2013年9月12日木曜日

シャルダン カーネーションの花瓶







絶品の静物画

 18世紀フランス絵画の巨匠シャルダンは、学生時代の頃の私にとって特別な存在だったように思います。特に静物画の格調高く暖かみのある画風にはずいぶんと心惹かれてきたものでした。彼は華やかなフランス・ルイ王朝時代に生きた人でしたが、明らかに当時全盛のロココ美術とは一線を画していました。
 シャルダンの絵は静謐だとはよく言われますが、もちろんそれだけの人ではありません。実は、彼の静物画は芳醇な色彩の魅力に富んでおり、対象を深く愛情を持って捉えた存在感と気品を併せ持っているのです。この「カーネーションの花瓶」も例外ではありません。

 それにしても花瓶に差された花々の生き生きとした佇まいの見事さは何と説明したらいいのでしょうか……。上品で清楚、そして甘い花の香りがほんのりと伝わってくるような柔らかな雰囲気に満ちているのです。よく見ると丹念に描写されたと思われる花のディテールが、意外にも大胆でスピーディーな筆のタッチにより表現されていることに気づかされます。
 白が白らしい美しい色調を装い、赤は妖艶なまでに心に響く深い色となっているのです。しかも、背景の絶妙な空気感や花瓶とのコントラストが見事な空間を生み出していることに気づきます。一見地味なようですが、どうしてどうして実はセンス満点の絵であることを実感するのです。これは決して普通のリアリズムでは表現できない世界でしょうし、何よりも画家の卓越した感性が強く絵に反映しているのです!

 この絵は今年、東京・三菱一号館美術館での「シャルダン展」に出品された絵として話題になりました。残念ながら私はせっかくのチャンスを逃してしまいました……。悔やんでも悔やみきれないのですが、またいつか見られる機会をのんびりと待とうと思います。




2013年9月4日水曜日

劇団四季 ミュージカル「夢から醒めた夢」




「夢から醒めた夢」のポスター




年齢、性別を問わず楽しめる、四季オリジナルのミュージカル

 先日、以前から気になっていた劇団四季の「夢から醒めた夢」の公演に行ってきました。公演の20分ほど前に会場(四季劇場・秋)に到着すると、何とスタッフによるロビー・パフォーマンスのお出迎え! 公演を前にして廊下や階段で繰り広げられたミニショータイムは私に素敵な時間を与えてくれ、心地よい気分にさせてくれたのでした。

 この作品は、好奇心旺盛で元気な女の子ピコが、突然の交通事故で命を落とした女の子のマコと一日だけ入れ替わる約束をする話です。なぜそんな約束をしたのかというと……、それはマコと仲の良かったお母さんが今も深い悲しみに沈んでいることに対して、「会ってきちんと最後のお別れを言いたい」ということだったのでした。そこでピコはマコから預かった天国行きのホワイトのパスポートを持って霊界に入っていくのですが、そこで待ち受けていたものは!?……。

 開演するとミュージカル独特の華やかさが全開で、ワクワク感が増す中で舞台は特別な空間に変貌しました。ストーリーはわかりやすいし、劇の流れやテンポも軽快で間延びするところがまったくありません! 次々と展開されるエピソードは笑いあり涙ありでとても楽しいし、心に響きます。キャラクターの描き分けも絶妙で、それぞれが魅力的で愛すべき人たちなのだということがよく伝わってきました。
 噂には聞いていたものの、こんなに楽しい作品だとは思ってもみませんでしたね。結局、片時も舞台から目を離すことができませんでした。「ライオンキング」「キャッツ」のように大掛かりな作品ではありませんが、とてもよくまとまった傑作だと思います。本当にあっという間の2時間20分でした!




多くのメッセージが盛り込まれた作品

 この作品は制作スタッフのきめ細やかな愛情が注がれていることを強く感じました。生きることや人として大切なことをさりげなくエピソードとして盛り込んでいるところが心憎いですね!これを映画やドラマでやると何かと説教臭くなってしまうのでしょうが、そのような雰囲気はまったくありません。これもミュージカルの成せる技であり、素晴らしいところなのかなと思います。

 とにかく感動を盛り上げる要素には事欠かないですね!   振付は見事だし、演出のうまさも光ってるし、思わず鼻歌交じりに歌ってしまいそうな音楽の美しさ等々……、あげればキリがありません。そして何より歌とダンス、台詞が自然に無理なくストーリーにはまっているところが素晴らしいと思います。今回はキャスティングも良かったですね!特にピコ役の岡村美南さん、マコ役の土居愛美さん、夢の配達人役の荒川務さん、デビル役の野中万寿夫さんが印象に残りました。
 テーマや内容からいっても親子連れが多いのは当然なのですが、性別、年齢を問わず心から楽しめるミュージカルだと思います。

 この作品の原作者、赤川次郎さんがトークイベントのインタビューに答えていました。その中で「もし、このミュージカルに手を加えるとしたら、どの部分ですか」という質問がありましたが、これに対して赤川さんは「特にはないけど…世界中でテロや飢餓、内戦の犠牲になって死んでいく子どもたちの現状は今もまったく変わってない」と話し、「このような悲しいセリフを台本からカットできる時代になればいいですね」という内容の感想をおっしゃってました。確かにそのとおりで、科学技術の進歩はめざましいのに、戦争やテロ、飢餓の問題は現在でもほとんど解決されていません。この言葉はとても重みがあるように思いました……。

 「夢から醒めた夢」は文字通り「夢」を、そして「勇気」を与えてくれた素晴らしい公演でした。見終わってからしばらくの間は「二人の世界」や「愛をあげましょう」の歌のナンバーが頭の中で鳴り響いてました。どうやらすっかり舞台に魅せられてしまったようです。舞台終了後には出演された皆さんがロビーでお客様を見送りしたり、握手をしたりと素晴らしい想い出を演出してくださいました……。また機会があれば、足を運んでみたいですね…。



2013年8月30日金曜日

ブラームス 交響曲第4番ホ短調作品98









ブラームスでしか作れない、こだわりの傑作

 ブラームスは交響曲というジャンルを彼自身のライフワークだと位置づけて作曲していたようです。そのため作曲には大変慎重でした。何より尊敬するベートーヴェンの交響曲に匹敵する作品を作りたいという想いがそうさせたのでしょう……。第1番は作曲から完成まで約20年という信じられない期間が費やされました。もはやこの長さは「石橋を叩いて渡る」という次元のお話ではないかもしれません。でもブラームスにとっては冗談でも何でもなく、妥協のない作品を作るための真剣な賭けだったのです。

 しかし、2番以降はいい意味で肩の荷が降りたのでしょう。約1年ほどの間隔で3曲が次々と作曲されています。特に最後の交響曲第4番はブラームスでしか作れない晩秋を想わせるメロディや悲哀に満ちた感情表現が一種独特の世界を築き上げているのです!4番こそブラームスの交響曲の最高傑作だとおっしゃるファンが多いのもうなずけます。
 この4番を聴く限り、ブラームスは古典的なスタイルの音楽志向を持つ作曲家というよりは本質的にロマン派作曲家だったということがお分かりいただけるのではないでしょうか。

 特に第1楽章はロマンの極致と言えるような格調高い旋律と渋く淡い情感がとても心に染みます。
 第2楽章はホ長調ですが、ある意味第1楽章以上に胸に迫る哀しみや余情がにじみ出た楽曲ではないでしょうか。ホルンやヴァイオリン、チェロが対位法的な絡みの中で繊細に描き出す表情が美しく、過ぎ去った日々の光景が眼前に浮かんでくるようです。第3楽章はダイナミズムが冴え、テンポの良さと相俟って曲が大いに盛り上がっていきます!

 第4楽章の終結部には有名なシャコンヌが挿入されます。ブラームスがなぜ最後にシャコンヌを使ったのか理解できないとおっしゃる方も多いでしょう。しかし、様々な主題を用いた変奏曲やシャコンヌ、バッサカリア(主にバロック時代に使用された様式)が使用されるこの楽章は全曲の白眉と言ってよく、厳しく密度の濃い音楽になっているのです。憂愁や崇高な感情が次々と現れては消えるのですが、中間部では凍てつくほどに静けさを湛えた楽器の奏でる神秘的な音やニュアンスが心を震わせます。

 この曲を聴くと、色彩的な要素はほとんど感じられませんし、埋め尽くせない人の心の寂しさや空虚感が辺りを覆っている感じがします。しかし、それを超えた普遍的な自然の摂理が存在しているということも作品は伝えているように思うのですが、皆様はいかがでしょうか?


作品に大いに共感するザンデルリンクの名演

 4番はザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団(Profil)の演奏こそ、この曲が言わんとしている情感を余すところなく伝えた最高の名演奏と言っていいでしょう。第1楽章では弦の奥行きのある響きが雰囲気満点で、抜群に美しいハーモニーを奏でていきます。自然な流れの中にも豊かな音楽の魂が息づいていることに驚かされます! 第2楽章も相変わらず合奏がきめ細やかで美しく、詩的なセンチメンタリズムを思わせます。第3楽章の剛毅な迫力や第4楽章の格調高い響き等、どこをとっても聴く人はブラームスの音楽の心と結ばれていくに違いありません。とにかく作品の美しさを損なうこと無く、あらゆる面で最大限に引き出しているのです。
 ザンデルリンクは70年代にドレスデン・シュターツカペレと組んで録音していますが、こちらもなかなかの名演奏です。



2013年8月21日水曜日

ベートーヴェン ピアノソナタ第21番ハ長調Op.53「ワルトシュタイン」










強い意志を感じさせる作品

 ベートーヴェンのピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」は私にとって思い出深い曲です。この曲の圧倒的なエネルギーや懐の深い曲調は学生時代に挫けそうになった私へ限りない勇気を与えてくれたのでした……。

 ベートーヴェンの音楽は強い意志を感じさせる作品が多いのですが、この「ワルトシュタイン」もそのような性格が見事に反映された作品の一つです!特に第1楽章はエネルギーがみるみるうちに集積され放出されるような激しい情熱が渦巻きます。音楽は淀むことなく、めまぐるしい転調やシンコペーションリズムの挿入、大胆な和音が続出するにもかかわらず、曲が一切破綻していません。それはベートーヴェンの音楽に強固な太い芯が通っているからなのでしょう……。
 第2楽章は約3分少々の短い楽章ですが、決して第1楽章と第3楽章の場つなぎ的な楽章ではありません。第1楽章と第3楽章の場面転換を強く印象づけ、心の内面を深く見つめる重要な楽章なのです。沈思と回想、ここから聞こえてくるのはベートーヴェンの内省の想いなのです……。第2楽章は分散和音が回帰し、思い出を閉じるように第3楽章に移行していきます。
 すると無限の優しさと愛おしさにあふれた第3楽章のロンド主題が現れます!忘れかけていた大切なものに巡り会えた喜びと深い安らぎがあたりを支配します。曲中に何度も形を変えて展開されるロンド主題は平和を謳歌する象徴のように次第に深化されていくのです。


ベートーヴェンの精神を具現化したようなバックハウスの名演奏

 演奏はバックハウスの録音(DECCA)が他のピアニストとは別次元の演奏と言えるでしょう。ベートーヴェン演奏に対する揺るぎない自信と確信が成せる技なのでしょうが、それにしても聴けば聴くほど凄い演奏です!

 第1楽章の豪快でスケールの大きい表現、第2楽章の心の機微や内省的な表情を息づかせる表現、第3楽章の懐の深い表現と息づかい……。ともすればバックハウスのイメージから豪快一辺倒な演奏を思いがちですが、決してそうではありません。多彩な表情や深い感情の余韻を随所に聴かせてくれるのです。
 聴く人は音楽に浸る幸福感を最高に感じることが出来るでしょう!「ワルトシュタイン」においてバックハウスは心技体すべてでベートーヴェンの精神性を具現化している(熱情ソナタにも言えることですが)と言っても過言ではないでしょう!特に息もつかせぬパッセージの有機的な流れやフレージングの見事さ!バックハウスが施す音楽の”間”はただの余白ではなく、曲の全体像を彫琢する重要な音なのです。ステレオ初期の録音ではありますが、今もその存在感は絶大です。


2013年8月13日火曜日

ショパン バラード第4番ヘ短調作品52













ショパンの最高傑作のひとつ

 前回取りあげたバラード第1番は美しく哀愁に満ちたメロディと華麗な技法が印象的な作品でしたが、今回の第4番は精神的な深化とでも言ったらいいのでしょうか……心のゆとりや諦観が曲全体に流れているのです。第4番はある意味、ショパンの音楽の粋といってもよく、ここにショパンのすべてがあると言っても決して過言ではないでしょう。
 
 なごやかに開始される序奏はゆとりと安らぎに満ちており、平和な雰囲気を伝えてくれます。しかし、それに続く第1主題は何とも言えない気だるい旋律を切々と奏でていきます。望郷の想いや哀惜の情が入り交じったような独特の雰囲気が何とも言えません…。第1番の第1主題、第2主題に比べると心をすぐにとらえるようなハッとする魅力には乏しいけれど、その代わり何度聴いても飽きない不思議な生命力に満ちたメロディだと思います。
   この主題は曲が進行するにつれて内声部を充実させたり、カノンに形を変えたり…と様々な形に発展しながら無限の表情を見せてくれるのです。改めて、孤高の詩人ショパンの天才的なインスピレーションと才能にため息が出る作品ですね…。


タイプの異なる名演

 バラード第4番はサンソン・フランソワのピアノ(EMI)が即興的な閃きや研ぎ澄ますされた感性で曲の本質を描いてくれます。作品に深く没入し、まさにピアノの詩人と化して様々な表情や音楽の心を伝えてくれます!

 ルービンシュタインのピアノ(RCA)は相変わらず、くっきりとしたタッチと清澄な音質で魅了してくれます。何よりも安定した造形と作品への深い理解が音楽の本質を引き出していると言っていいかもしれません。バラード第4番をこれから聴きたい方にとって、おそらく最高の1枚となるでしょう。




2013年8月3日土曜日

ショパン バラード第1番ト短調作品23













2つの魅力的な主題による名曲

 正直に告白しますと、ショパンはどちらかというと苦手な作曲家の一人で、普段はあまり好んで聴きません。有名なポロネーズあたりを聴く限り激情的で孤高な人なのかと思うのですが、その一方でロマンチックな情緒をいっぱいに効かせたフレーズを作ったり、超絶技巧を要するヴィルトゥオーゾに変身したり……。大作曲家であることは間違いないのだけれど、どうも本当の素顔が見えない作曲家のように思えて仕方ないのです(もちろんそういうところが魅力なんだとおっしゃる方も多いのですけれど)。
 4曲作ったバラード集にもそういうところがたくさん見受けられるのですが、ショパンの魅力がふんだんに散りばめられた傑作であることには違いありません。

 中でも第1番ト短調は昔から多くの人に愛聴されてきた名曲です。この曲が愛される理由は何と言っても2つの魅力的な主題によるところが大きいでしょう!親しみやすくロマンチックな情感にあふれた2つの主題は曲中でさまざまに音型を変えながら展開していきます。

 曲の冒頭で決然と開始される変イ長調のユニゾンはショパンのこの曲への強い想いを代弁しているかのようです。すると、まもなく哀愁を帯びた第1主題が出てきます。この第1主題は心にぽっかりと穴が空いたような虚無感、寂寥感が滲み出ており、この作品の中でもとりわけ印象的な箇所ですね…。
 その後切れ目なくト短調の経過句が続き内面的なわびしさを表出していくと、やがて甘く美しい変ホ長調の第2主題が現れます!この部分はショパンが作った旋律の中でも最もロマンチックなメロディかもしれません。第1主題で孤独な旋律が響いているだけに、平安な気分に満ちた第2主題は素晴らしい明暗の対比を描き分け、曲を大いに盛り上げていくのです!

 そして後半はこの二つの主題が交互に配置されながら、ショパンらしい華麗なテクニックと旋律によって、きらめくような音楽の泉となり幕を閉じるのです。


ルービンシュタインとツィマーマン新旧の名盤

 そもそもバラードという作品は、ショパンの作品の中でもかなり地味な部類に属しており、そのぶん決定的な名演奏にはなかなか出会えないというのが一般的なイメージでした。しかしこの作品の意味をしっかり理解し、共感している人はさすがに素晴らしい演奏を残しています。

 中でもアルトゥール・ルービンシュタイン(RCA)は自然な感興によって演奏されており、くっきりとした音色、瑞々しい感性、風格のある表現と…どれをとっても安心して聴ける素晴らしい演奏です! 特に後半のヴィルトゥオーゾ的な華麗なフレーズの部分はルービンシュタインの手に掛かると引き締まった完成度の高い音楽になっていることに驚かされます。これはショパンの音楽に精通し共感を寄せるルービンシュタインの卓越したピアノでなければ表出できない世界かもしれません。ショパンのバラードの演奏をこれから聴こうという方にはまっさきにおすすめできる演奏と言っていいでしょう…。

これに対してクリスチャン・ツィマーマン(グラモフォン)の演奏は溶けるような美しい音色と夢幻的なタッチで繊細な表情を描き出します。わずかな音色の変化にも柔軟に反応するツィマーマンの音楽センスには驚きを隠せません!バラードという地味な作品にこれほど抒情的な表現を施した演奏はとても意味があります。





2013年7月28日日曜日

ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調 作品67 part2









今なおコンサートの花形プログラム

 音のドラマが心を揺さぶり、充実度満点のベートーヴェンの交響曲第5番は昔から多くの指揮者がこぞって取り上げた作品でした! その傾向は今も変わっていないと言っていいでしょう。コンサートの花形プログラムであることは間違いありません。苦悩から歓喜へ至る勝利の道程は人の心を鼓舞する強いメッセージがありますし、演奏効果がすこぶる高いことも人気の要因なのだと思います。これはいかに第5が聴衆にアピールする魅力をふんだんに持った作品なのかということのあらわれに違いありません。

 ただし演奏そのものは決してたやすくはありません。表面的に曲の体裁を整えたり、バトンテクニックの上手さで感動的な演奏を実現させることは、まず不可能と言っていいでしょう。音楽的に優れているとか、センスがあるという類いの要素はこの曲に関しては逆にマイナスの材料になりかねないのです。第5は指揮者の人間性、精神性、芸術性までも浮き彫りにしてしまう恐ろしい作品といっても過言ではありません。とにかく上っ面を撫でた指揮、マニュアル通りの指揮では到底表現できない高度な精神と意志の力が音楽に色濃く反映しているのです。


音楽の概念を根底から覆す作品

 第1楽章はメロディ的な要素が一切なく、音楽の概念を根底から覆すような革新的で大胆な試みに驚かされます。たたみかけるような絶望的な主題や緊迫感漲る構成が曲が進行するにつれて次第に魂の鼓動や訴えを如実に表出していくではないですか! 
 第2楽章の回想や瞑想…、ここではさまざまな想いが夢のように交錯します。しかしベートーヴェンは自分を取り戻しつつ、過去に決別しながら着実に前進していくのです。
 第3楽章の冒頭は第5で最も印象的な部分かもしれません。暗闇の中からゆっくりと顔を上げ、恐れと不安に怯えながらも地に足を着けて歩き出す姿が印象的です!
 そして第4楽章フィナーレの圧倒的な勝利の凱旋!執拗なくらい何度も何度も繰り返される歓喜のテーマは有無をも言わせぬ感動と興奮を引き起こしてくれます!


チェリビダッケの密度の濃い名演奏

 最近これは…と思える素晴らしい演奏に巡り会えました!それはセルジュ・チェリビダッケがミュンヘンフィルを指揮した1992年のライブ演奏(EMI)です。第1楽章からチェリビダッケ独特のゆったりとしたテンポで始まりますが、引き締まった造型と磨かれた立体的な響きが他では味わえないような充実した演奏を創り出しています。
 第一楽章は一般的に早いテンポでグングン押していく指揮者が多いのですが、チェリビダッケはテンポを変えたり、興奮して加速したりということが一切ありません。ただ有機的で気持ちのこもった楽器の音色が最上の純音楽的な美しさを引き出しているのです!

 特に素晴らしいのは第3楽章の冒頭の暗闇からの目覚めを表出する意味深い響きではないでしょうか。絶望や喘ぎを深い呼吸でじっくりと表現しており、思わず感情移入させられます。それに続く第4楽章も金管楽器の強奏を始めとする、これぞベートーヴェンという隙のない響きがたとえようのない満足感を与えてくれます!録音が素晴らしいところも魅力で、現在フルトヴェングラーの数種類の録音を除けば、最も安心して聴ける演奏と言っていいかもしれません。