2010年11月1日月曜日

コンサート情報




20101120日[土]15:00 コンサートホール
内田光子&ヴィヴィアン・ハーグナー デュオコンサート
~日本オーケストラ連盟青少年育成基金チャリティコンサート~

(会場)東京オペラシティコンサートホール


既に発売中のプログラム。どんな演奏になるのか、非常に楽しみですね。
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(演奏)
ピアノ:内田光子
ヴァイオリン:ヴィヴィアン・ハーグナー

(曲目)
○モーツァルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ホ短調 K304
○バルトーク:無伴奏ヴァイオリンソナタ Sz117から「シャコンヌのテンポで」
○J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004から「シャコンヌ」
○ブラームス:ヴァイオリンソナタ第1番 ト長調 op.78《雨の歌》
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[料金](全席指定・税込)
S:¥7,000 A:¥6,000 B:¥5,000 C:¥4,000 D:¥3,000
[チケット取り扱い]
東京オペラシティチケットセンター 03-5353-9999

チケットぴあ
 0570-02-9999(Pコード:112-977)
イープラス http://eplus.jp/
ローソンチケット 0570-000-407(Lコード:39399)
CNプレイガイド 0570-08-9990




2010年10月29日金曜日

モーツァルト オペラ「後宮からの逃走」





衣無縫な創造のインスピレーション

 不世出の天才作曲家モーツァルトがその真価を最大限に発揮したのはまぎれもなくオペラでしょう。モーツァルトは襟を正した交響曲や宗教音楽でももちろん美しく格調高い作品を作ったのですが、やはりオペラの生き生きした魅力には及びません。オペラはモーツァルトの天衣無縫な創造のインスピレーションを縦横無尽に発揮できた格好のジャンルだったのです。

 おそらく、過去現在においてオペラのジャンルでモーツァルトほどの至高の高みに達した作曲家はいないと言ってもいいでしょう。いわゆるモーツァルトの3大オペラと呼ばれる「フィガロの結婚」、「魔笛」、「ドン・ジョバンニ」はどれも汲めども尽きない最高のエンターテインメントであり芸術なのです。
 生き生きとした人間感情の表現、神秘の世界に誘う感性やコミカル、シリアスな表現の陰に見え隠れする哲学的なメッセージ……。そしてそれは決して理想の人物像を描くのではなく、等身大の人物を飾ることなく、デフォルメも加えながら大胆に描いて見せるのです。まさにオペラの世界においてモーツァルトは自ら道化となりながら、やんわりと人生の本質を皮肉を込めながら描いていったのです。

 そのモーツァルトのオペラの中でも「後宮からの逃走」は最も入りやすい作品かもしれません。この作品はストーリーがやや唐突なところがありますが、変化に富み、ヴァイタリティに溢れ、随所にモーツァルトの卓抜したセンスが散りばめられているのです。
 舞台はトルコの太守に売られてしまったコンスタンツェ他2人(ペドリッロ、ブロンデ)を救出するためにベルモンテが宮廷に潜入します。しかし廷内では性悪な番人オスミンが見張っているため救出はうまくいきそうにありません。
 そこでペドリッロはオスミンを誘って酒を飲ませ、眠らせようとします(アリア「さあ戦いだ」、二重唱「バッカス万歳!」)。この作戦は成功します。しかし、上手くいったと思ったのもつかの間、オスミンが目を覚ましてしまい、再び捕らえられてしまいます。


 ベルモンテがコンスタンツェと再会する時の四重唱「喜びの涙が流れるとき」から、ベルモンテとペドリッロがコンスタンツェとブロンデの貞節を疑うものの、誤解が解けて和解する四重唱「ああベルモンテ、私の命」のあたりはこの作品の最大の聴きものです。
 喜び、失望、慰め、希望といった様々な感情が次々に表情を変えながらもまったく音楽的な窮屈さを伴わず、一気に聴かせてしまうモーツァルトの天才的なセンスには唖然とするしかありません。この作品では主役のコンスタンツェ、ベルモンテ以上にオスミン役の比重が大きく、何よりも図々しいくらいの存在感と声の独特の魅力が要求されるでしょう。


 CDではクリスティ(エラート)の演奏が一切気負わない自然体のしなやかな演奏を聴かせてくれます。しかもまったく薄味になることなく、自然体であることが歌の魅力を引き立てて、楽器の響きを際立たせ、透明感に満ちたディテールの魅力を掘り起こして行く結果となるのです。シェファーのコンスタンツェ、ポストリッジのベルモンテ等、充実した歌手陣も魅力です。ただ、オスミン役のアラン・ユーイングが少々弱い感じがするのが残念です。


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2010年10月27日水曜日

横浜美術館「ドガ展」




 先日、横浜美術館のドガ展を見てまいりました。展示された作品は国内外のコレクションから油彩、パステル、デッサン、彫刻等120点に及ぶ結構な数でした。展示の順路が年代と作品の傾向の変遷に沿っていたので、ドガの人となりや創作上での紆余曲折を垣間見れたような気がします。
 改めて思ったのは、ドガは人物を被写体にすると、直感的に本能的に何の迷いもなく線やタッチを強い存在感をもって描くことができた稀有な才能の持ち主だったということです。バレエの踊り子の習作や油彩、乗馬の絵も見事ですが、特に見事なのは裸婦のデッサンですね。後ろ向きの裸婦は人体の質感はもちろん、力感や空間を感じさせつつ壮大な小宇宙をも表出しています。これまでドガは卓抜なデッサンの名手とだけ思っていたので、この柔らかく深い世界は正直、驚きでした。

 また、ドガにとっては珍しい風景画も展示してありましたが、秀逸な人物画を見慣れているせいか、登場人物が出てこない舞台のようでちょっと違和感が残りました!?
 挿し絵やパンフレットのメインビジュアルもあったりして、これは何と贅沢なんでしょう!これほど説得力があり完成度の高い挿し絵があれば、仮に内容が稚拙であっても絵の魅力でそれを補って余りあるのではないかと思ってしまいます。
 この展覧会はかなり人気があるらしく、私が行ったのは平日の午後でしたが意外と来場された方でいっぱいでした。土日はかなりの混雑になるのではと思います。


時間がとれる方であれば平日のほうをおすすめしたいと思います。
【ドガ展・展覧会概要】
◯横浜美術館
 〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1 
 TEL045-221-0300
◯2010年9月18日(土)〜12月31日(金)
◯10:00〜18:00
(毎週金曜日は20:00まで開館。入館は閉館の30分前まで)
◯休館:毎週木曜日
(ただし12/23、12/30は閉館)
◯チケット
(一般1500円、高校・大学生1200円、中学生600円、中学生以下無料)

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2010年10月25日月曜日

デューラー版画・素描展



版画に聖域を築き上げた巨匠の展覧会

アルブレヒト・デューラー 《ネメシス(運命)》1502年
エングレーヴィング 国立西洋美術館

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アルブレヒト・デューラー版画・素描展 宗教/肖像/自然
会期:20101026日(火)~2011116日(日)
東京・上野国立西洋美術館
開館時間:午前930分~午後530
毎週金曜日:午前930分~午後8
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(*ただし、201113日・10日は開館、
1228日(火)~201111日(土)、14日(火)・11日(火)は休館)
2011年は12日(日)から開館します。
国立西洋美術館公式HP http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html
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 ドイツの画家アルブレヒト・デューラー(1471-1528)は、芸術において「宗教・肖像・自然」という主題が重要だと考えました。この3つの主題でデューラーの版画を見る本展は、メルボルン国立ヴィクトリア美術館のコレクションの105点を中心に構成されています。(国立西洋美術館HPより)
 デューラーは版画に一つの聖域を築き上げたともいえる巨匠です。今回の展覧会は創作活動の中核をなす版画と素描のみのもので、デューラーのデッサンにかける確固たる想いが伝わってきそうです

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2010年10月24日日曜日

ニュープリント版「死刑台のエレベーター」


鮮明な画質で甦ったルイ・マルの名作








 以前このブログでもご紹介いたしましたニュープリント版「死刑台のエレベーター」ですが、10月9日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開中です。今後、このニュープリント版は全国主要都市で順次公開予定とのことです。
 予告編でもお分かりのように、画質が見事に蘇っていることにきっと驚かれることでしょう。作品は息もつかせぬ展開の連続で、時間があっという間に経ってしまったと思われるに違いありません。いずれにしても年齢、性別関係なく誰が見てもその完成度の高さに目を見張る名作だと思います。この機会にご覧になるのもいいかもしれませんね!!
公式HP http://www.zaziefilms.com/shikeidai/


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2010年10月15日金曜日

ヘンデル「エイシスとガラテア」







メルヘンとファンタジーの魅力作 

 バロックの巨匠ヘンデルの作品から声楽やオペラを無くしてしまったら、どうなるのでしょうか……。?それはヘンデルの作品の宝のほとんどを失うことになるでしょう。それほどヘンデルの声楽やオペラは他に代え難い魅力があるのです。たとえばイエス・キリストの人物像を描いたオラトリオ「メサイア」を最初から最後まで胸をワクワクさせながら聴かせられる作曲家が他にいるでしょうか?

 他の作曲家の作品からの引用が多いとか、旋律があまりにも単純だとか非難されることが多いヘンデルですが、それにしても出来上がった作品のひとつひとつは完全にヘンデルの音楽として血肉化されているのです。

 この「エイシスとガラテア」もそうで、後年の「サウル」「テオドーラ」「エフタ」のように骨太で深刻な内容ではなく、メルヘンとファンタジーに富んだ魅力的な音楽劇なのです。また全曲を聴き通しても80分程度の比較的短いこの作品は表現にまったく無駄がなく、もっともっと愛されてもいい音楽だと思います。

 ストーリーは羊飼いの若者エイシスとニンフ(精霊)の娘ガラテアは仲のいい恋人同士です。怪物ポリフェーマスがエイシスに嫉妬し、岩を投げつけて殺してしまいます。しかし、その後エイシスはガラテアの力により涸れない泉となって永遠の命を得ます。実に単純なお話ですが、ここに現れる牧歌的な舞台背景や愛の教訓、さまざまな比喩は物語を意味深く魅力的に演出しているのです。無邪気なメロディや懐かしい響きも顔を覗かせて、最後まで飽きることがありません。モーツァルトが愛すべきヘンデルのこの作品を編曲したのもわかるような気がします。

  この曲を聴くと、とても晴れやかな明るい気分になります。心のもやもやを洗い流すかのように暗い影を消し去ってくれるからです。ヘンデルの純粋無垢な旋律だとかメルヘン的なテーマは中身が薄いのでは?と思われがちですが、決してそんなことはありません。ヘンデルの紡ぎ出すメロディは人の心の奥底にある希望や愛の扉を巧みに開けてくれるのです。

 この曲はモーツァルトが編曲した版を使用したトレヴァー・ピノックの演奏が最高です。とにかく前進するエネルギーに溢れ、さわやかな空気感や牧歌的な雰囲気を見事に表出しています。歌手陣も素晴らしく、ボニーの真っ直ぐで理知的な声がガラテアにぴったりだし、マクドゥガルの端正な美声もエイシスにはまっています。残念ながらこの録音も今や廃盤の憂き目にあっています(iTunesストアではダウンロード可能)。ただただ、復活を願ってやみません。




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2010年10月8日金曜日

ブルックナー 交響曲第6番イ長調





   私は10数年前までブルックナーの交響曲が大好きで、ことあるごとに様々な演奏に触れてまいりました。特にヨッフムがベルリンフィルを指揮した第9は心底共感し、あの長い曲を何度も聴き返したことをよく覚えています。ブルックナーの交響曲から放たれる音の響きは独特でこれまでの西洋音楽の通念とはちょっと違うものでした。特に自然の情景が次々に移り変わるように場面が転換される構成は私にとってかなり新鮮だったのです。
  
 しかし、ブルックナーの交響曲が日本の演奏会でよく取り上げられるようになった90年頃からは逆にかなり距離を置くようになったのです。なぜそうなってしまったのかは自分でもよく分からないのですが、きっとあの長い導入部と展開部に浸る心のゆとりがなくなったのが原因ではないかと思うのです。

 我ながら、いつのまにか考える時間や瞑想に耽る時間が少なくなってしまった……。とつくづく感じるのです。毎日時間に追われ、世のデジタル環境の整備が伴う中で、アナログ的な目に見えない大切なものを次々に失ってしまったのではないかと思うのです……。もう一度自分をリセットしたいと思うことしきりですが、世の中そう甘くありません。日常の生活では決められたタイムテーブルに沿って行動していかないとたちまちはみ出し者になってしまいます。しかも時間は無常にも過ぎていきます。そのような意味でも毎日どれだけ濃密な時間を過ごせているのかは甚だ疑問です。

 そうなのです!ブルックナーの交響曲は時間や世の動向という制約からはまったくといっていいほど解放されているのです。ゴールへの強烈なプレッシャーが無いのです。ブルックナーの音楽の本質は今ある美しいメロディーをいかに感じ、心に溶け込ませるかなのです。忙しさのあまり、純粋な心、オープンな心が閉ざされるとブルックナーのあの悠々とした大河の流れのような響きはとても辛くなるのです……。

 極端な話、ベートーヴェンやマーラーの交響曲と比べると、ブルックナーの音の響きのありようはまったく違います。ベートーヴェンの交響曲が強い主張と存在感の固まりで、絶えず「こうだ!」と明晰な断定の基に曲が作られているのに比べ、心象風景のように悲しみ、嘆き、喜び、友愛、感謝といった諸々の感情が祈りの中に集約されたブルックナーの音楽は明らかにカトリック的な人生観や宇宙観が核心を占める特異な存在ではないかと思うのです。


 前置きが長くなってしまいましたが、ブルックナーの交響曲第6番は例にもれず美しい作品です。特に第2楽章の神聖な光に終始照らされたような趣きのあるこの楽章は疲れた心に水が染み込むかのように慰めと潤いを与えてくれます。寂しげな表情で慈しむようにじわじわと心に接近してくる第1楽章も忘れられません。決して演奏される機会は多いとはいえない作品ですが、穏やかな光と風が全編に流れ、詩情あふれる作品として忘れることのできない作品です。
 この作品はヨッフムがバイエルン放送交響楽団と組んだ古いほうの録音が、シュターツカペレ・ドレスデンと組んだ演奏よりも詩情に溢れ、無垢な表情をうまく表現していると思います。特に第2楽章の見事さは何回聴いても飽きることがありません。ブルックナーの音楽の美しさを最大限に浮き彫りにした演奏とはこのような演奏を指して言うのかもしれません。



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