2013年5月4日土曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595








 皆さんはモーツァルトの音楽で一番肩の力が抜けた作品と言えば何を想い出されるでしょうか?  おそらくその最右翼としてあげられるのが晩年のクラリネット協奏曲やピアノ協奏曲27番K595だと思います。
 この2曲は表向きは明るい曲調なので喜びにあふれた快活な曲と思われがちですが、実際はとても喜びを表現したとは言い難い作品です。ひとことで言えば「諦観の音楽」と言っていいのでしょう…。モーツァルトの音楽の中では異色の作品といってもいいかもしれません。

 特にピアノ協奏曲27番の透明な詩情はそれまでのピアノ協奏曲とは明らかに一線を画するものです。 融通無碍の境地と言っていいのかどうかわかりませんが、「もはやこの世に何の未練もありませんよ……」と言わんばかりに展開されるモーツァルトの清澄な音楽がとても印象的です!

 晩年のモーツァルトは多額の借金を抱え、生活は哀れなくらいに困窮を極めていたといいます。それでもいざ作曲するとなるとこんな凄い作品を生み出してしまうのですから、改めて天才で根っからの音楽家なのだなと思いますね…。

 かつてのピアノ協奏曲で聴かれた無垢で色彩感溢れるモーツァルトの姿はもはやここにはありません。最期の年に作曲されたK.595はモーツァルトの魂が地上と天界の間をさまよっていたのでは…。そう想わせるほど神々しい光を放ち、透明な詩情が全編を覆っているのです。

 第1楽章の出だしはいつもの輝かしいピアノ協奏曲の始まりとは明らかに異質のものです。翳りに満ちた表情で静かに始まる独特の雰囲気が何とも言えません。その後の展開部でも情熱や気迫、流麗とは無縁な静かな諦観が曲を一貫します。じわじわと押し寄せる枯れた味わいが静かな晩秋の情緒を想わるではありませんか……。

 第2楽章もあらゆる呪縛から解き放たれた瑞々しい詩情が最高ですね……。ピアノに絡む木管が相変わらず美しく、瞑想や可憐な微笑みが浮かんでくるようです。

 幼い頃の美しい記憶が走馬灯のように心地よいリズムとなって展開される第3楽章も深く胸に染みます。いつしか音楽は何気ない戯れから無限の高みへと舞い上がっていくのです……。

 演奏はステレオ初期に録音されたバックハウスのピアノとベーム指揮ウイーンフィル(Decca)の演奏が今もってベストと言っていいでしょう。モーツァルトとしては形にこだわらない異色の作品が結果としてはバックハウスやベームにぴったりのスタイルとなったのに違いありません。無理に誇張したりすることなく、音楽は自然な流れの中でこの曲から最高に深い意味を伝えてくれます。


2013年4月27日土曜日

シューベルト『楽興の時 D780』








 シューベルトはよく孤高の作曲家と言われます。稀に見る美しいメロディや詩的な音楽の雰囲気がそのように呼ばれるゆえんなのでしょう。特に歌曲やピアノソナタでの揺れ動く感情、絶妙な転調は心を揺さぶります。
シューベルトはまさに音楽と詩を最初に融合し歌曲の領域を切り開いた音楽詩人だったのです。このことだけでもシューベルトの名は永遠に名を残すことになるでしょう。お分かりのようにシューベルトの作品には絶えず詩的な情感が漂っています。それは歌曲に限らず、「未完成交響曲」、「冬の旅」、「白鳥の歌」、「即興曲」等の至高の音楽でもそれらの特徴が顕著に現れているのです。

「楽興の時」も詩的な雰囲気を伴ったいかにもシューベルトらしい作品ですね。朴訥とした飾り気のない表情が親しみやすく、語りかけるような曲調が心に残る音楽です。第1組曲からのどかで穏やかな主題に心惹かれるのですが、展開部では次第に望郷の詩のように孤独と憂愁がないまぜになりつつ胸のうちを痛切に表現していきます。第2組曲ではさらに寂寥感が増し心の想いを伝えていくのです。

第3組曲はいろんなところで独立して使われることの多い名曲です。短い音楽ですが、その中に込められた崇高なメッセージはシューベルト以外には作れないかもしれません。とても魅力に溢れた一遍ですね!「楽興の時」は深刻で暗い影がつきまとう作品ではないので、比較的聴きやすく演奏も比較的容易な人気曲といっていいでしょう。

演奏はバックハウスの(Decca)録音が人生の詩と言えるような味わい深い名演です。バックハウスのタッチは決してスマートではありませんが、ベートーヴェンのような厚みのある音から聴こえる深い表現は別格的な素晴らしさです。「楽興の時ってこんなに素晴らしい作品だったのか…」と感じていただけるかもしれません。





2013年4月20日土曜日

ダヴィッド「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式」






 この絵、とにかく凄い絵だという噂は前から聞いておりました!
 何が凄いのかというとまず最初に挙げられるのが桁違いの大きさでしょう!横が約9メートル30センチで縦が約6メートル30センチもあるというのですから、一体人間何人分に相当するのでしょうか…!?。一度目の当たりにすれば誰もがその壮大なスケールに圧倒されるといいます。この絵があるパリのルーブル美術館の中でも屈指の巨大な絵なのです。

 二番目としてはフランスの運命を変えた「ナポレオンの戴冠式」という歴史的な瞬間を描いた絵であることです。もちろん当時は写真などありませんから、歴史の重大な史実を記録するにはダヴィッドのような力量のある画家がとても重宝されたのでしょう。これだけでも、この絵は充分に価値があるといっていいでしょう。
 ナポレオンの生涯を辿るテレビのドキュメンタリー放送では必ずといっていいほどこの絵が出てきます。いわばナポレオンといえば“これ”というくらいの定番なのです!

 ただ本来であれば皇帝の戴冠式なのですからローマ教皇からナポレオンに冠が授けられるはずなのです……。しかしよく見ると、あれれ?戴冠しているのはローマ教皇ではなくナポレオンではないですか!? しかも冠を授けようとしているのは何と妻のジョセフィーヌなんですね……。つまりナポレオンはいかに皇帝としての権威が絶対的であって、それに対してはローマ教皇も口を出せないということを絵で演出したかったのでしょう。(ダヴィッドはナポレオンのお抱えの画家だったそうです)

 さまざまなエピソードに彩られたこの絵ですが、純粋に絵として鑑賞してももちろん素晴らしいです。たとえば宮殿に整然と並んだ人々の姿を浮かび上がらせる厳かな光と影のコントラストは大変美しいですし、得も言えぬ威厳と気品が伝わってきます。まさにこの一大イベントを最高にドラマチックに演出した作品であり、ナポレオン自身もこの絵には最大限の賛辞を惜しまなかったといいます……。


2013年4月18日木曜日

映画「舟を編む」


地味でマニアックだが面白い映画




 先日、映画「舟を編む」を見てきました。原作は三浦しをんさんの同名の小説です。 
 この小説は2012年の本屋大賞を受賞したということですが、映画を見ると「なるほどね!」と思わず納得してしまいます…。
 辞書編纂に没頭する人たちの物語で、とにかく一風変わった面白い映画でした。ここには凄腕の編集者やディレクターという類いの方々は出てきません。皆ちょっと個性的な愛すべき変人たちの集まりなのです。しかし、彼らは三度の飯より辞書の言葉集めや用語の注釈をすることが好きでたまらない人たちなのです!

 辞書の発刊は大変だということは漠然と分かっていたつもりだったのですが、その気が遠くなるような長期の作業期間には正直驚きました。映画の中でも出てきますが、「少なく見積もっても10年、長ければ30年もかかる」という発刊までの作業工程はおそらく常人ではできる作業ではないでしょう。要するにそこまで念入りな作業を経ないと世には出せないということなのかもしれません。この映画はいわゆる感動的とか人間の深い心の交流を描いたものではありませんが、地道に作業に没頭する姿からはこんな生き方もあるんだなと別の意味で感心させられる不思議な映画ですね。

 現代もこのような超アナログ的な作業が脈々と受け継がれていることへの新鮮な驚き……。もしかしたらこういう人たちこそ、文化の底流を支え絶やさないように苦心惨憺される方々なのかもしれないと思うことしきりでした。

 キャストはとてもいいですね!コミュニュケーション能力がなく営業をクビになり、辞書編纂部に配属された真面目一徹の馬締光也に扮する松田龍平がいい味を出しています。それを取り巻く配役も魅力的で、ベテランの編集者で辞書をライフワークのようにしてきた荒木役の小林薫、先輩で軽いノリだが渉外がうまい西岡役のオダギリ・ジョー、片時も用例採集カードを手放さない学者役の加藤剛、それぞれが本当に役にハマっていて、いささかも違和感が無く見事に演じきっているのに驚かされました。



2013年4月13日土曜日

マルケ 「ナポリ湾」






 この人の絵を見るたびに卓越した情景描写の持ち主だなあと感心してしまいます……。絵の描法そのものにはまったく無理がないのですが、細かな空気感、光の柔らかさ、波の穏やかさ、空の厚み等々、口ではなかなか説明できない見たままの感動や写真では伝わらない臨場感が見事に伝わってくるのですね!人間の目や心に伝わる情報量というものをマルケは熟知していたのでしょう。マルケ独特の感性のフィルターを通して取捨選択された線やフォルム、色彩が実に説得力があるし潔いです…。

 この「ナポリ湾」も初期の素晴らしい作品のひとつと言っていいでしょう。1909年にイタリアのナポリを旅したときの連作かと思われるのですが、生き生きとした波のタッチや空や雲の表情、省略された人々の姿がこの光を浴びたナポリ湾の一瞬の情景を静かに感動的に伝えてくるのです。




2013年4月10日水曜日

モーツァルト ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K.364






 これは本当によく出来た作品ですね。モーツァルトにしてはかなりナイーブな曲調で叙情的なメロディを多分に持った作品と言っていいかもしれません。そのため、「モーツァルトらしくない」とか「どうも気が重くなる」と仰る方もいらっしゃるようです……。
 しかしヴァイオリンとヴィオラがお互いに言葉を交わすように、ある時は互いの楽器の音色を補ない相乗効果を出したり、ある時は寄り添うような芳醇なロマンの詩であったり……、まさに楽器の持ち味を知り尽くしたモーツァルトならでの名曲と言えるでしょう。  
 特に第二楽章の悲しみを堪えた切々とした響きはヴァイオリンとヴィオラの組み合わせだからこそ出し得た名旋律ですね!

 第一楽章冒頭で軽やかな管弦楽の響きに、ささやくようなヴァイオリンとヴィオラの響きが絡むと既にそこには柔らかな光や風が満ち溢れているではありませんか!曲が進むと色調や装いを少しずつ変えながら内省的になったり、光と影のコントラストを表出しながら曲は次第に深化していくのです。

 それが更に徹底されたのが第二楽章アンダンテでしょう!前述のようにヴァイオリンとヴィオラはモーツァルトには珍しくロマンティックな響きと言ってもいいくらい哀愁と憂いに満ちたメロディを奏でています。それは心にぽっかり空いた穴を埋めることができないまま悲しみに打ちひしがれるモーツァルトの姿のようでもあるし、崇高なエレジーのようでもあるのです。ここではモーツァルトは詩人のようにあらゆるものにきめ細やかな感情移入をしながら豊かなニュアンスの花を咲かせているのです。

 第三楽章プレストは前楽章の沈鬱な雰囲気を振り払うような明るく軽快なリズムに支えられた楽章です!前の二つの楽章に比べるとあまりにもあっさりしているのでは……と思う方がいらっしゃっても決して不思議ではありません。しかし決して軽い音楽なのではありません。いい意味で吹っ切れているのです。希望を捨てず、あるがままの自分を受け入れようとするモーツァルトの確固とした意思の力があらゆるフレーズに漲っているのです。

 この作品はギドン・クレーメルのヴァイオリンとキム・カシュカシャンのヴィオラ、ニコラウス・アーノンクール指揮&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(グラモフォン)がフレッシュな響きがたまらない最高の名演奏です!クレーメルやアーノンクールは本来クールな表現が持ち味だけに、この作品も本質的には近未来的なモダンな演奏となっています。
 しかしその表現に何の違和感もないどころか、新しい発見や魅力をもたらす結果となり、さらには新しいモーツァルト像を鮮明に打ち出しているところが素晴らしいですね!クレーメル、カシュカシャンのソロももちろん素晴らしいし、アーノンクールの指揮もよそよそしいところがなく最高のエンターテイメントを成し遂げているのです。




2013年4月5日金曜日

アーウィン・ブルーメンフェルド 美の秘密









  かつてアメリカの女性ファッション誌「ヴォーグ」の表紙写真やファッション・ポートレート等で全盛時代を築き、その後も多くの写真家に影響を与え続けたブルーメンフェルドの個展が東京都写真美術館で開催されています。
  今回展示している作品(特にファッション写真)はカラー写真の色あいが経年劣化しているということらしいのですが、復元加工されたらしくまったく気になりませんでした。むしろ当たり前のことかもしれませんが、構図のとりかたが秀逸で静寂の中にも動きがあり、古さをまったく感じさせません。色彩も華美にならないかわりに、ときおりハットするような美しいアクセントが置かれているのです。とにかくシンプルであり、エレガントなのです。
  ダダイズムの表現を取り入れた前衛的な手法を撮影の基本に置いた彼ですが、そのような時代を先取りした感覚がハイセンスなイメージをモットーとするファッション誌の表現にはよくマッチしていたのかもしれませんね……。
  ヴォーグの表紙は1950年代前半ぐらいからの表紙イメージが展示されているのですが、正直言って現代のものよりもずっと洒落ていて魅力を感じます。皆さんはいかがでしょうか?

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アーウィン・ブルーメンフェルド美の秘密

会 期  2013年3月5日 ( 火 ) ~ 5月6日 ( 月・祝 )
休館日  毎週月曜日(休館日が祝日・振替休日の場合はその翌日)
            ※4月30日(火)は臨時開館
料 金  一般 800(640)円/学生 700(560)円/
            中高生・65歳以上 600(480)円

           ( )は20名以上団体および東京都写真美術館友の会、当館の映画鑑賞券ご提示者、
            上記カード会員割引(トワイライトカードは除く)/ 小学生以下および
     障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料/第3水曜日は65歳以上無料


『ハーパース・バザー』や『ヴォーグ』等のファッション誌を中心に、第一次、第二次世界大戦を挟んで活躍した、アーウィン・ブルーメンフェルド(1897-1969年、独→米)の国内初の個展を開催します。欧米ではファッション・ポートレイト全盛期の旗手としてポンピドゥー美術館(パリ、1981年)、バービカンセンター(ロンドン、1996年)の個展などで高い評価を得ているブルーメンフェルドですが、重要な作品が各国の美術館に散在していることから、これまで日本国内で全貌をご紹介する機会がありませんでした。今回、ブルーメンフェルドのご遺族、関係者によって、1930年代のヴィンテージ・プリントや作家自身が選出した名作100点、カラー復元された美しいファッション写真などが集められました。本展覧会はパリのジュ・ドゥ・ポーム美術館に先んじて、それらの資料から独自の視点で構成した約290点(資料含む)の作品群をご紹介する貴重な機会です。シュルレアリスムからヌード、ファッションまで網羅し、多くの写真家に影響を与えたブルーメンフェルドの表現ですが、その陰には二大戦に翻弄され、時代に応じて活動の場を選択せざるを得なかった作家の苦悩が存在します。作家の活動を通し、時代背景、思想などに視点を向けると、美しい表現の根底にある精神が見えてくるのです。華やかな作品に隠された美の秘密をぜひ探してみてください。(公式サイトより)