2016年4月29日金曜日

ブラームス 交響曲第3番ヘ長調作品90






















意味深い響きやメロディが
有機的につながる交響曲

 ブラームスの4曲の交響曲の中で、一番地味なようだけれども、実は芸術的な味わいや充実した構成で際立っているのが3番です。

 1番のように片意地を張ってないし、2番のように長過ぎないし、4番のように渋すぎることがありません。(私の個人的な印象なので気にしないでください)つまり自然な流れの中で、ブラームスでしか出せない音楽的な魅力がいっぱいに詰まった傑作なのです。

 もちろんブラームスの交響曲ですから、長調の作品とはいえ、決して希望的とか明るいというのではありません。音楽は絶えず憂愁と寂寥感に覆われているのですが、それをあるがままに受けとめながら前進しようとする男性的なロマンが漲っているのです……。
 また、転調が少なく、意味深い響きやメロディが有機的に絡んでくるため、素直に心に訴えかけてくるのも3番の魅力です! 

 第1楽章の出だしから淀みなく、雄々しい主題と共に一気呵成に曲は進行していきます! 堂々としていて風格があり、全体的に呼吸の深さやスケールの大きさを感じます。 
 この第1楽章をさらに抽象的な主題に転化して高めたのが、第4楽章アレグロでしょう。ここは全曲の中で特に優れている部分といっても過言ではありません。

 不安を煽るような導入部分で開始されるため、「ついに作品が暗い情念で覆われてしまうのか……」と、一瞬憂鬱な気持ちになってしまいます。しかし、トロンボーンの印象的な響きに続く、息をもつかせぬドラマチックな主題の展開や結晶化された響きは芸術的な感興すら覚えます。過酷な運命の渦中にあっても、冷静沈着で毅然とした強い意思と姿勢が音楽に現れているといってもいいのではないでしょうか……。



ロマンの香りを
内包した作品

 3番はしっかりとした骨格を持った交響曲だと思われがちですが、実はロマン派的な情緒をふんだんに持った作品でもあるのです。
 とりわけ有名な第3楽章はただただ切なくて、一度聴いたら忘れられない音楽となるかもしれません。中間部のはかない夢共々、哀しくも美しい音楽が胸に染みます……。

 また第2楽章アンダンテも叙情的で美しいメロディが心を癒やし、潤いを与えてくれます。しかし、それは過去への回想であったり、心象風景であったり…と、あくまでも深い憂愁が根底に流れているのです……。このあたりはブラームスでしか表現できない独特の魅力かもしれません。叙情的な主題は次第に心の空洞を埋め、忘れかけていた心の情景を甦らせていきます。

 演奏はクルト・ザンデルリング指揮ベルリン交響楽団(ヘンスラー)のブラームス交響曲全集に入った1枚が最も安心して聴ける演奏です。テンポや管弦楽の音色の深さ、表情、録音とどれをとっても素晴らしく、ブラームスの息づかいが聞こえてきそうな演奏です。これからブラームス3番を聴きたいという方には真っ先におすすめしたいCDですね!

また、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団(CBS)の演奏も同じ意味で安心して聴ける演奏です。特に第2、第3楽章のロマンの香りはザンデルリング以上に味わい深く叙情的かもしれません。

 ハンス・クナパーツブッシュ指揮ウイーンフィル(ドリームライフ)の演奏は1958年のモノーラルですが、これは3番の究極の演奏と言っていいかもしれません。スケール雄大、表情も濃く、呼吸も深く、あらゆる意味でこれ以上に作品をデフォルメすることができないくらいにクナパーツブッシュの表現で貫いています!
 しかも作品の本質をがっちりつかんでいるため、不思議と違和感がなく、その表現力の凄さには驚くばかりです。ただし、これから聴きたいという方は敬遠されたほうがいいかもしれません。あまりに独特で個性的な表現であるため、他の演奏を受けつけなくなったり、「ブラームスの3番はこういう曲?」という既成概念が植え付けられてしまう恐れがあるからです。


2016年4月20日水曜日

午前十時の映画祭7












往年の名画ファンの夢を
叶える素晴らしい企画

 どうも最近公開される映画には気持ちが向かなくなったというか……、食指が動かされる映画が少ないのが事実です。でも往年の名画には何度も見てみたい作品がたくさんあったんだけどなぁ……!
 そのような往年の名画ファンの夢を実現したといえる企画が「午前十時の映画祭」シリーズです。すでにシリーズ7回目となるそうですが、ラインナップを見ると、どれもこれも名画ファンには懐かしいタイトルばかり! 毎週見ようかな……!?と思ってしまうほど、洋画、邦画の名作のオンパレードです。 
 もちろん、楽しめるのは往年の名画ファンばかりではありません。「こんな映画があったのか!」と、老若男女を問わず楽しめる要素が充分だし、映画の奥の深さ、映画の素晴らしさを再発見できる素晴らしい企画だと思います。

 ちなみに私がお勧めなのは「マイフェアレディ」、「旅情」、「アマデウス」、「モンパルナスの灯」あたりですね。当然のことですが、映画館で見るのと自宅でビデオを見るのとでは、音響、画質、臨場感等々で、まったく違う感覚、感動があります。改めて往年の名画にどっぷり浸かる幸福感を味わいたいものですね……。




「午前十時の映画祭7
上映作品決定、上映劇場のご案内
2016/02/19

「午前十時の映画祭7の上映作品、上映劇場が決定いたしましたのでお知らせいたします。
特にご注目いただきたい作品は、4Kデジタルリマスターで蘇る黒澤明監督の代表作「七人の侍」。
ようやく上映が実現したオードリー・ヘップバーンの名作「マイ・フェア・レディ」。また夏休みには「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作の連続上映を全劇場で同時実施します。
今回はじめて上映する外国映画19本、日本映画4本、これまで上映した作品で人気の高かった作品6本、合計29本をラインナップ。詳しくは、公式サイトをご覧ください。

開催概要   201642日(土)~2017324日(金)
開映時間   毎朝10劇場によっては開映時間が異なります。
上映期間   1作品2週間または、1週間上映
開催劇場   全国55劇場
入場料    一般 1,100円/学生 500
上映方式   デジタル素材による高画質DCP上映
公式サイト http://asa10.eiga.com/2016/


2016年4月18日月曜日

ボナール 田園交響曲(田舎)







芳醇な香りを
放つ色彩

 ボナールと言えば真っ先に思い出されるのがセンス満点の色彩感覚です。これは彼の絵のすべてに共通するものですが、形や構図のバランス等の一切を抜きにしても、なお魅力的な絵というのはボナールだけかもしれません……。

 それほど彼の色彩には他の画家とは一味違う独特の魅力があるのです。透徹していて、甘美で洗練されたムードを漂わせているといったらいいのでしょうか……。おそらく天性のカラリストなのかもしれません。
 知的でありながら繊細でかつ感覚的、しかも芳醇な香りを放つ色彩はそれぞれが絵の中で不思議な魅力に満ちています。そしてそれは個性の輝きと相まって、絵の空間で豊かなハーモニーを奏でるのです。

 「田園交響曲」でもペールブルーの木々の背景に着色された緑や青紫がとても印象的です! また絵の下半分を占領するベージュの色彩の幅も大変広く、ボナールはその一つ一つの要素にさまざまなニュアンスと情感を吹き込んでいるのです。

 それはただの色ではなく、呼吸をするように私たちの五感に無理なく浸透する癒しの形であり、心の扉を開放する優しい戯れでもあるのです。
 何よりも洗練された甘美な色彩は観る者の目を釘付けにする特別な効果を持っているといっていいでしょう。そして、極力シンプルで意味深い線と形がますますこの絵に叙情的な魅力を降り注いでいるのです!


2016年4月6日水曜日

ヘンデル 組曲第5番 ホ長調 HWV.430










短調の音楽が
長調の曲より深い
という錯覚

 日本では一般的に長調の曲よりも短調で書かれた曲のほうが内容が深いとか芸術性が高いと思われる傾向があるようです。
 その証拠にモーツァルトの一番人気の曲は交響曲第40番であったり、ピアノソナタ9番K310が演奏会でよくとりあげられたりします。また、ベートーヴェンでも交響曲第5番「運命」や熱情ソナタ等は抜群の知名度を誇っています。それは有名なシャコンヌを含むバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番の場合も同様でしょう。

 もちろん短調の曲だから優れているという訳ではなく、純粋に作品として優れているから名曲として語り継がれてきているとは言えますよね……。

 しかし冷静に考えると、個々の作曲家の最高傑作と捉えてもおかしくない長調の作品が意外にも地味な扱いに甘んじていないわけでもありません。
 たとえば、壮大な抒情詩として人間と自然の対話を描いたベートーヴェンの交響曲第6番「田園」や、格調高い古典美と颯爽としたデリカシーが光るモーツァルトの交響曲第38番「プラハ」等はどう考えてももっともっと評価されてもおかしくない作品だと思います。


根拠のない副題
ヘンデルの「調子の良い鍛冶屋」

 またクラシック音楽に付けられる副題ってありますが、どうも副題は作品を印象付けるために面白おかしく付けられる傾向があるようですね……。そのあおりを最も受けているのが、もしかしたらハイドンやヘンデルではないでしょうか?

 ハイドンの交響曲には「めんどり」とか「熊」、「校長先生」、「火事」、「うかつ者」、「驚愕」のようにおよそスタイリッシュではない副題の作品がズラリと並んでいます! しかし、副題のイメージだけに惑わされてはいけません。純粋に曲に耳を傾けると、それがただの固定観念以外の何物でもなかったことに気づかされるのです!

 それはヘンデルの組曲第5番に入っている「調子の良い鍛冶屋」(最終曲のエアと変奏曲)もまったく同じですね。誰が名付けたのかわかりませんが、本当に調子がいい……というか無責任な副題だと思います。
 さて、組曲第5番HWV430は全曲を通しても、せいぜい12分程度の長さで、親しみやすさ、音楽の充実度からいっても申し分ない作品です。CDが見つかったら、是非とも先入観なしで音楽を聴いてほしいと思います。

 副題になっている「調子の良い鍛冶屋」ですが、親しみやすく格調高いという相反する要素をあたりまえのように音楽として結実させているところに驚かされます。かつ、変奏曲の展開の見事さは賞賛に値するでしょう。リズムや調性を微妙に変えながら音楽がどんどん発展していく様子はヘンデルの音楽家としての天分以外の何物でもありません。

 また、第1曲の前奏曲の情報量の多さにはビックリします!泉がこんこんと湧き出すような主旋律と対旋律の織りなす多彩な響きに惹きつけられますし、心の高揚感を表すアルペッジョの効果も驚くばかりです。
 第2曲アルマンドは、これといった特徴的な主題こそありませんが、水面のさざ波を思わせる穏やかな叙情がかえって心に深く刻みこまれます。


ハイドシェックの
唯一無二の名演奏

 組曲第5番HWV428はピアニストとしての表現力や資質の差が出やすい作品といっていいでしょう。
 特に最初の前奏曲は大きな差が現れやすい音楽だと思います。これを無表情で淡々と弾かれてしまうと、その後の期待感は一気に萎んでしまうといっていいでしょう!逆にこの前奏曲で堪能させてくれると、希望が大きく膨らむことも間違いありません。

 その前奏曲が最高に素晴らしいのがエリック・ハイドシェック(CASSIOPEE)です。これは輸入盤で、20年以上前に発売されたCDですので、非常に手に入りにくいでしょうし、お店や通販での在庫の確認は必至です。

 とにかく何という音楽センスと表現力でしょう! 主旋律と対旋律、様々なパッセージが大きな弧を描くように意味深く響いてくるのです。もはやバロック特有のマニュアル通りというか…、コチコチの煮ても焼いても食えないような表現ではありません!ヘンデルの組曲がこれほど生き生きとニュアンス豊かに、しかも花の香りが伝わってくるようなエレガントな響きを実現させたのはハイドシェックだけではないでしょうか?

 最後の「調子の良い鍛冶屋」も、もちろん素晴らしく、音楽の生き生きとした流動感やエレガントな響きに魅せられつつ、曲はあっという間に終わりを告げるのです!


2016年3月31日木曜日

「スタジオ設立30周年記念 ピクサー展」











ピクサースタジオ設立30周年
記念のイベント

 『トイ・ストーリー』や『ファインディング・ニモ』など、数々の人気作品を輩出したアニメーション・スタジオ「ピクサー」。そのピクサーが今年はスタジオ設立30周年に当たるそうです。

 30周年の節目として、現在、東京都現代美術館で開催されているのが「スタジオ設立30周年記念 ピクサー展-3月5日(土)から5月29日(日)」です。本展ではピクサー所属のアーティストたちが創り出したドローイング、カラースクリプト、キャラクター模型など、多種多様なアートワークの数々が紹介されており、映画制作の基となったアートワーク約500点が集結しています。

 注目なのが、「ピクサー映画ができるまで」のコーナーでしょう。 
 各作品のキャラクターを生み出したアーティストたちの創作の裏話やエピソードのインタビュー映像が様々な視点で収録されています!
 とにかく盛りだくさんの内容で、クリエイターやファンにとってはたまらない展覧会となるかもしれません……。



【開催概要】

開催期間   2016年3月5日(土)~5月29日(日)
開館時間   10:00~18:00
       ※入場は閉館の30分前まで
休館日    月曜日および3月22日(火)
       ※ただし5月2日(月)、
       5月23日(月)は開館。
会場     東京都現代美術館
       (企画展示室 1F/3F)
住所     東京都江東区三好 4-1-1

観覧料    一般1,500円
       高校・大学生1,000円
       小・中学生500円
       ※未就学児は無料。
       ※20名以上の団体購入は
       当日料金から2割引
       (東京都現代美術館で購入の場合のみ)
       ※身体障害者手帳・愛の手帳・
       療育手帳・精神障害者保健 
       福祉手帳・被爆者健康手帳の所持者と、
       その付き添い2名までは無料。
       ※4月20日(水)、5月18日(水)は
       シルバーデーにより65歳以上無料
       (年齢を証明できるものが必要)

公式サイト  http://pxr30.jp
問い合わせ  東京都現代美術館
       TEL:03-5245-4111(代表)
       03-5777-8600(ハローダイヤル)



2016年3月27日日曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482
















モーツァルトのピアノ協奏曲の
大きな飛躍と転機、K482

 ピアノという楽器は私たちが日常的に聴き慣れているせいか、どのような音楽作品で使われようとも 違和感がありませんし、不思議と気持ちに馴染みやすい感じがします。
 そのピアノという楽器の魅力と面白さを遺憾なく引き出した作曲家といえば、モーツァルトを措いて他にいないのではないでしょうか。
 特にピアノ協奏曲はモーツァルトにとって自身のライフワークと言われるくらいに魅力いっぱいです。それはただ単に作品として優れているということではでなく、モーツァルトがピアノという楽器の特性を知り尽くしていることと、豊かな感性と息づかいが聴く者の心に無理なく響くからなのでしょう……。そんなモーツァルトでさえも、ピアノ協奏曲で飛躍的な深化を遂げた時期がありました!

 それが何を隠そう、ピアノ協奏曲第22番K482からだと言っても過言ではありません。なぜK482からなのかということですが、たとえば前作21番K467の第2楽章アダージョとK482のアダージョを比べてみてください。「これが同じ作曲家なのか!?」と思うほど、そのあまりの違いに唖然としてしまうことでしょう。


驚くほどの拡がりと豊かさ、
妥協なき作品

 サロン風の穏やかで上品な音楽として作曲されたK467の第2楽章アダージョに比べ、K482のアダージョは終始、深い慟哭や孤独、心の翳りがテーマとして扱われているのです。おそらく、モーツァルトが作品の中でこんなにも自分の内面を深くえぐり出すことはなかったのではないでしょうか。
 特にピアノのモノローグはどこまでも内省的ですね……。しかし管弦楽がピアノを温かく包みこむのと、クラリネット、ファゴット、フルートなどの木管楽器の響きがパステルカラーのような色とりどりのニュアンスを与えてくれるために、暗い悲壮感で覆われることがないのです。

 また、この曲の見事さは、3楽章がいずれも充実していることでしょう。旋律の魅力、オリジナリティあふれる技法、色彩感iいっぱいの楽器構成、陰影の対比の見事さ等が多彩な表情を生み出し、作品として素晴らしいコントラストを生み出しているのです!

 第1楽章の推進力にあふれたテーマは力強さと流麗さ、輝きとデリカシーを併せ持った素晴らしい楽章で、特にオーケストラパートの立体的な響きは目を見張るものがあります。ピアノにぴったりと寄り添うオーケストラの呼吸の一体感も最高だし、中間部の緊張感や深さは効果を狙っていないのに凄いというしかありません。

 比類なき第2楽章の後に続く、第3楽章もまた「素晴らしい!」の一言に尽きます。ピアノの無邪気な微笑みと第2楽章で活躍した木管楽器がここでも優しさと潤いに満ちた抜群の味わいを醸し出します!中間部ではちょっぴり哀愁を湛えながら、忘れがたい印象を残しつつ曲は終了します……。


バレンボイム
新旧の名盤

 この作品では、バレンボイムがピアノと指揮を担当したベルリンフィルハーモニーとの演奏(TELDEC)をまず挙げたいと思います。バレンボイムのピアノは1小節ごとに表情が変化する類い希な雄弁な響きを表出しています。特に第2楽章での深い感情表現とデリカシー、間合いは最高と言っていいでしょう。
 それだけでなくベルリンフィルの響きの豊かさ、まろやかさは音楽の核心を余すところなく汲んでいて、曲の魅力を再認識させるのに充分です。
 そして、なんといっても木管楽器の魅力は絶大で、随所で甘美な夢を与えてくれます。唯一欠点をあげるとすれば、ベルリンフィルがうますぎるくらいうまいので、「人間味が薄い気がする」と思われても決して不思議ではありません。それをどうとらえるかはお一人お一人の好みになってくるでしょう……。

 バレンボイムには1970年代にイギリス室内管弦楽団を指揮した録音(EMI)もあります。
 バレンボイムの若々しく覇気に満ちたピアノが素晴らしく、イマジネーション豊かな表現が胸に響きます。イギリス室内管弦楽団の響きはベルリンフィルほど立体的な響きではありませんが、より即興曲でセンス抜群の味わいを堪能することが出来るでしょう。

 イギリス室内管弦楽団は昔からモーツァルトのピアノ協奏曲の演奏に関しては定評があり、実際マレイ・ペライア、内田光子、そしてバレンボイムとの旧盤と、いずれも甲乙つけがたい名盤を残しています。オーケストラの響きがモーツァルトとの協奏曲に相性が良いのか、柔軟性があるのかわかりませんが、これも何か理由があるのでしょうか……。




2016年3月16日水曜日

マティス 『ダンス』







絵画の新たな
可能性を導き出す

 小学生の頃だったでしょうか……。この絵を初めて見たときは本当にビックリしたものでした。「こんなにアッサリ、すっきり絵をまとめちゃっていいんだろうか……」と。その後、「絵の価値、意味って一体何なんだろう」としばらく悩んだものです。

 『ダンス』を見ていただければ、お分かりのように、背景を想わせる壁面や事物は一切存在しません。代わりに濃いブルーとグリーンの色面を分割しているだけです。またこの絵の唯一のモチーフでもあるダンスをする裸婦たちの顔の表情や服装、背丈の違い、陰影などはことごとくカットされているのです。

 マティスの『ダンス』は、徹底的に絵の要素から余分な情報を排除して、本当に伝えたい要素だけを抽出しているのです。つまり、絵として成立するための必要最低限の核心だけを的確に表現した絵と言っていいでしょう! まさに絵の表現の原点をみるような気がいたします。このような絵を描くことは画家としては大きな挑戦ですし、冒険でもあったことでしょう。それにしても何という潔さでしょうか!

 裸婦たちが手をつなぎ連なる形は、どことなく唐草模様を彷彿とさせ、装飾的な効果を生み出しています。そして忘れてはならないのが、画面全体にみなぎる動的なリズムと強烈な色彩のエネルギーでしょう。私たちはこの絵から単純な線と形、色面がもたらす絶大な効果を実感せざるを得なくなるのです。
 生々しい人間感情に敢えて触れないで、線と構図、色彩が繰り広げる自由奔放な感覚を絵に注入出来たのは、やはりマティスという鋭敏な感性の持ち主だったからなのでしょう。