2014年9月1日月曜日

アルフレッド・シスレー 「ルーヴシエンヌの道」











ほっとひと息つけるような
癒しと空気感

 以前の投稿でご紹介したセザンヌやマネのような個性が際立つ絵と比べると、実に分かりやすく、感性にストーレートに響く魅力的な絵がこれではないでしょうか……。
 今回のオルセー美術館展に出品されており、「どこがどう」といった明確なポイントをなかなか指摘しにくい絵なのですが、個性を主張する絵が多い中で、ほっとひと息つけるような癒しと空気感が伝わってくる絵なのです。

 ご覧の通り、絵から伝わってくるモチーフ(ルーブシェンヌの風景)への愛情は並々ならないものがあるように思われます。シスレー自身、このルーブシェンヌへの愛着はかなり強かったようで、この地を描いた作品が、同名の傑作をはじめとして数多く残されています。

 何よりも絵を職業として描いているという気負いや切迫感がなく、絵が好きで好きでたまらないといういい意味でのアマチュア感覚を持っていることが、この人の持ち味なのではないでしょうか。イギリスの裕福な貿易商の息子として生まれ、穏やかな性格だった彼は生涯にわたってフランス各地の風景画を主要テーマとして描き続けたのですが、その品の良さや繊細さは絵にもよく表れていますね……。

 パリで印象派が消滅し、20世紀初頭に色彩、タッチ、感情表現において非常に個性の強い絵を描くユトリロやモディリアーニ、ブラマンクといった巨匠たちが登場します。彼らの絵は素晴らしいけれども、いつも観たいという気持ちには正直なれません。特に気持ちが沈んでいるときはそうですね……。
 それに対しシスレーの絵は面白みがないとかあまりにも没個性とか言われそうなのですが、いつ観ても絵に素直に向かわせてくれ、絵を味わう原点に立ち返らせてくれるような気がするのです。

 この「ルーブシェンヌの道」も爽やかな光と穏やかな情景がとても魅力的に描かれています。明るくかつ繊細なタッチが何と心地よい余韻を届けてくれることでしょうか……。



2014年8月26日火曜日

ポール・セザンヌ 「スープ入れのある静物」









 「セザンヌの絵って具象なの?抽象絵画なの?」と尋ねられることがたまにあります。
 これはとても難しい質問です…。 
 なぜならセザンヌは形のとらえ方としては具象的な眼でモチーフを見ているのですが、コンセプトとしてはかなり抽象的な発想や視点で見つめているため、初心者のかたにはちょっと分かりにくいという困った問題が出てくるのですね……。

 たとえば、ルネッサンス期、バロック時代、ロマン派の巨匠はモチーフがあってそれを丹念に描写することによって、絵としての風格や価値を獲得することができたのですが、セザンヌの絵は描かれた観点がかなり違うのです。

 目に見える形を追うというよりは、モチーフに内在する要素や空間を生み出す法則などに着目して、セザンヌの眼のフィルターを通して絵を再創造しているのです。ですからセザンヌの絵には他の絵にはない独特の空気感や存在感、色調が伝わってくるのです。
 さて、現在オルセー美術館展(2014年、国立新美術館)で展示されているセザンヌの絵は彼の真髄をかなり示した傑作揃いといえるでしょう。

 この『スープ入れのある静物』もセザンヌらしさが全開といってもいい傑作です。セザンヌはリンゴをたびたびモチーフに選んでいますが、一般的に描かれる新鮮で美味しそうな果物というイメージはあまり伝わってきません。
 いや、セザンヌは新鮮で美味しそうなリンゴを描こうとか、容器の質感を描こうということにはほとんど関心を払っていないようです……。それよりは、ひたすら物の存在や物が置かれた空間の関係性や空気感を表現しようと躍起になっているように感じられるのです。

 スープ入れの容器のどっしりした重量感やリンゴが持つゴツゴツとしたマチエールや存在感、幾度にも重ね塗られた色彩のマチエールや計算された色彩のバランスはこの静物が置かれた空間を崇高なモニュメントのように演出しているのです。
 印象派とは一線を画したセザンヌの絵の出現によって、20世紀抽象絵画の発想の原点や新時代の絵画の扉は開かれたといっていいのかもしれません。





2014年8月22日金曜日

ジャック・ドゥミ映画/音楽の魅惑

















映画を見る歓びを実感させてくれる
数少ない監督

 ジャック・ドゥミは60年代を中心に活躍したフランス人監督ですが、映画を見る歓びを実感させてくれる数少ない監督の1人でした。
 特に「シェルブールの雨傘」や「ロシュフォールの恋人たち」で描かれたブロードウェイミュージカルでは味わえないオリジナリティあふれる演出は秀逸でした。
 センス満点の映像や情景描写、ミシェル・ルグランと組んだ音楽は今もなお私たちの心をとらえて離しません。音楽と映像の幸福な融合とはこのドゥミの作品を指すものなのでは……と思ったりしたものです。

 さて、国立近代美術館フィルムセンターでジャック・ドゥミが映画で制作したシナリオのデッサンや貴重な撮影スナップが展示されるようですね。
 ドゥミが映画を制作する原点に触れ、その生涯を垣間見る映画ファンにとっては堪らない企画展かもしれません。





ジャック・ドゥミ映画/音楽の魅惑
Le monde enchanté de Jacques Demy


会場  東京国立近代美術館フィルムセンター 展示室(企画展)
期日  2014828()1214()
    *月曜日および99日(火)から912日(金)、
    1014日(火)から1023日(木)は休室です。
開館  11:00am-6:30pm(入室は6:00pmまで)
料金  一般210円(100円)/大学生・シニア70円(40円)
    高校生以下及び18歳未満、障害者(付添者は原則1名まで)
会場  東京国立近代美術館フィルムセンター 
    シネマテーク・フランセーズ




『シェルブールの雨傘』(1964年)、『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)など、フランス映画にミュージカルの歓びをもたらし、日本でも高い人気を誇る映画監督ジャック・ドゥミ(1931-1990)。港町ナントに生まれ、ドキュメンタリーの助監督を経て長篇デビュー作『ローラ』(1961年)を発表した彼は、その分身ともいえる作曲家ミシェル・ルグランらとの共同作業を通じて、1988年の遺作『想い出のマルセイユ』まで世界の映画ファンを魅了してきました。女優カトリーヌ・ドヌーヴを世界的なスターにしたドゥミは、またフランス各地の美しい都市を舞台にしてきた“ヌーヴェルヴァーグの地方作家”でもあり、その評価は近年ますます高まっています。
 この「ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑」は、昨年パリのシネマテーク・フランセーズで行われた展覧会の初のアジア巡回で、スチル写真や撮影スナップ、美術デッサンや製作資料、さらにドゥミ本人のアート作品も紹介しながら、ある時は晴れやかに、時にはメランコリックに、色とりどりのファンタジーを観客に届けてきたその生涯と業績を振り返ります。



展覧会構成

*ナントという磁場 <1931-1963
*しあわせのメロディ <1963-1967
*ロサンゼルスへの旅 <1968-1969
*夢のリボン <1970-1978
*心の鼓動 <1979-1990
*ドゥミの世界




2014年8月14日木曜日

マネ 「笛を吹く少年」









絵画の概念を覆す
画期的な作品

 マネの代表作「笛を吹く少年」は、現在東京・国立新美術館で開催されているオルセー美術館展(2014年7月9日~10月20 日)に展示されています。この絵はちょっと見るとアカデミックで正攻法の代表的な絵のように見えるかもしれません。
 しかし、よく見ると空間の処理や輪郭線の扱い等に大胆で個性的な処理が施されていることにお気づきになるのではないでしょうか。

 背景の扱いについては17世紀スペインの巨匠ベラスケスが描いた「道化師パブロ・デ・バリャドリード」に強い影響を受けていると、マネ自身も語っています。
 形に左右されるのではなく、空気のように人を包み込む大きさと拡がりを持つ背景の表現をベラスケスの絵を見て大いに共感したからなのでしょう。この絵でも背景の処理の的確さが現実世界に埋没してしまいかねないところを救っているようにも見えますね……。
 


際立つ構図と輪郭線

 目を引くのは輪郭線の存在感と構図の見事さでしょう! ひとこと付け加えておくならば、マネは決して明確な輪郭線を描いたわけではありません。 というよりは黒い帽子から黒い制服、そしてズボンの黒いライン、黒い靴に至るまでの巧みな黒いラインの誘導が輪郭線を感じさせるのです……。
 このことが意外に平面的で凹凸がなく、写実的な描写を極力排したピンポイント的な少年の姿を強く浮かび上がらせるようになるのです。

 また、頭のほうから足先に向かって弓のようにしなやなかに導き出される複数のカーブはこの絵によりいっそう動きと安定感を与えていますし、笛と笛、そして足先に至る三角形の直線的な構図は緊張感が漲り、存在感を際立たせています!
 無邪気で元気な笛を吹く少年の姿を伝えようとしたマネの画期的な描画は、さまざまな試みによって今なお私たちの目と心に新鮮に語りかけてきます……。




2014年8月8日金曜日

フランク・キャプラ 「素晴らしき哉、人生!」カラー版









それでも色づけするのか…
不朽の名作

 1946年の映画「素晴らしき哉、人生!」は家族愛や人間にとって大切なものは何かを謳った誰もが認める名作中の名作ですが、実はこの作品、アメリカでは既にカラー版が発売されていたそうですね!!……。

 でも、古いモノクロ映画をカラーでデジタル処理をするという話を聞くと、正直なところあまりいいイメージはないですよね。おそらく無理やり色をつけたような人工着色のような安っぽい印象になるのではないのか……、と思ってしまうのは当然のことでしょう。
 もし着色に失敗して上記のような出来上がりになっていたら、映画そのものの価値や評価さえ下がってしまうのではないか……という余計な心配さえしてしまいます。



驚きと感動に心が震える
名作のカラー版!

 それで恐る恐るyoutubeのサンプル動画を視聴してみたのですが……。これが本当にびっくり! カラーの美しさはもとより、本当に70年ほど前の映画なのか…と見まごうくらい綺麗な仕上がりになっているではありませんか!!
 もちろん、現代の美しいデジタル映像に比べて劣るのは当然ですし、古さゆえ、カラーとして甦ったとしても当然ながら限界があることは否めません。

 でも、それを考慮したとしても、この仕上がり具合は本当に素晴らしいと思います。何より映像が自然ですし、違和感がまったくありません。色を付けたことによるマイナスポイントは見当たらず、この映画を見る楽しさと喜びが格段に増したと言ってもいいのではないでしょうか! 私はサンプル動画を見ただけなのですが、驚きと感動で胸がいっぱいになってしまいました……。

 おそらく技術スタッフの方々の労力は想像を絶するものだったに違いありません。きっとこの映画を心から愛し、その価値と芸術性を熟知している方々なのでしょう……。映画に対する愛情が画面から浮かび上がってくるような気がいたします。
 残念なのは、このカラー版は日本ではまだ発売されていません。作品が作品だけに、首を長くして待ちたいところですね。


youtube動画   素晴らしき哉、人生!  



2014年7月30日水曜日

モーツァルト クラリネット協奏曲イ長調K.622












「遊び」の要素が集約された
モーツァルトの名曲

 作曲家にとって「遊び」はインスピレーションにあふれた創作をし、作品のヴァリエーションの引き出しを拡げる上でとても大事な要素です。「遊び」の要素がないと、大抵は堅苦しく理屈っぽい作品になりやすいのです。
 誤解がないように申しますと、作曲上の「遊び」は決して羽目を外したハチャメチャな作曲をするという意味ではなく、音楽に新鮮な驚きや閃き、ときめきを加味することであったり、既成概念にとらわれない、型にはまらない自由な発想をすることなのです。言うなれば一つの潤滑油のようなものとして捉えることができるかもしれませんね。

 モーツァルトはそのような「遊び」の要素をふんだんに持ち合わせた作曲家でした……。特にモーツァルトの晩年の名作、クラリネット協奏曲は「遊び」の要素が集約された作品と言ってもいいのではないでしょうか。

 クラリネットはモーツァルトがピアノと共に最も愛した楽器のひとつでした。そのことはクラリネットの響きにまるで人の声やおしゃべりのような多彩な表情を施したことでも充分に伺い知ることができます。クラリネットの音色の特性を知りつくしていたからこそ、こんなにも融通無碍で美しい名曲が生まれたのでしょう。



クラリネットと管弦楽
絶妙な対話によって開かれる
心の扉

 モーツァルトの心の想いを素直に反映するクラリネットの響きとそれを優しく包み込む管弦楽の響き……。両者は絶妙な対話によって心の扉を少しずつ開放していくのです。
 中でも前述した「遊び」の要素が顕著に現れるのは第3楽章でしょう。主題らしい主題がなく、道化師のような滑稽なリズムとフレーズで歌われるクラリネットパート……。そしてそれを受け継ぐオーケストラパートのやるせない響き…。何とも意味深い主題の提示方法ですね。哀しみを背負いながら、表面は努めて明るく振る舞ってみせるというモーツァルト流の音楽がここではいつになく胸に染みます。

 音楽的な効果を狙わず、あえて抑制するように静かに開始される第1楽章は、華やかで愉悦感に満ちたいつものモーツァルトの音楽とは大いに違います。無垢ではあるけれども、理想に満ちた人間感情ではなく、変幻自在に光と影、陽と陰を往来するような透明な詩情が肉体を超えた魂の歌のようにも鳴り響いてくるのです。

 第2楽章では遠くを見つめ、涙をためながら立ちつくすモーツァルトの姿が目に浮かぶようです。走馬燈のように様々なエピソードが心に去来するのですが、ここではすべてを達観した澄みきった心境が優しいメロディや美しい記憶となって甦ってくるのです。物思いに耽るクラリネットの多彩で深い表情とクラリネットを温かく包み込む管弦楽の響きが忘れられません。

 推薦したいCDはトーマス・フリードリ(クラリネット)、 チューリヒ室内管弦楽団 =エドモン・ド・シュトウツ(指揮)による録音です。フリードリのクラリネットの表情は深く、とても豊かでまろやかです。クラリネットを受ける管弦楽の響きも素晴らしく、心の嘆き、つぶやき、瞑想等のさまざまな感情がクラリネットと管弦楽のやりとりの中に見事に浮かび上がってくるのではないでしょうか!




2014年7月20日日曜日

国立新美術館 「オルセー美術館展 印象派の誕生―描くことの自由―」









 先日、六本木の国立新美術館で開催されている「オルセー美術館展2014」に行ってまいりました。
 平日の午後というのに大変な混雑ぶりで、今日は何か特別なイベントの日なのか…と思ってしまうほどでした。
 改めてオルセー美術館と印象派の粋を集めた作品の日本での人気の高さを物語るようです! ところで作品全般についてですが、何度も日本で公開されたり、本の解説等で有名な作品が目白押しで、なかなか密度の濃い展覧会だったと思います。

 マネの絵が11点、セザンヌの絵が8展、モネの絵が8展、それぞれが代表作にあげてもおかしくないほどの充実した作品揃いでした。本音としては1回だけではどうしても良さを味わえないので、会期中にもう1回来てもいいかな…と思ったほどです。

 それでは印象に残った作品を簡単にご紹介したいと思います。
 まず、マネの「笛を吹く少年」。
 あまりにも音楽関係の本やサイト等で扱われる事が多い有名な絵ですが、純粋に絵として見てもその完成度の高さに目を奪われます。特に素晴らしいのが大胆なタッチで描かれた輪郭線と空間表現の巧さでしょう!また、シンプルな姿態に隠される秀逸な構図も素晴らしいの一言に尽きます。




 セザンヌの「レスタックから望むマルセイユ湾」は代表作サント=ヴィクトワール山を思い出させるとても密度の濃い作品ですね!絵としてよくこなれていてますし、空気や光等のさまざまな要素が画面の中で渾然一体となり、風格と気品すら感じさせます。おそらくこの絵は何度見ても飽きないのではないでしょうか……。





 モネの「かささぎ」ですが、この人は自然の移り変わる瞬時の出来事にとても心惹かれるのでしょう。この絵でも光を浴びて様々な表情に変化する雪の美しさを実に見事に描いていますね!何気無い日常の風景に発見と喜びを見出した画家の創造性豊かな感性が伝わってきます。





 シスレーの「ルーブシエンヌの道」の華のある風景画もいいですね。明るい陽光と色彩の美しさに思わず魅入ってしまいそうです。







  ミレーの「晩鐘」ももちろん穏やかな情緒を描ききった名画ですが、この作品はできればじっくりと一人で味わいたい(絵と対話すると言ったらいいかもしれません)作品ですね……。どうしても人が多いとこの絵の良さを充分に堪能できないような気がします。

 とにかくこの展覧会は画家のエネルギーが伝わってくる素晴らしい展覧会だと思います。10月まで開催されているので、また少し時間を置いてからもう一度行ってみたい気もしますね……。


オルセー美術館展 印象派の誕生 -描くことの自由-
会期  2014年7月9日(水)~10月20日(月)
場所  国立新美術館 企画展示室2E
住所  東京都港区六本木7-22-2
休館日 毎週火曜日、9月24日(水)
※8月12日(火)、9月23日(火)、10月14日(火)は開館
時間:10:00~18:00 (金は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
※8月16日(土)以降の毎週土および10月12日(日)以降毎日20:00まで
料金  一般¥1,600(¥1,400)、大学生¥1,200(¥1,000)、
    高校生¥800(¥600)、中学生以下無料
    ※()内は前売り・団体料金
TEL  03-5777-8600
URL  http://orsay2014.jp/index.html