2011年2月9日水曜日

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2011






ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2011の
テーマは、後期ロマン派。


 ゴールデンウイークの一大音楽イベントとしてすっかり定着した感のある「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」。今年のテーマは「タイタンたち」だそうで、19世紀から20世紀にかけての波乱万丈な時代を、ダイナミックに描き出すとのことです。そのうち、メインビジュアルのイメージになっているのは次の5人の作曲家です。

◯フランツ・リスト(1811-1886)
◯グスタフ・マーラー(1860-1911)
◯リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)
◯ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
◯アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)

 この5人の作曲家以外にも、ワーグナー、ブルックナー、ヒンデミット、ベルク、マックス・レーガーなど、音楽史上の「タイタン」たちが登場し、演奏会を盛り上げるようです。

 このイベントは普通のクラシックの演奏会とは違い、無料の演奏会もたくさんありますし、有料の演奏会も安価で観ることができます。親子連れでも気軽に気がねなく(もちろん、最低限のマナーは必要ですが)観れます。そして何よりも観客と演奏家の距離感を感じないのが魅力ですよね。こういうイベントというのはなかなかあるものではありません。せっかくの機会ですから、できれば少しだけ時間にもゆとりを持ち、たっぷりと音楽に浸りながら音楽の魅力を再認識できる時間が過ごせればいいですね!

2011年2月7日月曜日

ベートーヴェン 交響曲第7番イ長調作品92




 この曲は最近やたらとCMやBGM等で使われることが多い曲です。そもそも数年前にテレビドラマの「のだめカンタービレ」でテーマ音楽として使用されたのがきっかけでないでしょうか。第7は第3「英雄」や第5「運命」ほどの深刻さはなく、第9のように難解ではありません。ベートーヴェンの交響曲としてはとっつきやすく、なじみやすいのです。しかし、とっつきやすいように感じるのも明るく親しみやすい曲調だからであって、一皮むけば気宇雄大で疾風怒濤の如くすさまじい気迫と情熱が爆発、全開するのです。ベートーヴェンの精神的なゆとりからくる円熟した創作力と驚くべきインスピレーション…。それが心技体すべてにおいて合致したまさに特上の名曲といっていいのではないでしょうか。

 第7交響曲を耳にする時、忘れられないメッセージがあります。それはロマン・ロランが彼の名著「ベートーヴェンの生涯」で書いた一節です。
 〝『第7交響曲』それはまだ私の知らないものだった…沈黙…最初の音が鳴りだすと、もう私は一つの森の中にいた。(中略)動揺する森、やがてまた堂々と瞑想の主題を取り戻す森である。(中略)森の荘重なささやきとその巨大な呼吸とがそれを包んでいる。その呼吸は高まり、また落ち入る。一つの休止。耳はそばたつ。こだまの中の応え。森の中の呼びかけ。オーケストラのシンバルの促すような調子。一切が待ち受けている。一切が飛躍の準備をする…すると見よ!短々長音階の音律。舞踏。初めは小さな装飾音と短連符とを持った田舎風の優雅さで、優しく静かである。(ベートーヴェンの生涯、岩波書店刊=ロマン・ロラン著、片山敏彦訳より)〟
 ロマン・ロランの名文によって、ベートーヴェンの音楽が好きになった人はきっと少なくないでしょう。この第7交響曲の場合も彼の卓越した表現力と感性で第7交響曲の魅力を見事に表現し尽くしています。特に最初の出だしで〝森の中にいた〟と明言するあたりは並外れた感性を感じます。

 第7交響曲は自然から受ける普遍的なイメージやインスピレーションがベースになっているのでしょう。田園交響曲を創ったベートーヴェンの創作力は渇くことなく、より自由な形式で次の段階へ発展したことを強く感じさせるのです。
 第1楽章での可憐な小鳥のさえずりや心地よい風、まばゆいほどの太陽の光は闇を照らし、心を照らします。その後次第に荘厳さと輝きを増し、雄大な音楽となっていくのです。第2楽章の悲しみをじっと堪えるようなアレグレットの主題は鎮魂歌のように失われてしまったものへの哀しみを崇高に謳い上げていきます。第3楽章スケルツォは第4楽章へ続く重要な役割を果たす楽章ですが、破壊力満点のエネルギーと求心力が一気に結集されます。
 第4楽章はなりふり構わず突進するベートーヴェンの粗野な魅力がよく出た音楽と言えるでしょう。この曲の真骨頂といってもよく、根源的なエネルギーに満ちた音楽は有機的な響きと微動だにしない緊迫感の中で魂の祭典と化します。低弦(チェロ、ヴィオラやコントラバス等)のえぐる響きが凄く、中間部のティンパニとの絡みでは稲妻のような閃光を呼び起こし、鋼鉄のように強靭な造形を生み出していきます。圧倒的な求心力を保ちながら、フィナーレに向かってぐんぐんと加速を増すくだりはただ呆然とその行方を見守るばかりです。ワグナーがこの曲を「舞踏の神化」と評したように、ここには単に音響的な強さばかりでなく魂を揺さぶる何かがあるのでしょう!
 それだけに本質をしっかりとつかんだ演奏はいても立ってもいられないほどの感動を受けることは間違いありません。

 演奏はフルトヴェングラーがこの曲を非常に得意にしており、実際数種類ある演奏は精神性において抜群でどれも素晴らしい出来栄えです。しかし、なにせ録音も古く半世紀以上経った今、最高の状態では味わうことができません。そこでお薦めしたいのがカルロス・クライバーが1982年にバイエルン放送交響楽団を指揮したライブ演奏です。何よりも録音が良く、演奏は気迫に溢れ「凄い!」の一言です。音色も明るく、この曲に備わった魅力を歪みなく味わうことができます。面白いのは演奏が終わった直後、現実のことと思えないのか、拍手がパラパラなのですが、その後正気に戻った客席から割れんばかりの喝采とアンコールの連呼がされます。まさにライブならではの出来事といえるでしょう!



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2011年2月3日木曜日



東京文化会館の50歳の誕生日を祝う!

東京文化会館は、開都500年を記念して1961(昭和36)年4月7日に開館しました。その落成記念で最初に演奏されたベートーヴェンの『エグモント』序曲が、このバースデーコンサートで再び演奏されます。演奏するのは、エリアフ・インバル率いる東京都交響楽団。続く「運命」『春の祭典』という力強く壮麗な名曲のプログラムで、東京文化会館の50歳の誕生日をお客様とともに祝います。(東京文化会館HPより)

「50周年記念バースデーコンサート」
■日程
2011(平成23)年4月7日(木)19時開演(18時20分開場)

■会場
大ホール

■出演
指揮:エリアフ・インバル(都響プリンシパル・コンダクター)
管弦楽:東京都交響楽団

■曲目
ベートーヴェン:付随音楽「エグモント」序曲 op.84
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 op.67「運命」
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

■料金
一般 S席7,000円 A席5,000円 B席3,000円 C席1,500円
東京文化会館友の会会員 S席6,000円 A席4,000円 B席2,500円
都響会員 S席6,300円 A席4,500円 B席2,700円
ジュニア(18歳未満)/学生 S席3,500円(200席限定)
シルバー(65歳以上) S席6,300円(200席限定)
ハンディキャップ1~3級 S席3,500円(介添え1名まで同一料金)
ハンディキャップ4~5級 S席5,600円(介添え1名まで同一料金)

■チケット取扱
都響ガイド 03-3822-0727


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2011年1月31日月曜日

チャイコフスキー 交響曲第6番ロ短調「悲愴」




 チャイコフスキーは帝政ロシアの輝かしい時代を最もイメージさせる作曲家です。それを象徴するように、彼は音楽に気品と美しさを求めたのでしょう……。チャイコフスキーの作品からはそのことがよく読み取れます。たとえば、優雅な宮殿の広間を思わせるピアノ協奏曲第1番や、穏やかで懐かしいメロディに満ちたヴァイオリン協奏曲、愛らしく麗しい三大バレエ組曲等、誰もが口ずさめる有名な作品が次々と思い出されていくのです。
 しかし、彼の最後の作品は霞がかかったように極度に重々しく内省的になっていきます。そして、はからずも彼が残した最後の交響曲第6番は彼自身の人生の終焉となり、帝政ロシアの終焉を告げる予兆となったのでした。

 チャイコフスキーの人気レパートリーはたくさんあります。前述のピアノ協奏曲第1番やヴァイオリン協奏曲、6曲の交響曲、バレエ音楽「白鳥の湖」、「くるみ割り人形」、「眠れる森の美女」、ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」、オペラ「スペードの女王」、「エフゲニー・オネーギン」等、あらゆる人々に純粋に音楽を聴く喜びを与えてくれる名曲が目白押しです。
 しかし誰が何と言おうとも、チャイコフスキーの最高傑作は交響曲第6番「悲愴」と断言しても過言ではないでしょう。その素晴らしさはクラシック初心者から曲を聴き込んだ通の人に至るまで様々なメッセージを与えてくれます。
 以前ご紹介した交響曲第4番はムラヴィンスキークラスの卓越したバトンテクニックと音楽性の持ち主でなければ充分に良さを引き出せない可能性があるのですが、「悲愴」は違います。「悲愴」はそこそこの演奏であれば、まず間違いなく感動します。やはりそれだけスコアが細部に至るまでよく書かれており、作曲家自身の円熟味と最晩年に到達した芸格の高さを表しているのでしょう。
  特に第1楽章の冒頭の部分、打ちひしがれ息を潜めて声ならぬ声で絶望と苦悩が絡んだ想いを吐露するフレーズは誰もがただならぬ気配を感じることでしょう。この暗さは独特のものですが、チャイコフスキーは演出して、わざとそういうイメージを表現したのではありません。これはあくまでもチャイコフスキーの真実な心の叫びがそうさせているのです。
 もちろん、第1楽章第2主題のように哀しいほどに美しいメロディもあり、第4楽章第2主題のように魂が舞い上がるかのような極めて崇高なメロディも現れます。しかし、この作品には美しく聴かせようとか、スケール雄大に描こうとか、愛らしくまとめようとかそういった効果や体裁を取り繕う場面がほとんどないのです。チャイコフスキーはこの曲で心の奥底まで自分をさらけだしたのだと思います。
 特に両端楽章は優れており、チャイコフスキーのこの曲に託した想いがどれほどのものだったのかが伝わってきます。第1楽章の展開部の荒れ狂う魂ともがき苦しみながら生きていくその姿は壮絶そのものです。第4楽章の中間部、瞑想と回想、諦観が交錯する主題もただ事ではなく、チャイコフスキーの魂はもはや地上には無いかのように飛翔していきます。
このようなことを書き綴ると、はたして暗いこの曲の何がいいのかと言われかねませんが、でも随所に人間的な優しさや暖かい眼差しがにじみ出ており、聴いているうちに無性に心が惹かれていくのです……!。

 この曲の名演奏は枚挙にいとまがないくらい沢山あります。古くはメンゲルブルクからフルトヴェングラー、カラヤン、マタチッチ、バーンスタイン、アバド、朝比奈隆、ヴァント等、それぞれに本当に素晴らしい演奏を残してくれています。しかし真の名演奏となると、やはりムラヴィンスキーがレニングラードフィルを指揮したグラモフォン盤が圧倒的に素晴らしいと言わざるを得ないでしょう!何度聴いても飽きない自然体で内側から湧き上がるような音楽は、他の指揮者からは聴けないものでしょう。クールで端正な響きに充満する溢れんばかりの情熱は凄まじく、襟を正される想いです。



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2011年1月25日火曜日

モーツァルト フルートとハープのための協奏曲K.299



 世には多くの協奏曲がありますが、大抵は独奏楽器をバリバリ鳴らすものか、オーケストラと競奏という形になってしまいやすいようですね。しかし、モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲はエレガントでファッショナブルな外面を保ちながら、フルートとハープが個性を失うことなく互いが互いを引きたてあう幸福な結果を生み出しているのです
 それは時に光と影のような関係になったり、主旋律と伴奏になったり、告白と受容の関係になったりとめくるめく音楽的なインスピレーションに溢れていきます。
 この曲を聴くととても懐かしい気持ちになります。特に第2楽章に流れるテーマは夕陽に輝く浜辺を物思いにふけりながら散策する風情に似ていて、すーっと曲に引き込まれていくのをよく感じたものでした。フルートとハープが奏でるメロディは波間にきらきら輝く光と潮風の余韻を感じさせ、心の中にどこまでも天国的で純粋無垢なメロディが記憶されていくのです。
 第1、第3楽章ももちろん素晴らしく、優しく愛らしい音彩は一度聴いたら忘れられません。天空に舞うかのようなフルートの音色と真珠の輝きのように気品溢れ夢のような調べを綴るハープの旋律……。それは心のわだかまりを洗い流すように透明な詩情を伝えてやまないのです。

 この作品は表面的には明るく微笑むように曲が展開していきますが、同時にしっとりとした哀愁も滲ませ、聴く人の心に深く刻み込まれます。 心の動きを伝えるフルートの響きとその心の動きを見つめ慰めるハープの響きは次々と繊細で愛おしい旋律を奏でていきます。地上のさまざまな苦悩や哀しみを忘れさせるような無邪気さや意地らしさが抜群です。それにしてもフルートとハープの音色の相性の良さはいかばかりでしょうか!
 そもそも作品が生まれるきっかけはモーツァルトがパリ滞在中にフルートを得意にしているギーヌ公とハープを演奏するという娘のために作曲されたものでした。しかし親子共々、曲に対する理解や愛着がまるでなく、おまけにレッスン料も半額しか支払わなかったりと散々だったようです。けれども今では不朽の傑作として、フルーティストやハーピストの間では特別な位置を占めているのです。運命とは本当に皮肉なものですね。


 演奏では昔から名演奏として定評があるのがジャン・ピエール・ランパルのフルート、リリー・ラスキーヌのハープ、ジャン・フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団のエラート盤です。この演奏は個々のテクニックはもちろんですが、特に素晴らしいのは音楽の流れの良さでしょう。もっとしっとりとした情感や静かな叙情性に優れた演奏は他にありますが、この演奏は停滞しない抜群のセンスによって聴くものを飽きさせません。とかく伴奏にまわってしまいやすいハープの旋律をラスキーヌの演奏は同等かそれ以上のレベルに持ち上げているのには驚かされます。








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2011年1月13日木曜日

J.S.バッハ フルートとチェンバロのためのソナタ









 新年明けましておめでとうございます。あっという間に10日が過ぎてしまいましたね!私事ですが、なかなか更新できず、長らく無沙汰してしまいました。読んでいただいていた方には大変にご迷惑をおかけしました。

 さて、日本では正月の音色というと琴になるのでしょうが、西洋音楽で新年をイメージさせる音色は何になるのでしょうか?私にとってはフルートの澄み切った音がそれにふさわしいように思えるのです。
 しかし、西洋音楽の歴史でフルートの名曲は……というと、これが意外に少ないのです。それは大バッハも例外ではありません。実際バッハがフルートのために作った音楽はそう多くはありません。ここで紹介するフルートとチェンバロのためのソナタBWV1030も数少ない作品の中のひとつです。モーツァルトはファゴット、フルート、ホルン、クラリネット、オーボエと数多くの管楽器のための作品を作っていますが、時代的な背景のせいか、バッハは音色が明るいクラリネットやフルートにはあまり関心を向けなかったのかもしれませんね。

 その代わり、ヴィオラ・ダ・ガンバやチェロなどの渋めの楽器は好んで使ったようです。そういうところにもバッハとモーツァルトの作曲の傾向がはっきり表れていて面白いですよね。モーツァルトは音色が明るくまろやかな響きの管楽器を大変好んでいたようですが、バッハの場合は、その明るさが逆に曲に軽薄なイメージを植え付けるという懸念があったのか、あまり積極的ではなかったようです(ブランデンブルグ協奏曲4番のような例外はありますが…)。透明なパステルカラーから極彩色まであらゆる色彩を使いこなしたモーツァルトとモノトーンで深みのある表現を目指したバッハとの違いなのかもしれません。しかし、フルートとチェンバロのためのソナタBWV1030はバッハ特有の幽玄な音色と深さが備わった最高の魅力作といっていいのではないでしょうか。

 特に第1楽章はフルート史に残る傑作だと思います。前奏なしで一気に曲の核心に入っていく出だしは神秘的で融通無碍な境地を感じさせます。そして、これからどういう方向に展開していくのだろうかと固唾を飲んで聴き入る状況が早くも設定されていくのです。その後自由自在に形を変え、調を変えながら目まぐるしく登場する主題に聴き手はたたただ某然と受け止めるしかなくなってしまいます。作品としては有名な無伴奏ヴァイオリンパルティータのシャコンヌと同様のことが言えるのではないでしょうか。

 この曲には忘れられない演奏があります。ペーター・ルーカス・グラーフがフルートを担当したものです。グラーフのフルートは自然なフレージングと透明感のある響きを特徴としていますが、この曲でもその魅力は遺憾なく発揮されています。まず第1楽章の出だしから無意味な誇張を避け、ひたすら楽譜にある美しさを次々に表出していくのです。
 もっと曲の盛り上がる部分では誇張してもいいのでは?という意見が出ても不思議ではないと思いますが、しかしこれでこそグラーフなのです。肩の力を抜いたしなやかなフレージングと音色が高貴な香りを漂わせ、作品から純音楽的な美しさを見事に引き出しているのです。




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2010年12月27日月曜日

ヘンデル オラトリオ「サウル」




Handel Oratorio Saul conducted by Jürgen Budday


Handel Oratorio Saul conducted by Rene Jacobs



劇的でスケールの大きい「サウル」

 ヘンデルという人は、不思議な人です。バロックからの伝統的な様式に立脚した作品を書いたかと思えば、古典派を飛び越え後のロマン派を想起させる劇的でスケールの大きい作品も書いたりしています。鍵盤楽器のためのクラヴィーアソナタ集が前者の代表とすれば、オラトリオ「サウル」は明らかに後者の代表と言えるでしょう。この作品は、旧約聖書「サムエル記」をテーマにした実に雄渾なオラトリオです。ベートーベンはヘンデルの作品をこよなく愛したといいますが、それというのも「サウル」のように自由闊達で強靭な音楽を好んでいたからなのでしょう!

 ヘンデルが「サウル」の作曲に取りかかった1738年頃は彼の生涯で最も脂の乗りきった時代でもありました。ヘンデルのオラトリオというと一般的にはメサイアだけしか知られていませんが、考えてみるとこれは本当に不思議な話ですよね。単に知名度の問題なのか、上演してどれだけ人が呼べるのか?という問題がつきまとうからなのか……。理由は定かではありませんが、とにかく演奏される機会が極端に少なかったという事なのでしょう。

 しかし今時代が移り変わり、これまでのクラシック音楽に飽き足らないファンはヘンデルのオペラやオラトリオに新鮮な魅力と味わいを発見するといいます。ヨーロッパでは公演のチケットの売上も上々で、新たな音楽ファンも獲得しているとも聞きます。日本の場合、ヘンデルのオペラやオラトリオ公演で採算をとるには大変な努力が必要なのかもしれませんが、是非とも定例化していってほしいですね!


ドラマティックな「サウル」のストーリー

 さて、「サウル」はヘンデルの最高傑作といってもさしつかえないほど音楽的にも内容的にも優れた作品です。簡単なあらすじは次のとおりです。サウルは神に遣わされたイスラエルの初代王でした。そこに平民の出でありながら勇敢で男らしく、戦争に出ると多大な手柄を立てる羊飼いの青年ダヴィデが現れます。ダヴィデは民衆にとってもはや英雄だったのでした。サウルはダヴィデを息子のように思い愛していましたが、神に愛され、民衆に支持され賞賛されるダヴィデに強い恐怖と嫉妬心を抱くようになります。
 サウルはアマレク人との戦いで神の言葉に反逆したため、預言者サムエルの信頼を失ってしまいます。サムエルは神の願いのもとにダヴィデを国王にすべく、彼に香油を注ぐのでした。

 その後、ペリシテ人との戦いで大勝利を収めたダヴィデにサウルは激しく嫉妬し、殺害を目論見ます。しかし、息子ヨナタンやダヴィデの妻となった娘ミカルの配慮でダヴィデは難を逃れます。行く末に不安を感じたサウルは神に願いを求めますが、神は彼に答えを与えることはありませんでした。
 そこでサウルはエンドルの巫女のもとを訪ね、死んだ預言者サムエルの霊を呼び出します。サムエルの霊が告げたものは、神はサウルを既に見放したというものでした。
 イスラエル軍はペリシテ人の軍勢に追いつめられ、サウルと息子のヨナタンは戦死します。それをミカルと姉メラブから聞いたダヴィデは親友の死を嘆くのでした。結局、最後まで神に従順であったダヴィデとダヴィデに嫉妬し神から離れ、ついには乱心してしまうサウルとの明暗が絶妙に描かれているのです。


聴きどころが満載

 音楽は全編聴きどころが満載です。特に素晴らしいのは冒頭の序曲に続いて演奏される約10分にも及ぶコーラスではないでしょうか。民衆の声を象徴する合唱とそれに絡んで、アリアや男声の三重唱、女声の三重唱等次々に変化に富み劇的な高揚感と共に一気に曲のクライマックスを築き上げていきます。
 要所要所で出てくる合唱も実に意味深く響きます。第2幕でサウルが理性を失い、自分を見失いつつある恐ろしさを歌う部分。イスラエルの民がダヴィデを讃えるフィナーレの部分等、目を見張るくらい聴き応えのある合唱が全体を盛り上げていきます。

 それぞれのアリアはもちろんのこと、間奏として挿入されるシンフォニアや管楽器のファンファーレ、行進曲なども「サウル」の世界観を形成するのに大きく貢献しています。竪琴を模したハープやカリオンも彩を添え、音楽を聴く醍醐味が随所に散りばめられている感じです。「サウル」の最大の魅力はちっぽけな人間感情の機微によって音楽自体に傷がつくことがまったくないことでしょう。これはヘンデルの音楽そのものの懐の深さを実証するものでもあります。


新譜が続々と登場!

 「サウル」は「メサイア」以外では最もレコーディングの多いオラトリオで、その人気ぶりが充分伺えます。このところ「サウル」は新譜が続々と発売され、おすすめの演奏も近年のものが中心になりました。
 特にユルゲン・ブッダイ指揮ハノーヴァー・ホーフカペレ、マウルブロン修道院室内合唱団は特別なことは何もしていないため、一度聴いた限りでは大変に地味な演奏に聴こえます。

しかし内容は濃く、ソリストたちの深い表現に驚かされます。マクリーシュ盤でもミカルを歌うアージェンタとダヴィデのチャンスの内省的な表現は特に忘れられません。この演奏はあくまでもミサ曲のような視点に基づいているようで、しみじみとした情感が印象的です。
合唱の立体的な響きも素晴らしいです。決して磨き抜かれたアンサンブルではありませんが、声に強い信念と主張があり、民衆の共鳴感や心の動きを捉えて感動を呼び起こします。ただし、全体的に楽器の響きや音楽の流れ、体裁があまりにもそっけなさすぎて物足りなく感じる場面も多々あるのが残念です。

 ルネ・ヤーコブス指揮コンチェルト・ケルン、RIAS室内合唱団他は最高のテクニックと劇的な表現に支えられた最高峰の演奏と言えるでしょう。個性的でデフォルメされたソリスト達の歌や、オペラのようにストーリー性のある表現は音楽にメリハリを与え快適な流れを生み出しています。しかも易々とハイレベルの音楽に仕上げてしまうコンチェルト・ケルンやRIAS室内合唱団の歌は圧倒的です。

 ポール・マクリーシュ指揮ガブリエルコンソート&プレイヤーズの場合は、どこをとっても不足のない、あらゆる面で最高にバランスのいい演奏です。ですから、これから本格的にサウルを聴こうという方には最も適した演奏かもしれません。ショルのダビデ、アージェンタのミカル、グリットンのメラブ等の歌手陣も素晴らしく、心理描写にも光るものがあります。音楽の流れも最高で全体的にスキのなの無い演奏と言えるでしょう。


ヘンデル「サウル」追加