2014年6月25日水曜日

「こども展 / 名画に見るこどもと画家の絆」を見て






モーリス・ドニ「トランペットを吹くアコ」
1919年 油彩・厚紙 52×35㎝ 個人蔵




優しいまなざしの
巨匠たちの絵

 先日、六本木の森アーツセンターギャラリーで開催されている「こども展」を見てまいりました。率直な感想としては、とにかく良かったですね。いつもは大作や意欲作を描く巨匠たちの絵の何という微笑ましさでしょうか……。どの絵にも共通して言えるのは絵に気負いがなく、優しさに満ちていることでしょう…。

 こんなに肩の力を抜いて見ることが出来た展覧会って久しぶりかもしれません! いつもは展覧会に出向くとヘトヘトになって帰ることが多いのですが、今日はいい意味で例外だったようです。

 私が一番印象に残ったのがモーリス・ドニが描いた3枚の絵です。「トランペットを吹くアコ」や「サクランボを持つノエルの肖像」、「海辺の更衣室」はいい絵本を見たときの子どもたちの夢や豊かな詩情の世界を思い起こさせてくれました。ドニは子供たちが可愛くて可愛くて仕方なかったのでしょう。その表情や仕草からも子供たちが持っている無邪気な雰囲気がよく伝わってくるのですね。

 またあのキュービズムの大巨匠ピカソの絵も、通常の絵とは一味も二味も違う子ども目線での描画を残しているのには驚きました。特に切り絵は遊び心満載で、何だか見ていてとても楽しくなってきます。
 この展覧会の楽しみかたは人それぞれでしょうが、ぜひとも既成概念を持たないで行ってみてください。思わぬ絵との出会い、発見があるかもしれませんよ……!?。 とにかく心に残るいい展覧会でした‼

公式サイト http://www.ntv.co.jp/kodomo/





2014年6月19日木曜日

モーツァルト アヴェ・ヴェルム・コルプスニ長調 K.618











モーツァルトの手にかかれば
品性のない脚本も、空前の傑作に!

 モーツァルトはオペラの作曲に並々ならない野心を抱いていました。特に「フィガロ」や「ドン・ジョバンニ」、「コシ・ファン・トゥッテ」等のオペラで、コミカルな味わいを加えながらも、人間の醜さや愚かさを痛烈に風刺した作品をつくりあげたのです。

 ベートーヴェンはその偉大なオペラについて、「音楽に関しては最高で何も言うことがないのだが、それにしても脚本もテーマも悪ふざけが過ぎるのでは……」と自堕落な内容を批判したことがありました。自分にはそのような品性のないテーマに音楽をつけることは出来ないと‥‥。

 これは人それぞれの価値観や芸術的なポリシーによって考え方も変わってくることでしょう。「ダメならダメ」で話も簡単に終わることと思います。しかし、厄介なのはモーツァルトが書いた音楽のあまりの素晴らしさです! その音楽があまりにも生き生きとして、流れがあり、現実を離れた夢の世界を築き上げる等、魅力に満ちていることが、それぞれを名作オペラに押し上げたのです。

 現実を音楽で皮肉ったり、鼻歌交じりに音楽を作ったり……と、モーツァルトに関わるエピソードは事欠きませんが、それこそがモーツァルトの天才の証しと言えるのでしょう。


温かく、深いモーツァルトの
「アヴェ・ヴェルム・コルプス」

 しかし、一皮むけばモーツァルトは内心では人生に対して真剣で、絶えず心の故郷や心の安息地のようなものを尋ね求めていたことは間違いありません。そのような想いが作品として結実したのが、ここに紹介する「アヴェ・ヴェルム・コルプス」だと言っても過言ではないでしょう。

 この作品は主にカトリックの聖体祭のミサで歌われる賛美歌で、イエス・キリストの永遠の復活を心に刻むものです。モーツァルトがこの詩にどのようなインスピレーションを受けたかは知る由もありません、ただ、音楽から伝わってくるメッセージはどこまでも温かく、深い…。たとえようのない愛に満ちているとしか言いようがありません。
 
 それにしても、この穏やかで安らぎに満ちたメロディ……。何とも言えない陰影と透明感に満ちたハーモニーは至福の時間を与えてくれます。そして、1小節ごとに悠久への祈りが込められた絶妙な転調は、深い愛や永遠への強い想いを痛感させてくれるのです‼ 至高の名曲という言葉があるとするならば、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」はそれに充分にふさわしい作品と言っていいでしょう!
 演奏しても7分少々の短い作品ですが、私はサン・ピエトロ大聖堂にある名作ミケランジェロの「ピエタ」に匹敵するような素晴らしい作品ではないかと思うのです。

 CDではこれが絶対というほど推薦できる本命盤は現在のところありませんね。それほど音楽に無駄がなく、本質的なメッセージに溢れているため、音として記録することは至難の業ということなのでしょう。
 あえて挙げれば、ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサン(エラート)の演奏がいいです。透明感のあるハーモニーが美しいし、靜かな情感がひたひたと伝わってきて音楽の真髄を味わうことが出来ます。




2014年6月16日月曜日

クールな男とおしゃれな女 ―絵の中のよそおい―









ファッションの観点から
日本画を見つめた展覧会

 この展覧会のタイトルですが、今の時代感覚を反映した気の利いたタイトルですね!
 しかもこれを主催しているのが、日本画の名画コレクションで有名な硬派()で知られる山種美術館ですから、尚更のことです。
 チラシを見て最初に思ったのが、白地を基調にして日本画の人物像を左右に配置したレイアウトって、とっても新鮮なんですね! 線や色彩もそうですが、きめ細やかで何とも言えない爽やかさもあります……
 改めて日本画の人物の魅力の一端を垣間見た(⁉)ような気もします。

 今まであまり触れなかった日本画の人物画ですが、こんな面白い発想と視点で企画が打ち出された展覧会ですから、時間があれば(いや、なくても)是非とも行ってみたいと思います。

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 「クール・ジャパン」が一つの流行語にもなりつつある昨今、流行がめまぐるしく移り変わるファッションの世界においても、日本人の美意識を活かした洋装や、伝統的な和装を楽しむ人が増えています。特に最近は、美術館が和服を着て出かける場所としても好まれ、当館でも年間を通して、多くの美しい着物姿の来場者を迎えています。こうした現象は、日本人が古くから培ってきた美意識や文化が注目され、そこに新たな価値観が見出されてきた証といえるでしょう。
 一方、西洋文化が入ってきた近代以降は、洋装に身を包むダンディな男性、トップモードで着飾る女性も時代のファッションリーダーとして常に注目される存在でした。こうした各時代の特徴あるファッションは、画家たちをも魅了し、近世から現代にいたる様々な絵画作品の中に描かれていきました。日本の絵画の中の 「よそおい」もまた、時代とともに変遷し、流行を敏感に映し出しているのです。
 女性像では、伊東深水が描く女優・木暮実千代の華やかな洋装、鏑木清方の艶やかな女性や上村松園の清楚な娘の和装。さらに、洋画家・安井曽太郎や林武が描く小粋な衣服。こうした作品には、顔の表情だけでなく装身具や髪形、色の組み合わせにも、人物の個性や魅力が巧みに描き出されています。随所に表れた画家の美意識や色彩感覚を味わい、着こなしのヒントを発見しながら、絵の中のファッションを思い思いにお楽しみいただける展覧会です。
(美術館サイトより)



クールな男とおしゃれな女―絵の中よそおい
日時:2014年5月17日(土)~7月13日(日)
会場:山種美術館
住所:東京都渋谷区広尾3-12-36
開館時間:10:00~5:00(入館は4:30まで)
休館日:月曜日
入館料:一般1000円(800円)・大高生800円(700)円・中学生以下無料
※( )内は20名以上の団体料金および前売料金。
※障がい者手帳、被爆者手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)は無料。
※きもの割引:会期中着物での来館者は、団体割引料金(一般:800円、大高生:700円)。さらにプチギフトを贈呈。※会期中展示替えあり。
前期 5月17日(土)~6月15日(日)、後期 6月17日(火)~7月13日(日)
【出品作品】   
クールな男
東洲斎写楽《二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉》(後期展示)、 小林古径《蛍》、 安田靫彦《出陣の舞》、 前田青邨《異装行列の信長》、 守屋多々志《慶長使節支倉常長》
おしゃれな女
喜多川歌麿《青楼七小町 鶴屋内 篠原》(前期展示)、 上村松園《杜鵑を聴く》《春のよそおひ》、 鏑木清方《伽羅》、 山川秀峯《芸者の図》、 伊東深水《婦人像》、 橋本明治《月庭》《舞》
粋な男女
鈴木春信《柿の実とり》(後期展示)、 鳥居清長《社頭の見合》(後期展示)、 池田輝方《夕立》など、全約60点。
※上記作品はすべて山種美術館蔵。
※出品内容には変更が入る場合あり。
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)



2014年6月9日月曜日

モーツァルト ピアノソナタ第16ハ長調K.545










愛らしく無垢なピアノソナタ

 この作品はピアノの練習曲として大変有名ですが、愛らしく美しいメロディが宝石のように充満した紛れもない名曲です。ピアノを学習する人たちが音楽の魅力を存分に味わいながらレッスンに励めるような配慮がなされていて、改めてモーツァルトの見識の高さを感じますね!

 さて、K.545は初心者のレッスン用と銘打たれていますが、それはあくまでもテクニックの観点からとらえた場合にのみ適用される言葉であって、作品の内容、音楽性はとてもとてもそんなものではありません。曲の本質を表現しようとすればするほど、そのあまりの難しさに気づき、モーツァルトは何という曲を作ったのだろうとただ唖然とするしかないのです……。

 この作品は借金に追われるなど、経済的に最も困窮していた時期に書かれた作品でもあると言われています…。しかし、モーツァルトの音楽から聴こえてくるのは微笑みに満ちた愛らしい音楽で、暗い影を微塵も感じさせません。やはり彼は私たちを音楽で幸福にしてくれる天性の音楽家だったのでしょうか…。




モーツァルトの澄み切った魂が
垣間見れる作品

 まず、有名な第1楽章の主題の流れるような美しさと無垢な音楽の表情にいっぺんに虜になってしまいます。中でも、中間部のト短調からニ短調、イ短調からヘ長調へと移行する虹の階段を昇るかのような音色の妙は素晴らしく、涙と微笑みが交錯する印象的な旋律が次々と奏でられていきます! この部分はモーツァルトでしか書けない音楽でしょうし、彼一流の感性が光った瞬間と言えるでしょうね。

 第2楽章は足早に淡々と音楽が流れていきます。けれども、その中にどれほど無限のニュアンスが込められているのでしょうか…。自分の内面を見つめるような音楽の深い味わいははかりしれません。ちょっと聴いただけだと平和な音楽のように聴こえますが、モーツァルトの澄み切った魂が垣間見えるのです。弾き方によって音楽は一変すると言ってもいいでしょう。

 第3楽章ロンドも可愛らしいという表現がピッタリの無垢な音楽ですが、そういえば最後のピアノ協奏曲27番ロンドでも同様の可愛らしい主題の音楽を作っていたことが思い出されます。

 演奏は意外に難しく、魅力を充分に伝える演奏となるとお勧めできるCDはかなり限られてきます。その中でも特に素晴らしいのはリリー・クラウスが弾いたCBS盤です。音がやせたり、繊細にならないで、モーツァルトの多様な音色の変化や即興的な閃きを自在に表現しているとろがクラウスならではです。もちろん造形もしっかりしていますし、情緒に溺れることもなく格調高いモーツァルトを堪能できるのです!




2014年6月2日月曜日

森アーツセンターギャラリー 「こども展 / 名画に見るこどもと画家の絆」









 現在開催中のこども展ですが、この展覧会のチラシやポスターを見てまずびっくりしたのはメインで使われている絵の凄さでした。一体、誰の絵なのかと調べてみると、これが何を隠そうアンリ・ルソーの絵だったのですね。 このルソーの絵を見る限り、「あれ?こどもたちが描いた飾り気のない絵を集めた展覧会かな」と思ったら、どうも様子が違うみたいでした……。つまり巨匠たちが描いた子どもをテーマにした絵の展覧会」と知って二度びっくり!
 ルソーはパリの税関職員だったため、空いた時間で絵を描く「日曜画家」という異名を持ち、多くの人に愛された人ですが、それにしてもこの絵の存在感の凄さといったら……。本当に度肝を抜きます(恐るべし) !  

 いわゆる可愛いというのとはまったく違う…!?  ルソーのいい意味での素人っぽさが絵に初々しい感動と屈託のない表情を与えているのでしょう。
 さて、今回の「こども展」のように子どもをテーマにした展覧会って意外と少ないものです。 19世紀、20世紀の巨匠たちがどのような想いで子供たちに向かっていたのかを垣間見れる格好の展覧会かもしれません。




 モネ、ルノワール、ルソー、マティス、ピカソなど錚々たる画家48人の巨匠たちが、可愛らしい子どもたちをモデルに描いた作品をご紹介。彼らはカンヴァスにどんな想いを刻み、描かれた子どもたちはそのとき何を想ったのか。作品に秘められたそんな両者の想いや絆に迫ります。オルセー美術館、オランジュリー美術館は勿論のこと、世界的にも有名なルーヴル美術館、マルモッタン・モネ美術館、そして画家の遺族が大切に所蔵し、美術館でも見ることのできないプライベートコレクションからの作品の数々が出展します。しかも、作品のおよそ3分の2は日本初公開という、この貴重な展覧会をどうぞお見逃しなく。 (美術館サイトより)


      東京都港区六本木6-10-1 森タワー52F
会期    2014年4月19日(土)~6月29日(日)
入場料  一般=1,500(1,300)円 
      大学生=1,200(1,000)円
      中高生=800(600)円
      *( )内は前売/15人以上の団体料金
      *小学生以下は無料
      *障害者とその介護者1名は当日入館料が
      一般¥750(税込)、大学生¥600(税込)、
      中・高生¥400(税込)となります。
休館日 会期中無休
開館時間  10:00~20:00
公式サイト http://www.ntv.co.jp/kodomo/
問い合わせ tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
主催    日本テレビ放送網、森アーツセンター、読売新聞社


2014年5月24日土曜日

ヘンデル ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ












ユトレヒト条約締結時の
輝かしい魅力に満ちた宗教音楽
 
 「スペイン継承戦争」や「アン女王戦争」の終結を宣言した1713年のユトレヒト条約は世界史的にも大変重要な出来事ですが、ご存知の方も多いことでしょう。そうした戦勝記念公式行事のために作曲されたヘンデルの「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」は条約の締結をお祝いする式典用の音楽なのです。
  オペラ「リナルド」をはじめとしたイギリスでの成功がきっかけで1712年にロンドンに移住、作曲活動の新たなスタートを切ったヘンデルにとっては重要な意味を持つ作品となったのでした。

 ヘンデルの他の式典用音楽や声楽曲と比べると違いが良く分かると思いますが、これは彼の作品の中でもかなり襟を正した音楽と言っていいでしょうね。どちらかというと、イギリスの大作曲家ヘンリー・パーセル(1659〜1695)のオードに近い感じがします。

 しかし、オペラを得意とし、自由な音楽性の持ち主ヘンデルのことですから、通り一遍の曲になるはずがありません。

 「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」でのドラマチックで雄弁な合唱や管弦楽は当時の聴衆にも新鮮な驚きと感動を与えたことでしょう! たとえばテ・デウムのファンファーレに導かれて晴れやかに輝かしい主題を奏でるWe praise thee, O God (われら神であるあなたを讃えん)やDay By Day We Magnify Thee(日ごとに汝は大きくなりて)の希望に胸が膨らんでいく音楽が印象的ですね!
 また、フルートソロが神秘的で美しく、声楽三重唱と合唱の絡みが内省の声を醸し出すWe Believe That Thou Shalt Come(われ汝が来たらんことを信じる)も一度聴いたら忘れられない味わいがあります。



プレストンと息の合った
メンバーたちによる名演奏




 サイモン・プレストンとソプラノのエマ・カークビー、ジュディス・ネルソン、テノールのポール・エリオット、バスのデビット・トーマス、そしてオックスフォード・クライストチャーチ聖歌隊のコンビによるレコーディングは1970年代の後半から1980年頃にかけて数々の名演奏がオワリゾールレーベルに残されました。
 ヘンデルの「メサイア」、「エジプトのイスラエル人」、ハイドンの「聖チェチリーアミサ」、ヴィヴァルディの「グロリア」やパーセルの「テ・デウムとユビラーテ」等のミサ曲や声楽曲はその主なものですが、この「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」も重要な成果のひとつと言っていいでしょう。


 彼らはよほど息が合っていたのでしょうか……。ともかく、洗練された造型と純度の高い演奏が作品の魅力を炙り出しつつ、決して冷たくならず潤いと温かさに満ちた音楽を創り出していたことが印象的でした。

 この「ユトレヒト・テ・デウム…」もいたずらに表情を華美にすることなく、柔らかく透明感のあるハーモニーが曲の隠れた魅力を引き出しているように思います。特にオックスフォード・クライストチャーチ聖歌隊の無垢でみずみずしい声の響きは至福の時を与えてくれるに違いありません。カークビーやネルソン、エリオットらソリストたちの声も美しい声と祈りに満ちた表情を実にセンス満点に聴かせてくれます。












2014年5月16日金曜日

ヨーゼフ・ハイドン オラトリオ『四季』












ワクワクするオラトリオ

 この作品を聴くとなぜか心がワクワクして、うれしい気分になります。 オラトリオとしては異例の親しみやすさですし、愛すべきメロディが充満しています。とにかく普通のオラトリオとはちょっと違うんですよね…。
 「四季」といえば、「天地創造」と並ぶハイドン晩年の傑作オラトリオですが、少しも堅苦しさが無く、あふれるような美しい旋律と作曲技法の冴えが縦横無尽に展開するのが特徴です。よりハイドンの魅力が現れた作品ということであれば、私なら躊躇なく「四季」を選びたいですね!

 なぜかと言えば「四季」の作品としての愉しさや途切れることのない音楽の生命力は最高で比類がありません! また、ハイドンが瞼に浮かべたであろうオーストリアの農民の生活と四季折々の情感が彼の個性と曲の本質にぴったりとマッチし、何とも言えない幸せな気分にさせてくれるのです……。

 ハイドンは四季を作曲中に台本の貧弱さで苦しんだり、作家との折り合いが悪くなったり…と難儀に難儀を重ねて完成させたようですが、出来上がった作品の素晴らしさはそれらをすべて忘れさせてくれます。
演奏時間にすれば2時間少々なのですが、どこもかしこも四季折々の麗しい自然の息吹が感じられ、農民たちの生き生きとした生の喜びを豊かに謳いあげています。そしてそれがやがて神への感謝と湧き上がる希望や信頼へとつながっていくのです! 



豊かな音楽と時代を先駆ける楽曲の数々!

 「四季」で印象に残る楽曲はたくさんあります。 たとえば、「春」ではすこぶるご機嫌で親しみやすい第4曲のアリア「農夫は今、喜び勇んで」を外すわけにはいかないでしょう。このアリアは何回聴いても楽しく胸が弾みます!  三重唱と合唱の絡みが素晴らしい第8曲の「おお、今や何と素晴らしい」は多彩な表情やアンサンブルの妙味が少々オペラチックだし、可憐で愛らしいですね。

 「秋」では野趣で豪放、かつ立体的な魅力にあふれた第28曲の合唱「万歳、万歳、ぶどう酒だ」が合唱の概念を変えるような傑作です。第26曲「聞け、この大きなざわめきを」では角笛を模したホルンの雄大で格調高い響きが存在感抜群で、村人と狩人たちの合唱(男声の野趣で雄々しい歌声)と重なり、生命の賛歌を轟かせてやみません。

 そして「冬」というより、全体を締めくくる第39曲の三重唱と合唱「それから、大いなる朝が」は自然への感謝と喜びが、来るべき希望の世界を約束するかのようにフーガのメロディとともに大いなるフィナーレを迎えるのです!



飽きさせないヤーコプスの名盤

 「四季」の全曲盤はルネ・ヤーコプス指揮フライブルク・バロックオーケストラとRIAS室内合唱団、マルリス・ペーターゼン(Br)、ディートリヒ・ヘンシェル(T)、ヴェルナー・ギューラ(S)の演奏(ハルモニア・ムンディ)が録音、演奏、歌心、共感度等すべてにおいて最高のものと言っていいでしょう。ストーリー的な流れも自然だし、歌にメリハリがあります。ソリストたちの歌も雰囲気満点で「四季」の自由で喜びにあふれた作品性を明確にしていきます。 指揮は終始やりたいことをやり尽くしているのに嫌味がまったくありません!
 ヤーコプス盤はできれば最初から最後まで聴き通すことをお勧めしたいですね…。 そうすれば曲の本質がぐっと近くなるでしょうし、それを雄弁に表現する音楽性と飽きさせないヤーコプスの解釈がいかに優れているかお分かりいただけるでしょう。 全体を一度に聴こうと思ったらヤーコプス盤しかないと言っても過言ではありません。

 ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツおよびモンテヴェルディ合唱団、バーバラ・ボニー(S)、アントニー・ロルフ・ジョンソン(T)、アンドレアス・シュミット(Br)(アルヒーフ)も素晴らしい出来栄えです。 特にボニーの可憐な歌は全体の華となっており、甘く透明な歌声が最高ですね! モンテヴェルディ合唱団の合唱も相変わらず素晴らしく、ハイドンの合唱の魅力を気づかせてくれますし、ガーディナーの解釈もセンス満点です。