モーツァルトの手にかかれば
品性のない脚本も、空前の傑作に!
モーツァルトはオペラの作曲に並々ならない野心を抱いていました。特に「フィガロ」や「ドン・ジョバンニ」、「コシ・ファン・トゥッテ」等のオペラで、コミカルな味わいを加えながらも、人間の醜さや愚かさを痛烈に風刺した作品をつくりあげたのです。
ベートーヴェンはその偉大なオペラについて、「音楽に関しては最高で何も言うことがないのだが、それにしても脚本もテーマも悪ふざけが過ぎるのでは……」と自堕落な内容を批判したことがありました。自分にはそのような品性のないテーマに音楽をつけることは出来ないと‥‥。
これは人それぞれの価値観や芸術的なポリシーによって考え方も変わってくることでしょう。「ダメならダメ」で話も簡単に終わることと思います。しかし、厄介なのはモーツァルトが書いた音楽のあまりの素晴らしさです! その音楽があまりにも生き生きとして、流れがあり、現実を離れた夢の世界を築き上げる等、魅力に満ちていることが、それぞれを名作オペラに押し上げたのです。
現実を音楽で皮肉ったり、鼻歌交じりに音楽を作ったり……と、モーツァルトに関わるエピソードは事欠きませんが、それこそがモーツァルトの天才の証しと言えるのでしょう。
温かく、深いモーツァルトの
「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
しかし、一皮むけばモーツァルトは内心では人生に対して真剣で、絶えず心の故郷や心の安息地のようなものを尋ね求めていたことは間違いありません。そのような想いが作品として結実したのが、ここに紹介する「アヴェ・ヴェルム・コルプス」だと言っても過言ではないでしょう。
この作品は主にカトリックの聖体祭のミサで歌われる賛美歌で、イエス・キリストの永遠の復活を心に刻むものです。モーツァルトがこの詩にどのようなインスピレーションを受けたかは知る由もありません、ただ、音楽から伝わってくるメッセージはどこまでも温かく、深い…。たとえようのない愛に満ちているとしか言いようがありません。
それにしても、この穏やかで安らぎに満ちたメロディ……。何とも言えない陰影と透明感に満ちたハーモニーは至福の時間を与えてくれます。そして、1小節ごとに悠久への祈りが込められた絶妙な転調は、深い愛や永遠への強い想いを痛感させてくれるのです‼ 至高の名曲という言葉があるとするならば、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」はそれに充分にふさわしい作品と言っていいでしょう!
演奏しても7分少々の短い作品ですが、私はサン・ピエトロ大聖堂にある名作ミケランジェロの「ピエタ」に匹敵するような素晴らしい作品ではないかと思うのです。
CDではこれが絶対というほど推薦できる本命盤は現在のところありませんね。それほど音楽に無駄がなく、本質的なメッセージに溢れているため、音として記録することは至難の業ということなのでしょう。
あえて挙げれば、ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサン(エラート)の演奏がいいです。透明感のあるハーモニーが美しいし、靜かな情感がひたひたと伝わってきて音楽の真髄を味わうことが出来ます。
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