2016年1月23日土曜日

モーツァルト  ディヴェルティメント第17番ニ長調K.334










BGM感覚で聴ける音楽
ディヴェルティメント


  現代人は時間に追われ、仕事や生活に追われてすっかり心のゆとりがなくなっているという話をよく聞きます。

 気分を変えたい、初心に戻りたい、自分らしくありたい………。そう思いながらも、環境や生活リズムはそう簡単に変えることはできませんし、なかなかそうならないのが実情ではないでしょうか?

 せめて気持ちだけでも日常の呪縛から解放されたいと思うのが当然でしょう‥…。そのようなかたにこそ聴いていただきたい音楽がモーツァルトのディヴェルティメント(喜遊曲)です。 これはクラシック音楽=難しいという公式にあてはまらない作品で、どのようなシーンでもBGM感覚で聴ける数少ない音楽と言っていいでしょう! ディヴェルティメントは18世紀に貴族の社交、祝典等で使われた娯楽音楽で、モーツァルトの作品も例にもれず、ザルツブルクの名門貴族ロービニヒ家のために作曲されたようです。したがってどの曲も優雅で喜ばしい雰囲気を持っており、明るく美しいメロディーが満載なのです。 

 何よりも室内楽的な小編成の管弦楽と柔らかで大らかな楽曲が疲れた心に最高の癒やしを与えてくれるでしょう。いつのまにか時間を忘れ、心も身体も癒やされる音楽というのはモーツァルトのディヴェルティメントのような音楽を指して言うべきなのかもしれません。



明るさの中に
無邪気さと哀愁を湛えた
モーツァルトの音楽

 しかしモーツァルトのディヴェルティメントはこのような娯楽音楽の範疇に決して留まっていないのです。

 いや、聴けば聴くほどに天真爛漫な音楽の背景に映し出される澄み切った音楽に驚くばかりです‥…。

 私はモーツァルトのディヴェルティメントの中では第15番変ロ長調K.287と第17番ニ長調K.334が作品として双璧だと思っているのですが、ヴァイオリンが活躍する音楽であればK.287を、より無邪気で哀愁を湛えた音楽がお好みであればK.334を聴くのがいいかもしれませんね。

 特にK.334は悦楽の音楽というよりは、晴れ渡った青空を駆け巡るような至純の音楽で、視点ははるか彼方を見つめているような感覚さえあります。 特に第5楽章メヌエットと第6楽章ロンド・アレグロの無垢な戯れは哀しいほどに美しく響きます。無垢であるがゆえにさまざまなメッセージを伝えてくれると言ってもいいでしょう。 あくまでも音楽は上品でなごやかなのですが、時折見せる哀愁に満ちた表情はとても陰影に満ちています……。 

 それは第2楽章アンダンテにも顕著にあらわれており、当時のディヴェルティメントとしては珍しく短調で書かれていることに驚かされます。モーツァルトの心の痛みを素直に綴った天使の涙と評しても決しておかしくありません。



名人芸と音楽性が結集された
ウィーン八重奏団の演奏



 クラシック音楽を聴く醍醐味のひとつに、その曲がどのように演奏されているのかということがあげられます。なぜなら演奏の良し悪しによって曲が好きになったり嫌いになったりすることは少なくないので、演奏家の役割はとても重要なのです。演奏の好みは個人によってかなり違いますので、一概に言えませんが、間違いなく言えるのは曲に対する強い共感や愛情に満ち溢れていることがいい演奏を生み出すことでしょう。

 ウィーン八重奏団の演奏はそれらをすべて備えた永遠の名盤と言えるでしょう。言うまでもなく、曲に対する共感度や芸術的な表現においても優れています。
 彼らの演奏は古き佳きウィーンの懐かしい情緒と味わいをふんだんに盛り込んでいて、聴くたびに心に潤いをもたらしてくれます。今ではこんなに情感豊かに演奏してくれるグループはほとんどなくなってしまいましたね‥…。しかも各奏者の名人芸的な表現と音楽性は圧倒的で、これぞモーツァルトと唸るしかありません。





2016年1月16日土曜日

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016「la nature ナチュール - 自然と音楽」











何かを期待させる
今や定番の音楽イベント

 私にとって今やゴールデンウイークの楽しみの一つにもなってきたクラシックの祭典『ラフォル・ジュルネオ・ジャポン』。今年も5月3から5日まで開催されます!
 とにかく世界中から一流アーティストが集い、しかもリーズナブルな価格で魅力的なプログラムがいっぱい! それぞれのプログラムが45分から90分ぐらいの間にコンパクトにまとまっていて、ついついはしごしていろんな公演を見るはめになってしまいます…。

 今年は自然をテーマにしているとのこと。作曲家と自然の出会いがどんなふうに魅力あふれる音楽を誕生させたのかを各公演から聴きとることができるかもしれません! またこれまでは有楽町の国際フォーラムのみの開催だったのですが、今年は自然を意識してなのか(?)日比谷野外音楽堂でも開催されることになりました。ますますラフォル・ジュルネオ・ジャポンから目が離せなくなりそうです。


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 いつの時代も作曲家たちは自然に魅せられ、自然から多くのインスピレーションを得て数々の傑作を生みだしました。2016年は、美や芸術の源泉ともいえる「自然」にオマージュを捧げます。

 (中略)プログラムはルネサンスから現代まで500年にわたる音楽史の中から、季節、風景、動物、天体、自然現象など、さまざまな切り口から選曲しています。自然から生まれた音楽の多彩で豊かなイマジネーションを、存分に楽しんでいただけることでしょう。
 2016年に没後20年を迎える武満徹をはじめ、日本の作曲家による素晴らしい作品も取り上げる予定です。驚きとイマジネーションに満ちた音楽の旅「ナチュール - 自然と音楽」に、どうぞご期待ください!

アーティスティック・ディレクター
ルネ・マルタン



2016年1月6日水曜日

「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」

















ジョン・エヴァレット・ミレイ
《いにしえの夢浅瀬を渡るイサンブラス卿》
1856-57年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery





『ラファエル前派』の聖地
リバプール国立美術館より
傑作が集結!


 19世紀中頃のイギリスに『ラファエル前派』という絵画様式を標榜する画家たちがいました。『ラファエル前派』とは一体何だったのでしょうか……。 西洋美術史を紐解くと必ず登場しますし、エヴァレット・ミレイやロセッティの名前や絵画も大変に有名ではあります。しかし、『ラファエル前派』とはどのような目的と特徴を持った人たちだったのか…? そう言われても今ひとつピンとこないし、明確に答えられませんね……。

 しかし一つだけ言えるのは自由な表現をした絵画に対して、独特の様式とこだわりを持った絵を描いた人たちとでも言えるでしょうか……。人物はヴィジュアル的にも端正で美化しているようだし、とにかくわかりやすい絵を描いてくれたと言えるでしょう。彼らの絵はまるで丁寧にセッティングされた舞台上で演出が施された絵のように思えて仕方ないのです。そうです。文学的な世界観の理想的なイメージの表出こそ『ラファエル前派』の絵画なのです!
 このような世界観、表現が好きな方は徹底的に好きかもしれませんし、虜になるかもしれませんね‥。

 なお今回の『ラファエル前派展』には聖地リバプール国立美術館より傑作、本邦初公開作など、選りすぐりの絵画65枚が集結します。『ラファエル前派』については意外と知られていないエピソードも多く、好きなかたも決してそうでないかたにも興味深々の展覧会になることでしょう。


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 ロセッティ、ミレイ、ハントらがラファエル前派を結成し活躍した19世紀中頃のリバプールは、造船業や様々な工業によって、また工業製品を輸出する英国随一の港町として大変栄えていました。リバプール国立美術館は、リバプール市内及び近郊の3美術館などの総称で、ラファエル前派の傑作を有する12美術館として世界的に知られています。本展では、リバプール国立美術館の所蔵品から、ラファエル前派及びその継承者たちの油彩・水彩など65点を紹介し、近代における英国美術の英国らしさを「英国の夢」をキーワードに浮き彫りにしていきます。[美術館サイトより]


会場    Bunkamuraザ・ミュージアム 
      東京都渋谷区道玄坂2-24-1
会期    2015年12月22日(火)~2016年3月6日(日)
入場料   一般=1,500(1,300)円
      高大生=1,000(800)円
      小中生=700(500)円
      *( )内は前売/20人以上の団体料金
      *団体でお越しのお客様は電話でのご予約をお願いいたします。
      *障害者手帳をご提示で割引料金有り。
      詳細は窓口でお尋ねください
休館日   1/25
開館時間  10:00~19:00(ただし、金・土曜日は21時まで開館)
      *入館は閉館の30分前まで
問い合わせ tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)主催Bunkamura、東京新聞




2015年12月31日木曜日

シャルダン 『食前の祈り』









家族の日常を
愛情持ってとらえた名画

 以前、家族を描いた名画は少ない…との内容を投稿したことがありました。確かに家族を肖像画として描いた絵は画家と描かれた家族との信頼関係や良好なコミュニケーションが成立しない限り、なかなか難しいものがあります。

 しかし、例外もあります。それは家族の日常を愛情あふれる一瞬の光景としてとらえられた時ではないでしょうか?
その代表的な作品がシャルダンの名画『食前の祈り』です。この絵に描かれたお母さんと二人の娘のやりとりはなんと微笑ましく愛情に満ちあふれていることでしょう……!

 もちろん、それが表面的な効果を狙った風俗画であれば、絵にひきつけられることはないでしょうし、感動を呼ぶこともないでしょう。しかし、シャルダンの絵の素晴らしいところは単に風俗画としてではなく、彼が得意とした静物画のように存在の本質に迫るべく大まじめに描いているところなのです!


密度の濃さと
繊細優美な表現の融合

 シャルダンという人は静物画に唯一無二というくらいの高い適性を発揮した人でした。その絵は一貫して深く鋭く存在の本質に迫るのが特徴で、天才的な感性と表現力はなかなか真似のできない世界を構築していたと言っていいでしょう!この人の絵は当時の華やかな風俗画を描くロココ絵画時代にあっては異色の存在だったのかもしれません。

 『食前の祈り』のテーマはタイトルどおり、食事をする前に幼い妹のお祈りが充分でないのを見て、お母さんとお姉さんがたしなめている様子なのですが、なぜかまったく嫌味がありませんね。なぜなのでしょうか……。
 シャルダンの画風はゴシック、バロックからの西洋伝統のアカデミックな古典的スタイルをベースにしているのですが、それだけではありません。彼はそれに優雅で気品あふれるセンス満点の描写を絵に巧みに融合しているのです。つまり密度の濃い描写と繊細優美な表現が絵の中で無理なく溶け合っているのです。
 家族を包む温かな空気と柔らかな光。だからこそ重厚な画面ではあるものの、全体の印象がとても穏やかで優しいのでしょう……。その静謐で格調高いメッセージはぐんぐんと私たちの心に響いて離れないのです。

 また安定感のある構図も画面全体に強い1本の軸を印象づけて、たとえようのない充足感・安心感を引き出しています。たとえば、お母さんと二人の姉妹を結ぶ視線の配置や動きはトライアングルのような親密な関係を浮かび上がらせていますし、更に3人を結ぶ三角形の揺るぎない構図も大きな広がりと発展を感じさせるのです。まさに18世紀のみならず、古今を代表する家族絵画の逸品と言えるでしょう!
 


2015年12月22日火曜日

J. S. バッハ 2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調BWV1043










ヴァイオリンの対話形式による
代表的な名曲

 自分の発した言葉が山に響いてこだまのように跳ね返ってきたらとても気持ちがスッキリした‥…という話はよく聞きます。また、合唱でソプラノが歌ったパートをバスが追いかけるように歌うことも気持ちを共有し高める上ではとても大事な要素とも言われます。

 人は発した言葉に対して何らかの応答があったり、お互いに語り合うように話が発展すると心が共鳴して無上の喜びを感じるようになるとも言いますね。たとえばそれが音楽のような創造芸術で対話が展開されるときの幸福感はいかばかりでしょうか‥…。

 バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」はタイトルどおり2つのヴァイオリンの対話から展開される名曲です。この作品は昔からバッハの協奏曲の中でも傑作中の傑作と言われてきました。
 まず、第1楽章の出だしから厳しく陰影に富んだ旋律が心に強く訴えかけてきます! 対位法により管弦楽と2つのヴァイオリンが高度に絡み合い、見事な調和が達成されていることにも驚かされます。比較的短い三楽章の構成の中にヴァイオリンのあらゆる表情や音楽的エッセンスがギッシリと詰まっているのです。 

 この作品を愛するヴァイオリニストが多いのも分かるような気がしますね‥…。 


美しく気高いラルゴ

 しかし、2つのヴァイオリンのための協奏曲といえば、私にとっては第2楽章ラルゴ・マ・ノン・タントに尽きます!
 このラルゴは本当に美しいです! バッハとしては異例の懐かしさに満ちていて、温かく包容力のある主題がとても印象的です。その美しいメロディが2つのヴァイオリンの対話によって深化し、瞑想や哀しみが自然と映し出されていくときこそ、この曲の真髄が聴かれると言ってもいいでしょう!

 バッハはラルゴに美しい主題を持った名曲を数多く書きました。このラルゴも後世にいつまでも語り継がれる永遠の名曲と言ってもいいのではないでしょうか。
 映画の中でたびたび使用されたり、様々なジャンルでアレンジされたりと、その人気のほどが伺えます。


バッハ作品に精通した
シェリングの名演奏

 さて、録音はどれを選べばいいんだろう……。ということになってきそうですが、私は文句なしにシェリングの演奏を選びます。その中ではマリナーと組んだ1976年盤(フィリップス)がいいでしょう。シェリングが自分で指揮して録音を入れた1965年盤(デッカ)もなかなかの名演奏ですが、録音状態やヴァイオリンの響きの自由闊達さや音色のまろやかさを考慮するとやはり1976年盤をとるのが無難かと思います。(残念ながら現在1976年盤は廃盤状態です…)

 とにかくシェリングのバッハは細部まで神経が行き渡っていて、潤いと豊かさで満ちあふれています。同じバッハの「無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ」、「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ」等で唯一無二とも言えるような名演奏を残した人ですから、その演奏も自信と確信に満ちていて、「バッハはこう弾いたらいいんだよ」とヴァイオリンの表情で切々と伝えているかのようです。
 また、もう一人のヴァイオリンを担当するモーリス・アッソンやマリナーの指揮も端正にまとまっていて、ヴァイオリンの対話を最大限に生かしながら、好サポートを示しています。



2015年12月13日日曜日

ヘンデル トリオソナタ作品2









豊かで開放感のある音楽

 クラシック音楽には聴いているだけでも、気持ちが落ち着きスッキリする作品があります。
 さしずめ、私にとってヘンデルのトリオソナタ集はそれに相当する作品といえるかもしれません。「どこがどういいの?…」。と言われてもなかなか「こうだ!」と断定しにくいのですが、一つ言えるとしたらは何ともいえない安心感でしょうか……。
 これはヘンデルの作品に共通することですが、豊かで開放感があり、音楽が絶えず呼吸するように広がっていく感覚があるのです。

 曲調は至って平易で、メロディも馬鹿正直なくらいストレートなのですが、聴いた後の充足感はいったい何なのでしょうか……。
 他の作曲家のように音楽の要素に余計な混合物がなく、途中で喉につっかえる感じがない……。つまりどこまでも自然で端正な音楽なのです。

 トリオソナタ集はヘンデルの作品の中でも比較的地味な存在なので、録音は決して多いとは言えません。しかし、このような作品でも、一度名演奏に遭遇すると、たちまちその魅力にとりつかれ何度も聴きたくなってしまいます。


ホリガー、ブルグ、
トゥーネマンの名演奏 

 名演奏と言えば、やはりオーボエに名手ホリガーとブルグ、ファゴットにトゥーネマンを揃えた豪華競演盤(DENON)が最高です。
 文字通り、端正な表情を生かしつつ、あらゆるパートが絶えず呼吸するように生き生きと再現された演奏と言っていいでしょう。
 
 たとえば、変ロ長調HWV388の最初のアンダンテの青空にこだまするような格調高く澄んだオーボエの響き!それに続くアレグロのせせこましさのない生き生きとしたハーモニー! メリハリが利き、自然と音楽の喜びが伝わってくるようです!

 歌わなければ魅力が半減するこの作品集で、彼らの音楽の語らいは実に心地よく、ひとときの穏やかな安らぎの時間を約束してくれることでしょう!




2015年12月3日木曜日

ラヴェル 『水の戯れ』

















色彩的な音色と
陰影のニュアンス

 雪がしんしんと降る様子やそよ風が顔を撫でる様子など……、何でもないような自然の一コマを気持ちが伝わるように言葉で表現するのは意外に難しいことです。

 同じように、それらを音楽作品として表現するには高い音楽性や研ぎ澄まされた感性が必要とされるのは言うまでもありません。しかもそれを芸術的に意味のある作品にすることはますます容易なことではないでしょう。

 西洋音楽の歴史をひもといても、見慣れた自然の情景をあえて音楽で表現しようという動きはなかなか現れませんでした。つまり、それだけでは作品のテーマにはなりにくいし、表現の限界が見えていると思われてきたからなのでしょう……。

 しかし、20世紀初頭にそれまでと作曲の観点が大きく異なる考えを持つ作曲家たちが現れました。それがドビュッシーとラヴェルです。
 特にラヴェルは印象派的な作品を、先輩ドビュッシーよりも先に作った人でした。その記念すべき作品がここにとりあげるピアノ曲『水の戯れ』なのです。
 何気ない瞬間や、自然の一コマに光をあてて、聴く者の心に美しく残像が広がるように抽象的な和音を駆使した音楽づくりは新鮮でした。それは古典派やロマン派音楽の時間軸を中心にする作曲では想像もつかなかったものでしょうし、どちらかといえば空間軸を基調にした発想といってもいいかもしれません。

 「水の戯れ』は水が醸し出す穏やかで瑞々しい主題で始まりますが、やがて水の流れは刻一刻と変化し驚くほど様々な表情を映し出します。特にクライマックスの部分で光を浴びて七色の虹のように輝きはじける瞬間は夢幻的な美しさを目一杯味わせてくれるのです。

 正味5、6分の作品ですが、色彩的な音色と陰影のニュアンスが織りなす美しさは絶品で、音楽の表現の可能性を押し広げた役割はとても大きいといえるでしょう。



枠にはまらない
自由で即興的な表現が
音楽を生かす

 このような作品ですから、どうもドイツ・オーストリア系の古典的なピアノの奏法とはあまり相性が良くありません。どちらかと言えば一般的に巨匠と呼ばれるピアノの大家よりも天才的な感性の持ち主、美しい音色のタッチを持ち味とするピアニストのほうが素晴らしい名演奏を残しています。

 中でも印象的なのはサンソン・フランソワとマルタ・アルゲリッチの演奏です。二人とも天才的な感性とデリカシーの持ち主ですが、この作品との相性はすこぶるいいようです!

 まず、フランソワの演奏(EMI)は研ぎ澄まされた音色が全編で冴え渡っています。奏でられる音色からは、移り変わる水の表情が的確に捉えられているではありませんか!透明感あふれるピアノのタッチが曲の本質に深く入り込んでいるところも見事です。

 これほどスピーディーに演奏されると、音楽の本質が置き去りにされるのでは……と心配になってくるのですが、まったくそうならないところがアルゲリッチの凄いところです。デリカシーあふれる音色は神秘的といえるくらい美しい表情を生み出しています!