2018年5月2日水曜日

プッチーニ “La Rondine‐つばめ”












不幸な運命を背負ったオペラ

プッチーニは19世紀イタリアオペラの大家ヴェルディと並び称されたり、ヴェルディの衣鉢を継ぐオペラ作曲家だと形容されたりします。

しかし、その作風はヴェルディとは大きく異なります。心理的でドラマチックな音楽を書いたヴェルディに対して、叙情的で感覚的な音楽を書いたプッチーニ。

音楽の性格は大きく異なる二人ですが、イタリアオペラだけでなく、オペラ界の発展に大きな足跡を残した二人であることに異論の余地はありません。

さて、今回採り上げたいのはプッチーニの比較的後期のオペラ「つばめ」です。「つばめ」が発表された1917年は「ラ・ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」等のいわゆる三大オペラを世に送り出してから、10数年の歳月が流れていたのでした。

しかし、このオペラは運命のいたずらなのか、作品の成り立ちから発表に至るまで多くの不幸が重なってしまい、現在でも誤解や呪縛から完全に解き放たれてはいないし、正当な評価を受けているといえない状況なのです。

そもそも前作のオペラ「西部の娘」の公演でオーストリアを訪れた際にオペレッタの作曲家レハールと会ったのが作曲のきっかけでした。その後、レハール付きの劇場支配人からオペレッタを作ってほしいとの依頼がきます。でもプッチーニの感性からしてオペレッタは性に合わなかったのでしょうね……

台本も気に入らなかったようですが、それ以上にオペレッタの喜歌劇的な作風がプッチーニにはどうにもネックだったようです。依頼を受けたとはいえ、彼の持ち味である悲劇的なペーソスを加えなければ作品を完成させられないと思ったのは至極当然といえば当然でしょう。

その後、世界大戦の勃発でオーストリアとは敵対関係に陥ったり、版権問題のこじれ、第三幕パートの焼失、イタリア初演の不評等、プッチーニを悩ませる問題が続出し、作品は次第に忘れ去られていったのでした……

しかし乱暴な言い方を許されるならば、ケガの功名というか……、オペレッタを念頭に置いて作曲されたことと、ウィンナワルツを多用した作風がプッチーニの他の作品にはない開放感と心地よさを備えているのも事実なのです。



ハッとする美しさ!
繊細な感情を映し出す音楽

あらすじは次のようになります。
“パリのとある豪華なサロン。恋多き女でサロンを主宰するマグダが「ドレッタの美しい夢」という詩を完成させる。すると詩人プルミエが「あなたはつばめのように夢の国へと海を渡っていくが、 また元の巣に戻ってくるだろう」と彼女の人生を占う。
ある時、知人の息子ルッジェーロがパリに出て来る。マグダはルッジェーロに運命的な出会いを感じ、彼に近づくとやがて二人は恋に落ちる。

数カ月間暮らしを共にし、幸せな時間が流れた。ルッジェーロは故郷の母に結婚の承諾を得て、晴れてマグダと一緒になるはずだった……
しかし、マグダは自分が汚れた身であることを打ち明け、偽って結婚することはできないと言って涙ながらにルッジェーロに別れを告げるのだった。”

それにしても音楽は美しくロマンチックな香りが漂い、忘れ難い印象を与えてくれます。なぜこれまで上演の機会が少なかったのかが、不思議でなりません。
まず、オープニングの前奏曲から快活でメッセージ性に溢れた主題が耳にも心にも飛び込んできます!

また、プッチーニらしい翳りを帯びた美しい情感や個々の楽器の持ち味を活かした雰囲気づくりもそこかしこに現れ、最高です。声楽と管弦楽が織りなすロマンティックな響きも絶品ですね。

そして、第一幕全体に流れるアリア「ドレッタの美しい夢」の何と慎ましやかなことでしょうか! 自己主張するわけではないのに、さり気ないメロディが醸し出す懐かしさやほのかな哀感が心に沁みます。

第二幕の舞踏会場での熱気と興奮、高貴な雰囲気も最高です。停滞することなく展開される流麗なメロディが素晴らしく、これにプッチーニ独特の哀愁が絡まると夢のような世界が生み出されていくのです。



つばめの素晴らしさを
再認識させたパッパーノ盤の名演


まず何といっても主役の二人が素晴らしいですね! 
まさに適役と思えるゲオルギューのマグダへの感情移入! 主人公の揺れる心や繊細な感情をものの見事に表現しています。ゲオルギュー自身もこのオペラに対して深い愛情を抱いているようで、あらゆる場面で表現にまったく違和感がありません。
アラーニャの透明感あふれる歌声も素晴らしく、終始安心して聴くことができ、このオペラに華を添えています。

そして忘れてはならないのがパッパーノの指揮でしょう! オケとの呼吸が抜群で、メリハリが利き、シルクのようなみずみずしい響き、繊細な情感も最高の一言です!劇場の華やいだ情景が浮かんでくるようです。

録音は1997年ですが、このライブがオペラとしての「つばめ」の魅力を再認識させ、再び上演の渦が湧き上がってきたことは間違いないでしょう。今後ますます魅力的な舞台、演奏が上演されることを願ってやみません……。

2018年4月14日土曜日

METライブビューイング プッチーニ『ラ・ボエーム』








粒ぞろいの歌手たちが
織りなす饗宴

ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のオペラを映画館で上映するという試みのMETライブビューイングシリーズを映画館で見てまいりました。

METライブビューイングシリーズは映画館にいながら、現場で鑑賞するような感覚を想起させる新しいオペラの楽しみ方のひとつとして開始されましたが、今では随分と音楽ファンに浸透しているようですね。

今回見たのは2017~2018シーズンのラインナップの中で見逃せない上演のひとつ、プッチーニの『ラ・ボエーム』です。この公演で最も注目されるのが、主役のミミを演じたソーニャ・ヨンチェヴァでしょう。もはやプッチーニやヴェルディをはじめとするイタリアオペラには欠かせない存在となった彼女ですが、この「ラ・ボエーム」でもその存在感は絶大です。
 有名な「私の名はミミ」では豊かな声質と情感が一層この名曲に花を添えます。そしてロドルフォを演じるマイケル・ファビアーノ、ムゼッタ役のスザンナ・フィリップス等、それぞれにふさわしい人物像を巧みに描き出してくれたのでした。


ゼフィレッリの
舞台の美しさに感動!

この作品はプッチーニの中でもオーケストレーションが特に美しく、夢のような情感を与えてくれる傑作の一つです。したがって伴奏の領域ではではとどまらず、管弦楽次第では作品の感銘の度合いや印象さえ大きく変わってしまうという…ある意味厄介な作品です。

指揮のマルコ・アルミリアートはすべてにおいてイタリアオペラの基本を忠実に再現してくれる人ですが、もっともっとロマンチックで繊細な情感を醸し出してくれても良かったような気がします。特に第1幕で主人公二人が出会う場面の最も感動的な音楽が意外にあっさりすすめられていたのはちょっと残念ですね……。

それに対して、フランコ・ゼフィレッリの舞台演出は最高です! この舞台はメト用に考案されたもので、40年が経とうとする現在も変わらないということですが、作品の本質をしっかり捉えた高い芸術性や感性が、無理なく『ラ・ボエーム』の世界観を私たちの心に焼きつけることに成功しているのです! 
第1幕の屋根裏部屋のシーンからはじまり、第2幕の盛り場カフェのシーン、第3幕の雪の情景のシーンと、どれもこれも非常に凝っていて、舞台という限られた空間の中で様々なイメージや情緒が大きく膨らんでいくのです。

オペラはキャスティングに多くのスタッフが関わるので、すべてが満足とはなかなかいかないものですが、総合芸術としての観客との意思の疎通や面白さ、感動は他の芸術ではなかなか味わえないものかもしれませんね……。


2018年3月19日月曜日

チャイコフスキー 交響曲第6番ロ短調「悲愴」(2)











チャイコフスキー最後の
作品にして最高傑作

この作品については前も書いたことがあります。ただ、その時と現在では多少作品に対する印象が変わってきましたし、このところ音楽に深く共感するところがありましたので、改めて書かせていただきたいと思います。

チャイコフスキー最後の作品にして、押しも押されぬ最高傑作……。
しかもロマノフ王朝、帝政ロシアの終焉の時を色濃く感じさせる何ともいえない悲壮感や諦観が聴く者の胸を強く締めつけます。

特に両端楽章(第1、第4楽章)は絶品ですね。チャイコフスキーがこの曲に託した想いがどれほどのものだったのかが伝わってきます。

第1楽章の開始からコントラバスとファゴットが奏でる重苦しく救いようのない旋律に先行き不安になってしまいます。このまま音楽が進行していったら一体どうなるのだろうかと……。
しかし、淋しさをいっぱいに湛えた第一主題が現れると、曲の特徴や性格がしっかりと打ち出され、その後は意味深く格調高い音楽が次々と展開されていきます。

しばらくすると、故郷の美しい情景や春の息吹を予感させる儚くも美しい第二主題が現れます。
その主題が高揚し、収束すると、全体のクライマックスとも言える恐ろしい展開部がやってきます。荒れ狂う魂の彷徨や、もがき苦しみながら何かにしがみつこうとする音楽はまさに壮絶そのものとしか言いようがありません。


一度聴いたら忘れられない
第四楽章の衝撃

第2楽章は民謡風の懐かしい情緒とチャイコフスキー独特の美しい旋律が噛み合った稀有の音楽です。終始憂いの心が漂い、最後は名残惜しさを湛えつつ静かに音楽が止んでいきます。
第3楽章ではバレエ音楽で培った絶妙なリズムや色彩豊かな楽器の音色が生きています。行進曲風の威勢のいいテーマが進行して、圧倒的なクライマックスを築き上げるのですが、決して魂の歓喜に至らないのは身に迫る現実との距離感からなのでしょうか……。

第4楽章はむせび泣くような悲しみに彩られた第一主題で始まります。これは誰もが一度聴いたら忘れられない強烈な印象を受ける音楽ではないでしょうか。それまでこんな独創的な開始のフィナーレはなかったでしょうし、当時としては大いに物議を醸しだしたのかもしれません。
そして中間部で慰めに満ちた神秘的なテーマが現れると、瞑想と回想が交錯する中で、いよいよ悲しみの大きさが頂点に達します。遂に悲しみに終止符を打つドラが鳴ると、絶望の中で途方に暮れながらトボトボと歩き始めるのですが、次第にその姿も見えなくなってしまうのです……。


深遠な内容と卓越した音楽性
ムラヴィンスキーの芸術

『悲愴』は名曲のため、昔からかなりの数の名盤が存在します。
メンゲルベルク、フルトヴェングラー、モントゥー、カラヤン、チェリビダッケ、アバド、ザンデルリンク……と挙げればキリがありません。 その中で、演奏の素晴らしさはもちろん、深遠な内容、卓越した音楽性に圧倒されるのが、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィル(現サンクトペテルブルク・フィル)の録音です。端正で格調高く、模範的な演奏スタイルのため、何度も耳にすると聴き飽きてしまうのでは……と思われるかもしれませんが、まったくそのような心配は無用です。

表面的にはクールを装いつつも、実は内面の炎が熱く燃えたぎる演奏をするのがムラヴィンスキーなのです。
特に第一楽章の展開部や第四楽章展開部はあらゆる楽器の音色やフレージング、間のとり方に指揮者の心が強く浸透していることが明らかです。とにかく、フォルティッシモ(最強音)からピアニッシモ(最弱音)まで、その表現には絶えず意味があり、温もりと豊かな音楽が溢れているのです。

当時のソビエト社会主義連邦(現ロシア)の指導者たちが、芸術家たちを社会主義リアリズムで厳しく締めつけ(多くの画家、作曲家、音楽家が亡命)、次第に表現の自由が奪われる中で、ムラヴィンスキーは生涯ソ連国内に居残り、50年にも及びレニングラードフィルを監修し、指揮し続けられたことは本当に奇跡としか言いようがありません。

やはりムラヴィンスキーの芸術が図抜けて素晴らしく、団員からは信頼され、強いカリスマ性の持ち主でもあったため、党の指導者と言えどもむやみにぞんざいな扱いをするわけにはいかなかったということなのでしょうか……。

2018年3月7日水曜日

ラフォルジュルネTOKYO 2018










ゴールデンウイーク恒例のクラシックイベント、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」が、今年は「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO」と名称を変えて華々しく開催されます! テーマは「UN MONDE NOUVEAU(モンド・ヌーヴォー)-新しい世界へ-」。

例年、様々な趣向を凝らして、クラシック音楽ファンの裾野を拡げ続けてきたこのイベント。14回目となる今回は東京国際フォーラム(125公演)以外に池袋の東京芸術劇場(53公演)でプログラムが組まれています。

公式サイトではラ・フォル・ジュルネ TOKYOの5つの魅力として、以下のポイントを掲げていますが、まったくそのとおりだと思いますね!

  • いつも新しい発見が!毎年異なる独自テーマで展開される音楽祭
  • 出演アーティストは2000人以上、300以上のコンサートを開催
  • 1公演は約45分、朝から夜までコンサートをはしごして音楽三昧
  • 一流の演奏を1500円からのリーズナブルなプライスでご提供
  • エリアコンサートなど関連プログラムも充実!街中が音楽に包まれます


今年も乞うご期待です!



2018年2月28日水曜日

ドガ 「踊りの花形」








一瞬の動きを
シャッターチャンスのように
見事に捉える

ドガほど色彩やタッチに洗練された品格を感じさせる画家は少ないかもしれません。彼もドミニク・アングルのような卓越したデッサン力の持ち主だったのでした。

ドガといえば、真っ先に連想されるのがバレリーナと競馬場の絵ではないでしょうか。
そのバレリーナの絵の代表格が「踊りの花形」です。おそらく美術の教科書やチラシやポストカード等、あらゆる媒体で目に触れる機会も多いし、ご存知の方も少なくないでしょう。
この絵の素晴らしいところは、バレリーナの最も美しいと思われる一瞬の動きをカメラのシャッターチャンスのように捉えていて、それが絵全体に躍動感を漲らせていることです!

しかも斜め上から見下ろしたバレリーナの姿態は、絵のポーズとして表現するのが、なかなか難しい位置にもかかわらず、しっかりと動きを捉えていますね……。構図の素晴らしさもありますが、それをこともなげにあっさり実現させているところに、ドガの並々ならないデッサン力と観察眼の鋭さを感じます。
光を意識した色彩やスピーディなタッチも冴えに冴えており、そのことが絵に華麗でリズミカルな流れを生み出しているのです。

また、もう一つの魅力としてあげなければならないのが、どことなく哀愁の影を漂わせているところでしょうか。色彩もタッチも洗練されているのですが、華やかな舞台の陰からはうっすらと寂寥感が伝わってきます……。スポットライトを浴びるバレリーナと舞台の裾に佇む人々との間には様々なドラマがありそうですね。そのコントラストが絵に映し出しされているような感じもするし、何とも興味深い表現です…。


2018年2月17日土曜日

「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」











ブリューゲル一族の
偉業を辿る

異空間へと誘う「雪中の狩人」やスケール雄大でありながら緻密な「バベルの塔」等、一度見たら忘れられないメッセージ性豊かな名画を残したバロック絵画の大巨匠ピーテル・ブリューゲル1世。

その偉大なブリューゲル1世を筆頭にブリューゲル家の絵画史を紐解くような展覧会、「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」が現在、東京都美術館で開催されています。

ブリューゲル1世があまりにも偉大だったため、息子たちの絵も瓜二つのようになってしまうのは致しかたないことなのかもしれません。
しかし、彼らが絵に込める思いは父の絵の絶対的な魅力や本質を後世に伝えようという高い志しの中で生まれたものであることも間違いないのです。

プライベートコレクションを中心にしたおよそ100点の絵画には、父の絵に深い共感を寄せる彼らの熱いメッセージが脈々と受け継がれているのかもしれません。






会 期   2018123()41()
会 場   企画棟 企画展示室
      休室日月曜日、213()
      夜間開室金曜日は9:3020:00
     (入室は閉室の30分前まで)
観覧料   一般 1,600 大学生・専門学校生1,300  
      高校生 800 65歳以上 1,000




2018年2月10日土曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第9番変ホ長調K271「ジュノーム」

















モーツァルト初期の名作

モーツァルトはあらゆる楽器の中でもピアノを愛し、ピアノに自分のありったけの想いを込めて作曲したことで有名ですが、初期の名作、ピアノ協奏曲第第9番「ジュノーム」もその好例と言えるでしょう!

特に、涙に彩られたメロディが印象的な第二楽章アンダンティーノはピアノの音色だけでなく、オーケストラにも哀しみの心が深く滲み出ていて、心を揺さぶられます。音楽が進むにつれて、その表情は幾重にも変化し、ますます憂いの想いが募っていくのです。そんな哀愁を帯びた旋律であるにもかかわらず、中間部でさり気なく無邪気な微笑みを見せるところもモーツァルトらしいですね……。

しかも、決して暗くなったり、重苦しくならないのは、モーツァルトの音楽がどこまでも澄み切っているからなのでしょう!

澄み切ったと音楽という意味では、ピアノのソロで始まる主題が印象的な第三楽章ロンド-アレグロもそうかもしれません! まるで青空にぐんぐん舞い上がっていくような、この透明感、飛翔感は一体何なのでしょうか。

この二つの楽章に対して対照的なのが、肩の力を抜いて口ずさむように音楽が開始される第一楽章です。平凡で何でもないように聴こえたりもするのですが、全体的に聴く人の心と耳を拒まず、水が土に染みこむような受容度の高い音楽になっているのです。また、随所に光と風を感じさせる音楽性の高さも魅力と言えるでしょう!


解釈や演奏が難しい
第一楽章、第三楽章

「ジュノーム」は第二楽章が素晴らしくよく書けているため、よほど平凡な演奏でない限り、大抵は音楽の美しさが伝わってくることでしょう。しかし、第一楽章や第三楽章はそうはいきません…。ここはピアニストや指揮者の解釈、センスが大いに要求されるところで、ツボにはまれば作品の隠れた美しさや愉しさを引き出せるでしょうが、失敗すると退屈でつまらない演奏になりかねません…。

その点、リチャード・グード(ピアノ)、オルフェウス室内管弦楽団(Nonesuch)は自然なスタイルながら、曲の美しさを充分に堪能させてくれる演奏です。グードは表現の幅が広く、深い解釈をするのがモットーのピアニストですが、この曲ではモーツァルトらしい愉悦に溢れた響きが心地よく、一小節ごとに変わる表情も豊かで生き生きしています。
オルフェウス室内管弦楽団との息もピッタリで、特に第一楽章の中間部、ピアノとオケが言葉を交わすように展開するあたりは音楽を聴く喜びでいっぱいに満たされます。


有名な第二楽章の素晴らしさが際立っているのが内田光子(ピアノ)、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団(DECCA)です。第二楽章はオケの出だしからして寂寥感が漂っているし、ピアノの音色も秋の深さと哀しみの情をひたすら伝えていきます。第一、第三楽章も安定感抜群で、内田のカデンツァも魅力いっぱいです。「ジュノーム」の美しさを再認識させてくれる名演奏と言っても過言ではありません。