2011年10月11日火曜日

プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影


激動の時代を描いた天才画家・ゴヤ

着衣のマハ(1807〜1808、油彩/カンヴァス)


日傘(1777、油彩/カンヴァス)




16世紀のエル・グレコ、17世紀のベラスケス、18世紀のゴヤ、ムリーリョ、20世紀のピカソ、ミロ、ダリ…とスペインは各時代において比類なき天才たちを輩出してきました。今回、東京・上野の国立西洋美術館ではプラド美術館の貴重なコレクションから選りすぐったフランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)の作品72点(油彩25点、素描40点、版画6点)が公開されます。 
ゴヤの作品は当時のスペインが置かれた時代背景が強く反映しています。カルロス4世の首席宮廷画家としての優雅な肖像画を数多く残した時代から、スペインがフランス軍の侵略により事実上ナポレオンの統治下に置かれた時代は民衆の悲惨な現実を描いた作品が多く残されました。
今回の展覧会では素描が約半数以上を占め、彼が創作の原点としてきたものは一体何だったのかを垣間みることが出来るかもしれません。




【プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影】
会  期:2011年10月22日(土)~2012年1月29日(日)
会  場:国立西洋美術館[東京・上野公園]
開館時間:午前9時30分~午後5時30分(毎週金曜日)午前9時30分~午後8時
              ※入館は閉館の30分前まで
休館日 :月曜日(*ただし、1月2日、9日は開館)、
              12月28日(水)-1月1日(日)、1月10日(火)
主  催:国立西洋美術館、国立プラド美術館、読売新聞社
後  援:外務省、スペイン大使館
観覧料金:当日:一般1,500円、大学生1,200円、高校生800円
              前売/団体:一般1,300円、大学生1,000円、高校生650円
              ※前売券の発売は2011年9月1日(木)から10月21日(金)まで。
              美術館では10月20日(木)まで販売。10月22日(土)からは当日券販売。
              ※美術館窓口以外の前売券販売場所は展覧会特設サイトをご確認ください。
              ※団体料金は20名以上。
              ※中学生以下は無料。
              ※12月20日~1月9日は高校生無料。
              ※心身に障害のある方および付添者1名は無料
              (入館の際に障害者手帳をご提示ください)


お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

人気ブログランキングへ

2011年10月7日金曜日

イングマル・ベルイマン 野いちご



Smultronstället 1957


授与式前日の恐ろしい夢と
愛に飢え乾いた孤独な人生

  普段、私たちは時間に追われたり、日常の雑多な出来事に振り回されたりしています。でも自分自身を振り返ることはあまりないのではないでしょうか?

 あるいは、潜在的に自分自身をあまり振り返りたくないと思っているのかもしれません。でも誰もが人生の節目を迎えると「はた」と思い当たることだし、心の奥底では絶対に避けては通れないことなのだとはっきり自覚しているのです。

 「野いちご」の主役、老教授イサクもまさにそのような状況に立たされていたのでした。彼は医学名誉学位の授与式の前日に恐ろしい夢を見ます。その夢があまりにも恐ろしかったことから我に帰り、走馬灯のように屈折した様々な過去が蘇っていきます。

  イサクは医学の分野では大きな功績を積み、人からは一応尊敬されてきたけれど、実際は愛に飢え渇いた空虚で孤独な人生だった事を再認識するのです!ついには自分自身の人生を「それが一体何だというのか……。私の人生は人としてどれだけの意味があったのだろうか?」と、軽蔑したり後悔したりするのです。

 これはとても他人事とは思えないリアリティにあふれたテーマではないでしょうか。イサクの動揺や孤独は深刻なほどで、様々な名誉や称賛、肩書きも自分の死とともに、音を立てて崩れ去っていくのでは……。という虚無感が拡がっていくのです。それは夢と現実が交錯する様々な幻想的なシチュエーションによって更に効果的に描かれていくのです。

 しかし、この映画では今まで心に留めることさえなかった人々との出会いを通して、イサクが次第に心を解放し、心の空洞やわだかまりが埋められていきます。ベルイマン監督のその過程に至るまでの丹念な描写が本当に見事です!
 全編を通してこの映画は静かな語らいの中で進行します。音楽や映像上の誇張はほとんどありませんが、そんなことをすっかり忘れさせるほど映像は格調高く詩的な味わいに満ち、この老人の辿ってきた人生を意味深く回想していくのです。


人間の内面に光を照らした
奇跡のような作品

 過去、これほど哲学的なインスピレーションに貫かれた映画は見たことがありません。人間の内面に光を照らした作品としては際立って優れています。たとえば、1人の人間の心の動揺や孤独を様々なエピソードやシチュエーションによって描き出すストーリーは絶妙です。ベルイマンの本質をしっかりつかんで離さない演出や脚本も見事ですが、何といっても老教授イサクを演じたヴィクトル・シェストレムの演技は素晴らしく、どこまでが現実で、どこまでが演技なのか見分けがつかなくなるほど役柄に没入しています。

  過去、映画名作選10傑というような特集が雑誌で組まれると、この作品は必ずといっていいほど選ばれたものでした。でもその理由も分かる気がします。確かに映像で人間の心の内面を描くことは至難の技なのです。ともすればありきたりのつまらない作品になったり、何を言いたいのか分からない作品になりやすいのです。
 けれどもベルイマンの場合は人間の永遠のテーマである生と死、欺瞞、絶望、孤独、愛、安らぎ等を等身大で丁寧かつ大胆な手法を用いながら表現をしていくのです。

 最近、ハリウッドの映画が全体的に貧弱になってきています。観客動員数、興行収入もいいのですが、肝心の内容がいま一つだと、その時はよくても結果的には映画離れを促進させることにつながりかねません。「昔は昔、今は今」、「見たくなければ見なければいんだよ」と言われればそれまでですが、商業路線が顕著にあらわれすぎているように思えて仕方がありません。どうも映画そのものの重みがなくなってきたように思います。

 そういう意味でもこの「野いちご」をご覧になれば、半世紀前にはこんな芸術的な映画もあったのか!と認識を新たにされるのではないでしょうか。良質で、何年たっても感動的に心によみがえる映画の登場が今の時代には願われているのかもしれません。





人気ブログランキングへ

2011年10月1日土曜日

モーツァルト 交響曲第25番ト短調K.183







目が眩むような激しいシンコペーションのリズムで始まるモーツァルトの25番小ト短調。この交響曲を1度聴いたら誰もが強い衝撃と共感を受けることでしょう!ご存知のとおり、第1楽章は映画「アマデウス」に使用されてから一躍有名になりました。CMに使われたこともあり、どなたも一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか。

この作品はモーツァルトがわずか17歳の時に書いた不朽の傑作です。こんなに凄い曲を10代の若さで書いた事も驚きですが、それ以上に凄いのは停滞する事なく一筆書きのように音楽を紡ぎ出す芸術的な感性の高さです。25番は徹頭徹尾、不要な音がなくキリッと引き締まった稀有な音楽なのです! 

たとえば、第1楽章冒頭の戦慄が走るテーマに驚く間も無く、次々に現れる不協和音と協和音のゆらめきが強く心を揺さぶります。第4楽章のフィナーレも第1楽章を上回るような心の嵐が吹き荒れます!第2、第3楽章の哀しみを宿命として受入れようとする健気な心も印象に残ります!

けれどもこんなに哀しく痛ましい音楽を書いてもやはりモーツァルトはモーツァルトなのです。忘れてはならないのがモーツァルトの純粋な魂の叫びでしょう!
彼の音楽はどんなに心に嵐が吹き荒れていようと、人の心に距離をつくりません。人を無下に突き放すことはないのです。彼の音楽は基本的には誰をも拒まず、人を信じ愛する気高い魂がいつも根底に流れているのです!これこそがモーツァルトの音楽が200年以上の時を超えて愛される所以なのでしょう。

演奏はブルーノ・ワルターの演奏が素晴らしいの一言に尽きます!この曲はブルーノ・ワルターにとって特別な曲だったようで、残された演奏は他の指揮者の演奏を大きく引き離しています。3種類のCD、コロンビア交響楽団(1954年)ニューヨークフィル(1956年)ウィーンフィル(1956年)はいずれも心技体すべて揃った素晴らしい演奏です。どれを選んでも間違いないでしょう!
コロンビア交響楽団盤はスタジオ録音なので最も聴きやすく、楷書風できっちりとしており、曲の全体像をつかむには一番適した演奏です。ウィーンフィルとニューヨークフィルの演奏はライブだけにさらに凄い集中力と魂のこもった演奏が聴かれます、テンポの動きも激しく疾風怒濤のようなすさまじい演奏が展開されます。ただ唯一残念なのがいずれもモノーラル録音しかないことです。




 人気ブログランキングへ

2011年9月27日火曜日

バッハ ピアノ協奏曲第1番ニ短調BWV1052




傍若無人な演奏を思いのままに実現





 バッハのピアノ協奏曲は普段はよほどのことがなければ聴かない曲です。なぜかと言えばチェロ組曲や無伴奏ヴァイオリンソナタのような突き抜けた面白さは無く、演奏ももう一つピンとくるものがなかったからです。そもそもピアノ協奏曲はチェンバロ協奏曲をそのまま楽器を変えてアレンジした作品なので、弾くほうにもそれなりのセンスが要求されるのです。
 しかし偶然20年ほど前に出会った演奏にはすっかり心を奪われてしまいました。それがシプリアン・カツァリスのピアノとヤーノシュ・ローラ指揮リスト室内管弦楽団によるものでした。

 何が凄いかというとそれは1にも2にもカツァリスの超絶的ピアノに尽きることになるでしょう。
 この作品でカツァリスはバッハの作品を少しも臆することなく、自分の信じた表現で傍若無人な演奏を思いのままに実現しているのです。

 彼の演奏の凄いところはすっきりとした古楽奏法や軽妙なタッチにはまったく目もくれず、ストレートに力強い音色を奏で、音と音とのがっちりとした有機的なつながりを実現しているところなのです!そのことが、音楽に決定的な存在感を与えているのです。
 特に凄いのが最初の2曲BWV1052、1056です。それにしても何という胸のすくピアニズム!繊細な和音の表情などよせつけない快刀乱麻の進行にただただ呆然と聴き入るのみです。しかも、瞬間瞬間に命をかけた潔い表現はとても格調高く、風格さえ漂わせるのです。

 多くのピアニストが細部の優美さにこだわるあまり、退屈に聴こえてしまうバッハのピアノ協奏曲をここまで透徹したピアニズムで一貫したカツァリスの表現力には驚かされます。それと同時に、バッハのピアノ協奏曲の作品としての魅力(特にBWV1052)を改めて証明してくれたカツァリスの功績は大きいと言えるでしょう。






人気ブログランキングへ

2011年9月23日金曜日

注目のコンサート・N響版


注目のコンサート・N響版



 今年2011年は東日本大震災を始めとして本当にいろんな出来事がありました。
つらい出来事が多々ありましたが、決して希望を失わないで日々を過ごしていきたいものですね……。そんな激動の2011年も、気がつけばいつの間にか秋まっただ中に突入しています。そこで今回は芸術の秋にふさわしいコンサートを紹介させていただきます。
とりあえずNHK交響楽団の演奏会から注目の演奏会を選んでみました。まず一つがアンドレ・プレヴィンの指揮するブラームスのドイツレクイエム演奏会です。最近、特に円熟著しいプレヴィンの振るタクトからどのような音楽が生み出されるか注目です。もうひとつは年末恒例のベートーヴェンの第九演奏会です。今年は巨匠スタニスラフ・スクロヴァチェフスキが指揮を担当します。今なお若々しい指揮姿を見せ、充実した音楽を聴かせてくれる巨匠のベートーヴェンは今から楽しみです。





ブラームス「ドイツ・レクイエム」演奏会/プレヴィン
1015 |  |  開演 6:00 PM  NHKホール
1709回定期公演 Aプログラム

ブラームス / ドイツ・レクイエム 作品45
指揮|アンドレ・プレヴィン
ソプラノ|中嶋彰子
バリトン|デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン
合唱|二期会合唱団



1016 |  |  開演 3:00 PM  NHKホール
1709回定期公演 Aプログラム

ブラームス / ドイツ・レクイエム 作品45
指揮|アンドレ・プレヴィン
ソプラノ|中嶋彰子
バリトン|デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン
合唱|二期会合唱団


ベートーヴェン「第9」演奏会/スクロヴァチェフスキ

1222 |  |  開演 7:00 PM  NHKホール
ベートーヴェン「第9」演奏会

ベートーヴェン / 交響曲 9 ニ短調 作品125「合唱つき」
指揮|スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
ソプラノ|安藤赴美子
アルト|加納悦子
テノール|福井
バリトン|福島明也
合唱|国立音楽大学

1223 |  |  開演 3:00 PM  NHKホール
ベートーヴェン「第9」演奏会

ベートーヴェン / 交響曲 9 ニ短調 作品125「合唱つき」
指揮|スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
ソプラノ|安藤赴美子
アルト|加納悦子
テノール|福井
バリトン|福島明也
合唱|国立音楽大学

1225 |  |  開演 3:00 PM  NHKホール
ベートーヴェン「第9」演奏会

ベートーヴェン / 交響曲 9 ニ短調 作品125「合唱つき」
指揮|スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
ソプラノ|安藤赴美子
アルト|加納悦子
テノール|福井
バリトン|福島明也
合唱|国立音楽大学

1226 |  |  開演 7:00 PM  NHKホール
ベートーヴェン「第9」演奏会 

ベートーヴェン / 交響曲 9 ニ短調 作品125「合唱つき」
指揮|スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
ソプラノ|安藤赴美子
アルト|加納悦子
テノール|福井
バリトン|福島明也
合唱|国立音楽大学
本公演はNHK/NHK厚生文化事業団主催のチャリティーコンサートです。

1227 |  |  開演 7:00 PM  サントリーホール
FUJITSU Presents N響「第九」 Special Concert

J.S.バッハ / トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
モーツァルト(リスト編) / アヴェ・ヴェルム・コルプス
J.S.バッハ(デュリュフレ編) / コラール「主よ人の望みの喜びよ」
ベートーヴェン / 交響曲 9 ニ短調 作品125 「合唱つき」
指揮|スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
ソプラノ|安藤赴美子
アルト|加納悦子
テノール|福井
バリトン|福島明也
合唱|国立音楽大学
オルガン|勝山雅世


人気ブログランキングへ

2011年9月18日日曜日

音楽がとびっきり印象的な映画



音楽がとびっきり印象的な映画

 映画に音楽は付きものですが、意外に心に残る音楽を伴う名画は少ないものです。そこで今回は私が勝手に選んだ音楽が印象的な映画BEST10をお届けしたいと思います!選んだ結果を見ると、「我ながら古い映画ばかりになってしまった……」感は否めません。どうぞそのあたりはお許しを!しかし、自分なりにジャンルを決めてランキングをつけるのは結構楽しいものですね‼







【ウエストサイド物語】
ニューヨークの若者たちの抗争をテーマに気だるい雰囲気を独特のリズム、リアルな楽器構成で高いレベルでまとめあげた傑作。若者のエネルギーや躍動が画面いっぱいにほとばしる!バーンスタインの吸い込まれるような音楽の存在感とメッセージ性は天下一品!

【シェルブールの雨傘】
台詞はすべて歌で構成されているが、その歌がことごとく映像にはまっている。映像と音楽のデリカシーに満ちた表現が甘美な世界を表出する。

【マイ・フェア・レディ】
音楽が楽しい!夢のようなファンタジーとコミカルな要素も満載!レックス・ハリスンやヘップバーンの個性やキュートな魅力が存分に引き出されている。

【サウンド・オブ・ミュージック】
「エーデルワイス」「ドレミの歌」「すべての山に登れ」等、スタンダードな名曲揃い。ストーリーは誰もがご存知のとおりだが、やはりこれだけの名曲が揃っていることとジュリー・アンドリュースの歌心には酔わされる!

【道】
ニーノ・ロータ作曲の哀愁を帯びた「ジェルソミーナのテーマ」が胸に突き刺さる。特にラストでザンパノが夜の浜辺で泣き崩れるシーンは忘れられない名シーン。

【死刑台のエレべーター】
マイルス・デービスのクールで底光りのする音楽が緊迫した雰囲気や登場人物の心理状態を絶妙に盛り上げる!

【ロシュフォールの恋人たち】
「シェルブールの雨傘」に続くドゥミー、ルグランのコンビによるミュージカルの傑作。ルグランの音楽はさりげなくスタイリッシュでありながら、生気に溢れ場面の描き分けも見事!



【わが谷は緑なりき】
ジョン・フォードの演出が光る作品。劇中で炭鉱夫たちが歌う合唱は強い共感を呼び越すし、場面ごとの処理も素晴らしい!静かに深く心に沁み渡る映画。

【シンドラーのリスト】
こんなにも重いテーマを妥協なく描き切ったスピルバーグの才能とヴァイタリティにはただただ頭が下がる。その映画をさらに印象的にしてくれたのがジョン・ウィリアムス作曲のテーマ音楽。スターウォーズやスーパーマン等の元気系の音楽で知られる彼がこんなにもしみじみとした名曲を作るなんて……。

【ニューシネマパラダイス】
この映画は愛情がいっぱいつまっている。モリコーネの音楽は空気のような自然さと愛らしい優しさでこの映画に華を添えている。あるがままの素晴らしさを!



人気ブログランキングへ

2011年9月11日日曜日

ベートーヴェン ピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27の2「月光」








ベートーヴェンのピアノソナタと言えば、誰もがまず最初に思い浮かべるのは「月光」ソナタではないでしょうか!印象的なのは何といっても第1楽章の最初の第1主題! 物思いに沈み、哀しみを背負うように奏されるこの第1主題は正直言って暗く重苦しい感じがつきまといます。しかし、同時にこの世のものとは思えない魂の深部から語りかけるようなこの崇高な情感はいったい何でしょうか!?

いついかなる時も誠実に生きたいと願うベートーベンの想いは、第1主題の繰り返しの部分でかすかに希望を感じさせる調に転じます。しかしそれもつかの間、苦悩と哀しみはそれを押しつぶすようにじわじわと広がっていき、どうすることもできぬまま展開部を迎え、哀しみにあえぎながら第1楽章は静かに終わっていきます。

「月光」はやはり第1楽章が最大の魅力です。この第1楽章は、昔から人気があって、ピアノの発表会やコンサートではよく披露されます。静かな曲調ですが、一音一音の持つ意味は大変に深く神秘的です。ともすれば、シンプルな曲調と、きりりと締まった古典的な主題ゆえに静かに始まり終わっていく印象が強くイメージされます。しかし連続する転調や主題の発展の中に考えられないような心の動揺や祈り、子守唄のような慰め等、さまざまな感情が交錯しながら展開されていくのです。

この作品ではベートーヴェンの苦悩が全編を覆っているのですが、それなのに曲は一切破綻していません。やはり尋常ではないベートーヴェンの才能や精神性がこの作品で実感できるのです!
  ベートーヴェンが些細なことには目もくれず、なりふり構わず突進するようになるのはかなり後年のことなのです。たとえば、28番のソナタや29番のハンマークラヴィーアソナタとは別人のような繊細さと生真面目さです。主題ははっきりしていますし、曲がどのように展開していくかがわかりやすいのです。まだこの頃はベートーヴェンも純情だったのです。(もちろん、後々すねて悪い人間になったというわけではありませんが……)
もちろん、月光ソナタは古今を代表する名曲ですが、とにかく28番あたりからのソナタの驚くべき円熟度は瞠目すべきものがあるのです。年代を追ってベートーヴェンのピアノソナタを聴くとそのはかりしれない深化を実感するに違いありません!


演奏はバックハウスが1960年に録音したものがやはり最高で、他の追随を許しません。透徹したピアノの音色、深みのある表現、あらゆるものをすべて飲み込んでしまうような大きさや包容力がここにはあります。

ホロヴィッツが1963年に録音したCBS盤もデリカシーに満ちた透明感あふれるタッチが印象的です。ベートーヴェンらしい腰の据わった表現ではありませんが、透徹したピアノの音色は哀しみの心をスタイルの違いを超えて



人気ブログランキングへ