2011年11月25日金曜日

ブルックナー 交響曲第9番ニ短調









晩秋を彩る交響曲の最高峰

 最近、気候がちょっと危ういですね。もう11月も下旬になるというのに、あまり秋らしい気配を感じません。20年も前であれば、朝の空気はひんやりして気持ちよく、昼も清々しい青空と穏やかな光に心が知らず知らずのうちに満たされたものです…。それが今ではすっかり季節感がなくなってしまい、気候のあまりの不安定さに気持ちも不安定になったり、健康も害したりと戸惑うばかりです。目に鮮やかで、人の心を和ませてきた紅葉も最近はほとんど見られなくなってしまいました。何だかとても残念で仕方ありません…。

 本来ならば、この時期は秋が深まる1年中で最も美しい季節の一つだと思います。一般的には晩秋とも言われますが、晩秋は芸術においても優れた作品が生み出されてきた季節でした。ところでこの晩秋と言えば、私自身の感性にピッタリくるのがブルックナーの第九交響曲です。

 個人的な話になり恐縮ですが、私がブルックナーの交響曲を最初に聴いたのは何を隠そうこの作品でした。今思うと無茶苦茶な選択だったな…と思いますが、最初に9番を聴いたことは逆にブルックナーの音楽の奥深さや醍醐味を知るという意味でよかったのかなと思います。この第九交響曲はいろんな演奏でLPやCDを聴きましたが、まったく聴き飽きることがありません。それどころか聴くたびに新しい発見と驚きを与えてくれるのです。

 もちろん、ブルックナーがあらゆる面で彼の人生の総決算とも言うべく、魂のすべてを注ぎ込んだ作品ですから、そう簡単に音楽に親しめるわけはありません。しかし地味で超硬派の作品ではありますが、独特のその響きに慣れると音楽の本質が少しずつ解き明かされ、聴こえなかったものが聴こえてくる喜びや楽しみが無性に感じられるようになるのです!



既成概念に縛られない作曲姿勢

 世の中には多くの第九交響曲がありますが、この作品はその中でも次元の違う究極の傑作と言ってもいいかもしれません。まず何よりもブルックナーのまったく既成概念に縛られない作曲姿勢に感心させられるのです。


 印象的なのは全編を貫く弦の刻みです。この弦の刻みはブルックナー特有のもので、デリカシーに溢れ、内省の色あいを強く表出していくのですが、情報量はとても多く、わずかな情景の変化を的確にとらえていくのです!

 第1楽章は冒頭のホルンの奥深い響きにまず魅了されますが、ここで既にただならぬ気配があたりを支配します。森羅万象の深い響き…。それは私たちがいつも親しんでる自然の情景ではなく、私たちの想像を遥かに超えた厳しい自然の姿として現れるのです。険しい山々、仰ぎ見るような高峰、吹きすさぶ心の嵐、天地が鳴動するようなユニゾン等、聴くたびに戦慄を覚える厳しい響きが連続して現れます。

 第2楽章も圧巻です。ストラヴィンスキーやバルトークらも顔負けなくらい独創的で大胆な和声とリズム!わずかな隙さえ許さない密度の濃い構成がとても印象的です!宇宙に漂うさまざまなエネルギーがどんどん集積され、桁外れのスケールを獲得し爆発するようなエネルギーが充溢します。とにかく聴く者の心を完膚なきまでに打ちのめしてしまう音楽と言っていいでしょう。

 第3楽章はさらに深く印象的な音楽が展開されていきます。幽玄な世界が表出され、魂を震撼させるパッセージが続出します。第3楽章の冒頭、夜明けとともにメラメラと燃えるように太陽の光が天地を照らしますが、その直後それを拒絶するように虚無感や哀しみが押し寄せます‼非常に印象的な部分ですが、いっさい暗く重々しい気持ちにならないのは不思議です。それどころか深遠な響きに心がひき付けられてしまいます!
ブルックナーはこの曲を「愛する神に捧げる」とメッセージを寄せているように、一個人の人間感情の哀しみを描いているのではないのですね。したがって悲劇的なテーマや破滅的なテーマが大多数を占めているにもかかわらず、暗い想いやどうしようもない気持ちにさせないのはそのためなのでしょう。



音楽に対して謙虚に純粋に心を開くことが、第9を理解する秘訣

 人智を超えたこの音楽を振るためにはただ単に音楽家、指揮者というだけでは難しいのかもしれません。宗教家であったり、哲学者であったり、詩人であること……。いやそれ以上に既成概念はいっさい持たないで、音楽に対して謙虚に純粋に心を開く以外に方法はないのかもしれません。そうしてこそ初めてこの曲はさまざまなことを語り始めるのだと思います。

 演奏で忘れられないのはカール・シューリヒトがウィーンフィルを指揮したEMI盤です。冒頭のホルンの響きからして意味深く、曲の核心を突いた演奏は素晴らしいです!構えは決して大きくないのですが、自然体でありながら楽器の音色、響きは実に雄弁で、この曲が何を言わんとしているのかを表現し尽くしている感じです。
他にもギュンター・ヴァントとベルリンフィル、オイゲン・ヨッフムとベルリンフィル、朝比奈隆と大阪フィル等、印象的な演奏はたくさんありますが、まずシューリヒトとウィーンフィルの演奏を聴いてから他の演奏を聴くとブルックナーの9番はより身近な存在になるかもしれません。





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2011年11月22日火曜日

トゥールーズ・ロートレック展



Divan Japonais(1892-1893)



 現在ロートレック展が開催中です!ロートレックはポスターの源流を作ったとも言われておりますが、その生き生きとした人物の表情や大胆な構図を捉えた抜群の観察力、人間描写力は見事の一言に尽きます。おそらくロートレックが現代に生きていたなら名立たるグラフィックデザイナーになっていたのではないでしょうか?彼の絵の色彩感覚、構図、発想力はとにかく観る人の心に強烈に印象づけます!

 ロートレックという人がどのような創作の背景を持ち、あのような強い印象を残し、説得力のある絵を描いたのかを知る上では絶好の機会かもしれません。
 会期中は夜8時(水、木、金曜日)まで開館しているので、お仕事帰りの方でも比較的見に行きやすいという、ある意味ありがたい展覧会です。


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三菱一号館美術館所蔵のトゥールーズ=ロートレック作品を紹介する初の展覧会となる本展では、19世紀末パリ、モンマルトルを華やかに描き出した代表的なポスターや、画家の芸術の革新性をもっとも顕著に示すリトグラフの数々から、およそ180点の作品を選りすぐって紹介します。本展では、これらのまとまったリトグラフコレクションを通じて、ロートレックの独自性と、現代にも通じるグラフィック・アーティストとしての造形感覚を検証します。
また本展では、三菱一号館美術館とアルビのトゥールーズ=ロートレック美術館との姉妹館提携を記念し、三菱一号館美術館所蔵のポスター・版画コレクションに加えて、ロートレック美術館より、家族と過ごしたアルビ周辺での日々やジョワイヤンとの友情を示す油彩等を展示し、画家の心の拠り所であった故郷アルビの街とパリ、モンマルトルの歓楽街での創作活動を対比的に再構成して紹介します。
世紀末パリの退廃的な夜の世界に浸った「呪われた画家」という、ロマン主義的な画家像とはまた異なる、親しみ深い様相に溢れた新たな「ロートレック」の世界をこの展覧会で発見していただけるものと願っています。(開催概要より)


会  期     2011年10月13日(木)~12月25日(日)
会  場      三菱一号館美術館(東京・丸の内) 
〒100-0005   東京都千代田区丸の内2-6-2
開館時間    水・木・金10:00~20:00/火・土・日・祝10:00~18:00
                        ※入館は閉館の30分前まで
休館日      休館日:月曜休館
主  催      三菱一号館美術館、朝日新聞社 
後  援      フランス大使館
特別協力     トゥールーズ=ロートレック美術館(アルビ) 
協  力        エールフランス航空、J-WAVE
お問い合わせ  03-5777-8600(ハローダイヤル)
観覧料       一般(大人)1,300円 高校・大学生800円
                          小・中学生400円

公式サイト   http://mimt.jp/lautrec2011/



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2011年11月12日土曜日

グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独




グレン・グールド のドキュメンタリー映画

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』



 グールドのドキュメンタリー映画が公開されたようです。グールドは生前から様々なエピソードに包まれたことでも有名な人でした。夏場でもマフラーや手袋を装着したり、レコーディングの時も夢中になるとはっきり聴き取れるくらいの声量で口ずさんだりと、そのようなエピソードは枚挙にいとまがないほどでした。

 既成概念にはまったくとらわれず、新しい音楽観を打ち出したり、独自の美意識に支えられた演奏スタイルを確立したことでも有名です。そのような意味でも、彼の残した録音はオリジナリティの強い名演奏が数多くあります。その一つがバッハの平均律ククラヴィーア曲集でしょう!平均律というと、気難しく厳かな雰囲気で弾かれることの多かった曲ですが、その曲をとことん楽しく、生き生きとチャーミングに弾いた人はグールドがおそらく初めてでしょう!

 しかし、彼の乾いたタッチから滲み出てくる何とも言えない寂寥感はグールドだけのものでした。それは表面のエキセントリックで特異な表情とは裏腹に、静かに深く心にしみこむ類いのものだったのです……。
 私自身最近グールドの演奏はあまり聴かなくなってしまいましたが、今も彼の録音が再プレスされるととても気になるし、実際店頭でもある一定の売り上げは約束されるようです。

 でも、グールドだからこそ、こんなドキュメンタリー映画は作られるのでしょうね…。他のピアニストや演奏家のドキュメンタリーは途中で退屈になってしまうかも。やっぱり、グールドの音楽とその人生を映画で見るのは意外に面白いのかもしれません。

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ストーリー

カメラは孤高の天才ピアニスト、グレン・グールドを愛した女性たちを捉え、彼女たちの証言から彼の知られざる本質と謎を解き明かしていく。また、彼を知る人々のインタビューや未公開の写真、日記などから伝説の人物としてではなく人間としてのグールドに迫る。

解説

孤高の天才ピアニストとして没後も圧倒的な人気を誇るグレン・グールドの最新ドキュメンタリー。これまで製作されてきたドキュメンタリーと異なり、彼の日記や、友人、恋人の発言を通して、“エキセントリック“と称さることの多かったグールドの素顔と、彼が音楽を通じて伝えたかったもの、彼のこれまで語られなかった側面を描き出していく。







【作品データ】
作品名原題     GENIUS WITHIN: THE INNER LIFE OF GLENN GOULD
カテゴリ      ドキュメント
公式サイト     http://www.uplink.co.jp/gould/
製作年       2009年
製作国       カナダ
時間             108分
公開日       2011-10-29~
配給             アップリンク
監督             ミシェル・オゼ
                    ピーター・レイモント
製作             ピーター・レイモント
出演             グレン・グールド
                    ジョン・ロバーツ
                    ウラディーミル・アシュケナージ
                    コーネリア・フォス
                    ローン・トーク
                    ペトゥラ・クラーク
                    ロクソラーナ・ロスラック
                    フランシス・バロー
                    ハイメ・ラレード
                    フレッド・シャリー

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2011年11月7日月曜日

ヘンデル オラトリオ『ソロモン』HWV67




ソロモン王の繁栄の時代を扱った、美しく豊かなオラトリオ

David Wilson-Johnson,  Susan Gritton,  Mark Padmore,  Carolyn Sampson,  Sarah Connolly
Berlin RIAS Chamber Chorus / Academy for Ancient Music Berlin / Daniel Reuss 


Carolyn Watkinson, Nancy Argenta, Barbara Hendricks, Anthony Rolfe Johnson,
Monteverdi Choir/  English Baroque Soloists / John Eliot Gardiner



 ヘンデルのオペラやオラトリオは彼の作品を語る上で絶対に避けては通れない重要なカテゴリーです。彼のオラトリオの作品数は全部で30作にものぼりますが、いずれも甲乙つけがたい傑作揃いです。この30という数は他の作曲家ではちょっと考えられない驚異の数といっていいでしょう。70分前後の交響曲を作曲するためにも普通は半年から1年という期間を要するのに、100分から140分ほどのオラトリオを2カ月位で作曲してしまうのですから、その創作の早さは尋常でありません。

 前回は、ヘンデルの最高傑作の部類にもあげられる「サウル」を紹介しましたが、今回はもっと楽に聴けて楽しめる「ソロモン」を紹介したいと思います。
 楽に聴けるといっても、それは全体的に穏やかで静かな作風によるところが大きく、作品の質は決して劣るわけではありません。
 特に劇中で次々に登場するアリアは懐かしく慈愛に満ちた美しい旋律であったり、崇高で深い悲しみを歌ったり、可憐で純粋な喜びを表現したりと実に多彩で魅力的なのです。決して難解ではなく、気難しくもないのですが、全編を芸術的で豊かな香りが包みこむのです。

 この作品をさらに魅力的にしているポイントとしては合唱の見事さを挙げないわけにはいきません。
 アリアと同様なことがいえるのですが,ヘンデルの合唱の素晴らしさは型にはまらず、かつ格調高く崇高な味わいを表出していることでしょう。それぞれの合唱曲は大体が場面の性格を端的に表す場合に使われるのですが、まるで心の動きをそのまま置き換えたように多彩な表情の変化があります。希望や慰め、苦悩、嘆き、安らぎ、祈り等のさまざまな感情を代弁すべくある時は静謐に、ある時はドラマティックに歌われていくのです!ヘンデルのオラトリオの合唱は枝分かれした川の支流が本流へと合流するための重要な流れに位置するキーポイントのようなものなのです。

 魅力作であるにもかかわらず、録音が意外に少ないのは演奏が難しいからではないでしょうか。「サウル」や「エフタ」のように壮大でスケール雄大に演奏すると、「ソロモン」の柔軟で牧歌的な雰囲気と味わいはなかなか表現できないのです。

 もちろん、ヘンデルのオラトリオは彼特有の雄々しい迫力と骨太な存在感が根底に息づいていないと魅力が半減してしまいます。そのことを踏まえながら、演奏スタイルのさじ加減を微妙に調整しなければならない作品なのでなかなか難しいのです。ヘンデルのオラトリオに強い共感を寄せられるということが指揮する上での最低条件となることでしょう。

 ところで、「ソロモン」は旧約聖書の列王記に登場するイスラエルの王ソロモンの繁栄の時代をテーマにした物語です。もちろん旧約聖書の内容を知っているに越したことはありませんが、特に知らなかったとしてもヘンデルの音楽はそれ以上に普遍的な感動を与えてくれることでしょう!

 この曲はダニエル・ロイス指揮ベルリン古楽アカデミーおよびRIAS室内合唱団の演奏が非常に新鮮で透明感に溢れています。最初に聴くとあまりにも造形がすっきりしているため物足りないように感じることもありますが、それはロイスがむやみに絶叫したり、過度な誇張をして曲の核心の部分が見えなくなるのを避けているからなのです。その代わり何度聴いても飽きることが無い、柔らかで豊かな音楽が自然に流れていきます。サラ・コノリー、スーザン・グリットン、キャロリン・サンプソン、マーク・パドモアの歌はいずれも歌心にあふれ充実しています。

 ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツおよびモンテヴェルディ合唱団の演奏は世界で最初に「ソロモン」の素晴らしさを知らしめてくれた記念碑的な演奏(1984年)です。この演奏を最初に聴いた時は本当に驚き感動したものでした!ガーディナーの音楽性が最高に結集された録音で、既成概念を打ち破るスタイリッシュな造型や響きが何ものにも代え難く、アージェンタ、ヘンドリックス、ロルフ・ジョンソン、ワトキンソン、ジョーンズらの歌も大変魅力的です。ガーディナーのこの曲で打ち立てた功績は今さらながらに偉大だったと思わずにはいられません。


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2011年11月1日火曜日

ドラクロワ フレデリック・ショパンの肖像







ドラクロワと言えば、19世紀ロマン派を代表する画家であり、動きのあるドラマティックな絵、歴史画を描く画家として有名です。
彼は自画像、肖像画でも多くの傑作を残していますが、ここでご紹介するショパンの肖像は最も有名で優れた作品のひとつでしょう。

ショパンの繊細で、ドラマティックな音楽と既成概念を打ち破る革新的な芸術はドラクロワの個性ときっとよく似た何かがあったに違いありません。そのことがドラクロワの心にメラメラと創作欲を沸き立たせたのでしょう!作品そのものは未完成ということですが、絵としての存在感や生き生きとした筆致は圧倒的です!

一見気難しくデリケートに見えるショパンの表情の奥には優しさと気高さを両立させた顔立ちが覗いてみえます!それにしても何という凄い気迫と情熱が伝わってくる絵でしょうか⁉

この絵はもはや静止した肖像画ではありません。ドラマティックな表現が否応なく、ショパンの激しく感情豊かな個性をはっきりと浮き彫りにしているようにみえます!

「フレデリック・ショパンの肖像」はクラシック関連の本の作曲家プロフィール紹介で使われたり、ショパンの伝記で使われたり、その露出の度合いが他の写真や肖像画に比べると圧倒的に多いのは間違いありません。
メッセージ性に富んだこの表情、雰囲気、ただならぬ気配を感じさせるこの絵を見ると、他はどうしても弱く見えてしまうのは仕方がないことなのでしょう…。


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2011年10月29日土曜日

ヨハネス・ブラームス 交響曲第2番ニ長調作品73



ライブとは思えないジンマンのブラームス
Brahms Symphonies  David Zinman

 ブラームスはロマン派最大の作曲家で、4曲の交響曲はいずれも名曲として親しまれてきました。
 しかし、私はその中で交響曲第2番だけはどうしても進んで聴く気になれませんでした。それは第1楽章の田園的な情緒といわれるテーマや繰り返しがとても長く退屈に感じたからです。

 しかし、不思議なものでそのような欠点(自分でそう思いこんでいるだけかもしれませんが)を補う名演奏に出会うと、今までアバタのように見えた箇所もエクボのように見えたりするものです。そして、この曲の隠れた魅力を再発見できたうれしさにさえ変わってくるのです!

 もちろん、2番は間違いなく名曲です。力作の第1番と比べ、その違いに唖然とします。少しも力んでないし、大言壮語していないのに充実した響きと格調の高さが終始耳を引きつけます。晴れ渡った青空や自然の情緒を彷彿とさせる幸福感…!やはり聴けば聴くほどその味わいも確かに深まっていくのです。

 ブラームスの2番全体を貫いている魅力はクラリネット、ファゴット、フルート、オーボエ等の木管楽器が瞑想や可憐なメロディを奏でることでしょう。またチェロの重厚な響きも深い森を想わせ、木管楽器との鮮やかな対比や拡がりを印象づけるのです。

 特に第2楽章の癒しにも似た音楽は印象的です。晴れた日の午後のひととき…。丘の上に佇みながら、ぽっかりと浮かんだ雲の流れを見つめたり、心地良い風の流れに身を任せたり、小鳥のさえずりに微笑んだりと自然との対話が瞑想のように展開されます!
 第4楽章の舞曲風のテーマもパンチが効き、ワクワクするような胸の高まりとともに喜びを爆発させていきます!
 第3楽章プレストは室内楽のようなこじんまりとしたテーマに潜む小粋な遊びがたまらなく愉しく、いつものブラームスとは違う魅力を発見するのです。
 退屈だと言った第1楽章ですが、穏やかに流れる光や風、ぐんぐんと広がっていく自然の美しく優しい情緒はやはり大変な魅力です。

 さて、その名演奏ですが、デイビット・ジンマンが手兵のチューリヒ・トーンハレ管弦楽団を指揮した2010年のライブ録音が本当に素晴らしいです。この演奏はライブではあるものの1番から4番までの全曲が収録されており、ブラームスの交響曲全集として一挙に発売されました!

 正直なところ本当に驚きました。
 何が驚いたかというと、その抜群の録音の良さです。しかも、この録音の鮮明さはライブということを忘れさせてくれます。いや、ライブだからこそ、こんなに自然なニュアンスの音の収録が可能だったのかもしれません。
 弦楽器の柔らかくみずみずしい響き…。木管、金管楽器の透明感のある奥行きのある音。どれもこれも本当に良く録れており、まるでコンサートホールにいるかのような錯覚にとらわれます!

 前述した第2楽章の木管楽器の魅力は録音の素晴らしさによって随所に生きており、ブラームスはこの曲を愉しんで書いたことを強く感じさせてくれるのです。第1楽章も透明感あふれる音楽作りが功を奏し、聴く者は何の違和感も無く音楽の心と結ばれていくに違いありません。
 第3楽章の早めのテンポで一気に音楽を進めるセンスの良さと第4楽章の委細構わない大胆な造形と緊張感漲る表現も圧巻です!





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2011年10月25日火曜日

モーツァルト オペラ「魔笛」



Mozart: Die Zauberflote / Christie, Les Arts Florissants








いつも思うのですが、モーツァルトのオペラはことごとく序曲が良く書けています。「フィガロの結婚」然り、「ドン・ジョバンニ」然り、「コシファントウッテ」、「イドメネオ」、「皇帝ティートの慈悲」、どれもこれも充実した素晴らしい序曲ばかりです。独立した管弦楽曲としても充分に歴史に残る傑作揃いと言ってもいいでしょう!
しかも、モーツァルトの序曲はそれぞれの作品の性格や全体像が見事に集約されているので、すんなりと音楽劇に入っていきやすいのです!

 そんなモーツァルトのオペラの中で最も楽しく、親しみやすく、かつ味わい深い作品と言えば、「魔笛」があげられるのではないでしょうか。
 ちなみに「魔笛」の序曲は特に良く書けており、立派な体裁を持っているのですが、神秘的で透明感が漂い、しかも陰影に富んでいるのです。

魔笛は決してストーリーの展開を追うべきオペラではありません。ザラストロと夜の女王の善と悪が逆転したり、腑に落ちないラストを迎えたりと、真剣に話の展開を追っていくと間違いなく消化不良になってしまいます!ストーリーとしては支離滅裂と言ってもいいかもしれません。
モーツァルトはハチャメチャな脚本にハチャメチャな音楽を付けたのではと思われるかもしれません。しかし、決してそんなことはありません。彼の創作の姿勢、軸は実はまったくぶれていないのです!
ストーリー展開はハチャメチャでも、モーツァルトが作曲した音楽はキラキラとした音楽的な輝きやメルヘン的な要素を持ち、光と闇を暗示させる神秘的な要素を持つ等、不滅の光を放っているのです。


通常、オペラには様々な性格の登場人物がいて、様々な人生模様を描いていきます。その中で、非常に雄弁かつユニークでありながら本質的な人物像を描いて秀逸なのがモーツァルトのオペラなのです。

極端に言うと、「魔笛」はパパゲーノとパミーノ、夜の女王、この3人の配役がしっかりしていれば、演奏は半分以上は成功したも同然なのですが、逆にこの3人の表現に問題があれば上演自体がめちゃくちゃになってしまう可能性も大なのです。
それくらいこの3人の配役は「魔笛」の良し悪しを左右する絶対的な魅力を持ったキャラクターなのです!

つまり「魔笛」は「フィガロ」、「ドン・ジョバンニ」同様、さまざまな性格の人間像がユニークに描かれていて、とても面白く、演奏が良ければなお感動的な上演が可能ということになるでしょう!

「魔笛」の登場人物をざっとあげると次のようになるでしょう。タミーノはいわゆる最も常識人タイプのキャストでしょう。地位があるので、それは捨てられず、けれども人助けは人目があるのでやるというタイプなのです。

ザラストロは夜の女王の娘、パミーノを奪った張本人なのですが、なぜか劇中では人徳のある高僧として描かれていきます。ザラストロのメロディはそのような性格上、本音を表には出さず、終始修行や戒律を説くため、なだらかな音楽が滔々と流れていくのです。

それに対し、夜の女王は非常に刺激的です。憎しみに狂い、嘆き悲しんだり、とても激しく感情を爆発させます。しかし反面、愛情深く一途に我が子を想うところは共感できる何かがあるのです。オペラ史上、最もソプラノ泣かせの難曲が夜の女王のそれぞれのアリアではないでしょうか!次々に人間技を超えた高音階と音階の上下が感情込めてストレートに展開されます。 

鳥刺しのパパゲーノは天然の自由人で、何も考えていないようでありながら、お金や物に対する執着心がなく純粋で人間らしい一面を持っているのです。おそらく、モーツァルト自身のキャラクターに一番近いのがこのパパゲーノなのでしょう。

 このオペラのベストパフォーマンスはウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサンとローザ・マニヨン, ナタリー・デセイ, ハンス=ペーター・ブロホヴィッツ, アントン・シャリンガー, ラインハルト・ハーゲン、その他の歌手による演奏でしょう。最高にしなやかで、音楽性あふれる演奏を繰り広げています。上記3人の歌も実にツボを得てるし、合唱の安定感と精緻さはこれまでに聴けなかったものです。
何と言ってもクリスティの創り出す音楽はほどよい高級感と無垢な味わいが魅力で、ファゴット、クラリネット、ピッコロ等の木管の飾り気がなくメルヘンチックな響きはまさに魔笛の世界そのものです。



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