2012年3月12日月曜日

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャパン2012




「ロシア音楽」のルーツを辿る旅



すっかりゴールデンウィークの定番となりつつあるクラシックイベント「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャパン2012」が今年もやってきます! 今回はテーマが「ロシア音楽」だそうで、通常あまり光が当たらない名曲のルーツや様々な作曲家の系譜を取り上げたプログラムが組まれるようです。
 チャイコフスキー、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ムソルグスキー、リムスキー・コルサコフ、ラフマニノフ、ストラヴィンスキー…とさまざまな個性的な作曲家を輩出してきたロシア音楽の歴史と真髄を探る上で絶好の機会になるのかもしれません!乞うご期待

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ノスタルジーと美に満ちたロシア音楽の世界へ


ルネ・マルタン(René Martin
今年で8回目を迎える「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」。今回は、深みのある人間の生と「宿命性」を感じさせ、聴き手の心を震わせるメロディが印象的な、ロシア音楽の旅へご案内いたしましょう。
この旅は、1804年に誕生したグリンカからスタートします。ウィーンでベートーヴェンが活動していた時代であり、音楽の歴史が古典派からロマン派ヘと移行する時期でもありました。近代ロシア音楽は「父」と呼べるグリンカから、ムソルグスキーやボロディンらが集まって活動した「ロシア五人組」へと受け継がれ、首都サンクトペテルブルクを舞台として国民楽派の音楽が生まれます。中でもリムスキー=コルサコフは管弦楽法に精通し、ストラヴィンスキーをはじめとする多くの弟子を育てて、20世紀へと伝統をつなぎました。
その一方で「ロシア五人組」と同じ時代に、モスクワで活躍したのがチャイコフスキーです。ヨーロッパ音楽に近い作風で多くの美しい作品を書いたのは、皆さんもよくご存知でしょう。チャイコフスキーはたくさんの後輩も育てましたが、最後のロマン派の巨匠ラフマニノフもその一人です。彼はピアニストとしても一流の腕前をもっていましたから、素晴らしいピアノ協奏曲や数多くのピアノ作品を作曲しました。
 20世紀になると、それまでロシアにおける政治の実権を握ってきた皇帝や貴族たちへの反感が強まり、1917年に革命が起こってソヴィエトという新社会主義国家が誕生します。こうした混乱期に新しい才能として登場したのが、ストラヴィンスキーやプロコフィエフといった作曲家でした。またソヴィエト時代を代表する作曲家となったショスタコーヴィチも、「サクル・リュス(ロシア音楽の祭典)」では忘れるわけにいきません。そして彼らが守ったロシア的な精神は、20世紀後半のシュニトケやグバイドゥーリナといった作曲家にも受け継がれているのです。プーシキン、トルストイ、ドストエフスキーなどが文学で表現してきた人間の「宿命性」というテーマは、常にロシア音楽にも流れているのです。
このように、およそ2世紀という期間の中、多くの作曲家たちが登場してロシア音楽を世界的な存在にまで高めました。皆さんにはぜひ、ノスタルジーと美に満ちたロシアの音楽に耳を傾け、心を熱くしていただきたいと思っています。(公式サイトより)

2012年3月31日(土)10:00よりチケット一般発売開始

4月25日(水)以降はチケットぴあのみでの販売となります。

2012年3月9日金曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第6番 変ロ長調 K.238







 モーツァルトはピアノに格別な愛情を注いでいたようです。それは27曲のピアノ協奏曲と何十曲にも上るピアノソナタ,独奏曲の充実度からも充分うかがえます。
 ところで モーツァルトのピアノ協奏曲は第20番(K466)以降の作品でなければその良さは味わえないと思いこんでらっしゃる方も意外に多いようです。もちろん全般的に曲が深化し、完成度が格段に上がったことは間違いないでしょう。しかし、初期や中期の作品に魅力が無いのかと言えば、まったくそんなことはありません!
 むしろ初期の作品でも魅力においては後期の作品を上回る作品も少なくないのです。

 ピアノ協奏曲6番はそんな初期の魅力に溢れた作品の代表格でしょう!
 この曲は一聴して耳をとらえる主題の特徴はありませんが、自然な陰影がありメロディが少しずつ形を変えながら空気のように聴く人の心にスーッと染み込んでくるのです。ちょっとしたリズムやメロディに込められた繊細なニュアンス、音楽的な味わいは最高で、音楽を聴く喜びにいつのまにか満たされることでしょう。 
 全編に溢れる無邪気な微笑みはとても愛らしく、キラキラ輝くような魅力を放ちながら曲は進行します。そして明るさの中に時折垣間みられる透明感を湛えたメランコリックなメロディも印象的で、まるで無垢な天使の涙を想わせるです…。

 モーツァルトはこの曲を典型的な18世紀のロココ形式に沿って作曲しているようですが、しばらく聴いていくとそんなことはどうでも良くなってきます。つまりロココ形式は当時の流行ということで踏襲したに過ぎず、バロックであろうがロマン派であろうが現代音楽であろうとモーツァルトにとっては何でも良かったのです…。モーツァルト自身が伝えたい音楽の心さえ伝えられれば…!

 演奏はマレイ・ペライアがピアノと指揮を担当し、イギリス室内管弦楽団を振った演奏がモーツァルトの純粋な心を美しく再現しています!第3楽章でホルンがピアノに寄り添うテーマをこんなに楽しく聴かせてくれた演奏は他にありません。何よりもペライアのピアノは純粋、透明、しなやかでモーツァルトが伝えたかった心を代弁するかのように自然体で弾いてくれます。
 最近ペライアがCBS時代に録音したピアノ協奏曲全集(12枚組)が破格の価格で発売されました。どれも質の高い演奏で、モーツァルトのピアノ協奏曲の名演として永く語り継がれる演奏と言っていいと思います。




2012年3月6日火曜日

アルベール・マルケ 「夏のルーブル河岸」


Quai du Louvre, Summer(1906)


 この人の絵を見るといつもホッとします。そして無性にうれしくなってくるんですね!なぜなのかはよくわからないのですが、やはり的確な描写力に裏付けられた詩情豊かな感性が溢れているからなのでしょう。

 マルケは川辺や海岸を愛し、自宅近郊のパリの風景も日常的に描いていたようです。マルケはこのような何の変哲もない慣れ親しんだ光景をとても気にいっていたのでしょう。見慣れた光景ゆえの愛着感もひしひしと伝わってきますし、感動や生への喜びが絵にストレートに表れている感じです。この絵を見続けていると忘れていたものに出会ったようなうれしさと懐かしく愛おしい想いが溢れてきます。

 薄紫やグレーといった中間色の絶妙なハーモニーが素晴らしく、余計な説明を排除したシンプルな形が夕陽を浴びる街並みの美しい表情を引き立たせています。その場の平和でのどかな空気感や柔らかい光が穏やかな色彩によって実に臨場感豊かに表現されていることに驚かされます。
 そして何よりも変に説明的であったり写実的でないのがいいですね。マルケの心のフィルターを通して描かれた世界が不思議なくらい郷愁を奏で絵を魅力的にしているだと思います!いい意味での飾り気のなさとさりげなさがとても洒落た雰囲気を醸し出しているように思います!

 こういう自然で飾らない絵は意外に少ないので、貴重なタイプの画家なのかもしれません。いつか日本でも何らかの形で個展が実現されればいいのですが…。




2012年3月3日土曜日

アンリ・マティス「模様のある背景の装飾的人体」




Figure Décorative sur Fond Ornemental








 こういう絵を描く人を称して「絵心」があるというのでしょう!作品は背景の唐草模様が平面的な体裁になっており、ある種のテキスタイルデザインのようにも見えます。しかし、その背景を背にして座る女性は立体的な姿態となっており、技法的には何か矛盾しているかのように思えなくもありません。
 このような技法上の冒険を冒すとちょっと間違えればとても収拾のつかない惨憺たる作品になる可能性は充分にあるのですが、さすがはマティス!そこは並外れた色彩感覚や造形感覚で充分に絵に意味を持たせています。既成概念を持たず、真にクリエイティブな発想を持っているからこそ誕生した作品といえるでしょう!
 それにしても何と言う絶妙な構図と美しい色彩でしょうか!色彩と色彩の響き合いは絶妙なバランスと適度な温もり感を生み出し、とても快適な空間を作っているのです。また背景の模様のカーブと人体の曲線が有機的な形として溶け合い、音楽的な心地よいリズムを生み出しているではないですか。


マティスの絵は見る人の感情を乱したり、衝撃を与えることは決してありません。むしろ日常の空間に潜むさまざまな発見や自然な調和を描いているのだと思います。ゴッホやピカソの絵は素晴らしいのですが、いざ「家に飾ったらどうか?」と言われたらやはり良くも悪くもインパクトが強くて住空間に溶け込みそうにありません。それに比べマティスの絵はすんなりと部屋に溶け込み、誰でも快く受け入れてくれそうな気がするのです…。
 「こんな絵だったら、自分でも簡単に描けるんじゃないの」と思われた方!とにかく一度模写してみられることをお勧めします。そうすれば形は真似できたとしても、この作品の持つ半端ではない造形感覚、色彩感覚、閃きにきっと驚かれるに違いありません!
 以前ロートレックが生きていれば名デザイナーになっていたのでは?と書いたことがありましたが、マティスの場合は画家でありながら魅力的なデザイン的要素を過不足なく持ち合わせており、ある意味で後のグラフィックデザインの源流を作った人と言ってもいいのではないかと思います。



2012年2月28日火曜日

アルパン・ベルク ヴァイオリン協奏曲









世に多くの作品あれど、これほど独特の情念と強いインパクトを持った作品は少ないでしょう。この協奏曲を一般的な華麗でダイナミックな協奏曲というイメージで聴くととんでもない違和感を覚えるかもしれません。ベルクのヴァイオリン協奏曲は20世紀の混沌と不安の時代の要素を色濃く反映しつつ、魂の浄化に至る過程を表現した極めて訴えかける力の強い傑作です!

この作品は様々な経緯から生まれた作品です。そもそものきっかけはアメリカのヴァイオリニスト、ルイス・クラスナーからヴァイオリン協奏曲の作曲依頼を受けたことが始まりでした。しかし、ベルクはこの依頼に必ずしも積極的ではありませんでした。当時ベルクはオペラ「ルル」を足かけ6年にわたって作曲中だったのです。ベルクにとって作曲の依頼を引き受けることは「ルル」の作曲を中断せざるを得ないに等しいことなのでした。

しかもベルクは作曲に対して一切妥協しない人で、音楽は推敲に推敲を重ね自分が完全に納得しなければ作品そのものを世に出さない人でした。それは生涯に書き上げた作品がわずか10作品ほどという大作曲家としては異常な少なさにも表れています。しかし、当時経済的に困窮していたベルクにとってこの仕事はありがたく、当分の間は自立していけるだろうという思いで作曲したことも間違いないでしょう。

作曲を引き受けてみたものの当初は格別なテーマが見つからず、苦悩するのですが、ひとつの出来事がこの協奏曲の作曲へと走らせます。それはアルマ・マーラーの娘マノンが18歳で亡くなったことでした。ベルクはマーラー家と親交が深く、マノンを実の子のように可愛いがっていたのです。マノンの死はベルクに深い悲しみと衝撃を与え、この少女のために音楽で哀悼の想いを捧げようと決心したのがヴァイオリン協奏曲だったのです。

この作品はわずか3か月というベルクの作品としては異例の早さで曲が完成しました。世の混沌から復活そして闇から光へ…。この曲にのめり込むと作品の持つ潜在的な力とメッセージ性の尋常ではない強さに心奪われるようになるのではないでしょうか…。ベルクは12音技法にあらゆる感情やロマン的な要素を融合しつつ、第2楽章後半ではバッハのコラール主題をモチーフにする等、厳しくも透明で崇高な世界を表出しています!

演奏は初演のクラスナーの演奏が当然のごとく素晴らしいのですが、残念ながら音が悪く貴重な記録として留めたいと思います。モノーラルのライブながら、シゲティのヴァイオリンとミトロプーロス指揮ニューヨークフィルの演奏は実に奥行きが深く、演奏効果も素晴らしいので真っ先にお勧めしたいですね。
録音が比較的新しい演奏ではチョン・キョンファのヴァイオリンとショルティ指揮シカゴ交響楽団が優れています。特にチョンのすべてを注ぎ込んだといってもいいような緊迫感漲る渾身の演奏が光ります!これくらい曲に没入しなければ、この曲の真価は発揮されないということでもあるのでしょう!ただし現在CDは廃盤になっており、また再プレスされるのを首を長くして待つしかないようです。
比較的手に入りやすいCDとしては渡辺玲子のヴァイオリンとシノーポリ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏がいいでしょう。この演奏はすべてにバランスがとれています。ヴァイオリンの音色、オーケストラの豊かな安定した響きを含め、作品の全体像を把握する上では最も適したディスクかもしれません。



2012年2月25日土曜日

ロトチェンコ -彗星のごとく、ロシア・アヴァンギャルドの寵児-




ロシア・アヴァンギャルドの寵児





レジノトレストのためのおしゃぶりの広告 1923年(1980年に復元) ©Archive Rodchenko


ドヴロリョート(ロシア航空産業開発会社)のための広告ポスター 1923年 
©Archive Rodchenko




ロトチェンコはロシア革命期から共産党の政権下で頭角を現し、ロシアアバンギャルドという芸術運動の基礎を築き上げたデザイナー兼画家です。エイゼンシュテインの映画「戦艦ポチョムキン」に代表されるポスターやプロパガンダ・アートでも活躍した人でした。彼の作ったポスターを見ると、「ああ、あのソビエト共産党の宣伝」と連鎖反応的に思い出される方もきっと多いかと思います!

革命期からその後のソビエト連邦時代を彩った強烈で大胆な色彩、構図のポスターやチラシは、当時の苛酷で厳しい監視下に置かれた状況でどのようなポリシーを持ち制作を続けてきたのかを探る意味でも絶好の機会かもしれません!



 1917年のロシア革命を強烈に肌で感じながら、彗星のごとく現れたロシア・アヴァンギャルドの寵児、アレクサンドル・ロトチェンコの展覧会を開催します。
革命は政治・経済だけでなく生活・社会・文化のすべての領域を巻き込み、その波は芸術にも及びました。後にロシア・アヴァンギャルドと呼ばれるようになる革命芸術運動を牽引していた一人のロトチェンコは、立体、建築、インテリア、家具、グラフィック、写真の分野と、次々と様々な領域に踏み込んで挑戦しました。それ等全てが実験精神に満ち溢れていて、なかでも、ロシア革命前後から1920年代後半までの短い間に、ロトチェンコが手がけた、斬新で大胆なグラフィックの数々、1924年から撮り始めた「遠近短縮法」と呼ばれるロトチェンコ独自の写真の世界をご覧いただきます。
本展は、アレクサンドル・ロトチェンコのお孫さんにあたるアレクサンドル・ラヴレンチェフ氏の貴重な収蔵作品から、グラフィックの原画、印刷されたグラフィック、広告ポスター、コラージュ、写真など、グラフィックデザインと写真、計157点に焦点を当て、20世紀のデザイン史に最も影響を与えたロトチェンコの本質に迫ります。(公式サイトより)



会場
2012年3月2日(金)〜3月27日(火)
〒104-0061 東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F
Tel: 03-3571-5206
11:00a.m.-7:00p.m.(土曜日は6:00p.m.まで)日曜・祝日休館
入場無料

ギャラリートーク
2012年3月16日(金)6:30-8:00p.m.
出演:矢萩喜從郎
会場:DNP銀座ビル3F

2012年2月22日水曜日

フリードリヒ 海の月の出




海の月の出(1822)Moonrise Over the Sea, 1822

氷の海(1823-24)The Sea of Ice aka,1823-24


この人の絵を観るといつも不思議な空間を彷徨い歩く感じがします。特に代表作「氷の海」の異様なまでの静けさと氷が砕け、その破片が剥き出しになった生々しい現実の表現はおそらく誰もが息をのむに違いありません。これ見よがしにアピールしているわけではありませんが、現実にある事物を断片的に見せるだけという描写がかえって自然の脅威を雄弁に伝えるのです。

フリードリヒの絵はほとんどが自然の脅威や人間の孤独をテーマとし、いい知れぬ寂しさが画面全体に漂っています。人間が描かれていたとしても大抵は後ろ向きで、横向きに描かれてあったとしても顔や表情を特定することはできません。そこにはほんのわずかな華やぎや潤いもなく、喜怒哀楽を忘れ、それを拒否してしまったかのようなまさに氷のような芸術なのです。

ただし、絵そのものは非常に繊細で格調が高く神秘的な要素を持ち、自己を主張をしない代わりに他の絵画にはない特別な存在感があるのです。
今回紹介する「海の月の出」もそのような特徴をふんだんに持った作品なのですが、フリードリヒとしては例外的にわずかな希望を感じる作品といってもいいでしょう。

これから上ろうとする月を岸にたたずむ人たちはどのような想いで眺めるのか…。わずかな希望を月に向けているのかもしれないし、月の美しさに日常の辛さを忘れようとしているのかもしれない…。沈黙の中で人は何を想い、何を心の支えにしようとしているのか…。前方の船までが月に向かって進んでいるように見えます。したがって、この絵から月をとってしまったら、まさに暗黒の世界となってしまうのかもしれません。
 
 日常の中にある非日常的な光景…。それは人間の力ではどうしようもない宿命的な現実があることをフリードリヒは静かに暗示しているようにも思えます。自然への畏敬の念から来る静寂と無限の大きさがちっぽけな人間の姿と対照的で、とても印象的に映ります。