2015年9月6日日曜日

ハイドン テレジア・ミサ














ハイドンの音楽の魅力が
充満している作品

 すっかり朝晩涼しくなってまいりました。数週間前まで真夏の猛烈な暑さが続いたのが今となっては嘘のようですね。それにしてもここ数日の天気の急変ぶりには戸惑ってしまいます……。晴れているかと思えば、急に雨が降ってきたり、暑いのかと思えば夕方急に冷え込んだりと…、まだまだ油断出来ない気候が続いています。季節の変わり目ですので皆様、くれぐれも体調管理にはお気をつけくださいませ。

 さて、今回も前回に引き続きハイドンのミサ曲をとりあげたいと思います。今回は代表曲の一つにも数えられる「テレジア・ミサ」です。
 テレジア・ミサはハイドンの数多くのミサ曲の中でも屈指の傑作といえるのではないでしょうか。とにかくキリエからアニュスデイまでの全編が聴き所満載です。そして構成や曲の展開もすこぶる充実しているのです。

 特にグロリアの充実感と言ったらどうでしょう! 音楽を聴く喜びと感動で心がいっぱいになります。最初のGloria in excelsis Deo(いと高きところに栄光あれ)はタイトルが示すとおり、格調高く威厳に満ちた響きがまさに天に通じるかのようです!
 それに続くGratias agimus tibi(感謝したてまつる)のアルトやテノール、バスの独唱、二重唱、三重唱の絶妙な声の饗宴と変化に富んだ展開はハイドンの大らかで豊かな人間性が最高に表わされたもので、それは合唱を伴いつつさらに深遠な世界を醸し出していきます。続く Quoniam tu solus sanctus(イエス=キリストよ 主のみ聖なり)の明るく優しさに満ちた響きも何とも言えない魅力をふりまきます!

 クレドやサンクトゥスの確固とした造型と揺るぎない音楽の展開は唖然とするほどですし、音楽の山場が何度も現れるような気がするほどです!
 また、ベネディクトゥスのあふれる希望と幸福感!ハイドンの音楽はいよいよ輝きと深い味わいを増し加えていきます……。

 アニュス・デイで厳粛な悲しみが告げられると、まもなく暗雲を吹き飛ばすかのようなフィナーレの合唱がやってきます!「主の平安を与えたまえ」は微笑みにあふれたフーガが活躍する最後の合唱で、中間部の絶妙な転調は広々とした天空の彼方へと連れ去られるようにも思えますね。まさにハイドンの音楽の粋がここにあると言ってもいいのではないでしょうか。

 ミサ曲が重苦しくて聴くのが辛いという方は、まずはこのテレジア・ミサをお聴きになられることを強くお薦めします!今までミサ曲に抱いてらっしゃったカトリックの典礼に基づく概念が、もしかしたらいい意味で覆されるかもしれません。それほどこのミサ曲は自由なイマジネーションと無垢な感動、希望にあふれた魅力作なのです!



リリングが辿り着いた
古楽とモダン楽器の長所を
融合した格調高い名演奏

 まず驚くのが録音の素晴らしさでしょう。それはただ単に音質がいいというのではなく、合唱とオーケストラのバランスが理想的な音量と臨場感で収録されているのです!
 大体このようなオーケストラを伴う声楽曲の場合はどちらかに音質が偏ってしまいがちなのですが、この録音にはそれがありません。
 分離の状態がとてもよく、合唱の様々なパートが美しく冴え渡って聞こえるのです。

 もちろん肝心の演奏がよくなければどんなに録音が良くても興ざめですが、これは合唱、ソリスト、オケ、指揮者の表現とすべてに素晴らしいのです!

 合唱は発声の美しさやハーモニーの透明感も保ちながら、躍動感やダイナミズムが伝わってくるし、何よりも音楽に心地よい流れがあります。
 この演奏は前回紹介した戦時のミサと同じアルバムに入っているのですが、戦時のミサが1992年の演奏だったのに対して、それから15年後の2007年の演奏です。この録音のほうがさらに生気にあふれていて素晴らしいと思うのは私だけでしょうか…? 

 恐らく15年の間にリリングは表現の幅を著しく拡げたのでしょう。古楽器奏法に近いスッキリとした造型と響きを基調にし、ヴィブラートを極力抑えた声楽パートの表現を施しながらも、従来のモダン楽器を踏襲した自然なフレージングやダイナミズムを良しとした表現は古楽かモダン楽器かで論議を呼ぶハイドンの作品のあり方に大きなヒントを与えてくれるようにも思います。

 従来通りのオーソドックスな名演奏としてはネヴィル・マリナー指揮ドレスデン・シュターツカペレとライプツィヒ放送合唱団、ワトキンソン(Ar)、マーシャル(S)、ルイス(T)、ホル(B)の録音(EMI)がオーケストラ、合唱の精度が非常に高く、安心して曲に浸ることができます。





2015年8月31日月曜日

ハイドン 戦時のミサ



















苦難の時代のミサ曲といえども
重苦しくならない
ハイドンの傑作

 ハイドンは交響曲や弦楽四重奏曲はもちろんのこと、ミサ曲でも堅苦しくない魅力あふれる数多くの作品を世に送り出しました。しかし、たった1曲だけネーミングからして取っつきにくそうな曲があります……。それが通称「戦時のミサ」と呼ばれる「パウケン・ミサ」なのです。

 このミサ曲の標題から「何やら戦争にまつわる重苦しい作品なのかな」と思われる方も多いのではないでしょうか。しかし、実際はかなり様子が違います。

 何を隠そう、「戦時のミサ」は戦争をテーマにした作品ではなく、作曲された18世紀末当時のオーストリア情勢が非常に緊迫したものだったことに起因しているのです。当時ナポレオンをはじめとするフランス軍はオーストリア方面を激しく攻め立て、1809年には遂にウイーンを陥落させたのでした。そのような時代的な背景もあって、ハイドンはこの作品を戦時のミサとしてスコアに描き込んでいたというのですが、その気持ちもわかるような気がいたします……。

 さて「戦時のミサ」ですが、この作品はミサ曲というだけにとどまらず、純粋に作品としても魅力的ですし立派です。まず、キリエ冒頭のなごやかで落ち着いた合唱からしてハイドンの優しさと度量の大きさを感じますね……。主部は生き生きとしたリズムと無垢なメロディが心地よく、連続して現れる主題の展開の見事さに息をのみます。何という天才的な筆の冴えなのでしょうか!

 グロリアやクレドの無垢で多彩な迫力も充実していていますが、感動的なのはアニュス・デイでしょう。 祈り、悲痛な想い、回想やら、様々な情感が込められたこの音楽はティンパニの音と共に刻々と表情を変えつつ、決然たる意志と勇気を導き出していきます! 全体を通して苦難の時代のミサ曲といえども決して深刻になったり暗くならないところがハイドンの偉大なところかもしれません!



透明感あふれる
ガーディナー盤と
立体的なリリング盤

 演奏でメリハリが効き、純粋に聴いていて美しく飽きさせないのはジョン・エリオット・ガーディナーとモンテヴェルディ合唱団のCD(Philips)でしょう。
特にキリエの絶妙なハーモニーの美しさに加え、聴かせどころをしっかりと捉えた表現は最高です!

 グロリア、クレド、サンクトゥスもまったく窮屈さを感じることがありませんが、特に素晴らしいのはアニュス・デイ! 静かで深い祈りに満ちた声の響きが陰影を伴って作品の魅力を際だたせていきます。 ファンファーレのように鳴り響くアレグロの部分も熱気を帯びながら聴く者を興奮の渦に巻き込んでいきます。

 立体的な音の構築が素晴らしく、音楽を聴く喜びでいっぱいに満たしてくれるのがヘルムート・リリング指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団およびゲヒンゲン聖歌隊(ヘンスラー)の演奏です。細部の表情こそガーディナー盤に一歩譲りますが、密度の濃い声の響きや安定したハーモニー、柔らかく強靱なオケの音色は何度聴いても飽きませんし、ハイドンの音楽の魅力に改めて気づかせてくれる演奏と言ってもいいでしょう! ソリストもそれぞれに素晴らしいのが特徴です。



2015年8月21日金曜日

リリングのヘンデル「サウル」









作品の懐の深さを実感する
リリングの演奏

 特別な理由はありませんが、最近盛んに聴いているのがヘルムート・リリング指揮のヘンデルの「サウル」(ヘンスラー)です。この「サウル」の特徴を一言で言えばモダン楽器によるCD2枚組盤ということになるのでしょうか。オリジナル楽器の演奏に慣れ親しんだ人にとっては、少し特殊に感じるかもしれませんが、私にとっては大満足とまではいかなくとも充分に納得できる演奏でした。
 また、「サウル」は「メサイア」や「ソロモン」と違い、曲が重厚で劇的に作られているため、オリジナル楽器よりモダン楽器を使ったダイナミックな表現がよくあうのかもしれません。

 それにしても「サウル」は聴けば聴くほど新たな発見と感動に心が穏やかでなくなる凄い曲です。演奏に多少綻びや物足りなさがあったとしても、つまらないということがほとんどありません。それは「サウル」が作品としてよく出来ているからなのでしょうし、音楽の懐の大きさや芸術的な輝きがそれを充分に補ってくれるからなのでしょう。

 リリングの「サウル」は意欲的な演奏で、様々な試みを採り入れています。たとえば序曲の変奏曲でブロックフレーテが中間部を歌ったり、終結部の合唱でブロックフレーテを絡ませて壮大な響きの中にも純粋無垢な響きを表出しようとしているのですが、「新鮮で面白い表現だ」と支持する方もあれば、私のように「サウルの世界観には軽くてふさわしくない」と否定的な想いを持たれる方もいらっしゃるでしょう……。このあたりの表現はきっと賛否両論分かれるのでしょうね。

 しかし演奏そのものは大変充実していて、シャープで明確、しかも要所要所での歌わせ方が曲によくマッチしているため音楽の魅力を充分に堪能できるのです。ややもするとモダン楽器の演奏は重たく鈍くなりがちなのですが、リリングはそれを極力軽減してオリジナル楽器流の透明感を保ちながらモダン楽器ならではの彫りの深い演奏を目指したことが伝わってきます。ちなみに第1幕を聴いた途端にあれよあれよという間に音楽にのめり込んでいく自分がいました……。

 2枚組ということで音楽がコンパクトに収まり聴き易いメリットがある反面、曲の聴き所を切り捨てざるを得ないデメリットがあるため指揮者としてはなかなか難しい選択を迫られるところかもしれませんね。リリングは全曲をあえて演奏するより、集中力を切らさずに全曲を聴いてもらおうという意識に転換したのかもしれません。



ドラマを盛り上げる
抜群のキャスティング

 キャスティングは全般的に優れていて、それぞれが「サウル」の人間ドラマを雄弁に表出していることに驚かされます!

 特に素晴らしいのはサウルを歌うマルクス・アイヒェでしょう。アイヒェはヴァグナー歌手として最近注目を集めている人ですが、この「サウル」を聴けばそれも充分に納得していただけることでしょう。自己顕示欲が強いものの、嫉妬に狂い苦悩に沈むサウルの胸の内が伝わってくるようですし、その存在感のある声の響きは最高です。
 ダヴィデを歌うダニエル・テイラーの気品のある声の美しさや知的で繊細な表現も役柄にピッタリですし、ミカル役のはキルステン・ブレイズも人間味ある美しい声で魅了してくれます。

 キーポイントの合唱を担うシュトゥットガルト・ゲッヒンゲン聖歌隊は声のバランスや透明なハーモニーを重視するというよりは、それぞれのシーンにふさわしい性格描写や表現を第一に考えているようです。したがって第一幕の合唱は壮大なスケール感を表現しようとするあまり、時に力みを感じるように聞こえなくもありません。

 しかし、第3幕でのサウルの死を悼む情感豊かな表現や新しい出発を誓う共感に満ちた祈りの表現は圧倒的に素晴らしく、合唱のエキスパートとしてオラトリオ、声楽曲で幾多の名演奏を残したリリングの音楽性の高さを痛感させられます。

 結論としてリリングの演奏はなかなか素晴らしかったです。しかし古今東西のあらゆる演奏を含めて現時点で「サウル」の演奏はまだまだ極め尽くされていないということを実感いたしました。改めてこの曲に込められたヘンデルの深い意図と想いが伝わってくるようです!


2015年8月3日月曜日

ラウル・デュフィ 『クロード・ドビュッシーへのオマージュ』










センスあふれる色彩や線
自由な着想

 ラウル・デュフィの絵を見ると、いつも洗練された典雅な世界を感じます。

 彼の絵はいつも無味乾燥な日常に潤いを届けてくれますし、センスあふれる色彩や線、自由な着想はクリエイティブな感覚を刺激します。仮にそれがデザインや挿し絵として用いられたとしてもたぶん違和感なく、すんなりと媒体に溶けこむのでしょう……。
 いつも言うことですが、ボナールやマルケと同様にデュフィの絵を家の壁に飾ったら、どれほど部屋が明るくなることか……。

 堅苦しい表現を極力抑えた画風や感覚的な絵の特徴はそのまま彼の絵の魅力そのものなのです。 
 少なくともデュフィの絵にはユトリロやモディリアーニの絵に見られるような壮絶極まりない表現は似合いませんし、見当たりません。そのかわり何とも言えない五感を優しく刺激する色彩のハーモニーや柔らかな線のリズムが私たちを何とも言えない幸福感で満たしてくれるのです。

 『ドビュッシーへのオマージュ』は画家の晩年の作品ですが、絵がまったく枯れていません。それどころか形式にとらわれず、感性や閃きを具体化したような響きあう色彩のイメージは若々しい感性に満たされています。
 デュフィの絵をよく見ると形や線は色彩のイメージを引き出すための補助的な役割しか果たしていないことに気づかれることでしょう。なのに、柔らかくリズミカルなタッチで描かれた線は多くのことを語り、様々な表情を見せてくれるのです。




2015年7月26日日曜日

バート・ハワード 「Fly Me To The Moon」










多くの歌手たちが
カバーする永遠の
スタンダードナンバー


 「Fly me to the moon」は不思議な魅力を持った曲です。1954年にアメリカの作曲家バート・ハワードによって作られたジャズのスタンダードナンバーですが、歌詞も曲も気が利いているし、抜群の雰囲気と創造性にあふれているために様々なジャンルの音楽やアレンジに対応できるし、現在も盛んに歌われています。

 多くのアーティストがアルバムのカバー曲として挿入していることからも、いかにこの曲が支持され愛されているかを物語っていますね……。

 しかし、「月へ連れて行って」という意味を持つこの曲を歌手がどのように理解し受けとめるかによって曲のイメージはガラリと変わってきます。
 フランク・シナトラ、ジョニー・マティス、ジュリー・ロンドン……とあげればキリがないほど錚々たる顔ぶれが出てきますが、驚くほど解釈や歌い方が違います。それが名曲と言われるゆえんなのかもしれませんが……。

 私が何度も聴きたいと思った録音は一つしかありません。1960年代に収録されたトニー・ベネットのものがそれです。
 トニー・ベネットは1960年代に「霧のサンフランシスコ」や「Who Can I turn to」 等のムーディーな歌声で魅了してくれた大歌手ですが、彼は80歳をとうに超えた今も第一線で活躍するエンターティナーです。

 

憂いの想いが伝わる
バラード調のベネット

 さて、ベネットの「Fly me to the moon」ですが、これがやはり想像を絶する出来映えです。おそらく私が記憶する限り、最も心に深い余韻を残す歌であることは間違いありません。

 何よりバックのピアノやサックス、ストリングスとの絡みがベネットの歌とよくマッチしていて、ムードを盛り上げます。特にピアノをバックに口ずさむように歌う前奏の部分が、大人の心のゆとりを感じさせてセンス満点ですね!

 スローテンポのバラード調で歌い始めるのですが、少し哀愁を含んだ陰影のある声のトーンに魅了されてしまいます。ひとことひとことに強い主張があり、声に癖や歪みがないだけに、曲のテーマとする憂いの想いがストレートに伝わってくるのです。







2015年7月21日火曜日

ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68(2)























ブラームスの魅力が
ぎっしり詰まった傑作!

 ブラームスは交響曲を全部で4曲作っていますが、どれも精神的、技法的に手が込んだ力作、傑作揃いですね。中でも第1番はベートーヴェンを意識した作品だけあって、完成までに約20年の歳月を要した超力作で傑作です!

 重厚かつドラマチックな性格を持つ作品だけに有名な第1楽章の運命的な主題に思わず力が入り、第4楽章の勝利の凱歌に胸を熱くしたりしたものです。

 でも私がこの作品を愛するのは中間の第2、第3楽章の存在が大きいですね。あまのじゃくでも何でもなく、とにかくブラームスの交響曲の中ではこの2つの楽章がたまらなく好きなんです……。特に第3楽章グラツィオーソの空を駆け抜けるように自由で颯爽としていて、なおかつ心地よい風が吹く雰囲気は最高ですね! とにかく変な力が入ってなくて、ブラームスとしては異例の流れの良さと音楽的な充実感が最高なんですね! さわやかでありながら包容力にあふれていて魅力は尽きません。

 第2楽章もブラームスらしい陰影に満ちたテーマや叙情的な響きが満載です!他の楽章に比べると、随分と地味なイメージの強いこの楽章ですが、ブラームスらしい切なく美しい情感に満ちています。

 最初にファゴットや弦楽器で半音階進行に伴う主題が奏でられると、不安や孤独、傷心の想いをひきずりつつ、ためらうかのようにゆっくりと音楽は進行していきます。その味わいは深く、次第に希望的な色彩を帯びながら憧れの心を奏でていくのです。




ミュンシュの永遠の名盤をはじめ、
タイプの異なる名演奏

 シャルル・ミュンシュがパリ管弦楽団を指揮した1968年の録音(EMI)はほとばしるような情熱と気迫が刻み込まれたドラマチックな演奏ですが、やはりこの演奏は今でもブラームス1番の原点と言えるでしょう!
 私がお気に入りの第2、第3楽章も非常に味わい深く、この演奏があれば他は要らないといってもいいくらいです。


 これからブラームスを聴こうという人にピッタリなのがジュリーニがロスフィルを指揮した録音です。どこもかしこもバランスが良く、歌にあふれ、叙情的かつ格調高い響きが最高に心地いいです。やはり第2、第3楽章が秀逸ですね。ミュンシュのような壮絶な響きこそありませんが、1番に願われる響きがある意味最も理想的な形で表現された演奏かもしれません……。

 逆にチェリビダッケのCDはブラームスを聴きこんだ人にはきっと多くの示唆と感動を与えてくれることでしょう。呼吸が深く、テンポも非常にゆっくりのため抵抗を感じる人も多いでしょう。しかし曲の本質をピタリと捉えた造型や深い響きは何度聴いても飽きることがありません。第2楽章や第3楽章も相変わらずのスローテンポですが、それなのに音楽から伝わる情報量の多さといったらどうでしょう!
 ライブですが、音質も良好で細部の表情の美しさや楽器の奥行きある響きを満喫できます。




2015年7月13日月曜日

ベートーヴェン 交響曲第6番へ長調「田園」作品68(3)




























自然と人との
崇高な関係を描いた傑作

 自然はいつの時代も人間に有形無形の贈り物を届けてくれます。心に記憶を留めたり、感性を育んだりする上で自然は計り知れないほどの恩恵を与えてくれますし、自然と関わりを持たずに生きることは不可能でしょう。

 私たちは自然のあるがままの美しい姿を未来へつないでいく大切な責任があるのかもしれません。

 「人間と自然」……。
 切っても切り離せない永遠の関係を音楽として表現した作品は実は数えるほどしかありません。
 その一つは言うまでもなくベートーヴェンの交響曲第6番「田園lですね。改めて全曲を通して聴くと、こめられたメッセージの崇高さや懐の深さを痛感せずにはいられないのです。まさに汲めども尽きない泉のような作品こそ「田園lの魅力と言ってもいいでしょう。

 この曲の偉大なところは自然の美しい姿を描いたことではなく、自然と人との崇高な関係を描いたところにあります。
 ベートーヴェンは風や光、自然の情景や移ろう季節の様子に神の声を聴いたと彼自身の手記に記録していますが、「田園lはその言葉通り、神が与えてくれた豊かな自然の恵みを高らかに賛美し謳歌しているのです。

 それにしても何と叡智と感謝に満ち満ちた作品なのでしょうか!特に第2楽章や第5楽章フィナーレを貫いているテーマは自然と語らい、自然と一体になることの尊さを伝えるかのようです。大地は絶えず呼吸し、愛の光を放ち、私たちをすっぽりと包み込んでいることをベートーヴェンは音楽で言い尽くしているではありませんか。

 ブルックナーの8番や9番も聴くたびに新たな発見がありますが、この作品の愛に満ちたメッセージの数々は格別ですね……。



往年のマエストロたちが
残した名演奏

 「田園」は交響曲第3番「英雄」や第5番「運命」、第9番「合唱」のように激しく闘争的なテーマがないため、とかく安全運転をすれば何とかなると思われがちですが、それはとんでもない間違いです。演奏によって曲の魅力や本質が語りはじめたりする場合もあれば、失われたりするケースも少なくありません。とにかく油断できない作品なのです。

 演奏でまずお薦めしたいのは、カール・ベームがウィーンフィルを振った1976年の録音(グラモフォン)です。この作品の根底にある格調の高さを最も歪みなく表現しています。金管楽器、ティンパニ等の生々しい響きはもちろん、ウィーンフィルの持ち味である柔らかさに迫力を付け加えた充実度満点の演奏です。

 ブルーノ・ワルターがコロンビア交響楽団を振った1958年の演奏(CBS)はさわやかで個々の楽器の味わいを最大限に曲調に生かしたオーソドックスな名演奏です。雄弁で温もりのある響きを生み出しつつも重々しくならないところが素晴らしく、今後も田園のスタンダードナンバーであり続けることでしょう。

 ウィルヘルム・フルトヴェングラーが収録した1952年のウィーンフィルとのスタジオ録音(EMI)も忘れられません。特に第1楽章のスケール雄大で奥行きのある響きの凄さ! フルトヴェングラーは楽しいとか爽やかなイメージには決してとらわれていないのです。
 自分のスタイルを崩さず正攻法で押し通し、曲の本質を逸脱しないフルトヴェングラーの表現力には舌を巻きます。そのためあらゆる部分から瞑想や祈りが彷彿とされ、ベートーヴェンの音楽の懐の大きさを改めて実感するのです。

 セルジュ・チェリビダッケが指揮するミュンヘンフィルとの演奏(EMI)は超スローテンポの個性的な演奏です。しかし、「田園」の場合はそれが曲の持ち味とマッチしているため違和感がありません。フルトヴェングラーの時と同じように、曲の大きさがそれを救っているのですが、雰囲気も満点で楽器の響きの彫りの深さや奥行きのある表現が最高です。