみを掘り出そうとしたのです。ピノックの演奏はとかく内容があっさりしすぎているとかドラマチックな情念が足らないとか非難されたりもします。けれども、このチェンバロ協奏曲で見せた新鮮で透明感溢れるアプローチは、やはり彼の抜群の音楽センスと楽譜の読みの深さを痛感するのです。あっさり素通りするように聴こえるフレーズも、実は次のフレーズとの密接な連動の中で、より強いエネルギーを放出するための周到な技が隠されていたのでした。


 バッハの演奏、楽曲に対する理解は1980年を境に大きく変化しました。この録音はちょうどその大きな変動の時期に収録された記念碑的な演奏だったといってもいいのかも知れません。これ以降、競うようにバッハの協奏曲がオリジナル楽器の演奏で全盛期を迎えたのも記憶に新しいところです。


2010年3月13日土曜日

ヘンデル 合奏協奏曲作品3




大らかにのびのびと作られた
ヘンデルの魅力作

 ヘンデルはバッハと並び、バロックの2大巨頭と言われています。しかし、実際はバッハが幅広い分野で作品が知られているのとは対象的にヘンデルはメサイヤ、水上の音楽以外の作品は決してメジャーとは言えません。特にかなりの量の作品を残したオペラやオラトリオの不人気ぶりは甚だしく、日本では「メサイヤ以外のオラトリオってあったの?」と言われる始末です。オラトリオやバロックオペラの公演そのものがごく稀な日本の現状ですから、これは致し方ないのでしょう。

 でも最近は欧米で少しずつというか、かなり様子が変わってきました。ヘンデルのオペラが頻繁に上演されるようになってきたのです。しかも、ヘンデルのオペラは他の作曲家に無い特別な魅力があり、一度その良さを発見すると猛烈な勢いで作品に引き込まれていくのです。

 その魅力が何かというと、第1には細部にはあまりこだわらず、大らかにのびのびと作られた開放型の作曲スタイルにあると言えるでしょう。バロック特有の端正なスタイルと相まって独自の個性を生み出しているのです。
 第2には磨き抜かれた上品で輝きのある作風だと思います。世事を忘れ、ある意味で一種の仮想空間に自分を置く気持ちの良さとでも言ったらいいでしょうか。とにかく変に重くならず、いい意味でさっぱりとして気持ちがいいのです。

 そのような特徴や魅力からして、ヘンデルは朝の出勤時に聴くととても心が晴れ晴れとしてきます。中でも合奏協奏曲作品3は親しみやすく肩の凝らない最良の作品でしょう。


抜群のテンポとリズム感
ガーディナー盤

 全曲は6曲から成り立っていますが、決していかつかったり、とっつきにくい作品ではありません。そのどれもが自由な発想に富み、時に可愛らしくユーモアたっぷりに曲が展開されるのです。後年の作品6のような深さはないものの、充分に個性的かつコンパクトにまとまった魅力作です。演奏で愛聴しているのは、ガーディナーがイングリッシュ・バロック・ソロイスツを振るフィリップス盤です。即興的な造型や、抜群のテンポとリズム感に支えられたアプローチが実に小気味いい感じです。




2010年3月10日水曜日

モーツァルト クラリネット五重奏曲










室内楽のジャンルで
例外的にポピュラーな作品

 このところ、寒かったり雨が降り続いたりとかなり不安定な天候の日が続きますね。どこか体調がすぐれないという方も多いかも知れません。しかも、長引く不況の影響で心も身体も冷え切っていると思われる方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。こんな時こそ、心にたっぷりと栄養補給したいものです。

 先日、久し振りにモーツァルトのクラリネット五重奏曲を聴きました。何度も聴いている曲なので、いい加減飽きてるかなと思いましたが、曲を聴き進めるうちにひたひたと身体中に熱い感動が押し寄せてくるのを感じました。本当に至福のひとときでした。

  この作品は不人気と言われる室内楽のジャンルでは例外的にポピュラーな作品です。第1楽章の柔らかく優しく語りかけるメロディ。第3、第4楽章の哀しみを堪えながら無邪気に微笑むメロディ‥。
 そのいじらしいまでの無邪気さや健気さは心をぐっと掴んで離しません。この作品は最初から最後まで人を退屈にさせることがないのです。乾いた土に 染み込む水のように自然に心の養分となり、聴く者をいつのまにか至高の世界に誘ってくれるのです。



疲れた魂を癒す
最高の逸品

   まさに疲れた心を癒し、魂を癒してくれる最高の逸品と言っても過言ではないかと思います。中でも素晴らしいのは第二楽章のアダージョでしょう。ここにはすべての言葉が無力に思われるほど、無限の愛や諦観が色濃く流れています。哀しみをじっと耐えながら、どのような運命をも拒まず受け容れる寛容の心に溢れています。

 音楽の展開は、クラリネットと弦楽器が語り合うように哀しみやわびしさや慰めの感情を奏していきます。その表情は母親が赤ちゃんを懐に抱え、子守唄を口ずさみながら「いいんだよ。何も気にしないでお休み。お前を一生離すことはないから‥」と優しく諭しているようにさえ思えます。

   きっと晩年のモーツァルトは経済的にも苦しく、人間関係においても相当に心に傷を負っていたのでしょう。ここにはすべてのものを失い、悲しみのどん底に喘ぎ、憔悴し切ったモーツァルトの姿が映し出されています。
 けれども寂しさと哀しみに押しつぶされるのではなく、それでも人を信じていこう、愛していこうという気持ちがこぼれているのです。いわば、絶望の中にあっても人を信じたい、愛し愛されたいというモーツァルトの強い想いがこの作品を誕生させ、名作として結実させたのでしょう。




 演奏で忘れられないのはフリードリヒ・フックス=ウィーンコンツェルトハウス四重奏団です。これは1962年の東京文化会館でのライブですが、録音も比較的良く、楽器の音色もきれいに収録されています。甘く切ないクラリネットの表情、ポルタメントを用いた柔らかい弦の響き、本当に夢のようなひとときが流れていきます!モーツァルトのこの名曲を心静かに味わうには最高の1枚と言っていいでしょう!


人気ブログランキングへ

2010年3月9日火曜日

レハール オペレッタ「メリー・ウィドウ」



 メリー・ウィドウは本当に楽しい作品です。何度聴いても楽しくさわやかな気分にさせられます。作曲家のフランツ・レハールはワルツの人で、誰もが一度は耳にしたであろう名旋律の「金と銀」の作曲で馴染み深い人です。

 この作品でも有名な「メリーウィドウのワルツ」を始めとして胸がぐっとくるような珠玉のナンバーがずらりと並び、その魅力の虜になってしまいます。やはり、メロディメーカーとしてのレハールの力量は並大抵ではありませんでした。

 この作品はオペラではなくオペ レッタという喜歌劇に属するそうですが、ジャンル分けはこの際大した問題にはならないでしょう。歌はブロードウェイのミュージカルのように雰囲気抜群ですし、立ち居振る舞い等は演劇の舞台のように動きがあり、味わいがあります。

 ストーリーはいわゆるドタバタですが、笑いあり涙ありの生き生きした人情ドラマが展開されていきます。夢とロマンの香りを引き立たせるチターやマンドリンやヴァイオリンの響き。それは郷愁を誘い、春のうららかな夢のような懐かしい響きとなります。この全編に溢れる人なつっこくて、愛らしく麗しい情緒は聞くものを 捉えて離しません。そっと心の片隅にしまって置きたくなる宝物のような作品だと思います。

 CDで素晴らしいのはマタチッチがフィルハーモニア管弦楽団を振った1962年録音のEMI盤です。芸術性、エンターテイメント性において申し分なく、ちょっとした フレーズにも驚くほどの気品や情感が漂っています。シュワルツコップのハンナやヴェヒターのダニロも情感満点で思わず陶酔させられます。弦や楽器の響きも古き良き時代を偲ばせる豊麗な魅力に満ち溢れています。