2012年2月22日水曜日

フリードリヒ 海の月の出




海の月の出(1822)Moonrise Over the Sea, 1822

氷の海(1823-24)The Sea of Ice aka,1823-24


この人の絵を観るといつも不思議な空間を彷徨い歩く感じがします。特に代表作「氷の海」の異様なまでの静けさと氷が砕け、その破片が剥き出しになった生々しい現実の表現はおそらく誰もが息をのむに違いありません。これ見よがしにアピールしているわけではありませんが、現実にある事物を断片的に見せるだけという描写がかえって自然の脅威を雄弁に伝えるのです。

フリードリヒの絵はほとんどが自然の脅威や人間の孤独をテーマとし、いい知れぬ寂しさが画面全体に漂っています。人間が描かれていたとしても大抵は後ろ向きで、横向きに描かれてあったとしても顔や表情を特定することはできません。そこにはほんのわずかな華やぎや潤いもなく、喜怒哀楽を忘れ、それを拒否してしまったかのようなまさに氷のような芸術なのです。

ただし、絵そのものは非常に繊細で格調が高く神秘的な要素を持ち、自己を主張をしない代わりに他の絵画にはない特別な存在感があるのです。
今回紹介する「海の月の出」もそのような特徴をふんだんに持った作品なのですが、フリードリヒとしては例外的にわずかな希望を感じる作品といってもいいでしょう。

これから上ろうとする月を岸にたたずむ人たちはどのような想いで眺めるのか…。わずかな希望を月に向けているのかもしれないし、月の美しさに日常の辛さを忘れようとしているのかもしれない…。沈黙の中で人は何を想い、何を心の支えにしようとしているのか…。前方の船までが月に向かって進んでいるように見えます。したがって、この絵から月をとってしまったら、まさに暗黒の世界となってしまうのかもしれません。
 
 日常の中にある非日常的な光景…。それは人間の力ではどうしようもない宿命的な現実があることをフリードリヒは静かに暗示しているようにも思えます。自然への畏敬の念から来る静寂と無限の大きさがちっぽけな人間の姿と対照的で、とても印象的に映ります。


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