ワクワクドキドキの
ハイドンの交響曲
ハイドンは生前約40年にわたって100曲以上の交響曲を作り続けてきた文字通り「交響曲の父」でした。
その作品はいずれもハイドンならではの魅力がいっぱいに詰まっています!たとえば、主題では明るい笑顔を振りまいたり、可愛らしい一面を覗かせている……と思いきや、見事な主題の展開に息をのんだり、コーダや中間部では突然、雄大なスケールのフーガに圧倒されたり、終始聴く者の心をワクワクドキドキさせてやまないのです!
そのハイドンの交響曲の集大成のような作品が、言うまでもなく最後の交響曲「ロンドン」ですね!
ただし、これまでの交響曲と違う一面も見られます。
特に顕著なのが第1楽章の序奏でしょう。どちらかというと、これまでは主題への橋渡し的な役割が強かった部分ですが、この作品ではオープニングから緊張感が漲り、哀しみに満ちたテーマが一つのクライマックスを創りあげているのです!これはロンドンセット全般に言えることなのですが、中でも104番は顕著ですね!
第1主題が出てくると曲調は一変。懐かしい微笑みを浮かべたテーマが春のような彩りを届けてくれます。もちろん、それは単に明るく爽やかなだけではありません。涙を振り払いつつ、一歩一歩前進していこうという気概や哀しみに揺れる心が共存しているのです。
その揺れる心が絶対的な確信へと変貌するのが第4楽章フィナーレです。
この踊るような推進力に満ちたテーマを聴けば、誰もがベートーヴェンの交響曲第7番フィナーレ(ワグナーが「舞踏の神化」と称した)を思い出されるかもしれません! 民謡風のメロディーは明るく快活に奏でられ、まるで生きる歓びを謳歌するようにドンドンと音楽は発展していきます。
第2楽章のどっしりとして、心のゆとりや風格を感じるテーマも見事ですし、第3楽章の小気味よいテンポとおどけたテーマも秀逸です!
例外的にモダン楽器演奏がしのぎを削る
交響曲第104番「ロンドン」
ハイドンの交響曲の演奏は近年、オリジナル楽器の演奏が主流であることは間違いありません。確かに名演奏もオリジナル楽器版が多いのですが、私は104番に関する限り、モダン楽器のほうがいいと思いますね。なぜなら、オリジナル楽器だと、どうしても序奏の表現に音色の厚みや芸術的な深さが乏しくなってしまう恐れがあるからなのです……。
そういう観点で最も素晴らしいのが、セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィルハーモニー(ワーナークラシック)の演奏です。まず、序奏の重厚で厳かな響きと緊張感に心を鷲掴みにされます。第1主題への自然なフレージング、呼吸の深さ、楽器の豊かな響き等、いずれもハイドンが伝えたかった本質が伝わってくるといってもいいでしょう。第2、第3楽章も焦らず、急がず、そのインテンポの中でハイドンの音楽の豊かな音色を存分に聴かせてくれます!
カール・シューリヒト指揮フランス国立管弦楽団の録音(ALTUS)は1955年、フランス・モントルー音楽祭のモノーラル・ライブですが、ドラマチックでありながら、ハイドンの本質をしっかりと捉えた屈指の名演奏です。特に第1楽章の1小節ごとに表情が変わる感性の鋭さや楽器の潔い音色、生き生きとしたテンポの流動感、フレージングは見事の一言です。
シギスヴァルト・クイケン指揮ラ・プティット・バンド(ドイツハルモニアムンディ)はオリジナル楽器ならではのテンポといい、楽器の彫りの深さ、スタイルの洗練された美しさといい、モダン楽器にはないシャープな感覚で魅了します。奇をてらわず、そうかといって薄味になることもなく、ハイドンの本質を充分に堪能させてくれることには変わりありません。
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