2011年11月7日月曜日

ヘンデル オラトリオ『ソロモン』HWV67




ソロモン王の繁栄の時代を扱った、美しく豊かなオラトリオ

David Wilson-Johnson,  Susan Gritton,  Mark Padmore,  Carolyn Sampson,  Sarah Connolly
Berlin RIAS Chamber Chorus / Academy for Ancient Music Berlin / Daniel Reuss 


Carolyn Watkinson, Nancy Argenta, Barbara Hendricks, Anthony Rolfe Johnson,
Monteverdi Choir/  English Baroque Soloists / John Eliot Gardiner



 ヘンデルのオペラやオラトリオは彼の作品を語る上で絶対に避けては通れない重要なカテゴリーです。彼のオラトリオの作品数は全部で30作にものぼりますが、いずれも甲乙つけがたい傑作揃いです。この30という数は他の作曲家ではちょっと考えられない驚異の数といっていいでしょう。70分前後の交響曲を作曲するためにも普通は半年から1年という期間を要するのに、100分から140分ほどのオラトリオを2カ月位で作曲してしまうのですから、その創作の早さは尋常でありません。

 前回は、ヘンデルの最高傑作の部類にもあげられる「サウル」を紹介しましたが、今回はもっと楽に聴けて楽しめる「ソロモン」を紹介したいと思います。
 楽に聴けるといっても、それは全体的に穏やかで静かな作風によるところが大きく、作品の質は決して劣るわけではありません。
 特に劇中で次々に登場するアリアは懐かしく慈愛に満ちた美しい旋律であったり、崇高で深い悲しみを歌ったり、可憐で純粋な喜びを表現したりと実に多彩で魅力的なのです。決して難解ではなく、気難しくもないのですが、全編を芸術的で豊かな香りが包みこむのです。

 この作品をさらに魅力的にしているポイントとしては合唱の見事さを挙げないわけにはいきません。
 アリアと同様なことがいえるのですが,ヘンデルの合唱の素晴らしさは型にはまらず、かつ格調高く崇高な味わいを表出していることでしょう。それぞれの合唱曲は大体が場面の性格を端的に表す場合に使われるのですが、まるで心の動きをそのまま置き換えたように多彩な表情の変化があります。希望や慰め、苦悩、嘆き、安らぎ、祈り等のさまざまな感情を代弁すべくある時は静謐に、ある時はドラマティックに歌われていくのです!ヘンデルのオラトリオの合唱は枝分かれした川の支流が本流へと合流するための重要な流れに位置するキーポイントのようなものなのです。

 魅力作であるにもかかわらず、録音が意外に少ないのは演奏が難しいからではないでしょうか。「サウル」や「エフタ」のように壮大でスケール雄大に演奏すると、「ソロモン」の柔軟で牧歌的な雰囲気と味わいはなかなか表現できないのです。

 もちろん、ヘンデルのオラトリオは彼特有の雄々しい迫力と骨太な存在感が根底に息づいていないと魅力が半減してしまいます。そのことを踏まえながら、演奏スタイルのさじ加減を微妙に調整しなければならない作品なのでなかなか難しいのです。ヘンデルのオラトリオに強い共感を寄せられるということが指揮する上での最低条件となることでしょう。

 ところで、「ソロモン」は旧約聖書の列王記に登場するイスラエルの王ソロモンの繁栄の時代をテーマにした物語です。もちろん旧約聖書の内容を知っているに越したことはありませんが、特に知らなかったとしてもヘンデルの音楽はそれ以上に普遍的な感動を与えてくれることでしょう!

 この曲はダニエル・ロイス指揮ベルリン古楽アカデミーおよびRIAS室内合唱団の演奏が非常に新鮮で透明感に溢れています。最初に聴くとあまりにも造形がすっきりしているため物足りないように感じることもありますが、それはロイスがむやみに絶叫したり、過度な誇張をして曲の核心の部分が見えなくなるのを避けているからなのです。その代わり何度聴いても飽きることが無い、柔らかで豊かな音楽が自然に流れていきます。サラ・コノリー、スーザン・グリットン、キャロリン・サンプソン、マーク・パドモアの歌はいずれも歌心にあふれ充実しています。

 ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツおよびモンテヴェルディ合唱団の演奏は世界で最初に「ソロモン」の素晴らしさを知らしめてくれた記念碑的な演奏(1984年)です。この演奏を最初に聴いた時は本当に驚き感動したものでした!ガーディナーの音楽性が最高に結集された録音で、既成概念を打ち破るスタイリッシュな造型や響きが何ものにも代え難く、アージェンタ、ヘンドリックス、ロルフ・ジョンソン、ワトキンソン、ジョーンズらの歌も大変魅力的です。ガーディナーのこの曲で打ち立てた功績は今さらながらに偉大だったと思わずにはいられません。


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